第104話 名探偵谷崎しおりの証明

 原作における『鏡月館』と今オレたちのいる『鏡月館』は全く別の異界と言ってもいいほどに変化している。


 まず、起きた事件の内容が原作とは完全に異なっている。原作で1名であったはずの犠牲者は2人に増え、なおかつ、原作での真犯人である『御岳幸一郎』がそこに含まれている。

 当然、事件現場の様子も原作とは全く違うし、そこにある証拠もまた違うものだった。


 くわえて、『鏡月館』と接続された『グランベリ伯爵邸』というまったく別の異界までも存在しており、その内部では殉教騎士団の『監視者グリゴリ』までもがオレたちを待ち受けていた。


 これだけでも、もう原作ブレイクどころか原作の原子崩壊レベルのことが起きているが、その上、原作ヒロインの1人『朽上理沙』が転生者だと明らかになり、しかも、オレの前世での同志『ゴールデンひまわり』さんであることまで発覚してしまった。


 ……正直、この時点でオレの脳みそは度重なるにパンク寸前だった。谷崎さんと一緒に推理しようにも考えることが多すぎて、役に立っていたかも怪しいレベルだった。


 でも、だからこそ、今書斎の中心でオレたちに指示を出している谷崎さんがものすごく頼もしく思える。彼女がいなければ、いや、彼女以外の誰かが探偵役に選ばれていたら、この異界の謎を解くことはできなかっただろう。


 無論、リーズの存在も大きな助けになったのも間違いない。こっそり谷崎さんが教えてくれたのだが、なんでも彼女がテンパったり、証人への訊問を行う際には必ず傍にいてさりげなく助け舟を出していたのだという。それだけではなく谷崎さんが推理を立てやすいように、あえて、自分は突拍子もない推理をしたりもしていたらしい。


 なんという内助の功、もとい助手の功だろうか。オレよりももっとちゃんとリーズはワトソン役をやってくれていたようだ。

 しかも、本人はそれを自慢する様子もない。これはあれだ、一応、隊長として後で何か補填を――、


「では、宗一郎さん。貴方は徳三郎氏役です。この椅子に座ってください」


「あ、ああ。了解した」


 感慨にふけっていると、谷崎さんから指示を受ける。


 腰かけるように指示されたのは、殺害された時に徳三郎氏が腰かけていた袖付き椅子だ。

 さっきまで死体が座っていた椅子に座るのには多少の抵抗感があったので、わざわざ小物臭い宗一郎氏らしい演技をする必要はなかった。


 さすが高級な椅子だけあって、座り心地は抜群で気付くと自然に背中を背もたれに預けていた。


「そして、幸一郎氏役にはさん、お願いします」


「わかったわ。この向かいの席に座ればいいのね?」


 谷崎さんの指示通りに、机を挟んでオレの正面に座る『御岳エリカ』こと朽上さん。彼女は唇をキュッと結んで、真剣な表情でこちらを見つめた。


 ……なんだか妙に緊張してしまう。相手が朽上さんというのもあるが、あの『ゴマさん』が目の前にいるのだと思うと、オタクとして恥ずかしい真似はできないという気持ちが沸々と沸いてきて、身が引き締まる。


「現場の様子から見て、2人がこのように向かい合ってワインを飲み交わしていたのは明らかです」


 谷崎さんはそう言って、机の上に改めてワイングラスとワインを一瓶、配置する。


 オレの視点から見ると、正面に机があり、その上にはワイングラスとワイン。そして、向かい側に朽上さんがいる。

 ……その背後にある書斎の扉は朽上さんと被って見えない。これも谷崎さんの推理通りだ。


「さて、これで事件直前の状況は再現できましたが、この時点でおかしな点がいくつもあるのです。幸次郎さん、お分かりになりますか?」


 全員に確認をとってから、谷崎さんは幸次郎氏に水を向ける。

 ……彼にうろたえた様子はない。ただ、一瞬苦悶するように考えた後、こう答えた。


「……、ということかね?」


「はい。その通りです」


 谷崎さんが頷く。他の容疑者2人は父親の言葉の意味が理解できないらしく、互いに顔を見合わせた。


「仮に、隠し通路以外の何らかの方法でこの部屋に忍び込んだものがいたとします。その彼、ないし彼女は凶器である短刀を手に、そうですね、このカーテンに潜んでいたとしましょう」


