第42話 なーかしたーなーかしたー

 谷崎さんにより決闘の終了が宣言された後、オレは決闘場のど真ん中に正座させられた。


「とにかくやりすぎです。いろいろと」


「……はい」


 あきれた様子でオレに説教をしているのは、アオイだ。

 理由は、まあ、いまもギャン泣きしている盈瑠。さすがに気の毒になってくるくらい、わんわん泣いてる。


「伝えたい内容は理解できます。決闘とはいえ、異界探索者に言い訳は許されません。どんな悪辣な罠も悪意の策略も踏み越えていかなければなりません。貴方のやったことは、あの娘だけでなくB班全体にもいい教訓になったでしょう。しかし――」


「――やり方がある、だろ」


「わかっているならなぜそうしなかったのです。貴方ならもっとこう、優しく勝てたでしょう」


「いや、盈瑠もそれなりに強いし……正面から戦ったら勝ち目は……」


「嘘ですね。あの子があなたに勝っているのは魔力の量だけです。術の精度と経験の差でどうとでもできたでしょう」


「まあ、うん、はい……」

 

 アオイの信頼は重いが、あながち間違ってはいない。

 式神を乗っ取れなかった場合の策もオレは用意していた。仮に正面から戦っていたとしても勝負は五分、いや、有利に事を運べただろう。


 盈瑠の契約している式神は強力なものが揃っているが、その分、消費コストが重く、複数の式神を同時に使役することはできない。

 それに、縁の結び方が雑だからこっちの妨害工作もよく通る。式神を乗っ取れないとしても制御を乱して、動きに制限を掛ける程度のことはできた。


 そこまでできれば、あとは詰将棋だ。骸武者を突破し、次の式神を呼び出す前に盈瑠本人を抑えればいい。

 だから、まあ、ここまでしなくても多分勝てた。なのに、わざわざ朝早くから起きて、入念に下準備をしたのは――、


「……気持ちはわかります。貴方は分家の出、そんなあなたが出世頭となれば本家のものがどんな反応をするかは想像に難くありませんし。ですが、相手は子供です。もう少し、こう手心を加えてもいいでしょうに」


「…………そうだな」


 容赦のなさじゃアオイもそんなにオレと変わんねえだろとも思うが、確かに少しやりすぎた。

 本家への意趣返しもあったが、盈瑠一人にすべてをおっかぶせるのは違う。なにより、下準備が楽しくてノリノリになりすぎたのも事実だ。


「まあ、個人的には見ていて爽快でしたが。さすがは我が許嫁です」


「……それは、どうも」


 アオイから褒められてちょっと喜んでいる自分のオタク精神浅ましさに呆れつつも、膝を崩す。

 しかし、まさか泣くとは思わなかったが、よく考えれば盈瑠は十四歳、ついこの間までは小学生だった相手に精神攻撃はかなり大人気がない。


「少し落ち着いたようです。事情は察せられますが、やりすぎでしてよ、ミチタカ」


「……おう」


 盈瑠を慰めに行っていたリーズからも叱られる。確かにギャン泣きは止んだみたいだが、B班の2人からの視線は刺すように鋭い。

 当然と言えば当然か。B班からしてみればオレは自分たちの仲間になる女の子をひどい目にあわせた男でしかない。もしかすると、かませ犬扱いの方がマシだったのでは……?


「詳しいことはわかりませんが、決闘に負ける惨めさはわたくしも知っています。それに……」


 そこで言葉に詰まるリーズ。彼女は盈瑠の方をちらりと見てから、少し悩んでからこう続けた。


「……これは私見ですが、彼女、ミチルは貴方のことを嫌っているようには思えません。確かに態度は良くないですし、挑発的ですが、あれはむしろ、その、構ってくれと猫がじゃれつくようにわたくしには見えました」


「まさかぁ。あの盈瑠だぞ? 君は知らないだろうけど、本当ロクなもんじゃないんだからな、うちの本家は」


「それは貴方の態度を見れば察しはつきますが……ともかく、一度声をかけてみてください。その、わたくしを信じて」


 にわかには信じられないが、リーズの言うことなら一考する価値はあるか。

 考えてみれば、リーズと盈瑠は結構共通点がある。こう言ってしまうと今のリーズには失礼だが、どちらも名家のお嬢様で高飛車だ。かつての自分に近しいものがある分、付き合いがなくても理解できることがあるのかもしれない。


