第74話 許嫁なので問題はありませんが何か?
観覧車を降りた後、オレと彩芽は結局、
本来は山三屋先輩と行ったホテルのビュッフェを予約していたのだが、観覧車を降りて、移動のためにバスを待っていたら彩芽はオレに寄り掛かったまま眠ってしまったのだ。
慣れない遠出で着かれていたうえに、安心してしたのだろう。無理やり起こすのも可愛そうなので、ビュッフェは後日にしてオレは館に帰ることにした。
巨大なミャーコちゃん人形を運びつつ、彩芽を背負って帰るのには式神とタクシーを活用する必要があったが、その甲斐はあった。
なにせ寝言とはいえ久しぶりに『お兄ちゃん』と呼んでくれたのだ。今のお兄様呼びも悪くないが、お兄ちゃんは彩芽が従者としての教育を受ける前の呼び方なのでやっぱり特別だ。本当に久しぶりで、懐かしさとうれしさに思わず足取りが軽くなった。
そうして帰宅したところで、彩芽が目を覚ました。最初はデートがまだ途中だったと拗ねていたが、代わりにオレが超久しぶりに料理すると言ったら機嫌がよくなった。
作ったのは、即席ラーメンを多少アレンジしただけの料理か料理じゃないかの難しい線上にある一品だったが、彩芽は喜んで食べてくれた。
食べた後は今度は安心したのか彩芽が眠そうにしていたので、お風呂に入らせて、彩芽の部屋のベッドにまで送り届けた。
そのままオレも自分の部屋で眠りについた。久しぶりに心の底からぐっすりと眠れた。
そして、翌朝。今日は日曜日、すなわち、淑女協定における自由日。今日一日はオレ一人の時間だ。
なので、このまま昼まで微睡んでいようかと思い、布団に潜り込んだ、その時のことだった。
「な、なんだ!?」
ガタン! という激突音に目を覚ます。なにかが部屋のドアにぶつかったのだ。それも相当に重いものだ。
続けて、部屋に掛けておいた結界が異常を検知する。間違いなく何かがオレの部屋に押し入ろうとしている。
「……上等だ」
ベッドから跳び起きて、式神を待機する。相手が何者かも、どうして屋敷の結界に引っかからずに侵入できたのかわからないが、ここまで来た以上は相手してやる。
さあ、どこからでも――、
「お兄様、彩芽です。敵ではありません」
「……合言葉は?」
「お兄様のコーヒーの好みは砂糖二つにミルクマシマシです」
誰かがお互いに変装したり、化けていたりする場合に備えて決めておいた合言葉。一言一句間違いはないので、扉の向こうにいるのは彩芽で間違いない。
とりあえず襲撃じゃなくてよかったが、何事だ? 彩芽にはオレの部屋の扉を無理やり破るようなことは絶対にしないように言い含めてあるから、彩芽がやったんでないのは確かだが……、
「朝からなんだ、びっくりしたぞ」
「それが……とりあえず説明が難しいので、直接見ていただいたほうがよろしいかと」
「……何事だ?」
仕方ないので、寝巻のまま部屋の外に出る。すると、そこには確かに説明に困る光景が広がっていた。
ベッドだ。キングサイドのベッドが我が家の廊下を塞いでいる。しかも、畳ベッド。
しかし、いくらこの聖塔学園が異界探索者を育成する機関とはいえ、ベッドが勝手に動くなんてことは…………たまにしかない。
となれば、運んできた誰かがいないといけないのだが……いた。
学園のメイド型
2人でそれぞれベッドの頭側と足側を持ってここまで運んできたらしい。もともと、多少強化した異能者くらいならボコボコにできるくらいの
ああ、いや、問題はそこじゃない。問題はメイドさんたちが明らかに通れないオレの部屋の扉にベッドを押し込もうとしている点だ。
「彩芽……?」
「その、許可は取れているから入れてほしいと仰るのでお通ししたら、ベッドを抱えたまま、こちらに進んでしまわれて……」
まあ、融通が利ないのは自動人形の欠点ではある。自動人形たちにしてみれば与えられた
もっとも、嘘を吐くこともしないから直接聞いちまえばそれで問題解決だ。
「えと、なんでオレの部屋の扉をぶち破ろうとしているんだ?」
「このベッドをこの部屋に運ぶようにと命令を受けています」
「…………なるほど」
