第92話 狼と銃

 殉教騎士団の告発官は異能者狩りに際して、異能の類は一切使わない。

 術も超能力もなし。ただ、神の奇跡と人の生み出した火の技をもって怪異を屠る。それが告発者だ。


 だが、神の奇跡はともかくただの銃火器や科学の産物では異界や怪異、異能者には対処できない

 霊体に対して銃を撃っても弾はすり抜けるだけだし、中位の怪異はたとえ肉体をバラバラにしたころで復活するものも多い。異能者に関しては、大口径の銃で不意でも突かなければ弾丸程度は簡単な防護結界で止められてしまう。


 にもかかわらず、『告発官』は異能者の間で忌み嫌われ、それと同じか、それ以上に恐れられている。正面から相対すれば必ず殺される、と。


 その所以を、オレは今、文字通り我が身で味わっていた。


「――っ避けて!」


 朽上さんの叫びが礼拝堂に響き、告発官の鎧の籠手に内蔵された機関銃ヘビーマシンガンが火を噴く。


 1秒間に100発の速度で連射される大口径の弾丸はそれだけで人体をひき肉に変えるだけの火力があるが、告発官の放つそれはただの弾丸じゃない。


 。一発一発に刻まれた聖なる文言は異能を無力化し、防護結界を貫通する。たとえ相手が本物の吸血鬼だとしても正面から受ければただではすまない。

 

 弾丸がオレに届くまでは、それこそ一瞬。神経を光ファイバーにでもしなければ人間には回避不能だ。


 だが、オレは異能者。殉教騎士団の定義するところの異端だ。簡単には死なない。


「――っ!」


 突如現れた石壁がオレに代わって、弾丸を受け止める。強固な守りはワンマガジン数百万円の弾幕を防ぎきった。


 式神『不動塗壁』。その『最速顕現』には、呪文の詠唱さえ必要ない。無論、事前に魔力を循環させて、準備をしておく必要こそああるが、今のオレを不意打ちで仕留めるのは簡単じゃないぞ。


 といっても、この『最速顕現』ができるようになったのはつい最近だ。

 これも毎週やっている甲乙での合同訓練と積み重なった実戦経験のおかげだ。成長しているのはなにもヒロインズだけじゃない。


 そして、その成長はオレのみならずオレの式神たちにも及んでいる。主の魔力量の増大と術式の深化によってそれぞれに新たな力を獲得している。

 不動塗壁の場合は強度の増加。かつての不動塗壁では今の弾幕でダメージを負っていただろうが、今の彼ならば無傷で受け切れる。


 銃撃が止む。不意打ちで後衛のオレを排除しようという腹だったのだろうが、そうはいかない。


「蘆屋! 傷は!?」


「ない! 援護は任せろ!」

 

 オレの言葉に応えて、朽上さんが前にでる。餅は餅屋に、戦う以上は彼女に前衛を任せる。


 銃撃してきた以上、告発官の戦意は明らか。であれば、こっちも遠慮はしない。情報を引き出すのは、ぶっ倒した後でもいい。


「――『父よ、祝福をここに』」


 朽上さんの祈りが礼拝堂に響く。告発官のそれとは違うものだが、彼女の祈りもまた聞き入れられる。


 顕現するのは、赤き魔力の奔流。朽上理沙の中を流れる、彼女の父親が娘に与えた最大の祝福が励起したのだ。


 オレの排除を優先していた告発官もすぐさま反応する。

 展開したのは肩部にある搭載されているミサイルランチャー、原作通りならミサイルの中身は『聖別された火薬と純鉄の礫』。怪異相手にも有効だが、戦車の装甲に穴をあけるくらいの破壊力はある。


 照準はオレと朽上さんに同時に向けられている。回避は間に合わないが、防ぎようはある。


「――来い! 『鉄神使くろがねしんしマカミ・シシオウ』!」


 続けて呼び出したのは、オレの手持ちの中でも最古参である鉄神使、それを改良した式神『マカミ・シシオウ』だ。

 

