第29話 原作主人公の友人です、全てをお話しします

 あの山三屋ほのかが、蘆屋道孝オレのことが好き……そんな、理解不能な事態を目の前にして、オレは今まさに混乱の極みにあった。


 ベッドから見上げる天井がぐるぐると回っている。脳みそが爆発したかのようだ。

 だって、あまりにも解釈違いだ。しかも、二回目だ。アオイとのカップリングでさえめちゃくちゃなのに、その上、山三屋先輩とも関係性ができるなんて天地がひっくり返ってしまう。


 悪いのはオレなのか……? そう思いたくないが、誰を責めるかと聞かれたら、自分の顔しか浮かんでこない。この顔か? この無個性イケメン面が悪いのか? 原作の時にはただのクソ野郎にしか見えなかったのに?


 先輩の気持ちが嬉しくないわけじゃない。いや、むしろ、男としてはこれ以上ない名誉だと思ってるし、何のしがらみもなければむしろオレから交際を申し込んでいたかもしれない。


 だが、光のオタクとしてのオレはこの状況を受け入れがたいと叫んでいる。原作ブレイクしてんじゃねえ、さっさと腹を切れ、と。


 それに、オレにはアオイという婚約者がいる。ああ、でも、この婚約をどうにかしないとオレは死ぬかもしれないわけで……でも、オタクとしてアオイを愛しているし、男としても魅力的に感じているオレもいて……挙句の果てには、先輩は好きとは言ってたけど、それは告白をしたわけでも、付き合ってという申し出でもないから問題ないとか、そんな卑怯な考えまで浮かんでくる始末だ。


 もう、頭がおかしくなりそうだった。


「――蘆屋君? 起きてる?」


 そんな風に煩悶の最中にいると、またもドアの向こうから声が聞こえる。この中性的なボイスは輪だ。オレが『起きてる』と答えると、彼は遠慮がちに病室に入ってきた。別には入っていいとは言ってないんだが……まあいいけど……、


 ……なんかもじもじしてる。すごくらしくない。少なくともオレの知る原作の土御門輪はこんな感じじゃない。


 というか、お見舞いに来るなら一度に全員で来てほしい。バラバラに来られるとダメージが蓄積する。


「……その、体調はどうなの、かな?」


「最悪だ。魔力はほとんど空だし、体中痛い」


「そ、そっか、そうだよね……やっぱり、僕が助けないと……」


「なんだって?」


「な、なんでもない!」


 やはり、様子がおかしい。あれか? オレの状態を勘違いしてるのか? 今にも死にそうだと思ってるから遠慮してるとか? 

 よくわからないが、誤解は解いておいた方がいいだろう。


「オレのことなら別に大丈夫だぞ? 今のところ、命に別状はない。あまり動けないが」


「そ、そうだよね、うん、わかってる……」


「わかってるならいいんだが……」


 分かっている割には、変わらず様子のおかしい輪。がちがちのままなぜかオレのベッドの端っこにちょこんと座った。

 

 え? なに? なにがしたいの? オレにそんな趣味は一切ないけど、流石に美少年がここまで近いと緊張してくるんですけど……、


「ひ、一人で来たのか? ほ、他のみんなはどうしてるんだ?」


「ぼ、僕一人だよ。みんなは先に蘆屋君のお屋敷に行ってる。彩芽ちゃんがご飯を作ってくれるって。先輩も無事だよ」


「そ、そうか。とりあえずはよかった」


「その、駄目かな?」


「だめってなにが……?」


「僕一人じゃ、駄目、かな……?」


 やけにいろっぽい。じゃなくて、なにがしたいのかわからない。

 元々線の細い輪の姿が余計に儚げに見えるし、唇は色づいてるし……その、あれか?  ね、熱でもあるのか? 


