第70話 シスコン&ブラコン

 夢の世界から帰ってきたオレと先生を迎えたのは、完全武装した『甲』のメンバー、アオイ、凜、先輩、リーズだった。

 オレが先生によって拉致されたと考えて奪還計画を練っていたのだ。一応、先輩だけは連れ去ったのは先生なんだから大丈夫じゃないか? と主張していらしいが、それはそれでオレの貞操の危機かもしれないという話になり、全員一致で七人の魔人の一角『死神』との全面戦争に及ぶつもりだったらしい。


 ……正直言って、その話を聞いた時は胃が痛くなるより先に顔がにやけてしまった。

 だって、相手は先生とはいえ魔人の一人だ。それに戦いを挑むということは死を意味する。それが分かっていないものは甲には一人としていない。なのに、みんなでオレを取り戻す気満々だった。それだけ想われているのだと実感すると、光のオタク失格だが、喜んでしまっても仕方がないのではないだろうか? よし、仕方がないという結論が出た。


 もっとも、そんな殺気だった皆を前にして先生はいつも通りのテンションで『ごめん、ごめん』と笑っていた。

 こっちもさすがだ。神経が太い、というか存在しないのかもしれない。


 しかし、結果論ではあるが、今回は先生に拉致されてよかった。魔人たちの設定ことを多少なりとも知れたし、八人目の情報をどこの勢力よりも先に得られた。どんな準備ができるかはこれから次第だが、少なくとも覚悟を決める時間が得られたのはプラスだ。


 やる気満々な皆をなだめるのは大変だったが、連れて行かれた先で行われていたのが七公会議だということを明かすと皆矛を収めた。驚きと戸惑い、オレへの心配等々で皆、オレの貞操がどうこうとかそれどころじゃなくなっていた。


 一方で、会議の内容についてすべてをみんなに明かすことはしなかった。

 先生からの指示だ。八人目についての情報は今のところ七人の魔人とオレしか知らない情報。みんなにそのことを話せば情報の拡散を懸念する必要が出てくるし、無用な危険に巻き込む可能性もあるからだ。


 オレも先生の判断に賛成だ。みんなのことを疑っているわけでも、どこかに漏らすことを懸念しているわけでもない。だが、怪異の中には読心能力を持つ者もいるし、術師の中には知っているという事実だけで情報を引き出せるやつもいる。このことを話すのはいずれ皆の協力が必要になった時でいい。


 なにより、来週から夏休みだ。せっかくの休みに八人目の魔人なんて言う最大級の厄ネタで頭を悩ますのはオレだけで十分だろう。


 

 そうして、翌日、オレは七公会議での精神的疲労を癒すべく自室のベッドで思う存分惰眠をむさぼっていた。

 幸いにも今日は土曜日、一日オフだ。とりあえずは昼くらいまではゆっくり寝て、それからゲーム三昧にでもするか。


 うん。それがいい。そうして、二度寝をしようとして――、


「お兄様」


 ノックの音と彩芽の声に起こされた。

 ……彩芽がわざわざ寝室までオレを起こしに来るなんて珍しい。よほどのことがあったのか?


「何かあったのか? 緊急事態か?」


 館の結界には何の反応もない。念のために方位陣で周囲の情報を探るが、そっちにも感はなし。少なくとも怪異や術者による襲撃ではないということだけは確かだ


「いえ……準備ができましたのにいつまでも起きていらっしゃらないので……」


「準備? 今日何か用事があったか?」


「…………やはりお忘れでしたか」


 扉越しだが、彩芽の機嫌が悪くなったのが伝わってくる。珍しい。

 

 ……今日は土曜日だろ? なにかあったけ? 彩芽の誕生日は12月だし……なんか記念日とかも……、


「お忘れとあれば思い出させてさしあげましょう!」


 バーンと扉が開かれる。部屋の結界を停止させておいてよかった。まあ、彩芽の方もそれを分かっていて扉を開けたんだろうが……って、それどころじゃない。


 扉の向こうから現れた彩芽はいつものメイド服じゃなかった。

 白いワンピースに麦わら帽子。いつもは三つ編みにしている髪の毛も下ろしている。何とも可愛らしくて、今の彩芽はまるでオレの従者なんかじゃなくて普通の女の子のようだった。


「…………ここで一言あってもいいと思うのですけど」


「あ、おう。すごい似合ってるぞ。というか、完璧だ。どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹だ」


 オレの言葉に、ふふんとドヤ顔をする彩芽。機嫌が直ったのはいいことだが、なんでそんな恰好をしているのか、さっぱりわからないままだ。


「……まったく、お兄様の鈍感、朴念仁、童貞っぷりには困ったものです。この彩芽の夏の思い出の化身のような服装を見てもお分かりにならないとは…………」


「…………えと、夏コミのコスプレ?」


「………………今日は土曜日、彩芽の日です。初日からこれとは先が思いやられます」


 あ、そういうことか。そこまで言われたところでようやく彩芽の言わんとするところが理解できた。

 

 例の淑女協定。完全にオレの意向と人権を無視して結ばれたその協定によってオレは一週間のうち5日間を分割統治されているんだった。


 そして、今日、土曜日を占領しているのが彩芽だ。つまり、今日一日、オレは彩芽に付き合わなきゃいけない。

 それを完全に忘れていた。なるほど、怒る理由も分かる。


「…………お詫びと言っちゃなんだが、一応、プランは考えてあるぞ」


「そうでなければさすがの彩芽も怒ります。お兄様はご自分の言葉もお忘れになられたのかと」


 彩芽にジト目でにらまれる。まあ、方々から散々鈍感だの朴念仁だの言われているオレだが、妹と約束したことを忘れるほど阿呆じゃない。

 ……予約とかはしてないけど、シーズン前だからどうにかなるだろう。


「じゃあ、するか、遊園地デート」


「はい。この彩芽、そのお言葉を一日千秋の想いでお待ちしておりました

とも」


 にっこりと笑う彩芽。心から嬉しそうな彼女の顔を見ていると二度寝の誘惑も断ち切れる。

 それに寝ているだけじゃ八人目のショックから立ち直れる気がしない。彩芽とのデートはオレにとってもいい息抜きになるだろう。


 ……まあ、デート中何も起きなければの話だが。



 彩芽とのデートの行き先は市内にあるテーマパーク『ワクワクゴンゾウクンワールド』と事前に決定していた。

 ホテル・ヴェスタでの一件でオレは彩芽を今度ゴンゾウクンワールドに連れて行く、そう約束を交わした。だから、今回のデートではその約束を果たすことにしたのだ。

 

 街外れにあるワクワクゴンゾウクンワールドまでは一時間ほどの道のりだ。オレたちはそこまで一緒に移動することにした。

 せっかくのデートだし現地で待ち合わせしてもよかったのだが、できるだけ一緒にいた方がいいということでそうなった。


 F県『ワクワクゴンゾウクンワールド』は九十年代のバブル全盛期にどこぞの金持ちが道楽で建造したもので、こう言っちゃなんだが、旬はとっくの昔に過ぎてしまってだいぶ廃れてしまっている。

 設備も古く、現代の若者に訴求するエモさないが、かといってリニューアルする金も熱意もないというないないづくし、それがわくわくランドだ。


 そんな原作での説明、一枚絵通りの場所がオレたちの目の前にある。原作では確か、ここが異界化してその解決のために原作主人公『土御門倫』と彼の率いる『甲』班が乗り込む、というストーリーだった。


 そのイベントが起きるのはそれこそ秋ごろだった。だから、今は安全なはずだ。念のため、六占式盤を展開して確認したが、そちらにも異常はなかった。


 問題があるとすれば、まったく別の部分だ。


「……なんだか、思っていたのと違いますね」

 

 ゴンゾウクンワールドを一望してから彩芽が言った。まあ、彩芽も遊園地に来たのはこれが初めてだ。当然、遊園地に対する期待感は限界まで高まっていた。


 ……なのに、ご期待のワクワクゴンゾウクンワールドはこのざまだ。がっかりするのも頷ける。


 まあ、問題ない。このゴンゾウクンワールドの近隣にはショッピングモールも水族館もある。オレは元からそっちにも彩芽を連れて行くつもりだった。


 それでも、ここに連れてきたのは百聞は一見に如かずというやつだ。言葉でこのワクワクゴンゾウクンワールドのがっかりワールドぶりを説明しても彩芽は納得しないだろうから、わざわざここまで連れてきたのだ。


 ということで、デートの場所はほかのどこかに――、


「――まあ、デートというのは何処に行くかではなく誰と行くかが大事だと誰かが言っていました。ということで、エスコートお願いしますね、お兄様」


「お、おう」


 彩芽は振り返って、オレに手を差し出す。その小さな手を取ってオレはゴンゾウクンランドの入り口に向かって歩き出した。


 まあ、本人がここでいいって言っているんだから良しとするか。それに、誰の受け売りだか知らないが、何処に行くかじゃなくて、誰と行くかが重要ってのにはオレも同意見だ。

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