第101話 『謎』

 暗い地下通路を2つの灯りが照らしている。

 1つはオレが制御している鬼火。もう1つはリーズが出している炎だ。リーズの隣では、谷崎さんが驚いた顔でこちらを見ていた。


 まさかここで2人と合流できるとは思ってなかったが、嬉しい誤算ではある。これでアルマロスが追い付いてきても戦力は十分だ。


「でも、2人はどうしてここに……」


「す、少し調べたいことがあって隠し扉に入ったの。それで、ついでに理沙ちゃんと蘆屋君と合流出来たらなって――って、理沙ちゃん!? それ血!?」


 ゴマさんこと朽上さんを見て谷崎さんが叫ぶ。傷そのものはすでに回復しているが、着ているドレスには血がべったり付いている。出血量はかなりのものだったから、叫びたくなる気持ちもわかる。


「落ち着いて、しおり。もう治ってるし、大したことないから。それより、話さなきゃいけないことがあるの」


 ……さっきまでゴマさんだったのに、一瞬できちんと『朽上理沙』に戻っている。さすがはゴマさんだ。でも、わかっていてよくよく観察すると少しだけ心配されて嬉しいやら、申し訳ないやらの感情が見て取れる。

 なるほど。どちらも本物だ。朽上理沙とゴマさん、今の彼女はそのどちらでもあるのだ。


 では、オレは? 蘆屋道孝オレはオレなのだと言い切れるだろうか?


「――ともかく、こっちの状況はそんな感じ」


 オレがそんなことを考えていると、『朽上さん』がオレたちが向こう側の屋敷で遭遇したものについて報告を済ませてくれる。

 

 特に重要なのは、『アルマロス』についてだ。解体局全体の敵であり、オレたち『異能者』の天敵でもある存在がこの異界に来ているというのは、全員にとって完全に想定外のことだった。


「『磔になるがいい! 豚どもめ!』」


 話を聞き終えた瞬間、リーズが母国語でなにかを叫んだ。オレには意味までは分からないが、罵倒の類、それも呪いまで込められていることは明らかだった。


 無理もない、か。リーズの実家、ウィンカース家はもともとはケルトの『ドルイド』であり、『魔女』の家系でもある。

 つまり、殉教騎士団にとっては排除すべき『異端』そのものと言ってもいい。当然、徹底的に排除されてきた分、因縁の根が深い。身内での争いばかりやっている日本の異能者オレたちとはまた違う歴史があるのだ。


 オタクとしては、そこら辺の細かい事情をぜひ知りたいところだが、友人としては突っ込みづらい話題ではある。本気で怒っている様子のリーズの横顔からしても凄惨な歴史があることは明らかだった。


「取り乱しましたわ。お許しを」


 さらに二、三言ほど罵倒を述べると落ち着いたのか、息を吐くリーズ。そのまま冷静さを取り戻して、こう続けた。


「相手が、殉教騎士団、それもかの『監視者たちグリゴリ』ともなれば、相当なが動いていると見て間違いありませんわ」


「陰謀?」


 信仰心の身を旨とする殉教騎士団らしからぬワードだ。そんなオレの反応に、リーズはため息交じりにこう答えた。


「以前のわたくしならばこれだから田舎者は困るとでも言っていたのでしょうが、この国の内情を知ればそうも言ってられませんわね。内輪もめが多すぎて、外を見る余裕がない。なので、貴方達この国の術者が知らないのも無理はありませんか。いいですか、殉教騎士団の連中は狂信者、利益では動かないと見せかけて、実のところ、俗な連中でもあるのです」


「……どういうことだ?」


 オレが聞くと、リーズは指を二本立てた。

 実際、オレも含めて日本の術師は国内に引き籠もっているやつが多い。オレはこれでも詳しい方だ。しかし、原作知識込みでも、リーズのように実際に海外で生きてきたものの知識には及ぶべくもない。


