第95話 異能の正体
目の前にいる女、監察者『アルマロス』を名乗ったこの女が原作設定どおりの存在ならば、今のオレには勝ち目がない。
なにせ原作設定によれば殉教騎士団は今から100年ほど昔、その総力を結集して『7人の魔人』の一角を撃退している。詳しいことは原作資料集に記されてはいなかったが、この世界に来てからある噂を聞いた。
かの戦いにおいて殉教騎士団は20人の
相手が魔人のうち誰だったかは伝わっていないし、ただの噂として記憶にとどめただけだったが、それが本当なのだとしたら単純計算で目の前の女の戦力は魔人の20分の1程度ということになる。
そう比較すると大したことないように見えるが、数字に騙されてはいけない。この世界を吐息一つで滅ぼしたり、創ったりできる存在の20分の1だ。オレなど精々が1万分の1がいいところで、勝負さえ成立しない。
しかも、このアルマロスはその噂にたがわぬ力を見せつけている。
ただ戦うのでは勝ち目はない。絶望的な状況だが――、
「――よい笑みだ。お前はやはりこちら側。ますます惜しい」
褐色の女、アルマロスが言った。いつでもこちらを殺せるがゆえに、この状況を最大限に楽しんでいる。
冗談じゃない。こっちはあくまで自暴自棄にならないので精いっぱいで、楽しんでいると自分に言い聞かせているだけだ。
それに惜しいとか何とか言っているが、こいつにはその気がない。オレに勝機があるとしたら、その一点だ。
「『六占式盤・
覚悟を決めて、六占式盤を再展開する。カバーする範囲はオレの周辺3メートル圏内、まだ試作段階の『陣』、有用性は今証明するしかない。
式神たちの即時召喚も可能。だが、『独眼龍』と『黄幡神』の召喚は不可能。アルマロスと一対一のこの状況では召喚までのタイムラグが命取りになる。
つまり、オレの持ち札は普段使いしている式神たちとこの新型の六占式盤のみ。
対して、アルマロスはその手の内をほとんど晒していない。分かっているのはとんでもない再生能力があることととてつもない身体能力をしていることだけだ。
「だが、死ね!」
アルマロスが右のパンチを放つ。オレの動体視力では残像を捉えるのがやっとなそれをオレは紙一重で躱した。
続いて、跳んでくるのは左の足刀。命中すればオレの頭をスイカのように粉砕するであろうそれを、今度はしゃがんで回避。続けざまの左の蹴りを後方に跳んでどうにか避けた。
そのまま、さらに下がって間合いを空ける。同時に『陣』を再展開して、呼吸を整えた。
どうにかうまくいった。いきなりの実戦投入にも関わらず、
陣はよく働いてくれている……!
先ほどの攻撃をオレが回避できたのは、オレの実力じゃない。オレの運がよかったからどうにか躱せたのだ。
より正確に言えば、『六占式盤・
この陣は古くから伝わる『陣』をオレがアレンジしたもので、三国志にて登場する『八門金鎖の陣』と陰陽道の基本である『六占式盤』を組み合わせることで完成したものだ。。
その効果は『陣の中心に位置する者の幸運を高め、陣に入ったものに不運をもたらす』というもの。もともとの陣の持つ特定の箇所から侵入しなければならないという特性に、六占式盤の運勢操作機能をプラスした陣となっている。
ようは、陣の中心にいるオレは超ラッキー状態であり、陣に踏み込まなければならないアルマロスは超アンラッキー状態になるということだ。
だから、先ほどの攻撃を回避できた。いや、正しくは先ほどの攻撃は外れた。奴自身にも自覚はないだろうが、オレの回避する方向十八の攻撃に際しての意図が奇跡に敵に重なったことでオレは生き延びたのだ。
もっとも、この『陣』にも欠点はある。単純な話だ。『幸運』は滅多に起こらないから幸運というのだ。そう何度も続いてはくれない。
『陣』の効果は一度発動するごとに薄れていく。初回の回避成功率が70%ほどとしたら次は50%、そこを乗り切ったとしても30%と目減りしてどうにもならなくなる。
