第59話 光のオタクの苦悩
美少女たちの戯れ(至高)はそのあと1時間くらい続いた。
結果、ただでさえ筋肉痛で死にかけていたオレはそこに湯あたりまで重なってさらなる死に体と化したが、後悔はない。あの場にオレがいたこと自体は罪だが、あの場にいられた幸福自体は否定したくない。
問題があるとすれば、淑女協定の協議結果、特にオレをどう共有するかについての結果だ。
……自分で言ってても頭の痛くなる話し合いだが、本当にその内容で話してたのだから仕方がない。どうしてこうなった。
当初は参加者がアオイ、リーズ、凜、先輩、彩芽、
代わりに夏の間、一週間、オレの身柄を預かりたいとのことで無条件ではないのだが、オレとしてはありがたい話ではある。
しかし、これにより協議は紛糾した。空いた水曜日、盈瑠の分の1日を誰がもらい受けるかで
特に強固に水曜日のオレの所有権を主張したのは、やはり、アオイだ。
根拠は、『自分は本来は1週間全部独占してもいいのに譲歩してやってる。だから、水曜日は自分のもの』というアオイ曰く完璧な論理だ。
これに対してあまりにも横暴すぎるということでリーズ、凜、先輩の3人が同盟を組んで対抗した。彼女たちは、あくまで自分たちが所有権を主張するのではなくもう1日、追加で自由日を設けるべきだと口裏を合わせたのだ。
議論は平行線をたどり、いい加減全員湯あたりを起こしかけた頃合いで、オレは動いた。
その水曜日だけはオレの自由日にしてください、と頼み込んだのである。安いプライドを放り捨てて、風呂場で全裸土下座もした。
だって、このままでは原作蘇生計画を実行することができなくなる。
いろいろありすぎたせいでまたもそんな余裕はなかったが、今でもオレは原作の蘇生を諦めていない。
それにこれだけ原作ブレイクが頻発してイレギュラーな事件が起きているからこそ、細部の再現は無理だとしても『原作の本筋』は保っておきたい。少なくとも、最終的に土御門『凜』が世界を救うという結末にたどり着かなければならない。
そのためにも、週に一日だけでも自由に動ける時間が欲しい。転生のことは仲間にも、彩芽にも秘密にしておかなければならない以上、オレ一人の時間はどうしても必要だ。
はたして、オレの頼みは聞き入れられた。これも普段の行いの良さのおかげ、そう言いたいが、そうじゃない。
高度に政治的な駆け引きの結果だ。まあ、このままだと喧嘩になるからそれくらいならオレの自由日にしたほうがいいと先輩が言ってくれただけなんだが。
まあ、ともかく、オレはこうして最低限の人権と自由を確保することができた。どうしてこんなことになってしまったんだ、という思いは尽きないが、とりあえず、一安心だ。
その後、風呂から上がったオレたちは食堂で彩芽の用意してくれた食事を摂った。実に気合が入ったフルコースでアオイたちはもちろんのこと、盈瑠も満足そうにしていた。
そうして、デザートまで平らげると、すでに夜はだいぶ更けていた。
「……そろそろ、寮の門限なんじゃないか?」
食堂で温かいお茶で一服した後で、オレはそう切り出した。まだ全身筋肉痛だが、いつもより長く風呂に入っていたおかげでだいぶマシになっていた。
「そういえばそうですね。みんな、そろそろ帰った方がいいのでは?」
となりのアオイがまるで他人事のようにそう言った。どうやら今夜はこの館に泊まる気満々らしい。別に部屋はあいているから無理なわけじゃないが、一人が泊ると言い出すと、全員同じことを言い出すのが目に見えている。
だから、今日は勘弁してほしかったんだが……、
「アオイ、抜け駆けは許しませんわよ! 貴女がここに泊まると言うならわたくしも泊まります!」
家主がうんとかすんとか言う前にリーズが参戦した。そもそも、アオイが泊るって話もオレは許可してないんだけど……、
「じゃあ、僕も泊まる! お風呂も入っちゃったし!」
凜も凜で、気軽に乗ってくる。こいつとしては友達の家に泊まる感覚なんだろうが、こっちとしては気が気じゃない。
「あ、あーしも今日は混ぜてもらっちゃおうかな……あ、その、部屋が空いてれば、だけど……」
いつもならみんなを止めてくれそうな先輩も、今回に限って乗り気だ。ちなみに、部屋は空いている。
彩芽め。最近空き部屋の掃除をしていると思ったが、まさかこうなるのを想定してたのか……?
