第83話 要救助者であり容疑者

 玄関でオレたちを迎えた執事は、そのまま流れるように全員を一階にある食堂へと誘導した。

 

 一族揃っての食事会というやつだ。これは実際の事件でも、原作『BABEL』内でもあった出来事だから、出席すること自体は問題はない。


 問題があるとすれば、探偵役である谷崎さんだが、そちらに関しても執事は『主人が招いた招待客の一人』として扱っていた。この調子ならむやみに怪しまれたりする心配はない。


 そうして、食堂での食事会。当主徳三郎の肖像画に見下ろされた、長机でおれ達は今回の任務における


「久しぶりじゃないか、。そちらの美人を紹介してくれるかな?」


 まず声を掛けて来たのは、オレの正面に座っている壮年の男性だ。穏やかに装っているが、その声には強い敵意と憎悪さえ感じる。まあ、役に呑まれている以上、致し方ないことではあるのだが。


 顎髭を生やし、白髪交じりの頭をオールバックになでつけたその人物は、オレの記憶にある要救助者の顔写真と完全に一致していた。


 彼の役名は『御岳幸次郎』、当主徳三郎の次男で朽上さんに割り振られた役である『御岳レイナ』の父親だ。

 本来の名前は、磐倉曹堅いわくらそうけんといって、解体局に雇われているフリーの異能者で、修験道の達人。オレたち以前にこの異界に突入した部隊の指揮官は彼だった。


 もっとも、今の彼はそんなことはすっかり忘れて、役になり切ってしまっている。探索者としては情けない話だが、彼だけを責められない。


「ええ、お久しぶりです、叔父さん。こちらはエリカ、僕の婚約者です」


「お初にお目にかかります。エリカと申します」


 オレの紹介で、隣に座っているリーズがエリカとして名乗る。さすがリーズだ。役に入りつつも、本来の品の良さを失っていない。


「あら、日本語、お上手なのね。しかも、すごい美人。宗一郎兄さまが婚約者を連れてくるって言うからどんな娘かと思ったら、意外と品のよさそうな方で安心したわ。ねえ、レイナお姉さま?」


 それに反応したのは『幸次郎』の隣に座った少女だ。少し軽薄な印象を受ける明るい髪の少女の名前は『御岳ユイカ』、朽上さんの役である『御岳レイナ』の妹だ。

 

 彼女もまたオレたちの救出対象である探索部隊の一員だ。

 本名は『くるわ はる』。オレたちより年下だが学園出身者ではなく解体局に囲われている探索者で、経験だけでいえば林野谷崎さんよりは豊富だ。


「…………どうでもいいわ。それより、お爺様はまだいらっしゃらないの? せっかくの料理が冷めてしまうわ」


 朽上さんもだいぶ役に入りこめているようだ。この異界の内部であまり役に反することをしてしまうとどんな異常イレギュラーが起こるかわからないから、とりあえずは役の通りに行動するのは悪くない。


「それより僕は彼女が気になるな。お爺様に呼ばれたんだって? 探偵さん。今夜この館で事件でも起こるのかい?」


 端っこにちょこんと腰かけた谷崎さんに声を掛けたのは、金髪碧眼の若い男だ。きざな風情のこの男は『御岳慎太』、徳三郎の孫で宗一郎オレレイナ朽上さんの従妹だ。

 そして、この慎太もまたオレたちの救出対象。名をルーク・キャメロン。解体局英国支部から出向してきた探索者で、これが初任務だったはずだ。


 幸先がいい。これで3人の救出対象が確認できた。少なくとも館のどこかに監禁されているわけじゃないというのはオレ達にはプラスだ。

 もっとも、今彼等をこの館から連れ出すことはできない。これからこの館で起こる殺人事件を解決し、異界を解体しないと救出は不可能。今慌てて出口に向かっても扉はどんな手段を用いても突破できないだろう。


 食事会の出席者は全部で、10名。オレ達救出班4人と救助対象3人、それに加えて『幸次郎氏の妻』、『総一郎の継母』、『徳三郎氏の末の息子、幸三郎』の3人がこの場には集っている。

