第108話 鏡月館『殺人』計画・急

 リーズの大魔術『サウィンの日』はアルマロスに効果覿面だった。まだ辛うじて生きてはいるものの、全身黒こげで虫の息だ。


 万能と思われた『魔力吸収の異能』も機能していない。いや、この状態でも辛うじて息はあるのが、恐ろしいのだが、少なくとも『魔力吸収』とそれに付随する『復活』の祝福は発動できていない。


 ……流石はリーズだ。、この術は正真正銘リーズにしかできないオリジナルだ。


 リーズが使った大魔術『サウィンの日』はただの炎の魔術ではない、呪いの炎を用いたある種の呪殺儀礼とでも言うべきものだ。

 

 あの黒い炎は炎でもあるが、高密度の呪いの塊でもあった。それも、殉教騎士団の魔女狩りによって死んでいった『魔女』たちが残した怨念が具現化したものだ。


 つまり、アルマロス相手に使うにはかなり相性がいい。火力と呪いの強度が増すのもそうだが、なにより、魔力までもが呪いを帯びているのがよかった。


 魔力と一口に言っても、様々な特性や特徴がある。例えばオレの魔力は比較的平均的で特徴がないのが特徴みたいな感じで水みたいなもんで、リーズならばガソリン、アオイの場合は血液そのもののようなイメージだ。


 で、場合よっては魔力そのものが呪いを帯びることがある。こういった魔力の特性は言うなれば、劇薬だ。基本的に危険で不用意に飲めば身を亡ぼす結果になるが、適切な扱いができれば薬にもなりうる。


 今回の場合、アルマロスが前者でリーズが後者。

 リーズの大魔術を受けたアルマロスは復活のため、『魔力吸収』の異能で呪いを帯びた魔力を大量に吸収し、その魔力で復活の加護を励起させようとした。


 しかし、そのプロセスを呪いが阻害した。吸収した魔力の大半は加護を発動する燃料となる前に炎の呪いとして顕現し、消費されてしまった。

 結果、アルマロスは貯蓄した魔力をも使い果たし、その肉体のほとんどを焼き尽くされた。


 対して、リーズは魔力を三分の一ほど消費したものの、火傷一つない。

 もともとの呪いが彼女の血に記憶された『殉教騎士団に殺された魔女たちの怨念』であり、魔女の末裔であるリーズを対象とはしづらいというのもあるが、なにより、リーズの魔力操作の精度が神業だった。いつ暴発するともしれない膨大な魔力を迅速、かつ丁寧に扱い、魔女たちの憎悪に完璧な指向性を与えていた。


 オレも似たようなことは考えていたが、ここまで完璧にはできなかっただろう。というか、。今の大魔術とこの方法でのアルマロスの攻略は『リーズリット・ウィンカース』にしかできないことだった。


 しかし、宣言通りに、本当に一人であのアルマロスを倒してしまうとは……リーズに秘策があることはわかっていたが、ここまでとは思ってなかった。オレもまだまだリーズを侮っていたということか……、


「ミチタカ、拘束を。尋問したところで何か情報が得られるとは思えませんが、まあ、何かの役には立つかと」


「わかってる。少し待ってくれ。術を途中でやめるにはちゃんと手順を踏まないと――」


 リーズがアルマロスが倒したせいで、というか、おかげでオレの切り札は使わずに済んだ。

 少し残念な気もしないでもないが、使わないからと言って無理に術を中断するのはご法度だ。特に今やっているのは召喚術の一種、相手に対する無礼となるような行動をして、機嫌を損ねるのが一番――、


「――っリーズ!」

 

 術の中断手順に入ろうとした瞬間、六占式盤が最大の警戒を発する。


 、その予兆を感知したのだ。


「っ『炎よ! 壁となれ!』」


 咄嗟にリーズが炎の防壁を立てる。黒炎には物理的、霊的干渉を弾く力があるが、これから起こるであろう何かを防げるかどうかは正直分からない。


 動けないアルマロスの背中から光が迸る。次の瞬間、オレたちは『』を目の当たりにした。


 それは、翼の形をしていた。

 天を駆け、神の恩寵を示す、天使の象徴がそこにあった。

 

