第84話 鏡月館『殺人』計画・破

 食事会が終わったのは、午後10時ごろ。原作通りなら犯行が起こる午前0時まではそれぞれ自由時間を過ごすことになっている。


 この自由時間だが、文字通りの自由時間だ。館の外に出たり、時間になる前に徳三郎氏を殺害するといった鏡月館の事件そのものを破綻させかねないように行動こそ禁じられているものの、それ以外は何をやっても許される。

 それこそ、ここでアリバイ工作をすることもできるし、現婚約者と元婚約者の間でふらふらしてただでさえ乱立している死亡フラグをさらに建て増しするも良しだ。


 ということで、オレはこの殺人事件に対して『』な方法で対抗することにした。


 その方法とは事件発生時刻まで容疑者の内、3人、つまり、朽上さん、リーズ、オレの三人を一か所に集めておくことだ。こうしておけば最悪でも疑うのは、要救助者の3人だけで済む。


 問題はその場所だが、


「――ミス朽上、ミス谷崎。お茶でもいかがです? 落ち着きますわよ」


 厨房から借りてきたのか、ティーポット片手にリーズが聞いた。

 背中おっぴろげのドレスのままなので微妙に違和感がある、というか、目のやり場に困るが、懸念していた役と本来の自意識の切り替えはちゃんとできているようだ。


「あ、ありがとう。でも、異界の物は食べないほうがいいんじゃ……」


 谷崎さんが酷く遠慮がちに言った。彼女はコートを脱いでベッドの端っこに可愛らしく腰かけていた。


「あら、この茶葉は異界の物ではありませんわよ。わたくしが持ち込んだものです」


 リーズは慣れた手つきでカップに紅茶を淹れる。前から思っていたが、お嬢様なのになんだかんだで自分のことは何でもできるのが彼女の長所の一つだ。


「で、でも、この異界には外から物は持ち込めないんじゃ……」


「ええ。ですが、正確には持ち込めないのはこの館に存在しえないものだけなのです。ですから、スマホやPCと言った電子機器は無理ですが、茶葉や魔術の触媒等は持ち込めるんです。どこに隠していたか、は内緒にさせてくださいませ」


 谷崎さんの質問に、悪戯っぽく微笑むリーズ。自然と視線が向くのはリーズの胸元、あの深い谷間であれば茶葉くらいは隠しておけるかもしれない。

 ……まあ、別に食料品の持ち込みは禁止されていないが、そこまでして茶葉を持ち込むところが、リーズらしいというかなんというか。


「じゃ、じゃあ、頂こうかな。理沙ちゃんはどうする?」


「……もらうわ。あと、あたしはミルク入りで」


 そうして、リーズの淹れてくれた紅茶を口にして、一息吐く。

 ちなみに、リーズは当たり前のようにオレの分を淹れてくれていた。しかも、角砂糖二つにミルク入り。いつまにか好みを把握されているのに戦慄しつつも、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。


 この館の内部では『異能』の効力が弱まる。使えないこともないが、全力で戦おうとすれば大いに支障が生じる。少なくとも、怪異に襲われても即座に式神を召喚して対応するというのは難しい。

 ……ようはいつもより調子が悪い。その程度のことだ。だが、それだけのことにどうしようもなく不安を覚える。


 まったく情けない話だ。かませ犬にならないためにも力を付けてきたつもりだったが、その力を制限される途端に何もかもを奪われたみたいな気分になってしまう。


「……こ、この館の中だと異能ちからが使いにくいんだよね……? でも、犯人が怪異や異能者なら、相手は異能を使えるんじゃ……」


「それに関しては問題ない。使


 谷崎さんの疑問は当然と言えば当然だ。犯人がオレ達を含めた事件の登場人物の中にいる以上、事件を起こす方法はいくらでもある。例え犯罪現場が完全な密室で、室内に被害者しか存在しないとしても、オレ達のような異能者ならば証拠を残さず相手を殺す方法なんてそれこそいくらでもある。


 だが、そうなれば推理が成立しえない。証拠も、論理的思考も無意味になってしまう。


 だから、そうはならない。この異界の核となるのが『謎』であり、人々が謎解きを望む以上、『人の力で解くことのできない謎』はこの異界に生じえない。だから、これから起こる事件において『事件そのものにもそこに用いられるトリックにも異能や怪異は関与できない』のだ。

 オレ達、探索者の異能が制限されているのもそれが理由だ。異能を使って犯人を特定するのは、誰にでも行える推理ではなくなってしまう。誰もが納得できる答えを提示する、それが推理ゲームの肝だ。


「……じゃ、じゃあ、本当に推理するしかないんだね。証拠を集めて、犯人を見つける。本当の探偵みたいに……」


「できそうか?」


「う、うん、推理小説はよく読むから……その、真似事くらいならどうにか、できると思うけど…………」


「なら、大丈夫だ。ここにはオレ達3人がいる。バックアップは任せてくれ」


 この異界で起こる事件は実際の事件に酷似しているが、事件そのものじゃない。そこに居合わせるオレ達も、事件の登場人物そのものではない。


 だから、容疑者であっても協力的な容疑者として振舞うことができる。何か隠している秘密があったとしても、それをしょっぱなから暴露することもできるわけだ。最初から情報が揃っていれば、推理はその分楽になる。これが本当の推理ゲームなら、禁じ手そのものだが……人の命が掛かっている以上、そんなことも言ってられない。

