第106話 それぞれの役目
異界因が存在し、異界法則が働いているかぎり、『鏡月館』の内部で異能は使えない。これは谷崎さんが謎を解く前も、解いた後も変わっていない。
だから、オレは館の外から六占式盤を展開して、そのまま展開し続けておいた。
鏡月館において異能の制限が掛かるのは館の内部のみであることは実証済みだ。なので、発動そのものはいつも通りだったし、陣を館の周辺一帯を覆うように広げるのにもそこまで大きな負担はなかった。
しんどかったのは、その維持だ。なにせ魔力の消費量も、脳への負荷も普段の二倍強(当社比)。1分すぎるごとに頭はガンガンするし、集中力はゴリゴリとけずれていくようだった。
それでもどうにかもたせられたのは谷崎さんの推理を最前線で見れていたからだ。
魔力の波や術の精度は精神状態に大きな影響を受けるもの。つまり、谷崎さんの推理に立ち会えたことでテンションが上がっていたことでどうにかこの無茶をやり通せた。
……どうせならもっと万全な状態で、最大限楽しみたかったが、こればかりはオレにしかできないことだから受け入れるしかない。そこら辺の怒りはアルマロスにぶつけるとしよう。
それに、苦労した甲斐はあった。おかげで、アルマロス相手に先手を打てる。
「――『シキオウジ』!」
窓に向かって走りながら呼び出すのは、
大量の紙の
谷崎さんが謎を解いてくれたおかげで、鏡月館の異能禁止の法則も緩んでいる。今なら大した負荷も掛からない。
召喚された無数の人形は一瞬で増殖し、巨大な拳へと姿を変える。
そうして、窓の向こうに見える
「!?」
魔力によって硬質化した紙の拳は強固な鉄格子ごとその向こうにいるアルマロスを吹き飛ばす。同時にオレも、ぶち壊した窓から飛び降りる。
自由落下するオレの足元に、人形が集まり、クッションになってくれる。そのまま人形たちは本来の姿、依り代の巨人『シキオウジ』となってオレの隣に立った。
流石、本家の連中がオレに渡さなかった相伝の式神の一つだ。汎用性、速度、操作性、どれをとっても一級品で戦力としても期待できる。いきなりの実戦投入で少し不安だったが、これなら十分にやれる。
こいつを最初から使役できていればこれまでの戦いもだいぶ楽だったろうな、とかそんな思考が過らなくもないが、今はこいつを貸してくれた盈瑠に感謝だ。
窓越しに叩き込んだ一撃には、『殴った対象をできる限り遠くへと吹き飛ばす』という呪詛を込めておいた。破壊力を犠牲にした分、今頃アルマロスはこの異界の端っこまで吹き飛ばされたはずだ。
「『式盤、縮小』」
息を吐き、拡げていた六占式盤の範囲を一気に狭める。味方の援護も、状況の把握も難しくなるが、こればかりは皆を信じている。ここまでは作戦通りの動き、あとは各々の役割を果たすしかない。
今頃、書斎では谷崎さんによる推理、つまり、異界の解体が問題なく続いているはず。すでに異界の崩壊が始まっているとはいえ、オレたちも含めた全員が安全に脱出するには全てを明しておくのがベストだ。
もっとも、手段と犯人が明らかになっている以上、あと解明すべきは動機のみ。その動機に関してもオレはすでに谷崎さんに聞かされているから、推理が気になって集中力を乱されるようなこともない。
この『鏡月館』における御岳エリカの動機はシンプルかつ、ありふれたもの。彼女は純粋に『家族』を守ろうとしたのだ。
徳三郎氏が余命いくばくもないことは御岳家の誰もが知るところだった。そして、御岳家の財産が全て後継者にのみ相続されることも。
そして、エリカはどのようにしてか父親『幸次郎』が事業に失敗したことも知っていた。
ここまで分かっていれば、推論は容易い。彼女は父親と家族を守るためには、叔父を、御岳家の後継者を殺すしかないと決意したのだ。
そうして、今日この日に、犯行に及んだ。ピーナッツオイル入りのワインを贈り物として徳三郎氏に渡した。
巧妙なのは、エリカはピーナッツオイル入りを渡しただけという点だ。無論、徳三郎が幸一郎にそれを振舞うことを企図してのことだが、殺意の証明は難しい。裁判になれば苦労したことだろうが、そこはまあ、今は関係ない。