 しかして、その翼に羽はなく、肉もない。

 古びた骨だけの翼は彼女がかつて天より堕とされたものの一翅いっしたる証であり、永劫に消えぬ罪を示していた。


 すなわち、『堕天使の翅』。それはオレたちの眼前で羽ばたくように大きく広がり、アルマロスの肉体を包み込んだ。


 次の瞬間、大気が揺れた。いや、違う。この鏡月館という異界を満たす膨大な魔力、それらが一斉に『堕天使の翅』に吸い寄せられている。そのあまりの勢いに異界全体が悲鳴を上げているのだ。


 まるで台風だ。

 幸い、この『魔力吸収』の対象は異界全体であり、オレとリーズは対象外ではある。それでも、油断すれば今発動している術式ごと持っていかれそうなほどの風速だった。


 おそらくこれが、アルマロス達『監視者グリゴリ』の切り札。それぞれが持つ異能を何百倍にも増強して発動、異界そのものを構築する魔力さえも吸い尽くす『神の奇跡』だ。


「――一族の憎悪か。ああ、そうだろうとも。お前たちのような異端者の逆恨みなどこの程度だろうとも」


 そうして、急速な魔力吸収の後に起こるのは、『復活』だ。

 数秒もしないうちに、黒焦げになっていたアルマロスの肉体はその身に纏う法衣ごと完全に再生していた。


 ……やられた。かつて魔人をも撃退した殉教騎士団、切り札の一つや二つはあるだろうと思っていたが、まさかこれほどまでとは……、


 あの『堕天使の翅』は異能の増幅器ブースターのようなものなのだろう。発動に応じて、使用者の持つ異能を増幅、拡大、再解釈することによって通常時とは比較にならない規模での異能の行使をも可能とするのが、おそらくの原理だ。


 能力の増大と引き換えに細かな対象選択はできなくなっている、と思いたいが、一番厄介なのはこの『堕天使の翅』が異界そのものにまで干渉している点だ。異界法則さえも飛び越えて、今あるこの異界そのものから魔力を引き出していた。


 これと同じだけの権能を魔術や陰陽道で発揮しようとしたら、求められる術の難度はさきほどリーズの使った『大魔術』よりもさらに上。あの語り部や魔人たちが扱う術の領域にも指が掛かっている。到底人間には届かない規格外の域だ。オレたちでは対抗するのも、妨害するのも難しい。


 仮に先ほどのように、リーズの術に捉えたとして、もう一度あの『翅』を使われたら結局復活される。千日手だ、しかも、アルマロスの方は


「だが、認めよう。身共の慢心を。確かにお前たちを侮っていた。我が醜き翅を晒した罪は、いずれ告解せねばな」


 アルマロスの翅が消え、彼女が大地に降り立つ。遭遇した時と何ら変わらぬ十全の状態で。

 

 絶望的状況だ。こちらは消耗しただけで、アルマロスにダメージはない。リーズは切り札を切ってしまったうえに、オレの方の切り札はまだ準備はできていない。


 だが、これでいい。時間は十分に稼げた。今頃、三人の容疑者を運んでゴマさんと谷崎さんは異界の出口に飛び込んでいるはずだ。


 すぐに援軍が――待て、これは…………、


「リーズ、上を見ろ」


「ミチタカ……今はそれどころでは……」


「いいから、見てくれ」


 オレが食い下がると、リーズは一瞬だけ、空に視線を向ける。その一瞬で彼女は事態を理解したようだった。


「異界の崩壊が止まっている……!? なぜ……!?」


 そうだ。

 異界因たる謎が解かれたのにも関わらず『鏡月館』は崩壊していない。いや、正確には崩壊が止まっている。


 理由は分からない。なぜかを考えている暇もない。重要なのは、これではこの異界から脱出できないということだ。

 この時間稼ぎも無駄になる……!


 だが、次に起こったに比べればその事実でさえも些細なことだった。


「身共を前に、よそ見とはな。その傲慢は死に値する――っ!?」


 肉の裂ける音がした。

 。消えたはずのが彼女の背後に立っていた。


――――――――


あとがき

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