第52話 復讐するは王にあり
夕焼けの街をオレたちは走った。屋根から屋根を伝い、まっすぐに東側へ。
この決して暮れない夕暮れの街にあって、進行方向の空にだけは夜の
絶対であるはずのものが覆る。その光景はオレ達にこれ以上なく不吉な予感を抱かせた。
「道孝! 何が起きているのです!」
隣を走るアオイが速度を落とす。いつもなら原作知識のおかげでスムーズに答えられるが、今回の場合はあまりにも想定外の事態だ。少し考えを整理したい。
「……オレにも推測しかできん」
「貴方の推測であれば間違いはないでしょう。言いなさい」
アオイにそう促されて、口を開く。知識が足りないまま事態を分析することはいらぬ混乱を招く可能性があるが、確かに現状ではほとんどなにもわかっていない。このまま戦うよりはオレの考察でも情報がないよりはましだ。
「…………未確定なこともある。鵜呑みにするなよ」
この『四辻商店街』という異界は複数の異界をある約定のもとに結び付けることで成立している。
その約定とは解体局、つまり、人間と怪異の間で結ばれたものだ。
一つ、この異界に住まう怪異は決して人間を傷つけぬこと。
一つ、人間はこの異界に住まう怪異を決して傷つけぬこと。
一つ、上記の誓いを破りしものには、我らの王の裁きが下る。
これが原作の約定の内容だ。設定資料に書いてあるやつを暗記したから間違いはない。
今重要なのは、3つ目だ。我らの王の裁きが下るという文言の詳細は設定資料にも書かれてはいなかった。
だが、別の設定の欄にこれを読み解くヒントが記されていたのをオレは記憶している。
それは一部の異界がもつとされる『復讐の理』。異界の中には敷かれたルールを破る存在に罰を与える機能を持つ異界が存在している。
この二つの設定から導き出される結論は、四辻商店街もまたそんな復讐の理を持つ異界であるということ。誰かが約定を破った場合、我らの王、この場合は怪異の王が裁きを下す、そういう法則が敷かれている。
おそらくこれが先生の言っていた『報復機構』の正体。異界の持つ法則そのものがオレ達に牙を剥こうとしているのだ。
しかも、今回のケースでは報復は異界の内部だけに収まらないかもしれない。
異界に敷かれる
今回の場合、二つ目の約束の主体が人間とされているうえに、三つ目の裁きの対象に制限が掛けられていない。だから、人間であるオレたち探索者全員、いや、もしかしたら解体局全体、あるいはこの異界に関わりない人類全体が報復の対象になりうる。
ようするに、最悪の場合、ここで全人類ごとBADENDもありうるということだ。だから、先生はオレたちにこの『復讐』を止めろと命じたのだろう。
以上のことを全員にかいつまんで共有する。みんな、理屈は理解できたが、納得はいっていない、そんな様子だ。というか、いくら優秀な探索者とはいえ、いきなりお前らがしくじると人類滅亡だよ! などと告げられて受け入れられるはずがない。
「蘆屋君! 妖怪たちを殺してたのは、あの教授なんだよね!? でも、それがどうして、僕たちや他の人間が復讐の対象になるの? 八つ当たりもいいとこだよ!」
走りながら凜が疑問を口にする。当然と言えば、当然の問いだ。
しかし、八つ当たりか。当たらずも遠からずだな。実際、オレ達や解体局が何か罪を犯したわけじゃない。
「魔人は、もともと人間だった。先生もあの教授も最初は人間の探索者だったんだ。といっても、超がつくレベルの天才だけどな」
「え? そうなの!?」
「ああ、だから、魔『人』なんだ。人外であり同時に人間でもある。それが魔人だ」
原作『BABEL』に登場した魔人は『死神』、『教授』、そして、オレたちはまだ遭遇していない『検閲官』の三人だ。
いずれの魔人も強大な存在だが、その詳しい来歴についてはほとんど明かされていない。分かっているのはどの魔人も最初は人間であったこと、深異界を踏破した結果、人間ではないものになってしまったということ、この二つだけだ
