第67話 誓約

 七公会議は八人目の魔人『観測者』、その存在を許容すると決した。それも人類側に立つと思われていた眠り姫、その一票によって。


 つまり、『七人の魔人』は全員、その立場の如何に関わらず、八人目の魔人の出現を妨害することは許されない。もし直接的な行動に出れば今回の決定に基づいて他の六人をまとめて敵に回すことになる。


 ……正直言って、最悪の事態だ。教授の仮説が外れることはまずないから、八人目の魔人は転生者がなるものと考えていい。つまり、このオレ、蘆屋道孝にもその可能性はある。

 それだけでも頭がパンクしそうなのに、眠り姫の行動だ。訳が分からないことと、どうしたらいいか分からないことが重なりすぎてパニックになりそうだ。


 だが、そうはなれない。オレは光のオタクだ。この『BABEL』の世界を愛しているし、守りたい。八人目の魔人の出現がこの世界の滅亡に直結するのなら、絶対にオレが八人目になることはないし、その顕現は阻止しなければならない。


「では、今回の七公会議はこれにて終幕とさせていただきます。魔人の皆さまにおかれてはごゆるりとこの夢の世界に逗留されるなり、お帰りになられるなり、ご自由に」


 慇懃に頭を下げる執事『N』の姿はやはり見ているものに奇妙な不快感を抱かせる。

 同時に白い円卓は泡になって消えて、オレたちの座っていた椅子もゆっくりと地面に呑まれていった。


 慌てて立ち上がる。同時に一歩、先生の側に近づく。会議が終わった以上、非暴力の縛りも解けたはず。誓約がなければオレなんて瞬き一つでひき肉にされる。


『ではな、死神とその弟子。君らには小生も期待してイル。できればまた逢いたいものダネ』


 教授のゼンマイ仕掛けの肉体ロボットがその場で崩れ去る。残ったのはアンティークのおもちゃの残骸だけだ。


「おや、君も帰るのか。てっきり、喧嘩を売ってくると思ったんだけど」


 よせばいいのにわざわざ太母に話しかける先生。別に誰に喧嘩を売ろうが自由だけど、それはオレのいないところでやってほしい。


わらわは忙しいのだ。暇なそなたやほかの魔人どもと違ってな。それに、楽しみができた。八人目が生まれるなら、

 

 不吉な言葉を残して、太母は紅い霧とともに姿を消した。残る魔人は先生を抜いて2人、検閲官と土壇場になって意見を覆した眠り姫だ。


 …………動くのなら今か。すでに会議の結果は出てしまったが、せめて足場くらいは固めておきたい。


「あん? 俺になんか用か? 死神の弟子。ああ、俺に味方になってほしいってんならそいつは出来ねえ相談だ」


 しかし、オレがしゃべりかけようとした瞬間に、検閲官は煙草を吹かしながらそう答えた。

 むぅ……やっぱり、取り付く島もない。仕方がないっちゃないのか。


「……会議の結果のせいですか」


 この会議の結果は魔人同士で結ばれる誓約ともいえるものだ。『BABEL』世界においては結ぶ相手が強力な存在であればあるほど、誓約も強力になる。

 

「他の連中はそうだが、俺は少しばかり事情が違う。俺がこの世界に関わることができるのはが起きた時だけだ。ちなみにてめえみたいな転生者程度は規定外には入んねえから心配すんな。まあ、お前さんがその八人目『観測者』だってんなら話は別だがね」


「……とにかく貴方の助けは得られないってことですね」


「そういうこった……まあ、てめえと俺は似たような立場だ。助言くらいはしてやろう」


 オレが肩を落とすと、検閲官はため息をつきながらもそう言ってくれる。不良教師みたいな見た目の割には意外と面倒見がいいらしい。

 しかし、似たような立場か。

 7人の魔人の中でも検閲官は基底となる現実を維持する役目を受け持っている。彼にとって肉体は入れ物に過ぎないのだろうが、瞼の周りの隈と無精ひげは彼が苦労人であることを物語っていた。


。今回の決議で禁じられたのは反対派の魔人が直接干渉することで、それ以上でも以下でもねえ。そこら辺のことをよく考えな。それでもし、俺の仕事を減らしてくれたら、そうだな、貸し一つってことにしといてやるよ」


