第四章 かませ犬と転生者たち

第80話 緊急救出任務

 解体局からの緊急呼び出しは、オレとリーズのもとに同時に届いた。

 メッセージの内容はなくともかく緊急の招集が発令されたということしかわからないが、無視するわけにはいかず、オレとリーズは彩芽に後のことを任せてすぐに集合場所である扉の間に向かった。


 もともと制服を着ていたおかげで着替える手間もなかったから、扉の間にはすぐに到着した。

 そのおかげかオレとリーズが一番乗りだった。


 夏休み早々ではあるが、緊急任務だ。気を抜けないが、今の『甲』のメンバーならば大抵の異界は攻略でき――あ、しまった。

 アオイは今日は学園にいない。外出許可をとって刀のメンテナンスに行っている。確か実家のある京都の方の山とか言ってたから、今から戻ってくるとしてもだいぶ時間はかかる。緊急任務となれば異界に迷い込んだ一般人の救出任務の可能性が高いから、アオイを待っている時間はない。


 いや、それだけじゃない。確か凜と先輩も今日は――、


「あ、あれ? 蘆屋君?」


「げ……」


 扉の間に現れたのは、予想外の2人。眼鏡をかけた美少女と赤い髪のこれまた美少女の2人組だ。

 谷崎しおりと朽上理沙。2人とも原作『BABEL』のメインヒロインであり、オレが隊長を務める特務小隊『甲』ではなく第二部隊である『乙』の所属だ。


 ……妙だ。通常、緊急招集は部隊単位、もしくは班単位で行われるもの。所属を無視して招集が掛かることは滅多にない。


「やあ、君らも呼び出されたのか?」

 

「う、うん。わ、わたしたちは寮にいたから……」


 オレの質問に、谷崎さんが答える。なるほど、駆け付けるのが早いわけだ。


 ……朽上さんの方は相変わらずオレの方を警戒している。まあ、巷でのオレの評判を考えれば仕方ないことではあるか……いまやジゴロどころかハーレム王呼ばわりだからな……どうしてこうなった?


「…………呼び出されたのは、これで全員みたいだな」


「え? で、でも、土御門君も、山縣さんもいないよ……? それに山三屋先輩も……」

 

 さすが谷崎さん。きちんと周囲を観察している。ここにいるのは4人だけで、『甲』にしても『乙』にしても面子が足りていない。


「アオイと凜なら所用で出かけてる。今日一日戻れないって話だ。先輩も今日はご両親のお見舞いだ。そろそろ退院だからね。たぶん、盈瑠も似たような感じだと思うけど……合ってる?」


「う、うん、盈瑠ちゃん、今日はお家の事情とかで外出してる……」


「となると、学園に残っていた1年1組所属の探索者はオレ達だけってことだ。それを部隊の所属の如何に関わらずに招集した、そんなところだろうな」


 そうあることじゃない。慣例を無視してでも面子を集める必要があったのだろう。


 となると、前回の四辻商店街のような大異界の調査任務か、あるいは他の特例事項か。どちらにせよ、オレたちを招集したのは学園でもその権限を持っている誰かだ。


 一番可能性が高いのは、オレたちの担任でもある先生こと『誘命』だが、今回はどうにも違う気がする。なんというか、先生の仕業にしては少しばかりやり方が普通過ぎる。


 なら、考えられるのは――、


「みんな揃ってるみたいですね、よかった……」


 そんな弱気な発言と共に、扉の間に入ってきたのは紺色のスーツに身を包んだ妙齢の女性だ。

 セミロングの髪に、眼鏡をかけたその女性の名前は『巫女田みこた カレン』。数少ない単独探索権を持つ探索者の一人でこの学園の教師であり、原作においては1年1組の担任だった女性だ。