 狛犬型の個体の名をマカミ。獅子型の名前をシシオウ。呼び名のなかった彼らにそれらの名を与え、元から持っていた変形機能をさらに強化したのがこの二体だ。


 その最大の強化点は速度と攻撃力。より鋭利に、より強靭に進化した我が式神たちの牙は上位の怪異にも届きうる。


「行け!」


 2体の神使が駆ける。彼らは飛来する二基のミサイルを空中で嚙み砕く。同時にミサイルがさく裂するが、爆薬も純鉄も今の2体には通用しない。


 同時に、も完了する。紅い炎のような魔力がオレの視界を満たした。


 そうして、視界が戻った時には、オレの隣にはが立っていた。


「――おお」


 思わず感嘆が口をついて出てしまう。本人に言ったら怒られるが、変異した朽上さんの姿はそれほどまでに美しかった。


 。そして、頭には三角形の獣の耳が生えている。

 人狼、あるいは狼憑き。半獣半人のこの姿こそが朽上理沙に与えられた祝福であり、呪いだ。

 

 正式名を『軍神聖狼マルスズ・ルプス』。その紅き輝きはに由来していた。


『――ルウォォォォォォォ!』


 響き渡るその咆哮こえは野蛮でありながらどこか威厳さえも感じさせる。


 それは古の昔、人にとって最大の恐怖であったものだ。

 すなわち、狼の声。人の細胞には狩られるものであった頃の原初の記憶が刻み込まれている。


 ……味方として認識されているオレでさえ、全身に鳥肌が立つほどの咆哮だ。敵対者には効果的な弱体化デバフとして働く。筋肉の硬直に精神的動揺、いわゆる『恐慌』状態とでも言うべきか。戦闘においては致命的な状態異常だ。


 もっとも、当の告発官には動揺は見られない。恐怖を抑え込んでいるのか、あるいはそもそも物ともしていないのか。おそらくは後者。告発官に選ばれるほどだ、その信仰心もまた常人の域にはない。


『――ガアアアアアアア!」


 朽上さんが仕掛ける。凄まじい速度だ、オレの目に捉えられたのは彼女の輝きの軌跡だけ。


 次の瞬間には、朽上さんは告発官に右手の爪を振り下ろしていた。超常の膂力に礼拝堂全体が揺れる。鋼鉄を引き裂き、乗用車を叩き潰すほどの威力だ。


 しかし、敵もさるもの。告発官は朽上さんの一撃を正面から受け止めている。衝撃に足元の床は陥没しているが、『竜殺しセントジョージの鎧》』には目立った傷はない。

 さすが戦車砲の直撃にも耐える装甲、などと感心している暇はない。告発官を無力化するにはこの『竜殺しの鎧』を破壊しないことにはどうにもならない。


「『きょう』」


 マカミとシシオウを告発官の背後に回り込ませる。

 狙いは比較的装甲の薄い膝の裏の関節。硬い装甲に守られ、鋼の信仰心に支えられていても、人体構造は共通だ。おまけに機動鎧の重量は相当なもの、内部の外骨格に異常をきたせば動けなくなる。


 拮抗の隙を突いて、マカミとシシオウが告発官の膝裏に食らいつく。だが、牙は装甲に食い込みはしたものの、内部構造にまでは届かない。

 ……想定よりも装甲が厚い。なら、こういう手はどうだ。


「――『形態変異・熔解泥濘』」


 追加の呪文コマンドを神使たちに送る。瞬間、2体はその形を失い、ドロドロに溶けて『液体金属』へと変わった。

 鉄色の液体が告発官の両脚に纏わりつく。2体の神使だったものは液体でありながら、確かな重さをもって告発官の両脚を封じ、同時に姿を変え、再び固体となって床に食い込んだ。


 特大の足枷だ。その上、竜殺しの鎧のパワーでも地面に深く食い込んでいるから簡単には引き抜けない。装甲は貫けなくても、こういう使い方はできる。


 すぐさま状況を理解して、告発官が鎧の出力を上げる。朽上さんが吹き飛ばされるが、まだ拘束は有効だ。このまま力づくで引き抜くつもりなんだろうが、そうはいかない。


「朽上さん! 今だ!」


『ウォルフ!』


 合図に応え、朽上さんが距離を取って構える。

 地を這うような低い構え。それこそ、四足獣そのものなその姿勢こそは、原作でも見せた朽上理沙、必殺の一撃の予備動作。


 ……もう使えるのか。いや、今は考えるべきときじゃない。確かにその攻撃ならば竜殺しの鎧も破壊できる。オレのすべきことはその確実性を限界まで上げることだ。


 告発官もただものじゃない。来ると分かっている攻撃をみすみす喰らうようなことはしない。

 事実、再装填を終えた肩のミサイルランチャーが稼働している。六発の弾頭の照準は朽上さんに向けられている。そうはさせない。


「『戦場千年樹』」

 

