第41話 かませ犬式わからせ術

 オレと盈瑠みちるの対決は学園の決闘ルールに則って行うことにした。なので会場もやはり、今いる学園の修練場だ。

 この修練場には円形体育館同様の不殺生の結界があるから多少無茶しても怪我をする心配はない。


 盈瑠は『ずいぶんとお優しいことで』とか何とか言っていたが、学園所属じゃない名家の術師にありがちな油断でこちらとしては非常に助かる。


 まあ、仮にこれが本当の戦闘だったとしても、経験値はこっちの方が遥かに上だ。温室育ちの癖に、なんでなんでもありなら自分の方が有利だと思い込んでるのか不思議でならない。


 でも、原作の蘆屋道孝オレもこんな感じだったなぁ。流石に京言葉とかは使ってなかったけど、プライドばかり高くて、実力があっても高度な術に拘るせいで隙だらけだった。

 そんなんだから、ルート分岐と同時に強敵のかませ犬にされる。自分より格上の術師に正面から挑んで負けた時の「そんな、私は蘆屋道孝、道摩法師だぞ!?」という断末魔はオレの記憶に焼き付いていた。


 その意味では、盈瑠にとってもこれはいい機会だ。オレも鬼じゃない。血の繋がった親戚が酷い目にあって死ぬようなとことは見たくないし、ここで異能者同士の戦いっていうのをわからせてやるとしよう。


「覚悟はええですか? 兄様。なにやら調子に乗らはってるようですし、きつーいお灸据えて差し上げます」


「できるもんならな」


 正面切って、盈瑠と向かい合うと改めて彼女の実力が理解できる。


 魔力量はオレの三倍強。従えている式神の数もオレの倍。運勢操作の強度も見事なものだ。

 さすがは天才の名をほしいままにする本家の秘蔵っ子。もし仮にオレが蘆屋道孝オレじゃなかったら敗れていた、いや、そもそもこうして決闘することさえなかっただろう。


「華麗な勝利を期待しますわ、ミチタカ!」


「妻が見てるのです。張り切りなさい」


 リーズやアオイ、B班の面々は二階の休憩席に上がってすっかり観戦モードだ。それは別にいいんだが、なんで二人ともオレが勝つ前提なんだ? 信頼が重いんだが? いや、まあ、勝つけどさ。


「なんや、気が抜ける。遊びか何かと勘違いしてるん?」


 盈瑠はそんな二人に露骨にイライラしている。ふ、ここが敵地アウェーであることにようやく気付いたか。


「……まあええ。許嫁だか何だか知らんけど、目の前で恥かかせたる」


「できんのか? お前に?」


「っ! しおりはん! はよ、開始の合図を!」


 オレの挑発にまんまとのってくる盈瑠。うーん、なんとも扱いやすいちょろい


「た、谷崎しおりの名においてこの決闘を承認します! は、はじめ!」

 

 今回の決闘の立会人を務める谷崎さんが慌ててそう宣言する。

 それと同時に、オレの背後で。そのなにかはオレの首目掛けて、刃を振り下ろした。


「とった!」


 盈瑠が快哉を叫ぶ。大方、この不意打ちで勝負が決まったと思ったのだろう。

 甘い甘い。いくらなんでもオレを舐めすぎだ。決闘前から魔力を練って式神を待機させてたのは見え見えだった。狙いが開始の合図と同時に奇襲を仕掛けることだろうくらいすぐにわかった。


