第81話 鏡月館『殺人』計画・序

 異界因の元となる『噂』に必ずしも怪異や超常現象が含まれるとは限らない。


 例えば、ある館で殺人事件が起きたとしよう。

 その事件が未解決事件として世間に知れ渡ったとして、それが亡霊の仕業とされるか、あるいはただの完全犯罪として認知されるかは事件の内容によっても異なるし、それを語る語り手の視点にもよる。同じ事件でも怪談として語られれば前者になるし、

 未解決事件として語り継がれれば後者になる。


 また前者のケースと後者のケースでは異界の核となる異界因も異なる。

 前者の場合は犯人とされる亡霊を消滅させれば異界も解体されるが、後者の場合は異界を解体するには『謎』を解かなければならない。


 なぜこうなるかというと、前者と後者では異界の元となる感情が異なるからだ。

 前者の場合は『恐怖』が核となり、後者の場合は『謎』に対する知りたいと思う感情、好奇心が核になっている。無論、好奇心だけではなく恐怖心や嫌悪感などの感情も含まれてはいるが、やはり基本となるのは事件について知りたいと願う人々の心だ。ゆえに、謎を解くことでしかこの類の異界は解体できない。


 難しいのが、そこだ。前者と後者でどっちがマシかと言われればそれこそ場合によるが、謎が複雑なものだったら力押しではどうにもならない分、厄介さは一段上だ。


 しかし、オレはBADENDと曇らせ以外はなんでもいける光のオタク。そういった『謎解き』系の異界も当然履修している。むしろ、好物の一つと言ってもよい。


 といっても、今回ばかりは謎解きの快感は楽しみはお預けだ。


 オレ達が救出任務で赴く異界『鏡月館』での一件は原作でもあった出来事。

 だから、当然、オレは館の中で起こる事件、その詳細や犯人、用いられたトリックについても知っている。その気になれば、事件が起きた瞬間に推理を披露して、犯人を確保というドラマも盛り上りもへったくれもないスピード解決も可能なのだ。


 ……まあ、自分で言っていてなんだが、そう上手く事が運ばないことは今までの経験からオレが一番よくわかっている。

 なにせ、ここに至るまで原作ブレイクのオンパレード。この鏡月館においても何か想定外のことが起きるのはまず間違いない。

 

「……外観に変化はなし、か」


 扉の間の転移門を潜ると、目の前にはやはり原作のCG通りの見た目をした鏡月館があった。その上空には三日月が輝き、夜の冷たい空気がこれから起こる事件の予兆を感じさせた。


 まさしく暗い森の中に建つ不気味な洋館といった風情だ。三階建てで、原作通りなら右から三番目の部屋で、この館の主である『御岳徳三郎』氏が殺されることになる。


 そう、この鏡月館では毎夜殺人が繰り返されている。今から五十年前に起きたとされる御岳徳三郎氏殺害事件、通称『鏡月館の惨劇』、未解決事件となったそれが再現され続けているのだ。


 そして、この異界に踏み込んだ探索者は否応なくその再現に巻き込まれることになる。それぞれにキャラクターを与えられ、その役の通りの振る舞いを求められる。


 ようは強制参加の謎解きゲームマーダーミステリー。ゲームと違うのは今夜中に事件が解決できなければ、この異界にキャラクターとして取り込まれてしまうこと。そうなれば、自力での脱出は不可能だ。


「……事前情報通りですわね」

 

 オレに続いてリーズ、谷崎さん、朽上さんの順番で転移門を潜る。


 これで今回の探索における臨時探索班の面子が全員転移を完了したことになる。

 そして、その指揮を執るのは不本意だが、オレだ。こういうのは凜の役目なのによりによって外出していて、この任務には不参加。もう少し原作主人公である自覚を持って行動してもらいたい。


「それで? どうするの? 隊長さん」


「……館に入る前に周囲を探る。とりあえず、周囲を固めてくれ」


 まずは定石通りのオレの指示に、朽上さんは無言で従う。自宅でハーレムを築いている不埒の化身と思われているオレだが、朽上さんは任務中は私情を捨てて行動してくれるらしい。ありがたい。


 この異界では通常の異界のように怪異が自然発生することはない。だが、それが分かっているのはオレだけだし、万が一ということもありうる。


「『六占式盤、展開』」

 

 六占式盤を異界全体に広げるが、やはり、

 しかし、これは想定通りだ。今重要なのは館そのものじゃなくて周辺。問題はない。


 ……原作よりかなり広い。それにこれは、地下に空間があるのか? これもかなり広い。うーん、原作では精密な探査ができる面子がいなかったから描写がされてなかったが、元からこれくらいだったのか、あるいは、何かの変化があったのか、そこら辺の判別はまだできない。とりあえず、推理の材料として残しておくとしよう。