 召喚したのは、オレの式神の一つ、木の属性を司る樹木の妖怪『戦場千年樹』。他の式神同様強化され、召喚速度上昇に加えてオレの手元以外にも即座に召喚できるようになっていた。


「――っ」


 告発官がこちらを見る。ミサイルが発射できないことに気付き、動揺した顔が目に浮かぶようだ。


 無数の蔦がランチャーの銃口を抑え込んでいる。告発官本人の力なら容易く引きちぎれるだろうが、龍狩りの鎧の武装は機械駆動だ。異界の内部でも機能するように作られてはいるものの、その内部機構はやはり精密機械。例えば発射口に異物が入ったりすれば、それだけで機能停止だ。


『――オオオオオオオオ!』


 鬨の声を上げて、朽上さんが駆ける。紅い閃光となった彼女は拘束されている告発官に正面から突っ込んでいく。


 原作における、この技の名は『紅き光陰エリュトロス・ヴェロス』。その実態は神の人狼たる身体能力と紅き魔力を最大速度で相手にぶつけるという単純なものだが、破壊力は原作『BABEL』においても屈指のものだ。

 まさしく軍神の賜物。直撃すれば最高位の怪異にも通じうる一撃だ。


 対する告発官は両腕を前に突き出し、弾幕を張る。銀の弾丸が惜しげもなくばらまかれ、朽上さんに迫る。

 に対して、銀の弾丸はこの上なく有効な武器だ。なにせ、かすっただけでも皮膚はただれ、肉が腐る。伝承において明確に弱点として記載されている者には、それほどの効果があるのだ。西洋圏において人狼とそれに類する怪異が20世紀前に絶滅に瀕したのも、その銀への極端に耐性の低さが原因と言ってもいい。


 つまり、人狼にとって銀の弾丸は弱点中の弱点。異界に関わるものならば誰もが知っている常識だ。


 だから、当然、この状況も想定済み。朽上さんに銀の弾丸が通用するなら対策は必須。だが、オレも、当の朽上さん本人も銀の弾丸に対して対策どころか、注意も払っていなかった。


 それはなぜか。朽上理沙に限って銀の弾丸は弱点ではないからだ。


「――なにっ!?」


 『紅き光陰』がさく裂する直前、告発官がそう叫んだのをオレは確かに聞いた。

 無理もない。人狼が毛皮が銀の弾丸を弾くなど通常ではありえないことだ。


 そうして、次の瞬間、紅い閃光がオレの視界を埋め尽くした。遅れて耳を弄したのは大砲が破裂するような凄まじい音、礼拝堂が崩れるのではないかと思えるほどの衝撃だった。


「……すごい、かっこいい」


 視界が戻る。着弾点に立つ紅い人狼を見た瞬間、オレはそんなオタク丸出しの感想を漏らしてしまっていた。


 あれほどの衝撃だったにもかかわらず、朽上さんには傷一つない。火星と戦いを意味する紅い髪はなお一層の輝きを帯びていた。


 あらゆる人狼種の中で唯一、朽上理沙にだけは銀の弾丸は効果を発揮しない。

 それは彼女が正確には人狼ではなく半神だからだ。呪われたのではなく父からの祝福によって狼の姿となる彼女は普遍的な教えにおける不浄なものには当てはまらない。銀の弾丸は彼女にとってはただの鉛玉と何も変わらない。


 ギリシャおいては『アレス』、ローマにおける名は『マルス』、そう呼ばれる紅き軍神のすえにして現存する唯一の半神デミゴッド、それが彼女、朽上理沙だ。


 

――――――――――

 

あとがき

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