第28話 一目惚れとは事故のようなもの
『死神』誘命の弟子は皆、死んでいる。これは不幸が重なったとか、彼女の修行法が拙いからとかそんな理由からではない。
死神の弟子になるということは、彼女の持つ『異界権能』を受け継ぐための器になるということ。その器になるためには一度死んで、生き返る必要がある。
つまり、かつて彼女がしたように人類の集合無意識に深く根付いた『深異界』の一つ、『七つの冥界』を踏破しなければならない。
そんな偉業は誘命以外には不可能だ。だから、彼女が招いた弟子は全員、その修行の途上で帰ることができなくなった。冥界の住人、死者となってしまったのだ。
そうして、このままではオレも同じルートを辿ってしまうのだが……、
「じゃ、弟子の件はまた連絡するねー! あ、今夜のうちは絶対安静だから動かないように! まだボクの魔力の残滓が取れてないから下手に動き回ると死霊とか呼んじゃうよ!」
とんでもないことを言って、オレの師匠(暫定)こと、誘命は保健室から去っていく。
「……プラスに考えれば、強くはなれる、か」
死神が弟子に対してどんな指導をしているのかについては冥界巡り以外、原作においてはほとんど描かれていないが、一場面だけそれに近しい描写があった。
『BABEL』本編のあるルートにおいて死神が主人公に対して一度限りの特訓を施すシーンがある。
内容は文字通りの『地獄めぐり』。昭和の特撮番組もかくやという理不尽さではあったが、その効果は絶大で、特訓後の主人公は次元の違う強さを身に着けていた。
もし、オレもあのレベルまで強くなれるのならかませ犬として死ぬ可能性はだいぶ低くなる。
まあ、強くなったらなったで厄介ごとが増えるのがこの『BABEL』の世界なのだが。
なんにせよ、重要なのは死なないことだ。死神の弟子になったとしても死ぬまえに逃げだせばいい。うん、そうしよう、まるで成功する気はしないが、選択肢があると思い込むのは大事なことだ。
そんな風に自分をなぐさめていると、保健室の扉が遠慮がちにノックされる。誰だ? まだ感覚がマヒしているせいで、魔力の波長から相手を特定できない。
「アシヤン、あたし、
声を聴いて、すぐにどうぞと返す。先輩はらしくなく静かに扉を開けると、遠慮がちな足取りで保健室に入ってきた。
なるほど。相当堪えているらしい。今回の一件に、先輩は責任を感じているのだ。
無理もないことだ。語り部の狙いは先輩とオレ。先輩のご両親とその他多くの一般市民が巻き込まれたのは、あの場にオレたち二人が揃っていたから。責任はなくとも原因ではある。
この感じだと先輩は落ち込むばかりだ。一人称がいつものあーしではなくあたし、と外伝小説ではモノローグのみで使われる素のものになっているのはその表れ。こちらから話題を振って、少しでも気を紛らわすか。
「先輩、ご両親はどうですか?」
おおむね死神から状況は聞いたが、あの人は生き物の健康状態を死んでいるか、生きているかでさえ区別があいまいなので、一応直接聞いておきたかった。
「う、うん、無事。暗示のせいで混乱してるけど、回復するだろうって先生が」
よかった。たぶん大丈夫だろうとは思ってたが、語り部も最低限の道徳を持ち合わせていたようだ。
「一般人にも犠牲者はいなかった。アシヤンとみんなのおかげ。ありがとう」
「どうも。でも、居合わせたのは幸運でした」
「うん。それに、アオアオから許嫁のこと聞いたよ。知らなかったとはいえ……ごめんね、無茶なこと頼んじゃって」
「い、いえ、内々の話でしたし、むしろ、それに関して責められるべきはオレの方というかなんというか……」
許嫁がいるのにオタクとしての論理と生き延びるための方策を優先したのはオレだし、誰が悪いと言われればそれはオレだ。
しかし、結果から見ればどうにかうまくいった。最初はどうなることかと思ったが、彩芽の行動は結果的には多くの命を救った。アイツがアオイたちを焚き付けて、オレをストーキングしてなかったら多くの人間が犠牲になっていた。
一方で、先輩の顔はどんどん沈み込んでいく。しまった、話題の選択を間違えた。
「アシヤン、ごめん! あたしのわがままのせいであなたもみんなも巻き込んだ! 本当にごめん!」
深々と頭を下げる先輩。瞳から零れた涙が床に落ちる。自責の念の深さが痛いほど伝わってくる。
……許せねえ。原作の山三屋ほのかは影を背負いながらも輝く太陽のような人だ。そんな彼女が曇らされている。どこぞのクソのせいで。
「頭を上げてください、先輩。今回の一件で責められるべきは語り部とそれを雇った連中だ」
「でも――」
「でもじゃありません。オレは心底ムカついてます。どこの誰かは知りませんが、先輩にそんな顔をさせた奴は八つ裂きにしてやります」
「う、うん、でも、アシヤンが巻き込まれたのはあたしの誘ったせいだし……」
「そこを気に病むなら、もうそんなことは許してるので、忘れてください」
オレの言葉に面食らう先輩。だが、これはオレの本心だ。オレは『BABEL』を愛している。だから、その中で行われる曇らせに関しては受け入れるし、乗り越えると分かっているなら見守る。
だが、この事件は原作にはないものだ。そんなことで先輩が傷つくのは許せない。犯人は見つけ次第、マジでぶっ殺してやる。
「ともかく、大事なのは犠牲者が出なかったことです。先輩もオレ達もすべきことを全力でやった。いまはそれでいいじゃないですか」
「……うん。ごめ――」
「もう謝らないでください。誇ってください、先輩。貴方は多くの命を救った」
「うん……」
オレの言葉に俯く先輩。その頬に光るものが見えた。
ああ、なんてことだ。慰めたつもりだったのだが、泣かせてしまった。光のオタク失格だ。原作キャラを泣かせるなど切腹するしかない……!
