第107話 魔女の末裔
鏡月館の裏手、夜の森に焔が走る。リーズの手によって誘導されたそれはオレたちの周囲を囲うようにして、炎の壁を立てた。
上空から見れば、ちょうどオレ達の周囲に炎による包囲網が敷かれた形になる。一見すると、退路を断っての背水の陣だが、実は違う。
リーズは本気でアルマロスを倒そうとしている。炎の包囲網はアルマロスを逃がさないためであり、リーズ自身に有利な空間を造り上げるための前段階だ。
「――ぬるい炎だな、魔女よ」
しかして、アルマロスはオレたちの正面、炎の壁の中から姿を現す。
鉄をも溶かす劫火にその身を焼かれながらも、一瞬で再生し、数秒後には何事もなかったかのようにオレたちの前に立っていた。
その顔に浮かぶのは、牙を剝くような狂暴な笑み。どうやらアルマロスは教敵を前に殺意をたぎらせているらしい。
「それは失敬。でも、安心しましたわ。この程度の炎で音を上げられては、ええ、いたぶりがいがありませんもの」
しかし、それはこちらも同じことだ。隣に立つリーズの横顔には今までに、原作でも見たことのない強い敵意が滲んでいた。
「……ミチタカ」
「わかってる。何も聞かない。援護は任せろ」
リーズの作戦を聞こうにも、念話は聞かれる可能性があるから使えないし、オレも、一度、『山本五郎左衛門』の召還を始めたら動けなくなる。
だから、最初に1人でやろうとしていた作戦をリーズと共同する。
召喚を続行しながらでも式神の操作はできる。なんとしても時間を稼ぐのだ。
普段の訓練でもこういうオレとリーズだけで敵と遭遇した場合は想定してきた。互いに連携は頭に入っている。
「まずは魔女をここで絶やすとしよう」
再生を終えると同時に、アルマロスの姿が消えた。
その刹那、オレたちの傍に控えていた『シキオウジ』が人形の塊へと戻り、一瞬でその体をオレたちの右側に広げた。
遅れて、『バン』という衝撃音があたりに響く。オレやリーズの知覚では、この段階でようやくアルマロスが動いたのだと理解できる。
そんなのろまなオレたちだけでは一瞬で勝負がついていただろう。
だが、アルマロスとの戦闘は二度目だ。この速度に対策もせずに相対するほどオレはバカじゃない。
「ぐっ……!」
オレたちの右側面、『シキオウジ』による人形の壁の向こうでアルマロスが呻く。
その両足は踏み込みの瞬間に固定され、振り上げた左拳もまた完全に静止していた。
まるでアニメの1フレームを切り出したのような光景だが、別に時間が止まったわけじゃない。先生や『語り部』のような連中ならできるんだろうが、オレはまだその域には達していない。
アルマロスを停止させているのは、彼女の周辺に漂う無数の紙の『人形』だ。
今発揮されているのはこの相反する特性の内、後者の方だ。
つまり、無数に存在する人形すべてがアルマロスへ呪いを掛けている。最初の一撃で採取したアルマロスの血液を触媒にして、絶えず『手足が朽ちる』呪い発動させ続けているのだ。
ここで重要なのは、人形の数だけ呪いを掛け続けられるということ。アルマロスの異能ならば朽ちた手足は一瞬で回復するだろうが、回復した端から違う呪いがアルマロスを襲う。
だから、動けない。呪いと再生の無限ループにアルマロスは陥っている。
「この程度――っ!」
無論、数の暴力があるとはいえ、ポピュラーかつ簡単な呪いだ。アルマロスが身に宿す奇跡を励起させれば簡単に解除できるし、『魔力吸収』の異能のせいで近づいた人形は片っ端から機能しなくなり、呪いは解呪される。
稼げるのは精々、数秒程度。オレの切り札の発動までには分単位の時間が必要で、次の手を打つ必要がある。それも、その策が通用しなければオレは間違いなく敗北する。
そう、この場にいるのがオレ一人ならばそんな可能性が大いにありえた。
「『
