第75話 理性ギリギリメインヒロインデート
翌日、朝早く、オレは目覚めた。正直、今日のアオイとのデートが気がかりすぎて寝てたんだか、寝てなかったんだが、自分でもよくわからない感じだが、体調は悪くない。寝室の窓に許嫁が張り付いているという珍事もなかった。
さすがのアオイも今日のことを考えてか、昨日は一日大人しかった。結局、彼女の寝室はオレの隣になったが、別に防護結界には反応はなかったし。
「あら、おはようございます、お兄様」
「うん。おはよう」
食堂に降りると、彩芽がちょうど誰かの皿を片付けていた。おそらくアオイのだ。
「随分早いんだな……」
「なんでも朝の稽古は抜かせないということで、それでしたらということでご本人は遠慮なさいましたが、朝食を用意させていただいたのです」
「……すまん。苦労を掛けるな」
「いえ。実は二人分も3人分もそこまで手間は変わらないのですよ?」
そういって微笑んでくれる彩芽。なんてできた妹なんだ。
「それより、お兄様、今日はアオイ
「お、おう」
味噌汁を啜っていると、彩芽からの圧を感じる。
「お二人は許嫁、将来を約束された仲。そこにどうこう申し上げる権利は彩芽にはございません。ですが、学生のご身分であることもまた同時に事実。どうか節度はわきまえられますように」
「い、言われなくても分かってる」
ずいっと顔を寄せてくる彩芽。オレの瞳を正面からのぞき込んで、なにやら、考え込み始めた。
「……まあ、ヘタレのお兄様のこと。簡単には最後の一線は越えないと信じてはおりますが……」
「…………喜んでいい評価なのか、それは」
「半々と言ったところです。ですが、相手はお兄様の好みど真ん中二百キロストレートのアオイ義姉様。もしもという時は、お兄様の童貞は彩芽のものだということを思い出してくださいませ。妹への愛で理性を保つのです」
びしっとオレを指さす彩芽。オレの童貞は他でもないオレのものなんだが……、
いや、でも、アオイとのデートなんてもう何度目だって感じだが、オレの貞操最大の危機ではある。彩芽の言う通り、あらゆる理性を投入して事にあたる必要がある。
「あ、そういえば、アオイ義姉様からは30分後に館の前で集合と伝言をたまわっております。なんでも、覚悟しておけ、だそうで」
果たし状かよ。だが、アオイのことだ。どこかで変な知識を仕入れてきたせいで、デートというものを根本から勘違いしていてもおかしくはない。行ってみたら、死に装束で待ち構えているくらいのことはありえるかもしれない。
……といっても、オレの方もアオイをリードできるほどデートの経験が豊富というわけじゃないのだが。
◇
朝食を食べたオレは着替えを済ませて、待ち合わせの五分前に玄関から外に出た。
壁に背を預けて、天を仰ぐ。これからあの山縣アオイとデートすると思うとわくわくと恐ろしさと罪悪感がオレの心中でぐずぐずになる。
事ここに至って、逃げたり、拒絶したりはしないが、オレの中の光のオタクはオレのことを裏切者呼ばわりしている。
その一方で、これ以外に道がなかったこともオレの理性は理解している。アオイはオレのことを想ってくれているし、共にいることを幸福だとも思ってくれている。なら、オレはそれに応えないといけない。男として、光のオタクとして。
もちろん、何事にもタイミングというものがある。原作でもそうであったようにメインヒロインとの恋愛は命懸け。本来主人公じゃないオレのようなかませ犬とってはなおさらそうだ。今はそちらにかまけて別口の脅威を招く余裕はない。
それに、原作『BABEL』はなんだかんだ言って18禁ゲームだ。ルート分岐と各ヒロインとのいわゆる『行為』は密接に結びついている。
だから、もし、アオイとその、行為に及べばルート分岐が確定しかねない。
そして、原作における蘆屋道孝は多くの場合、ルート分岐が確定するのとほぼ同タイミングで死ぬ。
原作とは大きく状況が異なっているし、原作とは違い行為に及ぶのが
悩ましいのは、以上のことをそのままアオイに説明するわけにはいかないという点だ。『八人目の魔人』の件と同じで、情報を知るものはできるだけ少ない方がいい。
アオイを信用していないわけじゃない。ただこの世界において情報はどこから漏れるかわからない。
でも、いつかは話す。いつまでも隠したままじゃ不義理だ。
そんなことを改めて考えていると、館の玄関がガタリと開く。
そちらに視線を向け、その瞬間、オレの理性は風に吹かれた塵のように容易く吹き飛ばされてしまった。
「――お待たせしました。ですが、待ち合わせより早く来ているとは感心ですよ、道孝」
アオイだ。だけど、いつもと服装が違う。
健康的な青のタンクトップにジーンズのジャケットを羽織っている。
完璧に着こなしている。なんていうか有名な女優さんが銀幕から飛び出してきたかのような似合いっぷりだ。長い髪をポニーテールにしているのも、普段とは違ってグッとくる。
ズボンはジャケット同じ紺色のジーンズで、ぴったりとしたシルエットはアオイの脚線美をこれ以上なく見せつけていた。
足元には夏に映えるベージュ色のサンダル。ハイヒールではアオイのイメージに合わないが、スニーカーでは特別感がないことを考えると、限りなくベストな選択だ。
なにより、普段との一番の違いは表情だ。少し恥じらうように頬を赤く染めて、うっすらと化粧がされてる。普段はノーメイクでも女優やモデルが裸足で逃げ出すレベルの美少女なのがアオイだが、このナチュラルメイク姿だともはや女神や天使の領域、もはや、異能の領域だ。少なくとも、一目でオレの理性を吹き飛ばすだけの威力があった。
……悔しいが、このコーディネートをしたやつはアオイのことをよく理解している。それにメイクやらコーディネートについてよりはまだアマゾンの植生についての方が詳しいであろうオレよりは、そこらへんに通じている。でなければ、ここまでアオイのイメージを損なわないようにしつつ、魅力を引き出すことなど不可能だろう。
「な、なんです、人のことをじろじろ見て。そ、その、何か変ですか?」
「い、いや、変じゃない! むしろ、すごい! なんていうか、完璧だ! これ以上ない、マジで!」
「そ、そうですか……」
「お、おう! かわいすぎて、オレの脳が爆発しそうだ」
「よ、よくわかりませんが、そこまで言われるということは、リーズに感謝しなければなりませんね……」
そう口にしたところで、しまったという顔をするアオイ。
……なるほど、そういうことか。
「…………せっかくの初デートなので、昨夜、リーズに相談したのです。その、貴方を驚かせたいと。そうしたら、この服を押し付けてきて、そのメイクの仕方も教えてくれたのです」
観念したように、事のあらましを明かすアオイ。
……なんか泣きそうだ。なんて麗しい友情の花なのだろうか。リーズに今日のことを相談するアオイの成長も、恋敵が相手にも関わらず真摯にアドバイスするリーズも、両者の全てが尊い。
しかも、2人の子の関係性は原作でも存在しなかったもの。ありとあらゆるオタクを差し置いて、いや、原作者よりも先に、オレはそれを目にすることができている。
「……ありがとう、アオイ。オレはもう幸せだ」
「…………えと、どういたしまして? でも、それはデートの後に言うことでは……?」
困惑しながらも微笑むアオイ。そんなアオイと一緒にオレも歩き出した。
この世界は相変わらず危機の最中だし、心中はぐちゃぐちゃなままだが、それでも、今のこの瞬間のオレは間違いなく幸福だった。
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あとがき
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