「ち、違うの! アシヤンの言ってくれたことが、その、あたしの言ってほしいことだったから、心にダイレクトアタックくらっちゃったの! だ、だから、気にしないで……」
な、なるほど。とりあえずアオイに介錯を頼む必要はなさそうだ。安堵の涙ならどちらかといえばハッピーエンド寄りだしな。
「……語り部を雇ったのは、たぶん、あたしがお見合いをする予定だった相手。詳しいことはパパとママが回復してから聞くしかないけど、確か、海外にも拠点を持っている家って話だったから……」
「……なるほど。伝手があるわけですか」
確かに現時点では一番有力な容疑者だ。語り部の活動拠点は欧州、中東近辺。そこにコネクションのある家ならば、語り部が雇われたのにも納得がいく。
それに、呪いの対象がオレだったのにも説明がつく。黒幕の目的は先輩を手に入れること、ならば、邪魔なオレを排除する理由こそあれ、先輩を殺す理由はない。あれだけ高度な暗示の使い手がいるなら先輩を無力化さえしてしまえばあとは婚姻でもなんでもどうにでもなる。
ますます罪深い。本人の意思を捻じ曲げて結婚しようなど光のオタクとして絶対に許してはおかない。
「でも、そっちに関しては先生が怒ってたから、なんとかなると思う」
「あー、それで張り切ってたわけか。あの人」
七人の魔人の一角を怒らせるとは馬鹿なやつらだ。同情する気には一切ならないが、それなら確かにオレの出る幕はない。
せっかくだから新しい術の実験台にでもしてやろうと思ったが、惜しかったな。
「…………こういうことを言うと不謹慎かもしれないけど、あたし、アシヤンに頼んでよかった」
「そうですね。いろいろありましたが、先輩のお相手役をできてよかったです」
「う、うん。まあ、役じゃなくても、いいんだけど」
「はい?」
「な、なんでもない!」
突然顔を赤らめる先輩。忙しい人だ。でも、だいぶ元気になったようでよかった。
「ともかく、今は二人で復讐のプランでも考えましょう。先生が犯人を捕まえてきたら、ですが」
「うーん、頭の毛とか剃っちゃう?」
「だったら、髪の毛が生えなくなる呪いも探しておきましょう」
「それいいかも! ついでに、落書きしちゃおうよ! できるだけだっさいやつ!」
先輩はケタケタと笑い、オレも笑った。ようやく緊張の糸が解けて、少しだけ息ができた。
なんであれ、あれだけの異界からオレは生還した。ようやくそのことを実感できた。
先輩のおかげだ。そんな先輩は一通り笑ってから、こう言った。
「うん、やっぱり楽しい。だから、あたし、蘆屋君のこと好きなんだ」
………はい? 今なんとおっしゃいました!
「あ、え、あたし、今、その、違くて、いや、違わないんだけど、あの……!」
見る見る赤くなっていく先輩。しどろもどろになったかと思うと、むーっと唇を噛んで、それから――、
「アシヤンのバカ! 忘れて!」
瞬く間に逃げ出した。止める間もなかった。
……好き? 先輩がオレを? なんで……? またオレ、やらかしたのか……?
しかし、そのことについて考える間もなく、パタパタと足音が戻ってくる。先輩だ。
「や、やっぱり忘れないで! そ、それだけだから!」
そうして、再び去っていく先輩。後には、絶対に原作の蘆屋道孝はしないであろう間抜け面のオレだけが残されたのだった。
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