リーズの詠唱が耳朶と脳裏を叩く。念話と口頭による二重詠唱、それも普段は使わない古英語での詠唱、切り札である『大魔術』をリーズは行おうとしている。
「っ魔女め!」
それを察して、アルマロスは全身の奇跡を励起させ、シキオウジの呪いを打ち破るが、もはや、遅い。周辺に漂う人形を中継して、黒い焔がアルマロスの全身を包み込んだ。
「――ぐっ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛■■■■……!」
アルマロスの悲鳴、もはや言語として成立しえないそれが辺りに響き渡る。炎にまかれた黒いシルエットは想像を絶する苦痛に踊り狂った。
今、アルマロスはただ炎に焼かれているのではない。
彼女の肉体を燃やしているのは呪いの炎。リーズの、いや、ウィンカース家の血に受け継がれる『魔女たち』の怨念、その源となった痛苦をアルマロスは味わっているのだ。
ましてや、アルマロスは殉教騎士団の一員。向けられる魔女たちの恨みもまた他に向けるのとではその温度も呪いの強さも段違いだ。
いうなれば、殉教騎士団への『特効』。あのアルマロスが一歩も動けなくなるほどに効果的だ。
しかし、リーズにこんな隠し玉があるとは思ってもみなかった。これもまた原作では見られなかった側面だ。
思わず口角が上がってしまう。こんな時になんだが、この場に居合わせたことを感謝したい。
「――『森は焼けた。獣も燃えた。魔女は皆、炎に消えた』」
リーズの詠唱は続く。杖から発せられた魔力の糸が周囲の炎へと繋がり、それらは意思をもって一つの形を成していく。
炎が向かう先にはアルマロスがいる。次の瞬間、黒炎は地面に魔法陣を刻み、大魔術を成立させていく。
さしずめ、これが第二段階といったところか。すでに20メートルは離れているオレの髪先が焦げるほどの温度だが、大魔術の神髄はここから。成立すればそのあとには灰すらも残らない。
「『我らは忘れぬ。我らは許さぬ。一木一草、
「――■■■■■■■■■■■■!」
だが、
このままだと術の完成前にアルマロスはリーズに届くが、そうはならない。頼むぞ、オレの式神たち。なんとかしろ。
「『――フフ』」
吸精女郎がアルマロスの前に立つ。ルビー色の瞳が輝き、魔眼を発動させた。
使用されたのは、相手の意識と無意識を混濁させる『幻燈の魔眼』だ。
本来は、夢魔が相手の意識を乱して淫夢を見せる前段階として使用する位階の低い魔眼だが、アルマロスが弱っている状態ならば、十二分に通る。効果は次の一歩をためらわせる程度だが、今はそれでいい。
瞬間、膨大な魔力がリーズの周辺で渦巻く。アルマロスを取り巻いていた黒炎が一塊となり、ある
巨大なジャック・オ・ランタン。死者の魂を宿し、運ぶ、カブの入れものが
「『今日こそが夏の終わり、冬の始まり! サウィンの日なり!』」
そうして、大魔術が成立し、名無しのジャックがアルマロスを呑み込む。
そのあとに顕れるのは、巨大な黒炎の柱。周囲の森をも巻き込みながら、焔は天をも焦がす。
着火点の地面がガラス化するほどの凄まじいまでの火力だ。さすがのアルマロスも再生が追い付かない。
数秒後、炎が消えた後には、黒い骨だけが残された。
「この魔術の名は『サウィンの惨劇』。サウィンとは、
そうして、リーズは杖先を仇敵へと付きつける。その横顔は怜悧な美しさを帯びて、瞳には怒りの炎が燃えていた。
勝利を確信しての慢心はそこにはない。その証拠として、リーズの背後の空間には次の術が銃弾のように装填されていた。
……ああ、ここにいられてよかった。あのリーズがここまで強くなった姿を見られただけで、オタクのオレは心底満足だった。
――――――――
あとがき
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