つまり、もう相手に攻め込ませている余裕はないってことだ。
「『千年樹』! 『七尋童女』!」
「っ!?」
こっそり再生を終えていた『戦場千年樹』の枝をアルマロスの両手両足に絡みつかせる。多めに魔力を注ぎ込んで最大強度にしていても一瞬しか拘束できないが、その一瞬が欲しかった。
『敵! 倒す!』
礼拝堂の天井いっぱいにまで巨大化した七尋童女がその拳をアルマロスに叩き込む。
その破壊力に礼拝堂の壁が崩れ、大量の瓦礫がアルマロスに圧し掛かる。普通の人間なら即死するだけの威力があったが、アルマロスはそんな甘い相手じゃない。
「そのまま潰せ!」
『うん!』
そのまま容赦なく拳の雨を降らせる七尋童女。絨毯爆撃のようなそれに礼拝堂はどんどん崩れていく。
七尋童女のパワーも上がっている。今の彼女の怪異としての位階は『Bクラス』、本物の『巨人』とも同格だ。
しかし、感覚で分かる。アルマロスには大したダメージは入っていない。いや、違う。ダメージ自体は入っている。入っているが、その瞬間に再生されている。肉が裂け、骨が砕けるたびに、それが一瞬にしてなかったことにされているのだ。
恐るべき再生能力だ。相手が無抵抗だったとしてもこのまま攻撃を続けてもこっちがへばるのが先になる。
……まずは再生の異能の原理を暴く。それができてようやく勝ち目が生まれる。
「『吸精女郎・
呼び出したのは
…………無論、重要なのはそこじゃない。重要なのは、こいつの位階が上がったことで習得した新たな異能だ。もとは補助役として役割を持たせていた吸精女郎だが、今は直接的な攻撃能力も持っている。
それが『色即絶世』。色をも焼き尽くす激情の異能だ。
『――ふふ』
吸精女郎が妖艶に手をかざす。すると、アルマロスの埋もれている瓦礫の周辺に無数の火の玉が出現する。
鬼火だ。オレが制御するよりもはるかに大量、かつ質のいい鬼火が突如として出現、アルマロスの周囲を取り囲んでいた。
「焼き尽くせ!」
オレの号令に応えて、吸精女郎が鬼火たちに命を下す。100を超える鬼火がアルマロスに殺到した。
鬼火たちは一点に収束、火柱となってその地点にある全てを滅却する。火力そのものはリーズの全力には及ばないが、鬼火の起こす炎は霊的なものであり、物理的なものじゃない。
無論、直接的なダメージとして火傷の霊障も残すが、より重要なのはオレが設定した追加効果だ。
『再生阻害の呪詛』と『魔力吸収』。この『色即絶世』のもう一つの強みが追加効果を敵に応じて変更できる点だ。元が単純な呪詛であり、『吸精女郎』自体が呪いの扱いに長けているからできる芸当だった。
数秒後、呪いの火柱は鬼火たちの魔力を使い果たして鎮火する。やはり、早い。オレの目測通りなら、燃やし尽くすまでは30秒程度だったはずだ。
あとに残されたのは、黒焦げの人形。例え怪異であってもここまで燃やされては後は消滅を待つだけだが――、
「――っあ、ああああああ!」
アルマロスは再生する。瞬く間に新たな肉が作られ、皮膚が形成され、彼女は人間としての姿を取り戻した。
……『再生阻害の呪詛』は作用している。わずかだが再生速度が鈍っている。
だから、問題は機能しなかった方の呪いだ。
『魔力吸収』の呪いは無効化された。いや、違う。鬼火たちは確かにアルマロスの魔力を吸収していたが、逆にそれを上回る速度で魔力を吸いつくされた。
…………『あらゆる術師、術を打ち倒すもの』、なるほど、その異名にたがわぬ力だ。
『魔力吸収』の異能』とでも言うべきか。確かに彼女、アルマロスこそはあらゆる術者、異能者の天敵ともいえる存在だ。
……こうでなくっちゃな。やっぱりこの世界は過酷で、危険だが、それ以上に素敵だ。
――――――――――
あとがき
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