 入学時のオリエンテーションで見かけて以来だ。相変わらず実力の割には自信のなさそうな表情かおをしている。

 原作ファンの間でのあだ名は『地味子』。ちなみに、原作内においても全く同じあだ名で呼ばれていた。


「み、巫女田先生、先生がわたしたちを……?」


「そうです、谷崎さん。他の先生方は不在なので、先生が招集しました。みんな、無視しないでくれてありがとう……!」


 そして、原作よりも自尊心の低下が深刻だ。なぜか涙目になっている。そもそも、解体局の探索者で緊急招集を受けて堂々と無視する奴なんて、そうはいないと思うんだが……、


「……巫女田先生、先生であれ誰であれ緊急招集を無視したりしませんよ」


 オレに代わって、朽上さんが言った。そんな朽上さんに対しても、地味子は悲しそうな顔でこう返した。


「でも、先生、影が薄いから……一応副担任で、基本的に学園にいるのに、誰も相談に来たりしないから……」


 かわいそうに。でも、オレでさえ忘れてたんだから、ほかのみんなもそうだろう。というか、原作以上に忙しいせいで、誰かに相談して同行なんて言っている余裕がなかった。


 そういう事情も教師なら当然分かっていると思うんだが、どうやら持ち前のネガティブが原作よりひどくなってるみたいだ。

 おそらく『先生』こと誘命に担任教師としての座を奪われたせいだろう。哀れな地味子。同じ先生の犠牲者として同情すべき点は多くある。


「それで、巫女田先生。緊急招集の内容はなんでしょう? 状況が状況とはいえ、部隊間の縛りを無視して招集するということは結構な一大事だと推測しますが」


 慰めてあげたい気持ちもあるが、ことは緊急招集だ。まずは任務の内容を把握しておきたい。


「そ、そうですね、ありがとう、蘆屋君。こ、今回の任務は『』です。先行した探索者3名が異界の内部に囚われています。その3名を早急に救出すべし、というのが解体局からの要請です」


「……なるほど。それで学園内に留まっている探索者を部隊間の縛りなく集めた、と」


 オレの確認に巫女田先生が頷く。

 救出任務とは文字通り、異界に侵入し内部で遭難した探索者もしくは一般人を救出する任務だ。通常の探索任務と同じく探索者の任務の一環ではあるが、緊急性と優先度が高い。


 なにせ、異界の多くは人を害するようにできている。遭難=死とまではいかないが、その可能性が高い以上、できるだけ早く遭難者を救出しなければならない。


 また、解体局の規約によれば、一つの異界に対して救助隊を出すのは一度限りとされている。これは二次遭難を防ぐためのルールで、危険な異界に救助隊を送り余計な犠牲者を出さないための絶対の約束事でもある。

 つまり、オレ達が失敗すればその3人の探索者の救助はもう行われないし、二次遭難したオレ達も救助されない。異界が解体されれば結果として助け出されることはあるだろうが……その時まで生きて人間のままでいられるかどうかは望み薄だ。


 隣のリーズや、谷崎さん、朽上さんに緊張が走ったのはそこら辺のことを理解しているからだ。通常の任務であれば最悪自分たちが死ぬだけで済むが、救出任務においては救出対象の命にまで責任を負うことになる。


 原作でもそうだが、ここにいる面子はオレを除いて探索者としての使命を重んじ、必要とあれば自分よりも他人の命を優先できる覚悟ある。

 だからこその緊張、気負いだ。いいことではあるが、そこらへんはオレがうまい事、緩和するしかないか……、


 …………なんてこった。完全に自分が指揮を執る前提で考えてしまっていた。こんな役回りになるつもりは一切なかったのに。でも、この面子で一番経験が豊富なのはオレだし……というか、他に人員がいないとはいえ、一年生に救出任務はきつすぎるだろ。いや、原作でもやってたけども……、


「……通常、難度の高い救出任務に一年生を宛がうことはありません。本来なら先生が行くべきですが、学園には常に教師が一人残らなければならないのです。それに、今年の一年生ならば問題はない、と上層部は判断しました」


 そう言って、オレの方をちらりと見る地味子。

 ……はい、オレのせいなわけですね。上層部はどうやらオレの風聞を聞いて実力を過大評価しているらしい、もしくは、本家と結託してオレを殺そうとしているのかどっちかだ。頼むから前者であってくれ……、


 そして、学園には必ず一人、教員が常駐するというのは原作にも存在する規則ルールだ。この規則の優先度は前述した救助の際の規則よりも優先度が高い。

 なにせ、この聖塔学園ならびに大儀式『バベル』は解体局の活動の要だ。学園地下にある数多の術具や魔導書などが納められた『倉庫』も含めてこの学園は宝の山のようなものだ。必ず誰か一人が守りについていないといけないというのは当然ではある。まあ、現場軽視の解体局上層部らしいといえばらしいが。


「任務の内容を端末に送信しました。詳細は不明ですが、外部からの調査でもわかるくらいには、かなり特殊な異界です。加えて、私の方でも集めた情報を記載しています。あくまで、参考程度、ですけど、君たちの助けになればと思って……」

 

「……助かります」


 地味子から送られてきた資料はきちんとまとまっていて、また分かりやすく、重要な情報が記載されていた。特に類似する異界の例から予想される異界因とその切除方法に関する考察などゲームの攻略本くらいの細やかさだった。


 そのおかげで、オレの方も一つ掴めた。

 この救出任務は、原作で起きたものと同一と見て間違いない。

 

 オレたちが今から挑む異界の名は『鏡月館きょうげつかん』。そして、異界因の名は『鏡月館殺人事件』。オレたちはこれから怪異ではなく一つの『謎』と対峙することになる。つまり、謎解きミステリーの始まりだ。


―――――――――――――――――――――――


あとがき

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