第103話 名探偵谷崎しおりの推理

 事件現場である徳三郎氏の書斎、そこに集った全員の耳目が『探偵』谷崎しおりに集まる。


 そこに込められた好奇や驚愕、敵意を受け止めて、確かな使命感と共に谷崎さんはこう続けた。


「まず、この事件においてもっとも注目すべき点とはなにか。それが分かる方はいますか?」


 お、おお、こっちにも問いかける形でいくのか。すごく探偵っぽいぞ。事前に推理を聞いているからそこまで興奮しないんじゃないかとも思っていたが、こうして名探偵をやっている谷崎さんを特等席で見ていると、また別の感慨が……、


 っていかん、楽しくなっている場合じゃない。オレにはオレで別の役割があるんだ。集中集中……でも、なかなか誰も答えないせいで谷崎さんが不安でプルプルし始めているし、ここは――、


「――事件現場が密室状態だったこと、かしら? ねえ、探偵さん」


 しかし、ベストなタイミングで助け船が入る。朽上さんだ。その言葉に、谷崎さんも安心したようにうなずいた。

 さすがは親友同士。息もぴったりだ。それに、ゴマさんでもある以上、オタクとして推理のイロハも心得ている。


「そうです。わたしたちが徳三郎氏、幸一郎氏の遺体を発見した時、この書斎は完全な密室状態だと。扉にも窓に鍵が掛けられ、破られた形跡がありませんでしたから。ですが――」


 そう言いながら、谷崎さんはゆっくりと徳三郎氏の机に近づく。そのまま、机の下にある隠し扉のスイッチを入れた。


 容疑者たちは最初、何が起こるかわかっていなかったが、壁に並んでいる本棚がゆっくりと動き出すと皆、そちらに注目した。


「これは……!」


 驚きの声を上げたのは幸一郎氏の弟である『幸次郎氏』だ。

 白々しい演技、とは思わない。谷崎さんの推理では、


「御覧の通り、この書斎には隠し扉が存在しています。奥にある通路は屋敷の外に続いており、逃走経路としては十分に機能します」


「つまり、この書斎は密室じゃないってこと……?」


 これまた心底驚いた様子で、ユイカがそう確認する。やはり、その表情に嘘はない。吸精女郎の視界を借りなくても、この程度のことはオレにもわかる。


「はい。事件当時、この書斎は密室ではなかった。つまり、死亡した徳三郎氏、幸一郎氏の2人以外の誰かがこの書斎に侵入、2人を殺害し、逃走する余地はあったということです」


 谷崎さんはそこまで述べたところで、一度反応を伺るように言葉を切る。そうすると、容疑者の一人がこう叫んだ。


「じゃ、じゃあ、犯人は僕達以外ってことじゃないか!? だって、この部屋に誰かが忍び込んで、お爺様と叔父さんを殺すこともできたってことなんだから!」


 幸次郎氏の次男、御岳慎二の声には縋るような響きがある。

 それも当然か。彼らにとっては外部の犯行と結論付けられるのが一番都合がいい。


 だが、そういうわけにはいかない。鏡月館で起きた謎は鏡月館で完結するもの。


「そうとは言い切れません。それに、わたしは今回の事件とこの隠し扉には直接的な関係はない、そう考えています」


「一体何を……こうして、隠し通路がある以上、外部の犯行に決まっているだろう! 根拠もなく我々を疑うなど無礼にもほどがある!」


「そうなんです。わたしも最初はそう考えました。隠し通路がある以上、これが犯行と無関係なはずがない、と。でも、証拠はそうは言っていない。隠し通路はあくまでこの書斎が密室でなかったという事実を示唆するものでしかなく、今回の犯行とは何ら関係がないんです」


 幸次郎氏の恫喝にも動じず、谷崎さんは右手の指を2本立てる。先ほど見たリーズと同じ仕草に、思わず微笑ましくなり、どうにか再び表情を引き締めた。

 推理の要はここからだ。聞き逃したくはない。


「根拠は二つあります。一つ目は、通路の内部の様子です。あの通路には使われた様子がなかったんです。私とあし……宗一郎さんが最初に通路に入った時には他の誰かが通った様子はなく、しばらくの間、誰も隠し通路を使っていないのは確実でした」


