第72話 兄妹水入らず

 その後サンドイッチを食べ終えたオレたちは再びワクワクゴンゾウクンワールド巡りを再開した。

 本当は飯を食いながらもっといろいろ話すつもりだったんが、彩芽のサンドウィッチがおいしすぎて、後回しにしてしまった。


 まあ、今日は1日彩芽の日なので機会はいくらでもある。夜飯を食った後でもなんでもどうとでもなるだろう。


 昼食後、まずオレ達が向かったのは遊園地の中にあるゲームコーナーだ。

 射的に、輪投げにストラックアウト。どれも景品がもらえるタイプのゲームなんだが、もらえるのはすべてこのテーマパークのマスコットであるゴンゾウクン関連グッズのみだ。

 

 またこのゴンゾウクングッズ、あんまり可愛くない。そもそもゴンゾウクンのモデルはアライグマなのだが、微妙にリアルだし、手に持っているのは日本酒の一升瓶だしと子供に受ける気があるのかと突っ込みたくなるデザインをしている。


 だから、ここはスルーしてさっさと他に行こう。そう思っていたのだが――、


「……あれは」


 ふいに彩芽が足を止めた。ガラガラを回してくじを引くタイプの店の前だ。彩芽の視線を追っていくとそこにはある景品が置かれていた。


 大きなぬいぐるみ。それもゴンゾウクンではなくその彼女という設定の山猫『ミャーコ』ちゃんのぬいぐるみだ。山猫らしく灰色で、やはり、微妙にリアルなデザインをしている。

 ……正直、あんまりかわいくはない。でも、ゴンゾウクンよりは局地的な人気を博しそうではあった。


 そのミャーコちゃんを彩芽はジーっと見ている。見入っていると言ってもいい。なんどか声を掛けたが、それでも動こうとしないのでオレも覚悟を決めた。


「……よし、やったるか」


 彩芽には見えないようにこっそりと方位陣を展開する。陣を通して自分の運勢を操作、一時的に幸運を強化ブーストしておく。占いで導かれた数字は3、つまり、3回くじを引けということだ。

 本来、解体局所属の探索者が異界探索以外の目的で異能を使うのはご法度なのだが、かわいい妹のためだ。このぐらいは許されるべきだ。


「お兄様……?」


「3回お願いします」


 彩芽の隣を通り過ぎて、退屈そうにしている店員さんに金を渡す。めったに客が来ないせいか、店員さんは完全に油断していた。


 といっても、こういう行楽地にあるくじ引きというのは大抵の場合、店側に有利になっているもんだ。普通にくじを引いてもめったに当たることはないし、そこら辺織り込み済みで楽しむのがマナーでもある。


 しかし、今回ばかりは妹の笑顔が掛かっている。こっちも少し反則させてもらうとしよう。


「お、お兄様、いいのですか?」


「おう。お兄ちゃんを信じろ」


 ガラガラが回り、白い球が出てくる。一個目は外れ。ポケットティッシュだ。

 続けて2回目。これも白球、ポケットティッシュ。


 そうして、三回目。ガタンという音と共に、赤い球がガラガラから出てくる。赤が示すのは一等賞、つまり、ミャーコちゃんゲットだ。


「ほら。持てるか? それとも、オレが持つか?」


「い、いえ、お兄様に彩芽の荷物を持たせることなどできません。彩芽が持ちます」


 自分と同じくらいの大きさのぬいぐるみを抱える彩芽。しかし、右に左に危なっかしいので結局、オレの方で引き取ることにした。

 彩芽は申し訳なさそうにしていたが、そこは兄貴としての甲斐性だ。


「その、お兄様、ありがとうございます……彩芽のためにそこまでしていただいて……」


「気にするな。このぐらい兄貴として当然だ」


 大きなぬいぐるみを抱えたまま、遊園地を歩いていく。ミャーコちゃんの灰色の頭でオレの視界はゼロだが、何とか直感を頼りに進んだ。

 しかし、せっかくミャーコちゃんを手に入れたのにもかかわらず彩芽の顔はどこか浮かない。


 どうしたのだろうか……? ま、まさか、本当に欲しいのはミャーコちゃんじゃなかったのか? と、隣のマッサージチェアが目当てだったのか……?