「……わかったよ。逆効果だと思うけど」


「物は試しです。だいたいもう嫌われてるのでしたら、今更さらに嫌われたところで変わりはないでしょう?」


 こいつ、言いやがると思いながら立ち上がる。そうして、少し離れたところにいる盈瑠のほうに歩いていく。

 明らかに警戒している。朽上理沙に至ってはおもっくそオレをにらんでいる。うーん、原作通り仲間想いのいい子だ。自業自得とはいえ泣けてくるぜ。


「……何か用、ふしだら男」


「…………本当にそう呼ばれてるのか、オレ。ああ、いや、そうじゃなくて、少し盈瑠に話があるんだが」


「なに、まだ死体蹴りしたりないわけ? いい趣味してるね、あんた」


 立ちはだかる朽上理沙。すごいにらんでるし、ふしだら呼ばわりには抗議したいが、改めて原作通りのヒロインを目の前にすると感慨深い。


 に、気の強そうな顔立ち。おまけに高身長でスタイル抜群。スカートの短さは気合の表れであり、見た目も中身もヤンキーっぽいが、デレると破壊力がやばいのが彼女だ。


 もっとも、朽上理沙のツンとデレの比率は9対1。正規のモテ男『土御門輪』に対してもそのありさまなんだ。オレに対する態度は当然、ツンどころか塩分濃度100%の塩対応だ。


「だいたいさ。これってあたしらの特訓だったわけじゃないの? それを決闘挑まれたから戦うってもっと他にやりようあんじゃないの?」


「ま、まあ、いろいろあるんだ」


「ふーん、そのいろいろが歳下の女の子をいじめる理由になるわけ?」


「そういうわけじゃないんんだが、そうだな……そういうことになるか」


 朽上さんに真剣に怒られると、マジで気持ちが落ち込んでくる。

 原作における朽上理沙はヤンキー然としたキャラデザや態度と裏腹に正義感と義侠心に溢れる女性だ。そんな彼女が自分の仲間を傷つけられて怒るのは当然で、なおのこと自分が悪いことをしたんだと自覚させられる。


「……オレが悪いのは分かってる。だから、その、一言謝っておこうと思ってな」


「……そう。まあ、そういうことなら……どう、しおり、大丈夫そう?」


 そんなオレの気持ちが伝わったのか、朽上さんが背後の谷崎さんに聞いた。


「う、うん、あ、蘆屋君、そ、その優しくね?」


「あ、ああ」


 谷崎さんにまでやんわり注意されるのはさすがに凹む。谷崎さんが悪いというならオレが悪いのだ。

 しかし、凹んでいても仕方がないので、彼女の背後に隠れている盈瑠に視線を向けた。


 にらんでいる。目は真っ赤だし、まだ鼻をぐずぐず言わせてるが、どうにか普段の高飛車さをある程度取り戻したらしい。


 こうしていると年相応に見える。やっぱり大人気なかったか……、


「……なんだ、その、やりすぎた。すまん」


 素直に謝る。負かす気は満々だったが、泣かす気はなかったのは紛れもない事実。ちょっとノリノリになってやりすぎた。


「………………許さへん」


「だ、だろうな。別にそれでいいが、学園ここで探索者としてやってくなら、今日のその感情を忘れないことだ。オレも鬼じゃない、の死体の回収なんてしたくないぞ」


「…………ふん」


 反論してこないところを見ると少しは身に染みるところがあったらしい。もしくはまだその元気が戻ってないかだが、前者であることを祈ろう。じゃないと、嫌われ役をやった甲斐がない。


「…………兄様は、昔からそうや。いつもうちにはいじわるばっかりするんや。集まりの時もうちだけ仲間外れにしよるし、根性が悪いんや、朴念仁が」


「お、おう、そうだな、うん」


 大分調子がでてきたのか、どこかで聞いたような悪口がどんどん飛び出してくる。

 いろいろ反撃したいが、今は我慢だ、うん。


「兄様は……うちのこと嫌いなんや……! だからいじわるするんや……!」


「……いや、別に嫌いじゃないぞ。面倒とは思ってるけど」


「やっぱりそんな風に思ってるんや!」

 

 つい、本音を漏らすとわんわん泣き出す盈瑠。繊細過ぎるだろ、色々と。


「蘆屋君……」


「…………やっぱり、ふしだら」


 谷崎さんと朽上さんからも怒られる。メインヒロインの中でも真面目な方の2人から真剣に怒られると余計に堪える。

 そう思って盈瑠の方に視線を向けると、視線が合う。あれ、こいつ、泣き止んでないか……?


「……うえーん!」


  おい、だんだん泣き方がわざとらしくなってるぞ。しかし、それを指摘するとこっちが不利になるので黙ってるしかない。


「チラッ」


 ほら、チラチラ見てる上に口元がにやけてるぞ! 嘘泣きだ! 嘘泣き!

 

 くそ、やられた。最初はマジで泣いてたんだろうが、今や嘘泣きで周りを味方に引き込んでる。

 畜生め! 試合に勝って勝負に負けたみたいにされた! 許さんぞ、盈瑠! 次の機会があったらまた分からせてやろうか!


 ……まあ、泣き止んだんならそれでいいけどな。マジで落ち込まれると調子でないし。


 ともかく今は特訓だ。出だしでつまずきはしたが、うまくいくことを祈るとしよう。

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