オレたちに与えられた役目は『鏡月館で殺人を犯したの誰か』を特定することであって、犯人の有罪にして刑務所に入れることじゃないからだ。
今回の事件で最も恐ろしいのは、エリカが御岳徳三郎が兄弟で分割相続するように遺言を残したことも、御岳幸一郎がその遺言を取り消すために徳三郎を殺そうとしていることも知らなかったことだ。
幸一郎が今日徳三郎を殺したのも、書斎で贈り物のワインに口を付けたのも、幸一郎が逃亡用に開いていた隠し扉が自動的に閉まる音でオレたちが事件に気付いたのも、あくまで偶然にすぎないのだ。
そう偶然だ。あの事件現場においては数多の偶然が蜘蛛の糸のように折重なっていた。
だが、ここは異界だ。偶然も三つも重なれば必然と言い切れる。
しかも、今回の場合は、人の手による必然。人為的なものだ。でなければ、ここまで徹底してこちらを混乱させるように謎を配置できない。
つまり、罠。オレたちを、いや、オレとゴマさんを標的にした罠としてこの鏡月館は造られた。
であれば、当然、危険な役目はオレが担うべき。そう考えて、こうして1人でアルマロスの足止めをするつもりだったのだが……、
「……なんで来たんだ、リーズ」
オレの隣に降り立った気配に、そう呼びかける。見事な落下制御だが、これは作戦通りじゃない。
気持ちは嬉しいが……まあ、不要とは言わないが、危険だ。
オレもアオイとの約束を破る気はないし、こんなところで死ぬ気もない。しかし、そのために皆を危険にさらすようなことはできればしたくなかった。
だっていうのに、どうしてリーズは……、
「あら、『なんで』とはずいぶんな言いようですこと。言うまでもないでしょう、戦いに来たのです」
「……それが何故かを聞きたいんだが」
「上は2人でどうにかなります。謎解きはもう済んでいますし、わたくしを送り出したのも二人です。ついでに言えば、不利と見れば加勢をする。そう言っていたと思いますが?」
「………『不利と見たから加勢に回った』、なるほどね」
……事実だから、反論できねえ。
『六占式盤』のおかげで襲撃してくるアルマロスの不意を打てたのは良かったが、少々魔力を使いすぎた。
今の魔力の残量は、最大値の三分の一ちょっと。本来の予定よりもかなり少ない。
なので、正直言って、かなりしんどかった。もともと想定してた戦い方では今残っている量くらいは使い切るつもりだったので、今の魔力量で頑張るとその後、また気絶する羽目になる。
だが、リーズが一緒に戦ってくれるなら、やりようも――って、だったら、前衛である『ゴマさん』こと朽上さんが来てくれた方がよかったんじゃ……、
「……わたくしも感情だけでこの場に立っているだけではありませんわ。殉教騎士団は我が家の大敵。当然、その対策も十全です」
リーズの横顔にはむき出しの闘志とかすかな恐怖心が同居している。オレの視線に気づくと、彼女は震える両手で愛用の杖をしっかりと握りなおした。
……考えなしで助けに来たわけじゃないらしい。リーズの秘策が何なのかは想像もつかないが、オレは彼女の才能を知っているし、彼女という個人を信じてもいる。
なら、任せる。探索班は一蓮托生、その基本則に従うまでだ。
「…………わかった。少し時間を稼いでくれ、切り札をつかう」
「ええ、でも、先に倒してしまったら、ごめんあそばせ」
恐怖をかみ殺し、そう涼しげに笑うリーズ。
ああ、やっぱり、彼女は強い。迷いなく命を預けて余りあるほどだ。
アルマロスの気配が近づいてくる。リーズはゆっくりと杖を構え、魔力を迸らせた。陽炎のような魔力が彼女の背中から立ち昇る。
その出力たるや、原作におけるリーズの3倍以上。いくら原作でのリーズが序盤で退場したといっても、これだけの力ならば原作終盤でも十分通用する。
……入学してから半年足らずでここまでになるとは、やっぱり、リーズは天才だ。
でも、リーズの成長は才能だけによるものじゃない。彼女がどれだけの努力をしてきたか、オレは知っている。
なら、オレも応えなくちゃいけない。
『真影魔王・
――――――――――
あとがき
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