「そういうわけではありません。彩芽はこのミャーコちゃんを気に入っています。特に、このミャーコは何ものにも染まらないぜという意志の強さを感じさせる瞳など最高です」


 そこら辺のことを一応確認すると、彩芽はそう言って首を振った。本気でこのミャーコちゃんを気に入っているらしい。オレにはただただ不愛想な猫のぬいぐるみにしか見えないが……、


「彩芽が気にしているのは別のことです」


「別のこと?」


「彩芽だけこんな大きな贈り物を頂いてしまって……」


 遠慮がちに彩芽が言った。

 なるほど。自分だけが大きなプレゼントをもらって気後れしていたのか。確かにいくら妹とはいえ彩芽にだけこんな大きなものを渡していたら、他の面子からも同じくらいの贈り物を渡さなきゃいけなくなる。そんな兄の窮状を慮ってくれていたのか……、


 なんて殊勝なのだろう。まさしく妹の鑑。でも、心配はいらないぞ。兄はお前のその気持ちだけで1年は――、


「どう他の方々に妬まれないようにさり気なく自慢したものか、と頭を悩ませていたのです。やはり、なんのきなしに居間に飾っておきましょうか?」


「……まあ、そんな事だろうと思ったよ」


 彩芽らしいと言えばらしい発言ではある。完璧な妹なのに、こうどうしてオレの貞操だけは諦めてくれないのだろう。


「む、お兄様、また彩芽が言ってるよ、みたいな顔をなさいましたね。失敬ですよ、今回のことは彩芽なりに考えがあってのことなのです」


「考え、ねえ……そう言うなら聞かせてもらおうか?」


「はい。彩芽の話を聞き終えた時、お兄様は感心するあまり腰を抜かし、彩芽に縋りついて来られることでしょう。ふ、勝ちました。そのままお兄様は彩芽の意のままに――」


「それ、先に言ったら意味ないと思うが……」


 オレのツッコミをなかったことにするように、彩芽は咳払いをしてからこう続けた。見習うべき神経の太さだ。


「ここ数か月でお兄様の周囲には女性が激増しました。今や任務のたびに館を出入りする方が増える勢いです。もはや、女と言えば彩芽一択という状況ではなくなってしまいました」


「いや、べつにおまえをそんな目で見たことは一度も――」


「そのことにより、ガチガチだったお兄様の貞操観念がだいぶゆるゆるになったところまでは彩芽の計算通りでしたが……モテすぎです、お兄様。あの時、淑女協定を結んでいなければ今頃お兄様は何分割されていたことか……うう、おいたわしやお兄様」


 オレの貞操観念はゆるゆるじゃないぞ! と抗議したくなるが、どうにも否定しきれない節があるのもまた事実だ。

 事故とはいえみんなの裸も見ちゃったし、アオイに対しては責任をとるって誓っちゃったし………、


 ……やめよう。これ以上の事実陳列はオレのアイデンティティに関わる。


「しかし、問題はここからです。お兄様の周りに見目麗しい方々が増えたのは良しとするとしても、このままではこの家事万能、完璧美少女、究極妹の彩芽でも他の皆様に埋もれてしまいかねません。最近では、唯一無二たるお兄様の妹というポジションさえ脅かされています」


 ……なるほど。冗談めかして言っているが、彩芽の方もだいぶ悩んでいるようだ。

 やっぱり、今日はデートに来て正解だった。兄として妹が悩んでいるのに放置なんてできない。


「そこで彩芽は考えたのです。ここは一つ、お兄様の妹は彩芽なのだと皆さまに知らしめるべくアピールをしておこうと」


 ぐっと拳を握る彩芽。そんな彩芽の横顔に強がりを感じてますますどうにかしなければと思う。

 そうして、周囲を眺めて、その遊具に気が付いた。


「……そうか。じゃあ、あれなんかどうだ?」


「はい?」


 オレが指さしたのは、このランドの象徴でもある巨大な観覧車だ。

 もはや廃墟マニアにしか見向き去れないこのゴンゾウクンワールドにおいて唯一デートスポットとして有名なのがこの観覧車だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき

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