第45話 かませ犬とツンデレと主人公2人

 盈瑠みちると合流したオレ達3人はそのまま商店街の南側を調査することにしたのだが、意外なことに、商店街の南側の担当の盈瑠はちゃんと真面目に調べていたのでほとんどやることがなかった。

 えらい。少なくともこの件に関してはオレは何も言えねえ。


「――まあ、そんな感じでお祭りがどうとか言ってましたわ。何や秘密にしてるみたいやけど、無理に聞き出すのはダメなんでっしゃろ? ねえ、兄様?」


 手持無沙汰に歩きながら、隣を歩く盈瑠からそう報告を受ける。どうやら、こいつの調査結果もおおむね原作と一致しているようだ。


「お、おう。こっちからも絶対に手を出しちゃだめだぞ。誓約を破ったら袋たたきにされる」


「わかっとるわ。まあ、ルールがどうとか任務中に女といちゃついてる人に言われたくありませんけどなぁ」


 言い返せねえ……完全に油断してた。

 見かねた先輩がどこで買ってきたのかソフトクリーム片手に割り込んでくる。


「まあまあ、ミチルン、そんぐらいで勘弁してあげなよ。お兄ちゃんも反省してるんだしさ?」


「……山三屋はん、見た目よりはしっかりしてると思ってたんやけど、あんたもあんたですわ。危機意識に欠けるんちゃう?」


「て、手厳しいね。リンリン、助けて!」


「え、ええと、これ美味しいよ! 盈瑠ちゃん!」


 答えに困ってぬらりひょん饅頭を差し出す凜。アホ毛がぴょこんと揺れた。

 

「……アホちゃうん、あんたら。真面目に仕事しとるうちがバカみたいやわ」


 拗ねる盈瑠。普段はともかくとして今回に関しては完全にこっちが悪い。どうしたものか……、


「わかった。お前はもう休んでてくれ。よくやってくれた」


「……じゃあ、そうさせてもらいますわ。なにしててもうちの自由ってことでええんですよね?」


「おう。たまには息抜きでもしろ」


 しばらく遊んでれば機嫌もなおるだろうと、盈瑠と別れて、聞き込みを再開する。今度こそまじめに仕事だ。盈瑠のおかげでだいたい原作通りのようだと分かったし、あとは補足情報を集めればいい。そう思っていたのだが――、


「なあ、お前、マジでついてくるつもりなのか?」


 なぜかオレ達に着いてきている盈瑠にそう尋ねる。自由時間だって言っているのに何を考えているのかさっぱりわからない。


「なんや。男のくせに前言を覆すんかいな、情けない話やね」


「そうじゃないが……お前、寂しいのか?」


「なっ!?」


 オレの指摘に凍り付く盈瑠。なるほど、図星だったらしい。

 くそ、調子狂うな。本家の人間であり、原作に登場もしない盈瑠に掛けるオタクごころはないのだが、こういう可愛らしい反応をされると粗略には扱えない。


「だ、誰もそんなこと言うてませんけど!? いややわぁ! ちょっと女侍らしとるからって調子に乗りすぎなんとちゃいます!?」


 さんざん朴念仁呼ばわりされているオレだがさすがにこれはわかる。本家で会う時は全然こんな感じじゃなかったんだが、まあ、家を離れていろいろ不安なのだろう。


 …………少し優しくしてやるか。扱いのレベルを近所の野良猫くらいにしてあげよう。


「まあ、付いてくるのはいいが、邪魔はするなよ」


「ふん、女たらしに言われたないわ。でも、そっちが頼むなら――」


 さっと方陣を敷いて、一気に5体の式神を呼び出す。普段ならこんな無茶はしないが、この異界とオレの式神は相性がいい。当たり前のように妖怪が跋扈しているおかげで、呼び出すのも維持するのも負荷が少ない。普段は消費を考慮してやらない同じ属性の式神の同時使役も可能だ。

 人手を増やすのにもなるし、たまには式神たちに馴染みのある空気を吸わせてやるのもいいだろう。


「5体同時召喚……しかも、この速度……バケモノかいな……」


 失礼な。オレがおかしいんじゃなくて盈瑠も含めて術者の多くに環境や異界を利用するという発想が欠如しているだけだ。

 まあ、これには異能者全体が受ける教育にも問題がある。吸い込む空気さえも信用できない異界においては己の身を頼りにすべし、という基本則が肌身に染みすぎているのだ。


「これよりしばらくの間、お前たちに自由を許す。この異界の内部ならどこに行ってもいい。ただ、その際に感じたこと、聞いたこと、見たことあれば報告せよ。何かあればすぐに呼び戻す」


