第96話 かませ犬の意地
戦闘の余波で、小さな礼拝堂は瓦礫の山と化した。
まるで爆撃でもされたかのような有様だが、異能者同士の戦闘となればこの程度は日常茶飯事だ。もっとも、現実世界でこんなことをすればそれこそ新しい異界を生みかねないが。
幸い、意識を失っている朽上さんは吹き飛ばされたおかげで戦闘には巻き込まれいない。オレがそうした部分もあるが、目の前の敵、『アルマロス』がそう望んでもいた。
……オレとしては、できるだけ早く朽上さんが目覚めてくれると助かるのだが、そううまくはいかないだろう。
「異界とはいえ、ここまで礼拝堂を壊すとはな。冒涜にもほどがある。どう責任を取るつもりだ、異端者」
言葉とは裏腹にアルマロスの顔には狂暴な笑みが浮かんでいる。法衣はほとんど焼け落ちて、下着どころかもう全部丸出しに近いが、本人は気にしていないし、オレの方も気にする余裕はない。
……まあ、綺麗だとは思うけど。原作キャラじゃないからこういうのは変だけど推せるキャラデザだ。
「……半分くらいはアンタが壊したんだろ。それに、人に異端云々言えた義理かよ。その『魔力吸収』も『復活』も異能だろうが」
「身共の体質はともかく、我が肉体を再生させたまうのは神の奇跡である。司祭たちの祈りが天に通じているのだ」
物は言いようとはまさにこのことだ。
司祭たちの祈祷による『復活の奇跡』の再現と表現すれば聞こえはいいが、結局のところ、異能には違いない。その原理も魔力を用いて、伝承にある奇跡をダウンスケールして再現しているだけに過ぎない。
同じ力を使いながら自分たちに都合の悪いものは『異端』と呼び、都合の良いものは『奇跡』と呼ぶ。
殉教に至るほどの信仰心も蓋を開ければ、結局のところ、立場によって見方を変えるものでしかないということだ。
そんな相手を恐れる必要はない、と自分に言い聞かせる。どうにも膝が笑っていた。
「…………異能によって攻撃を受けた瞬間に、そのダメージと相手の異能そのものを魔力に変換、吸収。そして、その魔力で『奇跡』を励起させて瞬時にダメージを回復。こっちは攻撃するだけ消耗して、アンタは攻撃を受ければ受けるほど元気になっていく。そんなところか?」
オレの推測にアルマロスは答えない。ただ美しい相貌に狂暴な笑みが浮かんだ。
……どうやら考察自体は正解らしい。
普通、異能者や術者の類は自分の異能の正体や仕組みを見抜かれた時点で、少しは動揺したりするものだが、今回の場合は少し毛色が違う。
なにせ、バレたところでこの『魔力吸収』には弱点がない。
異能による攻撃にはその原理上、必ず魔力が発生する。その魔力を吸収し、回復するということは与えたダメージ分をそのまますべて回復されてしまうということだ。それこそ異能では絶対に殺しきれない。
しかも、アルマロスは攻撃からだけではなく周囲の空間の魔力を絶えず吸収している。
鬼火の消滅速度から見ても吸収範囲はアルマロスから周囲半径3メートル程度。狭いがその分吸収速度は凶悪で、魔力量の低い術者なら瞬く間に魔力を吸い殺されるほどだ。
ついでに言えば、先ほどの再生から見てもアルマロスを復活させている『奇跡』は概念的な復活だ。傷を負った際に無事な肉体から細胞が再生しているのではなく、『アルマロス』という存在そのものがあるべき形に復元されているのだ。
仮にアルマロスの肉体をその細胞の一片に至るまで燃やし尽くしたとしても、おそらく残された灰からアルマロスは復活するだろう。
それほどの奇跡だ。消費される魔力の量は膨大だろうが、アルマロス自身の異能と結びついているから消費に供給が追い付いている。
では、異能を介さない物理攻撃ならば、と考えたくもなるが、復活はアルマロス自身の貯蓄魔力でも可能なはずだ。
アオイや先輩のような武術の達人ならばまだしも、オレのような素人ではどうにもならない。
この『復活』を止めるには魔力の枯渇を狙うしかないが、異界の内部には絶えず魔力が循環している。つまり、異界で戦う限り、アルマロスに枯渇は起こらない。
……考えれば考えるほど嫌になるレベルの無敵っぷりだが、破る方法はある。あるにはあるが、今は無理だ。
なので、別の方法を取る。例え倒せなくても動きを封じる方法はある。問題は、それをどう実現するかだが――、
「ふん!」
アルマロスが踏み込んでくる。『千年樹』の枝を張り巡らせて壁を作るが、一瞬で破られる。ぶち破られた枝が周囲に散らばった。
間合いが詰まる。『八門金鎖陣』による回避成功率は50%。ギャンブルと考えれば悪くない数字だが、まだ早い。
『ごしゅじん! まもる!』
七尋童女がアルマロスの前に立ちはだかる。右の拳をアルマロスの頭上に振り下ろした。
「せいっ!」
隕石の落下の如きそれをアルマロスは同じく拳で迎え撃つ。
拳と拳が衝突し、轟音を発する。力と力が正面からぶつかり、鍔迫り合いとなった。
有利なのは体積体重ともに上回り、なおかつ上から攻撃している七尋童女。しかし、相手はアルマロスだ。そうたやすくはいかない。
『――っ!?』
七尋童女の巨体がはじき返される。
どういう怪力だ。人間サイズのまま巨人との力比べに勝つなんてやってることが神話の住人のそれだ。
「はっ!」
そのままアルマロスは空中で反転。オレに向かってかかと落としを放つ。