 そう、オレと谷崎さんが最初に隠し通路に入った時、すでに彼女は通路の様子をつぶさに観察し、推理を立て始めていたのだ。

 さすがは、谷崎しおりだ。原作の『土御門輪』にも匹敵、いや、勝るほどに観察能力、洞察力に優れている。


「そ、それは分からないだろ。痕跡なんて消そうと思えば消せる」


「ええ。でも、現場の状況を見てください。幸一郎氏はかなりの抵抗をしているように見えます。これほどの抵抗を受けて、犯人が無傷、あるいは返り血の一滴も浴びなかった、ということはありえません。そういった痕跡も、この隠し通路にはないのです。よろしければ、確認しますか?」


「い、いや、それは……それは、いい。話を進めてくれ」


 あくまで強気な谷崎さんに押されて、幸次郎氏も引き下がる。

 探偵としての役割を見事に演じている。間違いなく今、この場を支配しているのは谷崎さんだ。


 ついでに言えば、通路の痕跡についてはオレとリーズ、朽上さんも直接確認した。

 確かに隠し通路には、あってしかるべき痕跡が何一つなかった。4人がかりで念入りに調べたからこれは間違いない事実だ。


「くわえて、この通路を犯人が使用していないとする根拠はもう1つあります。それは、この隠し通路が


 谷崎さんの言葉に、容疑者たちは何を言っているか分からないといった様子で顔を見合わせる。

 気持ちは分かる。オレも最初にこれを聞いた時は頭の上に『?』が浮かんでいた。


「……えと、この通路の存在を知っていたのは、ごく少数なんです。わたしが調べた範囲ではたった2人だけ。そして、その2人はここで亡くなっている……だから、この通路のことは誰も知らないんです。なにせ、鏡月館ここで長年働いてらっしゃる、執事の黒岩さんでさえご存じなかったんですから。ね、黒岩さん」


 谷崎さんの確認に、『執事の黒岩』役の影が頷く。彼は今回の事件の容疑者ではないので、顔を持たず、それゆえに、彼の証言にはかなりの信ぴょう性がある。


「この事実は先ほどのわたしの推理、今回の事件が外部犯によるものではないという説を裏付ける者でもあります。一族の間でも、当主と元当主しか知りえない通路ですから、まったく無関係の通り魔や強盗がこの通路をたまたま発見して使った、という可能性は切り捨ててもいいと思います」


「…………『外部犯がこの隠し通路を使って2人を殺した』、その可能性がなくなったことは認めよう」


 心底口惜しそうな顔で、幸次郎氏が言った。よし、ここまでは想定通りだ。

 容疑者の1人が谷崎さんの推理を認めたことで、この異界に存在したが一つ消えた。


 特に、今回否定されたのは外部犯の可能性。これで館の外をうろついていた怪異『殺人鬼』は無力化された。


 だが、ここまでは本命の推理に至るまでのいわば準備段階。余計な可能性をそぎ落として、唯一無二の真実へと手を掛けるのだ。


「……だけど、探偵さん。貴方が否定したのは、あくまで『外部犯がこの隠し通路を使って2人を殺した』という可能性だけだ。それだけでは、僕たちの中に犯人がいると証明できたわけじゃない。もしかしたら他に侵入経路があるかもしれないしね」


 そう指摘したのは、御岳信二だ。容疑者3人の中では彼が一番落ち着いているように見えた。


「ええ。そうですね。ですので、次は別の観点から内部犯の犯行であることを証明します。つまり、事件当時、この書斎の中では何が起きたのか、それを可能な限り、再現します」


 谷崎さんはそう言うと、オレと朽上さんに目配せする。

 

 ここからは谷崎さんだけではなくオレ達にも出番がある。

 緊張やいつアルマロスが襲ってくるか分からない状況への恐怖もあるが、被害者役とはいえこの推理劇に関われることに今のオレはひどく興奮していた。

 

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あとがき月

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