「……まあ、うちもまだ引っ越しすんどらんし、ホテルに帰るんもめんどくさいし、今日は泊るわ」
そして、流石にこいつは帰るだろうと思っていた盈瑠までもが泊ると言い出す。なんでだよと思うが、実はこいつが泊るのは一番自然ではある。
なにせ親族だ。昔日映我堂での一件を経た今となっては感情的にも反対する理由はない。
だが、それはあくまでオレの心情であって彩芽にとっては違う。盈瑠が直接手を出していなくとも彩芽を虐待してきた本家のクソどもの一員であることに変わりはない。盈瑠個人の心情がどうあろうと、彩芽にとって盈瑠が近くにいるのは精神的には受け入れがたいはずだ。
「…………彩芽、お前はいいのか?」
「お部屋の準備はできておりますよ? 着替えが少し困りものではありますが……」
「いや、そういうことじゃなく……あれだ、お前が嫌だっていうのなら、今回は……」
オレがこっそり耳打ちすると、彩芽は意外そうな顔をしてから、こう答えた。
「盈瑠様のことならご心配なく。二人きりだと意外とお優しいのですよ?」
「……そうなのか?」
「はい。確かになまい……ごほん、嫌味をおっしゃられることもありますが、他の方々に比べるとかわいいものですし、それに影ではなんどか助けていただいたこともありますので……」
「……知らなかった。お前がそう言うなら、わかった」
それこそあの映画を見る前ならかなり驚いただろうが、今なら納得できる。
結局、盈瑠の彩芽への悪感情は差別意識からくるのではなくオレへの葛藤から出力されたものだ。実際、映画の中でも彩芽がいじめられていた時に助けようとしてたし、オレがいないときに彩芽に嫌がらせをする理由はない。そうなると、本来の盈瑠の真面目で清廉なところが出てくるというわけだ。
そう考えると、やはりオレの目は節穴だったということか……。
原作通りに
「お兄様? どうされました?」
「……いや、なんでもないよ」
「そうですか……でも、お兄様、今回の探索で盈瑠様と何かあったと推察しますが……」
「……今度話すよ。お前にも関わることだしな」
オレの言葉に、不思議そうな顔をする彩芽。まあ、それもそうか。彩芽にしてみれば急に今朝まで本家の仲間だと盈瑠を敵視してたオレが突然、心変わりしたようにしか見えないだろう。
盈瑠の過去や本心についてみだりに吹聴することはしないが、折を見て、彩芽にその意味やオレの考えを伝えるくらいのことはしておきたい。
……しかし、今日はいろいろありすぎた。正直なところ、今は一刻も早く眠りたかった。
◇
その後、少しして深夜0時になるころにオレは寝室に戻った。なんか誰がオレと添い寝をするとかいう嬉しいが、光のオタクとしては勘弁してくれと言いたくなるような議論が繰り広げられていたけど、今日はマジで寝かしてくれとだけ言い残してきた。
今のところ聞き入れてくれているようで誰も部屋に来ていない。来ていないのだが――、
「――眠れねえ」
ぜんぜん眠れない。ベッドに横たわって目をつぶった途端、頭の中でいろんな考えが巡ってまったく眠れなくなってしまった。普段は寝つきがいい方なのに、自分でもびっくりするほど思い悩んでいる。
今日は本当にいろいろありすぎた。
第一に、盈瑠の過去を見てしまったこと。今まで敵としか思っていなかったのに、もう一人の妹として家族になってしまった。そう決めた。
それ自体に迷いは不安はないが、本家の連中との戦い方も少し考えなきゃいけない。いざとなれば全員殺してハッピーエンドにしようと思っていたが、盈瑠のことを考えるとこの方法じゃハッピーエンドにはならない。