 残念な気もしないでもないが、ミステリーを楽しむのはまた別の機会にするとしよう。


「でも、事件が起きると分かってるなら、事前に止めるのはダメなわけ? 館の住人を一か所に集めておけば、殺しようがないでしょ」


 朽上さんの言っている対策はオレも考えていたものだ。というか、事件を起こさないことを考えればこれがベストともいえる。

 しかし、そうするわけにはいかない。異界探索においては


「それも手だが……場合によってはもっと厄介なことになる。この異界では『事件が起きて、それ解決する』までが決まった法則ルールだ。それを破れば、どうなるか予想できない。この前みたいに報復機構がある可能性を考えると、とりあえず法則に従っておくに越したことはない」


「……まあ、そうか。今は待つしかないってことね」


 朽上さんは納得したのか、紅茶を飲んで息を吐いた。


 ……みんなには言わなかったが、この部屋に救助班の面子だけを集めたのにはもう一つ理由がある。


 。万が一、原作通りにならず、徳三郎氏以外の犠牲者が出るとしても、要救助者側にでるはずだ。

 ……心が痛まないわけじゃない。何のしがらみもなければオレ自身が進んで犠牲になりたい。


 だが、これは任務であり、戦いだ。あくまで判断は冷徹に、感情ではなく論理で行わなければならない。


 それに、オレの心配が杞憂に終わる可能性だって高い。原作通りに徳三郎氏が殺されれば、人間の犠牲者は出ない。


 ともかく、今は0時まで待つしかない。それまでできるだけ体力と気力を温存して――、


「――そういえば、ミチタカ。貴方の館に引っ越したいのですけど、いいかしら?」


 ふいにリーズがとんでもない爆弾を投げつけてくる。というか、わたくしも、っていうと、アオイが今オレの館に住んでいることがほかの2人にも……、


「……ど、同棲したいってこと……? でも、蘆屋くんの婚約者って山縣さんだよね……? でも、わたくしもってことは……」


「…………ふしだら」


 案の定、朽上さんと谷崎さんは顔を見合わせている。しかも、その内容があながち何もかもが勘違いというわけじゃないから質が悪い。


「あのな、リーズ、そういう話はもっとこう別の機会にだな……」


「あら? ただ待つだけでは時間の無駄なので、貴方の館でするつもりだった話をしているだけですわ。それに、本来ならば今日はわたくしの日ですわ。このくらいのわがままは許されてもいいと思うのですけど……」


 大袈裟にしおらしくしてみせるリーズ。くそ、憎らしいほどに可愛い。オレの弱点をよくわかってやがる。


「だいたいアオイはずるいのです。いくら親同士の決めた許嫁とはいえ、自分だけ抜け駆けして貴方と同棲するなど、なんと羨ま……もとい、協定違反の抜け駆けもいいところですわ。ここはわたくしにも少しは贔屓があってもよいのでは? いいえ、あるべきですわ」


 リーズがそう言って胸を張るとドレスごと胸が揺れる。

 うお……でっか……じゃなくて、どうにかリーズを説得しないと。アオイだけでも毎朝薄着で廊下ですれ違うたびに、もう理性の限界なのに、そこにリーズが加わったらナニとは言わないがはち切れてしまう。


「…………言いたいことはわからんでもないが、そもそも、聖塔学園は特殊でも学校だ。アオイの場合は許嫁って理由でごり押したみたいだが、未成年の同棲なんて流石に許可が出ないだろ」


「ふ、それはつまり、許可さえ出れば越してきてはかまわないと、いうことですわね。覚悟なさることね、ミチタカ。このリーズリット・ウィンカース、こうと決めたことを違えたことは今まで一度もありませんわ」


 ふふん、と誇らしげなリーズ。自信満々なその表情ははつらつとして、見惚れるほどに魅力的だ。

 くそう、かわいい。でも、かわいいからってオレが何でもOKするとは思わないでほしい。


 ……いや、これもリーズなりの気遣いか。オレが考え込んでいるのを察したのだろう。

 う、うぅ、嬉しい……思わず同棲の件にも思わずうなずいてしまいそうだが……ここは耐えないと……、

 

「別に許可がとれたからってうちに住めるわけじゃないぞ。だいたい、うちに人が増えたら彩芽が大変になる」


「あら、わたくしこう見えても自分の身の回りのことくらいはできますのよ。淑女ですもの。いざ、無人島でサバイバルすることになった時に生き延びるスキルくらいは習得しておりますわ。それにいざとなればわたくしの城から使用人を用立てても構いませんわ」


「……サバイバルスキルと家事はあんまり関係ないだろ。あと、これ以上、家に人が増えるのは――」


 ――ガタン!


 そんな音が響いたのは、オレがリーズに言い負かされそうになったその時だった。

 まるで大きな何かが倒れこむような、そんな音だ。


 咄嗟に、部屋の壁に掛けられた時計を見る。時刻はまだ午後11時前だ。原作での事件発生時刻は0時ちょうど、まだ早い。


 だが、嫌な予感がする。自分でも心底、どうかと思うが、こういう時のオレの予感が外れることはまずない。


「今の音って……」


「真ん中の、徳三郎氏の部屋の方だな。谷崎さん、確認にいこう」


 全員揃って、部屋を出る。オレたちは周囲を警戒しつつ、館の二回、中心部にある当主徳三郎氏の部屋に向かった。


 部屋の前には、すでにオレたち以外の登場人物が揃っていた。ここにいないのは、犠牲者である『徳三郎』と第一容疑者である『幸一郎』のみだ。


 やはり、原作とは違う。原作の描写では幸一郎氏は扉の前に来ていた。

 扉越しに声をかけても返事はない。ドアには鍵がかかっており、それをオレと『幸次郎』氏でぶち破った。


 そして、押し入った扉の向こうでオレたちはそれを目撃した。

 部屋の中にあったのは、2つの死体。1つはこの館の主、御岳徳三郎氏のもの、もう一つは、その長男であり第一容疑者であった幸一郎氏のものだった。

 

―――――――――――――――――――――――


あとがき

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