「な――!?」


 分かりやすく驚く盈瑠。彼女の式神が振り下ろした刃はオレの首に届く直前で、


「ああ、やっぱりか」


 もうだいたい正体を知っているが、一応、振り返って盈瑠が呼び出した式神の正体を確認しておく。

 オレの背後、正確には影から姿を現したのは古めかしい大鎧をまとった侍だ。兜の下には髑髏があり、双眸には鬼火が揺らめいた。


 この式神の名は『揚羽蝶紋あげはちょうもん骸武者むくろむしゃ』。本家相伝の式神の一つで、平家の落ち武者伝説に由来する怪異だ。

 問題はその由来。平家の落ち武者に関する伝承は全国に点在し、特定の個人を指すものじゃない。平家の落ち武者とされる亡霊は無数に存在しうる。


 つまり、個体ではなく群体の式神。さらに厳密にいえば軍勢の式神、それが、この『骸武者』だ。


「ひ、一人止めた程度で偉そうに! こっちは軍勢や! 全員止めてから偉ぶりや!」


 盈瑠の周囲に出現するのは約100騎の骸武者。確かに軍勢だ。大抵の相手は数の暴力で圧殺できる。

 しかも、群体型の式神はどれだけ数を増やしてもそれ全体で一つの式神として扱う。最初の顕現に掛かる魔力こそ膨大だが、維持するだけならばそこまで消耗は大きくない。


 反面、群体型の式神は大抵の場合、一体一体の戦闘能力は低いものだ。

 だが、この『骸武者』はその例外。群体でありながら武者一人一人がDからCクラス相当の怪異に匹敵する戦闘能力を持っている。


 本家の連中が隠すだけのことはある。一応の次期当主筆頭候補に戦力を渡さないなんてどんな家だ、くそったれめ。


「さ、どうするん、兄様。さっさと式神を呼びや。術者らしく技比べといこうやないの」


「いや、オレの使。疲れててな、今日は休ませてる」


「……は?」


 よし、ちゃんとキレてるな。今まで見たことないくらい殺意に満ちた顔をしているが、それくらい前のめりになってくれないと挑発した甲斐がない。


 しかし、この挑発は事実でもある。実際、オレはこの決闘においてただの一体も式神を使うつもりはない。


 というか、勝負するつもりさえない。だってもう決着はついている。式神の攻撃が止まった時点で、いや、この決闘が始まった時点でオレの勝ちは確定している。


「……もう飽き飽きや。うちのこと、散々バカにしくさってからに……死んで後悔しいや! 『鶴翼』!」


 盈瑠の号令に従って、骸武者たちが動き出す。指示通りに左右に分かれて、鶴翼の陣、つまり、オレに対する包囲を敷こうとしている。

 

 オレは動かない。動こうと思えば動けるが、今いるこの位置がベスト。すでに術は完成しているからわざわざ魔力を練る必要もない。


 すぐに包囲は完成する。逃げ場はない。決闘場で死ぬことはないが、薙刀で切りつけられればオレみたいなひ弱な現代人はそのフィードバックで意識を失う。

 まあ、その薙刀の刃がオレに届けば、の話だが。


「――『主命・戦列』」


 勢いよく床を踏み鳴らす。パンという音が響き、同時にオレの魔力が決闘場全体に走った。

 その瞬間、今にもオレを切り刻もうとしていた


「え? なんで……なんで、うちの、うちの式神が……」


 お、ようやく気付いたか。気付いたところで手遅れだが、まあ、気付かないよりはマシだ。



 武者たちを反転させ、瞬く間に盈瑠を包囲させる。

 本来の平家武者たちならいざ知らず式神である彼らに忠義に殉ずる矜持はない。契約で縛られていないのなら元主にも容赦なく刃を向ける。


 盈瑠が彼等と個人的な縁を結んでいるのなら話も違ったんだろうが、こいつがそういうタイプじゃないのは知っているからこの策を選んだ。


「まさか、契約を奪ったん……? うちの縁を切って自分に繋いだ? でも、どうやって……」

 

 お、ちゃんと理解したか。もうちょっとパニくると思ったんだが、流石に優秀だな。


 盈瑠の言う通り、オレは彼女から式神の制御権を奪った。彼女と式神を繋いでいた霊的なえにしを切断、オレの方に繋ぎなおして『骸武者』をオレの式神として使役した。

 いわば、式神の乗っ取り。同じ陰陽道の術の術者相手だからできたことだ。


 3時間も早く起きて準備したかいがあった。うまくいくのは分かっていたが、正直、乗っ取りが成功するまでは肝が冷えた。


「周りをよく観察しろ。灯台下暗しってやつだ」

 