 オレの背後の窓際、そこにあるカーテンに身を隠す谷崎さん。これだと確かにオレは気付かないかもしれないが……、


「……そこに隠れていたとしたら、あたしからは丸見えね。これじゃこっそりお爺様を殺すなんて無理」


「そうなんです。それに、徳三郎氏の傷の位置は胸の正面です。ですから、仮に背後から忍び寄ることができたとしても、短刀を突き刺すには徳三郎氏を振り向かせないといけません。でも、この椅子じゃ振り向くことはできないし、もし、そんな状況になったとして、正面に座っている幸一郎氏が気付かないなんてことはありえません。だって、犯人は人間なんですから。


 あえて、そう付け加える谷崎さん。事前の打ち合わせ通りではあるが、谷崎さんものってきている。探偵っぷりがいたについてきた。今回で見納めだと思うと、ちょっと、どころかかなり惜しい気がしてくる。くそ……カメラさえあれば……! 

 

 正面に座る朽上さんも同じ思いなのが、どことなく伝わってくる。頑張って真剣な表情は保っているが、唇の端の方がピクピクしていた。


 忘れがちだが、鏡月館ここもまた認識が大きな影響を及ぼす異界の中だ。だから、犯人が人間であり、あくまで通常の物理法則にしたがった犯行であることを宣言することは大きな意味を持つ。


 今回の場合は、この鏡月館に敷かれた異能を制約する法則がオレたちに有利に働く。谷崎さんの推理を皆が認めたことで、今回の事件に怪異や異能者のような超常の存在が関わっていないことを改めて徹底させることができた。


「徳三郎氏の視点からもまた逆のことが言えます。彼がこの椅子に座っていた以上、書斎の入り口側から侵入者がいれば必ず目に入ります。見えている以上、今回の事件のように無抵抗に正面から刺されるなんてこと、考えられるでしょうか? ましてや、やってきた相手が見知らぬ誰かだったとして、無警戒に刺されるなんてことありえるでしょうか?」


 容疑者3人も含めて、谷崎さんの問いに答えられるものはこの場にはいない。谷崎さんの推理を否定できるものはここにはいないということだ。

 これで容疑者は完全に内部犯に絞られた。あとは、誰がどうやって殺したか、それを特定、証明する、大詰めだ。


「…………外部犯がありえないというのは分かった。だが、君の推理通りならば、例え犯人が我々のうち誰かだとしても犯行は不可能だ。よしんば、この部屋に侵入しても、父さんを正面から刺し殺すことは誰にも不可能だ」


「ええ。そうです、不可能なんです。


 幸次郎氏の疑問に、谷崎さんは『ただ1人』とという言葉を強調してそう答える。


 ここがこの事件の肝だ。12


1……まさか…………」


 遅れて、幸次郎氏も谷崎さんと同じ答えへとたどり着く。あからさまに動揺している。恐怖と驚きに震えるまなじりは演技には見えない。


「犯行現場の状況、そして、この密室という証拠が物語る真実は一つ。それは、徳三郎氏を殺害したのは、


 谷崎さんの声が再び書斎に響いた。


 『あらゆる不可能を取り除いた後に残ったものはいかに不可解であれ、それが真実』。

 そんな、とある名探偵の述べた真理の通り、今回の事件で『御岳徳三郎』を殺害したのは、『御岳幸一郎』だったのだ。

 

―――――――――― 

あとがき

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