「一つ、騎士団の構成員はともかくそれに指示を出しているのは、教会のお偉方です。そして、そういったお偉方が優先するのは教理ではなく利益です。政治、金、出世、保身そういったものですね。今回の場合は、『監視者たち』が動いていて、しかも、表向きは休戦状態にある解体局に正面から仕掛けている。つまり、それだけの利益がこの襲撃にはあるということですわ」


 指を1つ折るリーズ。根拠はもう1つあるということだろう。

 

 ……しかし、そうか、殉教騎士団の信仰とアルマロスにばかり目がいって、その目的や指示を出した誰かには考えが回ってなかった。リーズがいてくれて助かった。


「次に、そのアルマロスの行動ですわ。2人の話によれば、アルマロスは最初、『竜殺しセントジョージの鎧』を装備していたのでしょう?」


「そうよ。でも、騎士団所属ならそれが普通じゃないの?」


 朽上さんが尋ねる。オレと彼女の持つ知識からしても、殉教騎士団の団員が『竜殺しセントジョージの鎧』を着ているのは自然なことのように思えるが、リーズは違うと言う。


「それは末端の『告発官アキューザー』の話ですわ。貴方達が遭遇した通り、『監察者』は異能者です。異能を阻害してしまう鎧は足かせにこそなっても、鎧として機能しません。やつらはその肉体1つで異能者を狩るのです。だから、鎧を着ているのはおかしい」


「……必要がないってことか」


 確かに言われてみれば納得ではある。

 アルマロスの戦闘力は鎧を脱いだ後の方が明らかに上がっていた。鎧の防御力も厄介ではあったものの、こちらとしては最初から本来のアルマロスに攻めてこられた方がやばかった。


「ですが、アルマロスが鎧が着ていたということは、その必要性があった、ということですわ。考えられるのは偽装のため、あるいは身を隠すためでしょう。あの鎧は異能では感知できませんしね」


「……おそらく、もだ」


 リーズのおかげで思い出したことがある。

 アルマロスは確か『お前たちが自分について知っているのであれば隠す意味がない』と言っていた。


 つまり、やつは自分のを隠して動くつもりだったわけだ。しかも、この場合の正体とは殉教騎士団の一員であることではなく、自らが監視者たちグリゴリであることだ。

 

 …………偽装としてはやはり中途半端だ。組織間での抗争を避けたいのなら、そもそも、自らの所属を誤魔化す必要があるが、アルマロスは『竜殺しの鎧』を着ていた。それじゃ殉教騎士団の一員であると宣伝して回っているようなもの。仮にオレたちを皆殺しにしたとしても、残された痕跡からすぐに下手人が殉教騎士団の一員だと割れる。意味がない。


 では、なぜだ。なぜアルマロスは最初から『アルマロス』として仕掛けてこなかった?  

 ……決まっている。解体局に『監視者じぶんたち』が動いていると悟られないためだ。

 

 あくまで偶発的な事故、殉教騎士団は解体局にそう思わせたいのだ。実際、ここでオレとゴマさんを捕らえ、他のものたちの口を封じてしまえばそう見せかけることができる。


 問題は、なぜそんなことをしたか。事故だとしても騎士団の人間が解体局の探索者を殺したとなれば、衝突は避けられない。

 であれば、隠したいのはもっと別の情報――、


「――マジか」

 

 その答えに行き当たり、思わず声が漏れた。できればちがってくれ、と思うが、どう考えてもこれしかない。


 ああ、くそ、

 アルマロスの目的は、やはり、オレとゴマさんの確保。つまり、転生者を捕まえようとしているのだ。


 最初はその理由を連中の教義ゆえだと思っていたが、リーズのおかげで別の側面から答えが見えた。


 殉教騎士団は必ずしも信仰心のみで動いているわけじゃない。信仰心だけが理由であれば、オレやゴマさんを生け捕りではなく殺そうとしていたはずだ。


 信仰心が理由ではない。であれば、解体局の戦争を覚悟してまでオレやゴマさんのような転生者を確保しようとする理由は一つしかない。


 。奴らはいずれ八人目の魔人が出現し、しかも、それが転生者であることを知っているのだ。


 アルマロスが、いや、殉教騎士団の上層部が隠そうとしているのはその情報。監視者グリゴリの一角が動いたとなれば解体局もさすがになにか世界規模の問題が起きたのだと勘づく。