「……分かった。降参だ。何がしたいのか教えてくれ」


 いくら考えても答えが出ないので、思い切って直接聞いてみる。お願いします、まともな答えが返ってきてください。


「……添い寝」


「…………はい?」


 帰ってきたのは端的な答え、もとい単語。もっとも、端的だからと言って理解できるかは全く別の話なのだが。


 ……待てよ。この展開、既視感があるぞ。


「だ、だから、添い寝! その、魔力が尽きちゃった人にはそうしなきゃいけないって聞いたの! 前の時は、山縣さんがしたっていうし……だ、だから、その……僕でもいいかなって……」


「……それ、先生から聞いたんだろ」


「う、うん、そうだけど……」


 あのクソ教師が。オレの周りの人間関係を掻きまわすのが趣味なのか? あれか、オレの死因を痴情のもつれにしたいのか?


「あのな、お前、騙されて――」


「ぼ、僕じゃダメなの!? や、やっぱり、変だよね、僕みたいなのが……」


「いや、変とか変じゃないとかじゃなくてだな。人の話を――」


「で、でも、安心して!? ぼ、僕、意外と抱き心地いいはずだから!」


 まるで話を聞いていない。完全に暴走してる。あのバカ教師、何を吹き込んだんだ?


「いいから落ち着け。オレにそういう趣味はない。というか、その必要が――」


「ぼ、僕、本で読んだんだ! 男同士の付き合いは裸の付き合いだって! そうじゃないと本当の友達じゃないって書いてあったし……本の中じゃ実際裸で……とにかく試してみようよ! そ、その相性いいかもしれないし……!」


 ぐいぐい迫ってくる輪。相性がいいとか悪いとかそんな問題ではない。

 だいたいその本はおそらく男同士の友情に関する本じゃない。本屋さんでピンク色の棚に並べてあるタイプの本だ。誰だこの天然ボケに偏った資料を渡したのは!


 というか、力が強い。今のオレでは押しとどめるのが精いっぱいだ。


 がっぷり四つに組んでの力比べ。だんだんと押し込まれて、ベッドに押し倒される形になる。

 そんな中、オレの手が滑って、輪の胸元へ吸い込まれた。


「人の話を聞け! オレは――へ?」


 奇妙な感触が掌に触れる。

 柔らかい……? なんかフニフニしてる? あれ? この感触、どこかで覚えがある。


 例えるなら自動車の窓から手を出した時のような、母性とロマンの塊に触れてしまったような、そんな感じ。

 あれ、この感じってまさか……いや、いやいやいや! ありえない、何かの間違いだ。


 ほら、ボールかなんかだ。もう一度揉んでみればはっきりする。


「っうん、蘆屋君、ダメ……!」


 指先が柔らかなボール、いや、沈み込む。この男にとっての全てになりそうな感触は………………認めざるをえない。

 

「おま、これ……」


 恐る恐る輪の顔を見上げる。そこにあるの顔は夕焼けのように真っ赤に染まっていた。


 …………えぇ、嘘だろ? おまえ、女だったのか。


 ◇


 原作における土御門輪は間違いなく男だった。だってモザイクで隠されてるとはいえついてるんだからそれ以上の証拠はない。

 だが、目の前で保健室の床に座り込んだ土御門輪の姿は――、


「蘆屋君のバカ! 変態! 朴念仁! わいせつ物!」


「いや、その、あれだ……最後だけは否定させてくれ……」


 頬を赤らめ、両手で胸を庇って床にへたり込むその姿はどこから見ても美少女。座り方までいつの間にか内股になってる。


 これはもう否定しようのない事実だ。この世界の土御門輪の性別は男性ではなくて女性なのだ。


 ……マジか。マジかぁ……いや、なんかのインタビューで原作者がもともと女性主人公にするつもりだったとか、主人公の性別を選べるようにする予定があったとかは読んだ覚えはある。結局、エロゲなんだから男主人公だろうということで没になったらしいが、まさか、こんなところで実現してるとは……オタクとしては原作のlf展開目の当たりにしてるみたいでかなり興奮するが、疑問がおおすぎる。