速度も威力も十分、命中すればオレの体なんて容易く砕け散る。
勘と運を信じて、右側に転がる。どうにか成功した。凄まじい一撃がすぐ傍を掠めて、礼拝堂の床を叩き割った。
これでさらに運を使った。次の攻撃をかわせるかどうかはそれこそ分の悪い賭けになる。
「ふっ!」
追撃の裏拳を後ろに飛んで回避する。
これで陣による幸運の強化は使い切ってしまったが、アルマロスの間合いに長々とどまっているのは得策じゃない。
「――妙だな。お前が避けているのではなく、身共が外している。その陣の効果だな? 確率操作の邪法の類と見たが……それも使い切ったか」
手を振って噴煙を払いのけるアルマロス。その表情には余裕と自信が溢れていた。
それもそのはず。こいつはこちらの術の内容どころか、それがもう限界であることまで見抜いている。ただでさえ戦力差は明らかなのに、手の内が透けていては勝ち目がない。
「異端にしては、よく戦った。だが、終わりだ。懺悔するがいい。もっとも、
「……そう言うわりには随分と悠長じゃないか。殺気がないぞ、アルマロス」
アルマロスの攻撃にはどれも即死級の威力がある。オレ程度では一発クリーンヒットするだけで、身代わりを貫通して即戦闘不能になる。
そんな攻撃を連発しておいて殺す気がない、というのは矛盾しているように思えるが、問題は攻撃そのものではなくその意図だ。
簡単に言えば、アルマロスが本当にその気ならオレはとうの昔に死んでいる。
こちらに有効打がない以上、アルマロスはいくらでも間合いを詰められる。常に至近距離で動かれ、攻撃を続けられてたらオレは何もできずに死んでいた。近接主体の異能者が術者を相手する際の常とう手段だ。
でも、アルマロスはそうしなかった。こちらの異能の正体を掴むまで様子見していた可能性もあるが、アルマロスほどの実力があればそんな小手調べは必要ない。
となれば、考えられるのは、もう一つの可能性だ。
その可能性とは、アルマロスに殺意がないという可能性だ。うすうす感じてはいたが、アルマロスにはオレたちを殺す気がない。追撃すれば確実に殺せる場面でも攻めてこなかったのはそうとしか考えられない。
理由は、分からない。そもそもこいつがなぜここにいるのか自体が新たな謎だ。
無論、だからといって手加減などしてくれてはいない。ただ一発殴って生きていたら、それ以上の追撃はしないというだけのこと。しかし、それだけの意識の違いがオレの命をどうにかとどめていた。
「――ほう」
オレの指摘に、初めてアルマロスの笑みが消える。黄色い目を細め、不愉快そうにこう続けた。
「……それで、自分は殺されないと高を括っているのだとしたら大きな間違いだぞ。お前たちの生け捕りはあくまでついでのこと。うっかり殺してしまう、なんてこともあるかもしれんぞ」
「ご親切にどうも。おかげであんたの目的が透けたよ」
オレの挑発に、アルマロスは一歩オレの方へと踏み込む。これで完全にやつの意識はオレへと向いた。あと、1秒だ。あと1秒あれば準備が完了する。
しかし、お前たち、か。オレとしたことが自分だけが標的と思い込むとは慢心していたか……、
「見ものだな。次の一撃まで貴様の幸運が持つかどうか、試してみるといい――!」
拳を振りかぶり、アルマロスが迫る。今度こそ殺意に満ちた必殺の一撃だ。
瞬間、オレは八門金鎖の陣を展開。貯めておいた幸運ではなく未来における幸運の一部をこの時点に集約させる。
この先どこかで痛いしっぺがえしを食らうことになるだろうが、背に腹は代えられない。今この瞬間を生き延びるためにはすべてを使う必要がある。
そうして、オレは滑るようにしてアルマロスの一撃をすり抜ける。そのままオレとアルマロスの位置が完全に入れ替わった。
しかし、オレの体勢は完全に崩されている。今追撃を受ければそれこそどうしようもない。
だが、これでいい。すでに布石は打ってある。あとは盤面を崩すだけだ。
「――『根腐れ』」
地面に散らばった千年樹の枝。そこから伸ばして礼拝堂の床全体に張り巡らしておいた千年樹の『根』を一気に自壊させる。
すると、何が起きるか。空洞化した床全体が一気に崩れて、地下空間へと崩落する。
事前の六占式盤による探査によれば、この礼拝堂の下には古い
つまり、この床を崩せば、亡霊共の渦巻く地下墓地へと真っ逆さまだ。
この地下墓地にアルマロスを落とすのがオレの考えた作戦。亡霊共程度にアルマロスがどうこうできるとは思わないが、降り注ぐ瓦礫と亡霊の群れはオレの代わりに時間を稼いでくれるはずだ。
「ぐっ!? 貴様!?」
「あばよ! あんたの相手はまた今度――っ!?」
あとは、オレが脱出するだけ。しかし、間に合わない。急激な魔力消費による意識の混濁、それが最悪のタイミングで訪れた。
ああ、くそ。しっぺ返しが早すぎる。このままアルマロスと一緒に落ちたんじゃ、作戦の意味が――、
『――ガゥ!』
空中でオレに追いついたのは、紅い閃光。崩れ落ちる瓦礫を足場に跳躍、そのままオレの体をくわえて地上へと引き上げてくれた。
オレを助けたのは、紅い毛並みの美しい狼。ああ、本当、最高だ。なんやかんや言いつつ、朽上さんはオレのことを見捨てないでくれたのだ。
――――――――――
あとがき
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