第71話 わくわくデートランド
土曜日のかき入れ時にもかかわらず、ワクワクゴンゾウクンワールドにはオレたち以外には客がほとんどいない。
しかも、ちらほらと見かける客ももカップルとか家族連れとかではなくカメラを構えた廃墟マニアばっかりだった。
……見方によってはこの広い遊園地を貸し切っていると言えなくもない。場所はともかくデートのシチュエーションとしては悪くない、と思う。
「では、まずあのメリーゴーラウンドに乗りましょう! カップルの定番です!」
実際、彩芽のテンションは上がっているからこれが正解だったのだろう。
おーおー、あんなにはしゃいで走ってる。こんな彩芽を見るのは久しぶりだ。うーん、これだけで来た甲斐があったな。
「エスコートはオレがするんじゃなかったのか?」
「…………ごほん。お兄様が不甲斐ないから彩芽がリードしてさしあげているのです」
「そういうことにしておいてやるとしよう」
彩芽に連れられて、メリーゴーラウンドに乗り込む。最初は別々の馬に乗ろうと思ったが、二人乗りもOKとのことで2人で白馬に乗った。
彩芽が前でオレが後ろに座る。手すりを掴むと、ちょうどオレが彩芽を包み込むような形になった。
ふと、彩芽の異変に気づく。耳まで真っ赤になっている。
「大丈夫か? 恥ずかしいならオレは他に移っても……」
「ち、違います! そ、その、こうしてお兄様を近くに感じるのは久しぶりで、す、少し緊張してるだけです」
「変なやつだな。普段もっと際どいことばっかり言ってるだろ。お前」
「それとこれとは話が別なんです! と、とにかく、その、離さないでくださいね?」
「おう」
変な彩芽。これが乙女心ってやつか。まあ、流石は我が妹だ。こんなところも本当にかわいい。
数秒後、メルヘンな音楽と共にメリーゴーラウンドが動き出す。動きや速度そのものには特筆するようなところはないが、設備が古いが故の歯車の軋む音や時折ガクンと揺れるのが別の意味でスリル感満点だった。
彩芽の方は揺れたり、音がなったりする度にオレの手を強く握ってきて実に可愛らしかった。
というか、改めて思うのだが、我が妹ながら、贔屓目抜きにして彩芽は美少女だ。きっと普通に学校に通っていたらモテにモテててきっと告白の順番待ちの行列ができ、ファンクラブが結成されていたに違いない。
無論、オレが認めるやつにしか告白はさせないし、ファンクラブの会長にはオレが就任する。かわいい妹のためだ、嫉妬ではない、決して。
そうして、数分後、メリーゴーラウンドが止まる。時間が来たのだろうが、すぐには止まらずに少し行きすぎた。
なんというか、アトラクションとは全然違うところで緊張させてくるのはやめてほしい。
「メリーゴーランドというのは、少し怖いものなんですね。彩芽、知りませんでした」
結果、メリーゴーラウンドに対して少しズレた結論を出す彩芽。今度また違う遊園地に連れていってやるか……関東にある某ネズミの支配するパークとか……、
「では、次はお化け屋敷です。なんでも巷のカップルは恐怖心を発情と勘違いし、お化け屋敷の後はホテルでしけこむのだとか。ふ、久しぶりに彩芽のターンが来ましたね。彩芽ちゃん大勝利ー! です」
おそらく吊り橋効果のことを言ってるのだろうが、完全に意味が違っている。勘違いするのは恋のドキドキであって、発情じゃない。
あと、お化け屋敷はやめといたほうがいいと思――ああ、もう入ろうとしてるし。
仕方がないので、オレも一緒にお化け屋敷に入る。設備がボロなおかげで不思議と雰囲気が出ているが……正直言って恐怖体験に関しては普段の異界探索でもういやというほどしてるので――、
数十分後、飛び出すゾンビやら書き割りの幽霊やらとの遭遇を終えた後、オレたちはお化け屋敷から無事脱出した。
「むぅ……」
お化け屋敷の出口でこんなはずではといった感じで彩芽がうめいた。まあ、仮にここが最新式のあほほど金が掛かった遊園地でもそこまで結果は変わらなかっただろうけど。
なにせ、こちとら日常生活の半分が正真正銘のお化け屋敷巡りだ。本気でこっちを殺しに来ていない相手を怖がれと言われてもそれこそ無理がある。
探索者ではない彩芽の方もそこまで事情は変わらない。本家で妖怪やら幽霊に関しては見慣れてる。何度か怖がったふりして抱き着ついてきたりはしてたが、本人も途中でなんか違うなという顔をしていた。
「お兄様、念のために聞きますが、ドキドキはされてますか?」
「バイトのお兄さんに申し訳なくて少しドキドキした」
「……そうですか」