寝ぼけていた頭がはっきりしてきたおかげか、事態が呑み込めてくる。というか、よくよく考えればこんなことをするやつはオレの知るかぎり一人しかいない。
「おや、まだ寝ていたのですか。まあ、休みですからね。寛容な妻として許しましょう」
タイミングを見計らったように曲がり角から現れたのは、やはりアオイだ。制服ではなくジャージを着ている。
……そういや、原作でもアオイは私服をほとんど持っていなかった。というか、鍛えることと探索以外のことにほとんど頓着していないので、原作の一枚絵で出てくるアオイの私室にはベッド以外には何も置かれていなかったはずだ。
つまり、アオイの引っ越しはこのベッドさえ運び込めばそれで完了というわけだ。
「……今日だったか、引っ越し」
「ええ。事務局からの許可証が届いたので早速越してきたのです。さすが我が妻、迅速な行動だと褒めたたえるように」
「…………先に電話か、メッセージくらい入れてくれよ」
「不要でしょう。愛で察してください」
無茶言うなよ……と思いつつも、まあ、前から決まっていたことなので特に驚きはない。とうとうその日が来たか、という諦めに似た感慨は一入だけど。
数か月前から、アオイは彩芽の協力の元、この館に引っ越してくるための手続きを進めていた。それが今日ようやく実ったというわけだ。
「で、引っ越しはいいんだが、なんでオレの部屋にベッドを運び込もうとしてるんだ? 空き部屋は他にいくらでもあるぞ」
「? 私たちは夫婦ですよ?」
逆に何言ってんだこいつみたいな顔をしてくるアオイ。全面的にこっちのセリフなんだが、聞き入れてはもらえそうにない。
しかし、ここで受け入れていてはそれこそオレの理性が持たない。いずれこうなった責任は取るつもりだが、ルート分岐と同時に死ぬかませ犬の身としてはまだ早い。少なくとも本家との件と八人目の魔人の件が解決するまでは待ってほしい。
「…………まだ許嫁だ。それに、流石に同じベッドで寝るのは淑女協定違反どころじゃない。せめて、隣の部屋にしてくれ」
「……まあ、妥協点としてはそんなところですか。これから同じ館に住むのですし、壁一枚などどうとでもなります」
不穏なことを言いつつも、自動人形たちにきびきびと指示を出すアオイ。とりあえず私室の防護結界の強度を今から三段階くらい上げておくとしよう。
……しかし、これからアオイとの共同生活が始まるわけか。まず心配なのはオレの理性だ。どうにか同室は回避したが、同棲は同棲。原作でも描写されていない一面やあられもない姿も見れてしまうわけで……これはもう二重の意味でやばい。
そりゃオタクとしては原作でもあまり見られなかったアオイの日常生活での姿を堪能できるなんて幸福の極みだが、それをしていると今度は理性を保てる気がしない。
あちらを立てれば、こちらが立たず……これは死活問題だ。いや、人類最大の命題かもしれない。くそ、どんな難問にもベストな答えを出してくれる計算機とかどっかの異界に落ちてないだろうか……、
「彩芽、こういう時は蕎麦を食べると聞きました。出前など頼めますか?」
「でしたら、彩芽が用意いたします。この日に備えて準備は抜かりなくしておりましたので」
「なんという手際の良さ。ふ、私は夫だけではなく妹にも恵まれたようだ。では、早速食べましょう。お腹が空きました」
自我同一性のはざまで苦悩するオレをしり目に、一階の食堂に向かう二人。
……彩芽の蕎麦ならオレも食べたい。エビのかき揚げ乗せたやつがいい。
「そういえば、道孝。明日は遠出をするので準備をしておいてください、デートです」
しかし、曲がり角から顔を出したアオイがそんなこと言い放つ。
そういえば、明日、月曜日は淑女協定におけるアオイの日だ。
……あれ? オレの理性、早速ピンチなんです?
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あとがき
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