第102話 舞台は整った
谷崎さんの推理を聞き、その証拠も確認したオレたちは急いで鏡月館に戻った。
推理が成立し、謎が解けたといっても、全員の前で披露し、犯人を指名しなければ『鏡月館の異界』は解決しない。それがこの異界に敷かれた法則だ。
そのためにはまず推理に説得力を持たせるための証拠を回収しなければならない。
幸い、この異界において犯人が証拠を隠滅することはない。それもありとなると、謎が解けないということになり、この異界を形成した人々の感情に反することになるからだ。
そこで、まずオレたちが回収したのは徳三郎氏の部屋にあった『ワイングラス』と『ワイン』を回収した。証拠はこれと改めて行った死体検分のおかげで確証が得られた。
次に、書斎に隠されているはずの『徳三郎氏の遺言状』を回収した。
この遺言状、原作では探すのに大分苦労するしろものなのだが、ありがたいことに原作通りの場所に隠してあったので、オレの原作知識が久しぶりに役に立った。
隠し場所は徳三郎氏の机の二重底の下。原作通り、しかも、その内容も原作通りだった。
そうだ、遺言状は原作通りだった。それがこの事件の謎を解くカギだ。犯人の動機はすべて、この遺言状にあった。
次にオレたちはNPCである『執事』から証言を得た。彼の証言によって今回の事件におけるトリックにも確証が得られた。
これで準備は完了だ。あとは無事に推理を披露し、犯人を指摘すれば『鏡月館の異界』はその異界因を取り除かれ、崩壊する。オレたちが最初に到着した正門の前に転移門が現れ、現実への道が繋がる。
……問題はアルマロスだ。奴の目的がオレとゴマさんこと朽上さんを捕らえることなら、当然この異界からの脱出は阻止したいはずだ。
なら、必ず邪魔しに来る。それも『鏡月館の異界』が崩壊を始めて、異能の使用制限が解除される最悪のタイミングで仕掛けてくるはずだ。
そうして、大詰めである『謎解き』を前にして、オレたちは鏡月館にある
「……アルマロスの相手は、オレがする。それが一番だと思う」
オレの発言に、その場にいる全員の注目が集まる。
オレたち救出班だけで脱出するならまだしも、要救助者3名を連れた状態では誰かがアルマロスを足止めしないとどうにもならない。
「ミチタカ、いくら貴方でも『監察者』を1人で相手をするのは無茶ですわ。足止めなどせずとも、わたくしたち全員で戦えば勝機も――」
「いや、今回に限っては頭数を揃えても仕方がない。むしろ、アルマロスの異能を考えれば下手に全員で仕掛けると状況を悪化させかねない」
「……でも、アンタ一人じゃ勝ち目ないわよ? だから、合流を目指したんじゃないの?」
朽上さんが言った。当然の指摘だ。オレも彼女にはそう話していた。
「ああ。けど、状況が変わった。鏡月館を解体できないのなら、アルマロスを倒す必要があったが、もう謎は解けてる。だったら、薄い勝ち筋を追うよりも確実に全員が生き延びられる道を選んだ方がいい」
ここにいる全員で戦えばアルマロス相手にも勝てるかもしれない、その前言を撤回するつもりはない。
だが、あくまで『かもしれない』だ。アルマロスの異能こそ明らかになったが、やつの手の内がすべて明らかになったとは限らない。必死こいて追い詰めたところで、切り札を切られて一発逆転なんてのは笑えない。
であれば、より確実な方法を取るべきだ。オレが足止めして、その間に残りの全員で出口に飛び込めばいい。
「……その全員に、自分を含めていますか? ミチタカ」
リーズが言った。こちらを見る彼女の顔はどこか悲しげで、途端にバツが悪くなるが、オレだって無策じゃない。心配はありがたいが、アオイとの約束もあるし、オレにだって欲も目的もある。こんなところで死んでたまるか。
「オレだって、死にたいわけじゃないさ。でも、この面子だと一番、足止めに向いているのはオレだ。己の役目を全うする、異界探索の基本だ。それに、きちんと対抗策は考えてる」
「……わかりましたわ。貴方を信じます。でも、不利と見たら勝手に加勢しますから、そのつもりで」