「これは……六占式盤っ!? いつからこんな大きな盤を……」


「お前がここに来る前からだ。励起させたのは、ついさっき、お前が式神を呼んだ瞬間だけどな」


 そう、この決闘場、もとい修練場には三時間かけてオレの魔力で巨大な六占式盤を刻んでおいた。

 物理的には見えないようにしてあるし、励起させるまでは徹底して隠蔽してあったからよほど注意深く探知しなければ気付くことはできなかったはずだ。


 案の定、盈瑠は気付かなかった。蜘蛛の巣に蝶が飛込むようなものだ。糸に触れた時点で詰んでる。


 起動した式盤の内部では式盤の主の能力は平時とは比較にならないほどに増大する。その上、式盤の内部にある者や事象に関しては詳細に把握できるし、干渉することもできる。

 術者同士の戦いで相手の『盤』に踏み込むのはまな板の上に魚が自ら載るようなもんだ。


 まあ、これはあくまで理論としての話。実際には相手の抵抗力や術の精度との押し合いになるからなにもかもを自由自在に、というわけにはいかない。


 だから、今回の場合は三段階に分けて、盈瑠の式神を奪った。


「最初の工程は、この式盤の中にお前を誘い込むこと。こいつは簡単だった」


「――っ!」


 盈瑠が歯噛みする。どうにか式神の制御を取り返そうとしたが、できないと悟ったらしい。


「第二段階は、お前に気付かれずに式盤を励起させること。こいつはさっき言った通り、お前が式神を呼び出すのに合わせた。第三段階は、お前とオレでの式神の共有だ。いきなり全部は乗っ取れないし、急にやると抵抗されるからな。まずは権限の半分を頂いた」


「半分……じゃあ、攻撃は止められたんじゃなく……」


「止まったんだ。あの時点で骸武者にとってはオレは契約上の主の一人、傷つけることはできない」


 最初の攻撃が止まった段階で盈瑠が乗っ取りに気付いていたら、まだオレと縁を介して権限の綱引きができた。

 だが、気付かず、式神の数を増やして力押しをしようとした。だから、あとは瞬間に魔力を増大させて契約を奪うだけでよかった。


 つまり、要約すると、メールアドレスを特定して、パスワードを抜いて、それからしばらくアカウントを共有してから最後にアカウントを乗っ取ったという感じだ。ついでにパスワードももう変えたから盈瑠が式神を取り戻すのはまず不可能。あとで返してやるつもりだが、いい薬になっただろう。


 と、まあ、兵法の最上策戦わずして勝つを実践したわけだが、また同じことをやれと言われたら絶対に嫌だ。面倒すぎて実用性がないうえに、失敗した時のリスクが大きすぎる。盈瑠が早くオレの乗っ取りに気付いていたら、逆にオレの式神を奪われる可能性があった。

 それに異界じゃこんなに時間をかけて陣を敷くのは無理だし、怪異は盈瑠みたいに油断も慢心もしてくれない。


「ひ、卑怯や! こんなの決闘やない! うちははめられたんや!」


「不意打ちしようとしてたやつが良く言うぜ。だいたい、お前、同じことを怪異にも言うつもりか?」


「――っぐ、それは」


 多少は自覚があるのか、黙り込む盈瑠。ちょっと涙目になっているのに胸が痛むが、たぶん演技だ。

 まあ、奇襲するにしてもちゃんと決闘が始まってからやる当たり音は真面目なんだろうが、ここで容赦するのは本人のためにならない。こういう時は徹底的に、だ。


「無警戒に此処に踏み入ったのはお前の方だ。恨むんなら自分の迂闊さと慢心を――」


「――ぐず、ぅぅ」

 

 って、あれ? なんか変な音が聞こえるぞ。なんかこう、泣いているような、そんな感じの――、


「――うええええええええん! 兄様のいけずぅぅぅぅ! ばかぁぁぁぁ!」


 泣いちゃった。あの蘆屋盈瑠がギャン泣きしている。その場にへたり込んで小学生女児のように堂々と涙を流して。

 心なしか周囲の視線が痛い。オレ、なにかやらかした……?



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