「……それで、その、あれだ。何で隠してたんだ?」


 考えても仕方がないことをどうにか呑み込んで、質問を絞り出す。転生者としての知識や物の見方を彼女に押し付けてもどうにもならない。


「さ、最初に聞くことそれかなぁ!? いろいろ聞くべきっていうか、言うべきことあると思うけど!」


「それに関してはすまん。誓って言うが故意じゃない。そもそも、あれだ、気付いてなかったし」


「その割には長く触ってたけどね! 僕の胸!」


 そう怒りながらも少しは納得したのか、立ち上がる輪。長くたって思考が停止した数秒間程度なのだが、これは言わない方がいいな、うん。


 しかし、あの感触からして結構大きいはず。見た目ではわからなかったから相当きつくさらしを……やめよう、変態の汚名が返上できなくなる。


「……なんかやらしい視線を感じるんだけど」


「い、いや、気のせいだ。それより、本題に戻ろう」


「どうして隠してたって話? 僕にもいろいろあるんだよ。家の事情とかいろいろ」


 むすーっとしている輪。アホ毛が揺れる。なるほど、こうしてみると納得の可愛さだ。確かに輪が女体化する同人誌は結構あったし、あながち需要はあるのかもしれない。


「……受験にはそっちの方が有利だとかそういう与太話に乗せられたとかじゃないなら安心だな」


「蘆屋君の中の僕の評価どうなってるのかなぁ!? いや、まあ、そういう下心は少しはあったけどさ……」


 あったんかい、というツッコミはさておき、冷静になってみれば、女性の異能者が男性のフリをするのはそう珍しくない。

 受験に限らず、旧態然とした異能者界隈においてはそっちの方が有利なことが多い。特に、相続関係では男の異能者であるのとそうでないのでは大きな差がある。


 輪の生まれた家そのものは一般家庭だが、苗字が示すとおりかの大陰陽師安倍晴明の子孫でもある。

 しかし、輪が土御門の苗字を名乗るのは学園入学からで、それまでは菜ノ花という名を使っていたはずだ。これは原作と同じならば彼女の両親が本家から離れて、一般社会で暮らすことを選んだからだ。


 だが、その両親が亡くなり、輪ば最終的に土御門の本家の養子になった。


 ここまでは原作通りの過去だが、この土御門家の養子に輪の性別問題が関わってくる。男子であれば両親の遺産を相続し、土御門のもつ特権にもあやかれるが、女子ではそうはいかない。少なくとも成人し、正式に財産を継ぐまでは男のフリをしていた方が都合がいい。

 ここら辺の助言をしたのはおそらく『死神』だろう。必要性は理解できるが、酷なことをする。


「……すまなかった。気付いてれば、もう少しフォローできてたと思う。あと、その諸々のセクハラも謝罪する……」


「うん。でも、僕も嘘をついてたんだから謝らないで。物心ついた時から、こう育てられたし、実のところ、そんなに負担はないんだ。男の子の服も結構好きだし。動きやすいし」


「そうか……」


 輪は微笑んでいるが、その奥には彼女の苦悩と痛みが見える。途端に彼女は無敵の原作主人公だと思い込んでいた自分が許せなくなる。


「――僕の名前ね、本当は車輪のりんじゃなくて凜々しいの方のりんなの。パパとママが着けてくれた名前。今でも書類にその名前を書けないのだけは辛いかな」


「…………すぐに、本当の名前が書けるようになる」


「……君がそう言うと、なんだか本当になる気がする。でも、そうだな、今ば蘆屋君だけでも僕をちゃんと『凜』って呼んでほしい、かな」


「わかった。これからは『凜』と呼ぶ」


「ありがとう、蘆屋君。やっぱり君はいい人だ」


 礼を言われるようなことは何もできていないし、できるとも思えない。それどころか、オレは彼女にすべてを託して舞台から退場しようとしていた男だ。本当なら何かを言う資格さえない。


 だが、もし、こんなオレでもできることがあるなら、彼女のためにしてあげたい。心からそう思った。

 ……なるほど、これが主人公の魔性の魅力。性別が変わっても健在だ。


「……秘密がバレたらどうしようって不安だったけど、蘆屋君は優しいね。僕を責めないんだ」


「人はそれぞれ事情があるもんだ。嘘もつく。実害もないのにいちいちそれを責めるほど暇じゃない」


 色々これまでのことにも説明がつく。だって可愛すぎたし。

 それにオレはハッピーエンドである限り2次創作にも寛容な光のオタク。原作の輪を女性化した同人誌も買ったことあるし、これくらいのこと全然平気だ。むしろ、可愛いことはあらゆることに優先される。