だから、別の方法を考えないと。もともと皆殺しは最悪の場合にしかしないつもりだったし、これはどうにかなるが……少し頭が痛い。
その次は、教授との遭遇。いずれ出会うことはあったかもしれないが、よりによって無害なはずの四辻商店街であんな大物と出くわすとは思ってなかった。
……よく切り抜けられたもんだ。今でも思い出すだけで全身に震えがくる。何か一つでも違っていれば、オレも彩芽も盈瑠も今頃実験体として体をバラバラにされた挙句、魂まで標本にされていただろう。
どうにか生き延びたが、あの教授の研究室での数分間、オレは今までの人生の中で一番『死』を身近に感じた。あの時は恐怖を感じなかったが、いま改めて考えると心底から凍るようだった。
さらに、そのあとにはあの山本五郎左衛門だ。心の中に入られた上に、『木槌』を押し付けられた。
目覚めて以来、あの木槌は見ていない。しかし、失くしたわけじゃない。その気になればいつでも呼び出せる。もう縁が繋がった以上、勝手にオレの式神として登録されているのだ。
強力な『式神』なのは縁から感じる。だが、厄ネタだ。今のオレだと山本五郎左衛門を完全に顕現させられない。無理にやろうとすればそれこそ死にかねない。
……いや、違う。オレが悩んでいるのはもっと違うことだ。ずっと、分かっていたのに、目を逸らしてきたことと向き合わなきゃいけない。
「――オレのせい、なのか?」
改めて口にすると、この言葉はオレの心にずしんと圧し掛かる。
ずっと、考えてはいたんだ。今までに起こった数々の原作ブレイク、その原因はすべてオレにあるのではないか、と。
今までは考えても仕方ないことだと意識下に沈めていたが、あの昔日映我堂で見た盈瑠の過去、蘆屋道孝が今の『
無論、アオイにリーズ、先輩や凛に関してはオレの責任なのは分かっている。そうしたかったわけじゃないが、
だが、問題はそれだけじゃない。同源會の道士との遭遇に始まり、語り部の襲撃、今回の教授との遭遇。これらの出来事の原因もまたオレにあるのかもしれない。
オレという異分子が存在するというだけで原作をブレイクし、原作以上の脅威や危機を招いているのだとしたら……?
もし、それが事実ならオレは死ぬべきだ。それこそ、今すぐにでも。
だって、そうだろう。オレがいなくても彩芽は盈瑠が助けていたかもしれない。むしろ、オレがオレであったことでそれが遅れたのかもしれない。
それに、オレが生きていることでこれからも危機を招くのなら、いっそのこと…………、
「……くそっ」
そこまで考えたところで、いたたまれなくなって立ち上がる。
……寝たほうがいいのは分かっている。分かっているが、このままじゃとてもじゃないが眠れない。
理性ではオレ以外の誰かの影響があることは分かっている。それが転生者なのか、あるいはほかの何かなのかまでは分からないが、どちらにせよ、オレ以外にも原作に干渉している奴がいることは分かっている。
だが、理屈で感情が収まるなら誰も苦労はしていない。今はとにかくすこしでも気を紛らわしたかった。
そうして、筋肉痛の体を引きずっていこうとしてその気配に気づいた。窓だ、窓のところになにかいる……!
術を起動しつつ、振り返る。襲撃だ……! 館の警戒網をすり抜けて。なにか――、
「――へ?」
「…………早く開けてください。さすがに恥ずかしいです」
窓にいたのは、アオイだった。下着の上から制服のY シャツを着たアオイが屋根から窓にぶら下がっていた。なにしてんだ、一体。
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