 オレの指示に従って方々へ散っていく塗壁童子、吸精女郎きゅうせいじょろう、河童童子、七尋童女ななひろどうじょの4体の式神。鉄犬使だけはオレの側に控えている。

 どうやら護衛をしてくれる気のようだ。かわいいやつらめ、あとで骨の玩具でも買ってあげよう。


「ほら、いくぞ。先輩たちはもう先に行ってる。逸れたら面倒だ。それとも、手でも繋いでやろうか?」


「――っ! いらんわ! 子ども扱いすんなや!」


 怒って速足で進んでいく盈瑠。流石にからかい過ぎたか。残った狛犬と獅子はオレの方に振り向く。なんとなく『だめだこりゃ』と言われているような気がした。



 この商店街の怪異たちは基本的に温和で、人間にも友好的だ。通常の怪異は人間の恐怖心や憎しみ、悲しみ、そういったマイナスの感情で維持、強化されるが、ここの怪異は誓約によって存在を維持されているから、わざわざ人を脅かす必要がないのだ。


 だから、オレたちの調査にも快く協力してくれる。目の前にいる一反木綿もそんな協力的な妖怪の一体だ。

 といっても、人間の言語は話せないから念話による思念のやり取りをするしかないのだが。


「――つまり、近いうちに君たちにとって大事な祭りがあって、行方不明になった妖怪たちはその準備のために神輿に変化しているから心配ないってことだな」


 オレが念話の内容を要約すると、一反木綿が何度も頷く。まあ、半分くらいは原作の知識をもとにオレが補足しているんだが、情報そのものに間違いはないから問題はないだろう。


「なんや、拍子の抜けた話やね。緊張して損したわ」


 盈瑠が言った。気持ちはわかる。だが、たまにはこういうこともある。誰にでも息抜きは必要だ。


「でも、お祭りかぁ。それって、例のゴロウ祭りだよね? あーしもここには何度か来てるけど、100年に一度なんでしょ? どうせなら見てみたいな。すっごい、盛り上がるらしいし」


 先輩の気持ちもよくわかる。原作では最終的に主人公たちはゴロウ祭りに参加することになるのだが、その時の一枚絵は美麗だった。

 商店街の大通りを行進する巨大な神輿にそれを背後から照らす夕日。何もかもが懐かしい、焼き付くような逢魔が時だった。


 あの光景を生で見られるならオレとしても見てみてみたい。だが、少し時期がずれている。原作でのこのイベントの発生は夏真っ盛りの八月。今はまだ祭りの準備は整っていないはずだ。


「お祭かぁ……僕、浴衣着てみたいな」


 あと、凛、なんかしんみりしてるけど、お前、自分が男装していることをマジで時々忘れてるよな。もう班のみんなにはばれてるから別にいいでしょ、とか思ってるだろ。


 アホ毛がぴょこぴょこしてる。掴んでみたいけど、さすがにまずいか……、


「……どうしても浴衣着たいんだったら別に現実の祭りでもいいんじゃないか? もうすぐ夏休みだし、機会くらいあるだろ」


「え? いいの? でも、僕……」


「祭りの間くらいどうとでも誤魔化せるだろ。着付けは……彩芽に頼めばいい」


「う、うん! や、約束だよ? その時は蘆屋君も一緒だからね?」


「…………まあ、それくらいなら」


 我ながら安請け合いだが、凜の期待と不安に潤んだ瞳を見ていると断るという選択肢はなかった。


 ……くそ、光のオタクとして凜の顔が曇るのを見るのはいやだ。でも、相手がオレじゃ解釈違い。オレは一体、どうすればいいんだ……!