「そういうわけで、魔人のやったことは法則的には人間のやったことに分類される。つまり、約束の二番目が破られたと、この異界は認識するわけだ」
「それで、僕たちや解体局、外の人まで危ないってことなんだね……! じゃあ、なんとかしないと……! それが僕達、探索者の役目だもんね!」
相変わらず理解の早い凜。それに切り替えも早い。凜が探索者としての役目を口にしたことで、皆気が引き締まったようだ。
「……状況はわかりましたわ。でも、これから起こるのが異界の報復機構の作動だとして、わたくしたちはなにをすればいいんですの? 異界の法則は強力です。対処と言っても方法が……」
リーズの懸念もまた正しい。異界の内部に敷かれた独自の法則は絶対だ。これを覆すことはオレより格上の上位の術者、あの『語り部』にも難しい。
「オレもそう思うが、こればかりは何が出てくるか次第だ。先生は魔人だ。理不尽でめちゃくちゃだが、できないことは命令しない」
「そうだよ! 誘先生を信じよう! あーしたちならなんとかできるって!」
先導する先輩が全員をそう鼓舞する。さすが単独探索の許可持ちなだけはある。自分も不安だろうに、その様子を微塵も見せない先輩の姿はオレの大好きな外伝主人公『山三屋ほのか』そのものだ。
対して、先輩に抱えられている盈瑠は速度に目を回しているのか、黙ったままだ。
どうにかこの場所から遠ざけたいが、この異界の出口が閉じている以上は逃がそうにも逃がせないので、連れてくるしかなかった。
「っ! 一旦停止だ!」
方位陣に感あり。すぐさま足を止める。指示通り部隊全体が動きを止めた。
場所は中心の商店街を過ぎて、街の東側を臨む建物の屋上だ。ここまで来ると、東側の異常が目視できた。
やはり夜になっている。空には星が出て、風は冷たい。この夜の闇は、あの児童公園にも似た寂寥感を見るものに感じさせた。
その夜闇の中心には、何か暗い、影のようなものが――、
「……なにかが東側の境目をゆっくりとこっちに――!」
アオイの視力がその形を捉える。次の瞬間、アオイの表情が強張る。彼女が戦慄することなど滅多にない。
「アオイ、何が見えた?」
「……わかりません。ただ、あれは良くないものです。それだけはわかります」
「……なるほど」
オレもすぐに六占式盤を展開する。
怪異との戦いにおいては相手を知ることが必ずしもアドバンテージとなるとは限らない。怪異の中には自身の情報を相手に知られることを呪いや祟りのトリガーにしているものもいる。
そういった相手に対して、下手に分析を行えば相手の術中にはまる。だから、情報の収集、考察に関しては慎重に行えというのが探索者の間では常識となっている。
なっているのだが、今回ばかりは情報が少なすぎる。多少のリスクは覚悟のうえで『盤』を展開するしかない。
すぐに『影』とその周囲の情報が頭に流れ込んでくる。その中から有用な情報を――、
「――っ!?」
次の瞬間、見られた。『盤』によって繋がった縁、それを辿られて、オレとあの影の目が合った。
「道孝!? 大丈夫ですか!?」
すぐさま盤を解除するが、フィードバックに脳が揺れ、その場に膝をつく。影の視線、その圧力に寒気が止まらない。
ほんの一瞬でも盤を解除するのが遅れていたら、縁を通じて精神を汚染されていた。
「道孝! しっかりしなさい!」
「……ああ。まだ正気だ。どうにか、だが」
オレの言葉に、アオイは少し安心したように息を吐く。心配をかけてしまって申し訳ないが、今回ばかりは無茶をしないとどうにもならない。
盤の展開による情報収集にはリスクがあったが、その分、リターンもあった。
最後の視線、その際の接触のおかげで影の正体が分かった。
あの影の名は『
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