「…………それに関しては止めても無駄そうだな」
リーズの決意は固い。オレが何を言っても翻意はさせられないだろう。
……なんだろう、頬が熱い。少しは他人からの好意にも慣れてきたつもりだったが、やっぱり、嬉しいやら恥ずかしいやらで、なんだか温かい。
「じゃあ、決まりね。やばくなったら、全員でアルマロスと戦う。あとは、『なんとでもなれ』ってやつよ」
そう言って、話をまとめてくれるのは、朽上さんだが、すこしだけ『ゴマ』さんも混じっている。あの可愛らしいやつらが暴れてる漫画、好きだったもんな、ゴマさん。
「……そろそろ時間だな。行けるか? 谷崎さん」
「う、うん! 任せて!」
谷崎さんは気合の表れなのか勢いよく立ち上がりすぎて、ちょっと転びそうになる。早速心配になる感じだが、そんなところも可愛らしいのが谷崎さんだ。
それに、事前に聞かされた推理からしても谷崎さんの探偵としての能力には疑う余地はない。
……今回の鏡月館の殺人の謎はこれで解明される。それでも多くの謎は残ったままだが、少なくともこれで道は開ける。あとはそれこそ、野となれ山となれだ。
◇
そうして、鏡月館内における深夜2時ごろ、容疑者3人とオレ達救助班を含めて関係者全員が事件現場である徳三郎氏の部屋に集められた。
深夜の呼び出しということもあってか、空気は重苦しくひりついている。まあ、床に寝かされ白いスーツに包まれているとはいえ、目の前に死体が2つもある状況で、落ち着けという方が無理があるのだが。
というか、こんな時間なのにきちんと集まったことも驚きだ。みんな眠れなかったのか……? などと言うことはあり得ない。
これもまた谷崎さんに与えられた探偵としての役割の力だ。『探偵が推理を披露する以上はそこには容疑者が揃っていなくてはいけない』、そんな強制力が働いたからこうして全員が集まった。
なので、あとは推理を披露して、犯人を指摘するだけ。なのだが――、
「ほ、本日は! お集りいただきまして! あ、ありがとうございます!」
谷崎さんが言った。というか、叫んだ。声が上擦っているとかそんなレベルじゃない。隣居たオレの耳がキーンとなるくらいだった。
それに、これだと結婚式かなんかの挨拶だ。探偵としての能力は十分だが、本人のあがり症は計算に入れていなかった。
そんな谷崎さんもかわいいが、それだけではどうにもならない。いや、オレなら許しちゃうけど、それはそれだ。
ここはオレがフォローするしかないか……、
「……探偵さん、まずは深呼吸を」
「は、はい! す、すみません……」
深呼吸して、どうにか平静を取り戻す谷崎さん。さっき大声を出したおかげで、大分、緊張がほどけたようだ。
ほかの容疑者たちには見えない角度で、リーズと朽上さんも谷崎さんを応援している。
頑張れ、谷崎さん……! 真実は君の肩に掛っているぞ……!
「ねえ、探偵さん? こんな時間に何の用なの? 非常識じゃないの?」
要救助者であり容疑者でもある『
心配なのは、谷崎さんがしり込みしてないかだが……大丈夫そうだ。そもそも、緊張でユイカの言葉はおそらく耳に入っていない。
これなら大丈夫だ。推理が始まれば、内部にいるものには邪魔はできない。
「――皆さんに集まってもらったのは、謎が解けたからです! 徳三郎氏と幸一郎氏を殺した犯人はこの中にいます!」
谷崎さんの言葉が、書斎に響く。その声には『谷崎しおり』としての緊張と『探偵』としての自信が入り混じっていた。
容疑者3人は驚きの表情で固まり、次に互いに顔を見合わせた。
役者は集い、証拠も揃った。今こそ、探偵の手で『謎』をつまびらかにする時だ。
……ここに録画装置がないことが心の底から口惜しい。せめてこの目と記憶に、名探偵谷崎しおりの推理をしっかり焼き付けるとしよう。
――――――――――
あとがき
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