 しかし、この3名は犯人候補ではないNPC。残念ながらキャラデザは存在しない。


「わ、わたしは、ご招待に預かっただけで、詳しいことは……」

 

 少し緊張しているようだが、谷崎さんも役に順応できている。この調子なら、オレが無理にフォローする必要もないかもしれない。


「どうだか。でも、もし、宗一郎兄さんが殺されたら、犯人は間違いなくレイナ姉さんだね。だって、動機が今目の前に座ってるし」


 そういって、オレとリーズ、朽上さんに順繰りに視線を向ける『慎太』ことルーク。

 ……こいつ、余計なことを。


「……別に私は恨んでなんていないわ。それに、宗一郎兄さまは昔から移り気な方ですから。ねえ、エリカさん。貴方も注意なさった方がよろしくてよ」


「…………気を付けますわ。ですが、わたくし、。ね、ダーリン」


 キャラになりきった朽上さんからのパスに、演技なんだか演技じゃないんだかよくわからない態度で応えるリーズ。そして、なんだか身につまされる話題に気が気じゃないオレ。


 リーズさん? ちゃんと役と自分は分けてますよね? 意図的に公私混同はしてないですよね?


「――皆、揃っているようだな」


 気まずい空気を破ったのは、威厳のある声だ。

 ゆったりとした足取りで食堂に姿を現したのは、当主徳三郎の長男であり、御岳家の次期当主『御岳幸一郎』氏だ。


 原作通りの顎ひげを蓄え、高級スーツに身を綴んだ紳士然としたその姿からは


 そう、この幸一郎氏こそが原作における『鏡月館殺人事件』の犯人だ。

 この館の作り出した一種の怪異。『鏡月館殺人事件』を円滑に進めるための駒、あの顔のない執事と同じNPCではあるが、容疑者の1人であるためその姿をはっきり視認することができた。


 原作の『鏡月館殺人事件』において、幸一郎氏は自身の実父である『御岳徳三郎』氏を殺害。それを弟、甥、姪による共謀殺人へと仕立て上げようとした。

 動機は遺産分配に関する遺言だ。徳三郎氏が自分の遺産は親族で平等にわけるように遺言したがために、幸一郎氏は親族の排除を決断。その方法として、親族に父親殺し罪の濡れ衣を着せようとした、というわけだ。


 この事件には複雑なトリックが絡み、遺産目当ての親族たちの思惑も錯綜していたが、オレが原作においてもっとも驚いたのは、犯人である幸一郎氏の異常性だ。


 彼は、幸一郎氏は父親や親族を愛していた。嘘偽りなく心の底から愛していたにも関わらず、彼はその必要があると判断した瞬間に犯行を決めていた。

 御岳家の事業を継続するためには自分が全財産を相続するしかない。そんな冷静な判断をもとに、彼は己の愛する家族の殺害と親族の排除を実行したのだ。


 原作においては、その精神性を『子供喰らいの神サトゥルヌス』に例えられていた。彼の場合、食い殺したのは親ではあるが、愛情と実利を完全に分断できるという意味では同類だ。


 しかし、今回の『鏡月館の殺人』が原作通りに進むとは限らない。証拠が出そろい、推理が進むまでは幸一郎氏はでしかないのだ。


 そんな幸一郎氏だが、一家の頭領に相応しい仰々しい動作での椅子に腰かけた。

 彼がその椅子に腰かけたということは、この夕食会には『徳三郎』氏は出席しないということ。幸一郎氏はその名代として家長の椅子に座っていた。


「今年も一族皆、壮健でこの場に揃ったことを嬉しく思う。ご当主様よりのお言葉だ。皆、胸に刻むように」


 幸一郎氏の言葉を皮切りに、食事会が始まった。


 運ばれてくる料理はオレの記憶にある原作の通りに影だけで実際に食べることはできない。

 少し残念な気もしなくもないが、異界探索の鉄則の一つは『異界で出される食べ物には絶対に手を付けるな』だ。場合によっては食べたほうがよかったりするときもあるにはあるが、今回はそうじゃない。


 そうして、食事会が進み、気付くと午後9時を回っていた。事件発生まではあと3時間だ。


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あとがき

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