 それを避けるために、わざわざこんな回りくどい偽装をしたのだ。八人目の魔人の誕生に誰よりも先んじて介入するために殉教騎士団は動いている。


「アルマロスの目的は、たぶんオレだ」


 覚悟を決めて、そう口にした。ゴマさんのことを伏せたのは彼女の意思を尊重したというのもあるが、なにより、今は情報を絞っておきたい。

 でなければ、あとでどこから情報場漏れたのか特定できなくなる。


 なぜ、まだ魔人たちの間でしか知られていないはずの八人目について殉教騎士団が知っているのか。

 なぜ、転生者であることを知られたのか。

 なぜ、今この時、この場所にオレたちが揃っていると分かったのか。


 疑問も山ほどあるが、今は解決できない。くそ、誘先生がいてくれたら……いや、ダメだな。面白がって事態をひっかきまわすビジョンしか見えない。


 ……ああ、くそ! どうしてこんなスパイゲームみたいな真似をオレがしなきゃいけないんだ! ただでさえ隠しごとのせいで胃が痛いのにこれじゃ拷問だ。


 だが、愚痴ったところで事態は好転しない。今は目の前の事件にだ。


「……どういうことですの? ミチタカ」


「…………今は詳しくは言えん。だけど、まず間違いない。生け捕りにして、拉致する。この異界は、そのための罠だ」

 

  オレの言葉に考え込むリーズ。もどかしい。何もかもを話してしまいたくもなるが、今はそれもできない。

 ……心苦しいし、リーズたちとしても納得は難しいだろうが、ここはどうにか説得して――、


「――わかりましたわ。貴方を信じます。その前提で動くといたしましょう」


 しかし、誰よりも早くリーズがそう言った。蒼色の瞳には迷いは疑いはなく、ただ真っすぐにオレを見つめ返していた。


 …………谷崎さんも同意見なようでオレの方を見て両手の拳を握ってフンスとしている。かわいい。もとい、マジか…………、


「……いいのか? オレ、大概怪しいことを言ってると思うんだが……」

 

「今更ですわ。ええ、まったく今更。わたくし、とうの昔に貴方に命も心も預けております。その貴方が今は話せない、と言うならわたくしはそれを信じるまで。信なくば立たず、とこの国では言うのでしょう?」


「……少し意味は違うが、ありがとう。正直、すごく嬉しい」


「当然! このリーズリットの信頼と思慕はそう安いものではありませんことよ?」


 余裕な感じで、ウインクをするリーズ。そうはしつつも、耳が赤くなっているのが彼女の愛らしさだ。


「谷崎さんも、朽上さんもありがとう」


「うん! 蘆屋君が話せないってことは何か事情があるってことだもんね!」


「…………まあ、しおりが信じるっていうならあたしもそれを信じるわ」


 2人もまたオレを信じると言ってくれている。嬉しい限りだ。それに、ゴマさんならオレが話していない事情についても察しがついているはずだ。


 ともかく、こうして合流もできた。アルマロスの目的についてもい見当が付いた。であれば、今優先すべきは――、


「ともかく、今はこの異界からの脱出を優先すべきだ。できるだけ早く鏡月館の謎を解いて、遭難者を連れて現実世界に戻る。学園にまで戻れば、アルマロスも追ってこられない。万が一の時は、増援も期待できるしな」


「じゃあ、問題は謎解きね。といっても、まだ手掛かりが――」


 朽上さんの指摘は正しい。鏡月館の謎が原作通りのものならばまだしも、こうも変わり果ててしまってはまだ推理は立てられない。もう一度、鏡月館に戻って――、


「――あ、それだったら、もう解けたと思うんだけど……」


 控えめに、しかし、確かに谷崎さんの声が響いた。全員の耳目が彼女に集中し、谷崎さんは短く「ひっ!?」と悲鳴を上げた。


 謎が……解けた……? 


―――――――――― 

あとがき

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