「…………蘆屋君。その、まだ僕のこと、友達だと思ってくれる?」


「……なった覚えないんだが」


 事実を言うと、マジで泣きそうな顔をする凜。流石にかわいそうなので、続けてこう言った。


「まあ、友達なんじゃないか。少なくとも他人と言い切れる関係じゃない」


 本当は他人でいたかったけどなとはさすがに口にできない。凜は相変わらず危険人物リストの筆頭だが、だからといってマジな泣きさせるのは違う。

 もう、やらかしの積み重ねで原作君は生き埋めだとしても、オレはまだオタクとしての矜持に縋っていたい。


「そっか……うん、僕、蘆屋君に最初に声をかけてよかった。友達ってすごくいいものなんだね」


「……いなかったのか。友達」


 事情は、おおむね察せられる。原作の土御門輪はともかくモテたが、友達は少なかった。ましてや、この世界の凜は実は女性であるという秘密を抱えている。なおさら、友達なんてものは作りにくいだろう。


「うん。でも、蘆屋君が友達になってくれたからもういいんだ」


「…………そうか」


 いかん。ウルっと来た。性別が違っても凜はいいやつだ。そんな奴に友達と言ってもらえるなんて、オレみたいなただのオタクにはもったいない……!


 それはそれとして、原作主人公の友達なんてポジションは特大のかませ犬フラグだ。他のキャラならともかくオレには致命傷かもしれない。

 くそ! 毎度毎度、オレの邪魔をしやがって、この蘆屋道孝オレめ! どうして、お前は原作で毎度毎度、「ここは私に任せたまえ」とか言った3クリック後に死んでるんだ。オレがこんなに苦しんでいるのも全部、原作の蘆屋道孝のせいだ。


「蘆屋君、だ、大丈夫? どこか痛いの? やっぱり、添い寝する?」


「………いや、大丈夫だ。ただ、過去の自分と対峙してただけだ」


「…………どういうこと?」


 原作のオレは顔がいいだけのナルシストのカスのかませ犬だったんだ、と答えるわけにはいかないので、話題を変える。


「ところで、結局先生には何を言われたんだ?」


「な、な、なにも? ただ蘆屋君に魔力を分けてあげたらいいって言われただけだけど? べべ別に誰かに先を越されるとか煽られたりなんかしてないよ! 親友になるなら裸の付き合いが必要なんて話もしてないし!」


「……そうか」


 死神め。余計なことばかりしてくれる。だが、このタイミングで輪、改めて凛の秘密を知れたのは良かったのかもしれない。

 このまま凛が男性だと思ってことを進めてたらとんでもないところに落とし穴があったかもしれない。


 ……うん? 待てよ。BABELにおけるルート分岐の条件ってヒロインとの――、


「………………お前、女の子好きだったりしないよな?」


「へ? しないよ! 前にも興味ないって言ったじゃん! はっ!? もしかして、蘆屋君って実は……女の子なの!?」


 天然ボケすぎる。何をどう考えたらその結論にいたるんだ。


 というか、問題大ありだった。

 このままだと土御門輪、あらため凜は誰も攻略しない。なぜならBABELにおける攻略対象は全て女性。凜が女性に興味がないならルート分岐のしようがない。

  つまり、この世界の原作攻略は詰んでいる。必死で蘇生しようしていた原作君はすでに白骨死体とかしていたのだ。


 対して、原作における蘆屋道孝の死はルート分岐周辺に集中している。

 だから、そもそもルート分岐しないならオレの死の可能性は半分くらいにはなる。


 けどあれだ。このまま凜が誰も攻略しないとこの世界はヤバいことになる。具体的には今年の年末に発生するある異界を攻略できず、今ある現実は崩壊するのだ。


 ……だが、まだ方法はある。

 そのためにも、変わらず主人公は凜のままで、彼女が問題なく世界を救えるようにしつつ、死なないようにそのサポートをするのがこれからのオレの役目だ。

 ……今から胃が痛い。こんな原作ブレイク誰がした……。

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