せっかくの客を驚かそうと頑張ってたのに、両方ともピクリともしないんだもんな。あれはかわいそうだった……一応、驚く演技はしたけど、あの悲しそうな眼は忘れられない。
「いえ、デートはまだ始まったばかり。彩芽はお兄様の発情、もとい、ドキドキを諦めません。次はあの回るコーヒーカップです。三半規管が乱れたら、お兄様の理性も揺らぐやもしれません」
「お、おう」
そう言って駆けだしていく彩芽。なんやかんや楽しんでいるな。るんるん足早な背中を見ているとドキドキはしないが、ほっこりはする。日常、あまりにも幸福な日常だった。
◇
その後、オレと彩芽はワクワクゴンゾウクンワールドの遊具を順繰りに巡っていった。
コーヒーカップに、ゴーカート、迷路といった定番の遊具を二人で巡るのは楽しいか、楽しくないかでいえばすごく楽しかったんだが、どれも期待以上ではなかった。
これはこのランドの遊具が古いというのもあるが、それ以上に、オレ自身、遊園地に来るのなんて前世のガキの頃以来でいまいち楽しみ方を分かっていないせいでもある。
それでも彩芽は終始楽しんでいて、笑顔が絶えなかった。ゴーカートで競っていた時も、コーヒーカップに酔ったオレを看病している時も、2人で迷路で頭を悩ませていた時も彩芽は笑顔だった。
そのことだけでオレとしてはこのワクワクゴンゾウクンワールドに来た甲斐は十分にあった。ありがとう、ゴンゾウクン。これからも地域の微妙に愛されてないゆるキャラとして頑張ってくれ。
そんな風になんやかんやでランドを満喫しているといつの間にか昼飯時になっていた。
これは原作でも描写されていたのだが、このゴンゾウクンワールド内のフードコートの料理の味はとてもじゃないが褒められたもんじゃない。その割には高い。
それもテーマパークの醍醐味と言われればそうなんだろうが、オレは食にもこだわる光のオタク。せっかくならおいしものが食べたい、と思ったのが、そこらへんの心配は不要だった。
さすがは彩芽、できた妹だと言うべきだろう。事前にこのゴンゾウクンランドが弁当持ち込み可だと調べておいて、この日のために弁当をこしらえておいてくれたのであろう。
おかげでオレたちはランドの中央にある公園で優雅にランチを楽しむことができた。
「お、今日はサンドウィッチか、ホッドサンドもある。洋食とは珍しいな」
晴天の元、ビニールシートの上に座ってたまごサンドを齧る。なんとも牧歌的な時間だ。命をかけて異界を探索していることとか、下手すると八人目の魔人のせいで世界が滅ぶかもしれないとか、そんなことはまるで創作物の中の出来事のような気がしてくる。
「はい。最近はレパートリーを増やすのが急務ですので。絶賛、修行中です」
「…………すまん」
彩芽の料理のレパートリーが急増したのはここ一か月の間で『甲』班のメンバーがオレの館を拠点にしていたからだ。
オレと彩芽だけなら毎日和食でも問題ないんだが、他の面子はそういうわけにもいかない。
みんなもさすがに出てくる食事のメニューに文句をつけたりはしないが、各々好みはある。なので、彩芽が気を遣っていろいろ新メニューを開発していた、というのが事の真相だった。
今回のデートはそのことへの労いも兼ねている。銃後の守りだって実際の探索以上に重要だ。
「でも、ここ数週間は、忙しくはありましたが、彩芽としても充実した日々ではありました。なにより、お兄様のお役に立てましたし」
「……ありがとうな、彩芽」
「その気持ちがあるのなら頭の一つも撫でていただきたいものですね」
そう言って頭をこちらに差し出す彩芽。昔のようにその頭に右手を乗せてゆっくりとなで始めた。
日に当たった彩芽の頭は暖かくて、柔らかい。その感触にオレは彩芽が生きていることを改めて思い知る。
ああ、そうだ。10年前、この感触が、彩芽がオレにこの世界が現実であることを教えてくれたんだ。
当時のオレはこの世界に現実味を持てないでいた。転生したばかりで前世の記憶が新鮮すぎたってのもあるが、なにより、これが現実なのかゲーム中なのかもわからず、ずっと戸惑っていたのだ。
そんなオレに彩芽が教えてくれた。自分は生きている人間だと。この世界はゲームの中ではなくもう一つの現実世界なんだと彩芽がオレに気付かさせてくれたのだ。
だから、オレが生きていられるのは彩芽のおかげだ。オレは彩芽を守りたい、彩芽が自由に生きていける世界を作りたい、その気持ちに嘘はない。
……でも、それだけじゃない。先生の言うオレだけの理由、その一端に指が掛かった気がした。
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