「どうです、ミチタカ。何かわかりましたか?」


「館には干渉できない。たぶん、


「……結界ですか?」


「いや、異界法則だ。無理をすれば戦えなくもないが……館の中では最終手段にした方がいいな」


「了解ですわ。二人にも伝えておきます」


 オレが隊長ということで、当たり前のように副リーダーポジに収まっているリーズ。

 まあ、これもありがたい。なんだかんだリーズは探索者としては優秀だし、判断能力も高い。アオイ、凜、先輩が不在で戦力的な不安はあったが、リーズがいてくれてよかった。


「じゃあ、行くぞ。オレに続いて門を潜るように」


 先陣を切って鏡月館の正門を潜る。次の瞬間、視界が真っ白になり、オレのものではない誰かの記憶が流れ込んできた。


 御岳宗一郎。年齢は十八歳。当主である御岳徳三郎の甥であり、今夜のパーティーの招待客の一人。

 婚約者がおり――、


「――っと」


 そこまで情報が流れ込んだところで防壁が作動し、オレの、蘆屋道孝としての意識を保護する。

 

 異界によるキャラクターの押し付けだ。

 館の内部に侵入した人間に『事件当日に館に居合わせた可能性のある人間の役』をランダムに割り振り、事件を再現する。

 それがこの異界の最大の特徴であり、厄介な点だ。先ほどの記憶の流入はいわば、そのための措置であり、無理やり頭の中にを送り込まれたようなもの。精神防壁なしでは、あるいは自我が揺らいでいたりすると、この役に呑まれて、自分が誰だかわからなくなることもある。


 くわえて、厄介なことに、この役には。場合によっては、こちらの4人のうち誰かに犯人役が振り分けられる可能性がある、ミイラ取りがミイラにってやつだ。

 幸い、オレが犯人役という最悪の事態は避けられたが……なんだこの役。留学中に婚約者を振って、別の女と婚約してその女を元婚約者もいるパーティーに連れてくるって………自殺志願者か何かか? サスペンスドラマに登場する今すぐに殺してほしいバカ堂々1位なのか?


「……っ知ってはいましたが、不快な感覚ですわね」


「う、うん、ちょっと時間、欲しいかも……」


「……しおり、こっちに座って。深呼吸すれば大丈夫」


 続けて、リーズ、谷崎さん、朽上さんの順番で館の敷地に入る。全員、記憶の流入があったようで蒼い顔をしていた。


 しかし、流入によるショックにも個人差がある。一番平気そうなのが谷崎さんを気遣っている朽上さんで、重症そうなのは谷崎さんだ。

 まあ、無理もない。異界に入る前のブリーフィングでオレと地味子からレクチャーを受けていたとはいえ、きついのはきついだろう。


「谷崎さん。混乱した時は、ここに来る前に渡した人形ひとがたを額にあてるんだ。そうすれば少し落ち着く」


「う、うん、ありがとう……蘆屋君」


 オレが事前に渡しておいた人形を額にあてる谷崎さん。すると、すぐに呼吸が落ち着いた。

 

 この人形には今回の班員4人の名前がそれぞれ記されている。その効果は精神干渉への防壁と濾過フィルター機能。これがあれば役に呑まれるような事態は避けられるだろう。


「ともかく、全員の役を確認しておこう。自己申告で構わないから――」


 そう言った次の瞬間、白い光がオレたちを包み込む。攻撃ではなく、異界からの干渉だ。


 その光が収まると、オレたちは役に相応しい服装すがたへと変えられていた。


「タキシードね。まあ、マシな方か」


 オレの制服は明らかに高級そうなタキシードに、


「……ちょっと背中空きすぎじゃない? 寒いんだけど」


「あら、パーティードレスはこういうものですわよ? というか、わたくしの方は胸の方が少し……」


 朽上さんとリーズには背中丸出しセクシーなドレス。色は朽上さんは赤で、リーズは青。オレのタキシードと同じくかなりの高級品だ。

 というか、二人ともそのスタイルがよいうえに、グラマラスなせいで同年代とは思えないほどに色気がある。もっとはっきり言えばエロい。グッズ販売はまだか? アクリルキーホルダーとかいいと思うんだが、どうか? いや、フィギュアも捨てがたいな……、


「わ、わたし……これ……」


 しかし、セクシー路線の2人に対して、谷崎さんは別路線で攻めてきたな。

 

 灰色のダッフルコートに、鹿撃ち帽。困惑している谷崎さんの表情も相まってどこか無理やり着させられている感じがこう、庇護欲をくすぐる。

 つまり、ちんまりしてかわいい。まさしく美少女たんて――ああ、なるほど。


 この『鏡月館』の異界因は『謎』。つまり、そこにはその謎を解きたいという好奇心もそこには付随する。

 であれば、その謎を解く役が用意されるのも当然の帰結。その役こそが『探偵』、この世界線では主人公『土御門輪』にかわり谷崎しおりが探偵役に選ばれたのだった。


 …良い。すごく良い。なにより、かわいい。どんな時でも可愛いは正義だ。


―――――――――――――――――――――――


あとがき

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