「ってそろそろ、商店街の端っこだね。あーあ、名残惜しいなぁ」


 突然、足を止めて凛が言った。そんなことを言いつつソフトクリームを舐めるのはやめないのはさすがだ。ある意味誰よりも神経が太い。主人公の資質の一つだだな。


「……あんた、ここが異界ってことわかってへんの? それともすごくアホなん?」


「蘆屋君! 盈瑠ちゃんが僕をいじめる!」


 あまりに正論な盈瑠のツッコミに助けを求めてくる凜。残念だが、正論すぎて助け舟を出す余地がない。


「だいたいこの班の連中は、異界を舐めすぎなんや。聖塔学園の精鋭が聞いて呆れ――なんや、これ……?」


 ふと、盈瑠が足を止めた。無意識だろうが表情が微かに緩む。盈瑠の視線を追って、その建物を見つけた。


 古ぼけた昔ながらの映画館、その名前は『昔日映我堂せきじつえいがどう』。この大異界『四辻商店街』を構成する異界の一つで、清算という救いを与える『善意』によって生じた異界だ。


 そんな映我堂の方に盈瑠はふらふらと近づいていく。明らかに異界に誘われている。探索者は基本的に異界からの誘引には抵抗力があるはずなのに、一体どうして――、


「お、おい、盈瑠。そっちは――」


 慌てて止めようとするが、それより先に盈瑠の姿が消える。映我堂に入ってしまったのだ。


「え? 盈瑠ちゃん? いま、消えたように見えたけど、大丈夫なの?」


 慌てて凜が戻ってくる。原作ではこの映我堂に招かれたのは主人公であるこいつと朽上理沙だったのだが、今回は何故か盈瑠が招かれたようだ。


「大丈夫だ。『昔日映画堂ここ』に危険性はない。ただ、出てくるまでは結構かかるかもしれん」


 まったく何をやってんだか。一般人にとっては異界からの誘引は抗いがたいものだが、抵抗力がある探索者は少し気合を入れれば振り払えるものだ。

 もし、それでも招かれるとしたら探索者自身がそこに招かれることを無意識下で望んでいた場合が考えられる。


 幸い、この映我堂にもそこで上映される映画にも害はない。時たま、感情を揺り動かされすぎて虚脱状態になるものもいるが、それでも、映画の上映時間が終われば無事解放される。


 しかし、この映画堂が齎すのは過去との対峙と清算だ。まだ幼い盈瑠に清算したい過去があるとは思えないが……、


「……あれ、ミツルン、映我堂入っちゃった? 害はないだろうけど、時間によっては間に合わないかもね……」


 先輩も戻ってきてすぐに事態を察する。映画の上映時間はおおよそ一時間半から二時間前後。調査時間の残りを考えたら、盈瑠が間に合うかどうかは怪しい。


 まったく面倒な話だ。このまま放置しても大した問題にはならないが……一応隊長としての責任もある。ここは大人の対応をするとしよう。


「……オレが中に入って連れ出してきます。先輩は凜と調査の続きを」


「OK! まあ、関係ないあーしらが行くよりお兄ちゃんに迎えに来てもらう方がミチルンもいいだろしね」


「そんなタイプじゃないですよ、あいつは。それにオレは嫌われてます。過去を見て後で恨まれるのはごめんですよ」


 先輩の勧めにもかかわらず、オレが渋っていると凜が真剣な顔をしてこっちに近づいてくる。瞳の中に金色の光が走ったところから見ても、運命視の魔眼で何かが見えたのだろう。


「蘆屋君、ここは蘆屋君じゃないとだめだよ。僕はそう思う」


「…………それは勘か? それとも視えたのか?」


「どっちもだよ。蘆屋君はやってしまったことへの後悔より、逃げた自分を赦せないタイプの人だと思うから」


「…………後で、オレが怒られたら庇ってくれよ」


「うん」


 凜がここまで言う以上は原作プレイヤーであるオレとしては逆らえない。なにしろ、運命視の魔眼がそうすべきだという可能性を見ているんだ、違う選択をすればBADEND直行だ。


 とりあえず万が一に備えて、鋼鉄犬使も含めて式神たちを手元に戻しておく。これでなにかあれば即座に召喚できる。


「がんば、アシヤン! でも、ミチルンまで口説いちゃだめだよ!」


「あ、だけど、鈍感すぎちゃだめだよ、蘆屋君!」


 先輩と凜に見送られて、映画館に入る。どんな映画が上映されてるかわからないが、さっさと盈瑠を正気に戻して調査に戻るとしよう。

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