「……分かりました」


 オレへの助言を終えると、検閲官は一瞬で姿を消す。まるでこの世界から消え去ったような、そんな去り際だった。

 

 ……誓約の抜け穴か。そこをつくことはオレも考えた。ようは魔人本人ではなくその援助を受けた誰かが干渉するのであれば問題はないのだ。

 でも、その場合、八人目の出現を防ぐ役割ができるのは1人しかいないわけで…………覚悟は決めたが、それはそれとして気が重い。ただ死にたくなくてかませ犬を脱したかっただけなのに、話が大きくなりすぎだ。こんなのは主人公の役割だ。


「じゃ、そろそろ帰ろうか。八人目のことは……後で考えよう! ぼく、お腹空いたし、君の家でお世話になりたいな!」


「構いませんが、先に妹に連絡させてください。いきなり行ったらびっくりさせるので」


「えー、いいよ」


 そうして、オレ達もまたこの夢の世界を後にしようとする。背後から声を掛けられたのは、その時だった。


「――お待ちください」


 話しかけてきたのは眠り姫の執事である『N』だ。いつのまにかオレたちの背後に立っていた。


「なんだよ、執事。あんまり気軽に話しかけないでくれる? ぼく、君のこと嫌いなんだよね」


「これは失敬。しかし、わたくしめがお呼び止したのはお弟子様の方なのです。約束を反故にされてはお嬢様が悲しまれますので」


「……約束? ああ……あれか」


 Nに言われてそのことを思い出す。確かにオレは眠り姫と会議が終わったら話をすると約束していた。

 いろいろあって忘れてたし、会議の結果もあって約束はなしになったと思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。


「……先生」


「うん? ああ、行ってきていいよ。この執事はともかく姫自身が君を害することはないし。あ、それともぼくに忠義立てしてくれてる? もう、可愛いんだから! ぼくの弟子ぃ!」


 嬉しそうにオレの背中をバンバンと叩く先生。そういう意味じゃなくて行ってもオレの身柄が安全かどうかって意味で聞いたんだが、まあ、喜んでくれてるならそれでもいいか。


「わかりました。それで、オレはどうすればいいので?」


 正直、一人で眠り姫と話すのはかなり怖いし、乗り気はしないが、約束してしまったし、気になることもある。少なくとも眠り姫が賛成票を投じた理由くらいは確かめておきたい。


 それに、まあ、原作未登場の魔人との会話の機会なんてそうあることじゃない。光のオタクとしても逃がせない。


「死神殿はこちらでお待ちを。お望みならばお食事をば」


「君が作るの? いやだよ。夢の世界の食材には興味あるけど、君の料理はごめんだ」


「左様ですか。では、また次の機会に」


 Nの隣に、小さな窓のような転移門が現れる。どうやらこれを潜れということらしい。


「じゃあ、先生。あとで」


「うん。姫をよろしくね、あの子、たぶん、今罪悪感でいっぱいだろうから。ああ、あと、あんまり驚かないようにね? 乙女は傷つきやすいんだから」


 先生に見送られて転移門をくぐる。門の向こうに何が待っているかはわからないし、恐怖心が消えたわけではないが、心の中のオタクはワクワクしていた。



 転移門をくぐった先にあったのは、一面のピンク色だ。しかも、趣味の悪い感じではなく高級品の品のいい感じのピンク色、辺りを見回してここがどういう場所か気付いた。


 ベッドの上にはクマのぬいぐるみ、月の見える天窓。

 寝室、それも女の子の部屋だ。ただし家具もドアも窓も、めちゃくちゃ大きい。サイズ感的には普通の5倍くらいはある。


 ……巨人の寝床か? あるいはオレが縮んでいるのか……どちらにせよ、オレがここにいるのはかなりの場違いだ。


 でも、まあ、この異界の支配者は眠り姫だ。であれば、彼女を象徴する場所が寝室というのは納得できる。

 問題は、肝心の眠り姫がどこにいるかだが……、


「う、ううん……」


 寝息が聞こえて、ベッドの方に視線を向ける。通常の数倍のサイズがあるその寝台の上には、それにふさわしい大きさの主が横たわっていた。


 5メートルほどの大きさの少女。七人の魔人の一人、『眠り姫』アリアが今まさにオレの目の前で寝息を立てていた。

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