第40話 ワンオペ隊長
オレに転校の件を言い当てられた盈瑠は悔しそうな顔で館から退散した。
その後、誘先生をメッセージで問い詰めたところ盈瑠の転校は本家と他の名家からのごり押しによるものであり、3日後に入学してくるということが明らかになった。
いくらなんでも早すぎるが、3日もあれば準備はできるから問題はない。問題なのは、先生から明かされたもう一つの情報だ。
1組に来る転校生は2人、盈瑠だけではなくもう1人原作外の誰かが転校してくることが明らかになった。
そのもう一人に関しては先生もまだ何も知らされていないようで氏名も、素性も不明だが、盈瑠ひいては本家と無関係というのは考えづらい。入学時期は多少ずれるとのことだが、警戒はしておくべきだろう。
くわえて、来週には新しい探索任務が下される予定だ。任務の内容が原作にもあるものであれば対処法をひねり出せるが、こればかりは来てみないと分からない。こちらにも準備は必要だ。
それに、谷崎さんからB班との合同訓練についても実施を頼まれてしまった。これだけはそんなに大変じゃないだろうと思ったのに、盈瑠がB班に編入されるとなると話が違ってきてしまう。
……や、やることが多すぎる。こうなるだろうから隊長になんかなりたくなかったんだ。オレはどんなに疲れててもベッドで眠れば回復する主人公体質じゃないのに、どうしてこんなワンオペ業務をやらされてるんだろう。
しかし、寝る前にベッドの上で嘆いていても始まらない。こういう時は物事の優先順位を決めて対処していくのが一番いい。
今日は六月の第2週の土曜日の夜だ。盈瑠が学校に来るのは3日後だから水曜日。新しい探索任務が下るのは来週だから最短でも月曜日。合同訓練に関してはやると約束こそしたものの、いつとは決めてない。
つまり、オレが自由に使えるのは日曜日のみ。明日一日で盈瑠への対策を済ませないと任務でバタバタしているうちにあいつが転校してきちまう。
それは避けたいが、探索任務の準備もしておきたい。でも、明日は日曜日だし学校の施設を使うのには何かの名目が……、
「……一気にすませちまうか」
急にパズルが解けるように、解決策を思いつく。すぐさま枕元のスマホを手に取って谷崎さんにメッセージを送った。
返事はすぐに来る。他のメンバーもほとんど二つ返事で了承してくれる。
力技だが、これで少しは安心できる。今は明日に備えて体力を回復しておこう。
◇
次の朝、オレは早朝5時に起きて準備に取り掛かった。その甲斐あって、3時間後の午前8時、みんなが到着する前に準備は完了した。
最初の参加者であるアオイがやってきたのはその30分後のことだった。
「しかし、B班との合同訓練ですか。他人を教えるのは苦手なんですが……」
あくび混じりにアオイが言った。眠たそうだが、服装も髪型もきちんとしているし、ほとんどノーメイクなのに肌には艶がある。
さすがは二次元美少女。見ているだけで脳が元気になるな。
「別に教える必要はないさ。こっちの動きを見て向こうが質問してくるから答える、それぐらいでいい」
「簡単に言ってくれますね。参加者は私と貴方、後はウィンカースですか。土御門と山三屋は来ないんですね」
「山三屋先輩は家族のお見舞い。凛はようわからん。行けたら行く、とは言ってたが」
主人公の自覚あるのかと叱りたくもなるが、今日は日曜日だ。なので多少の遅刻は勘弁してやるから早く来いとメッセージを連投しておく。既読はつかない。
一体、なにをやってんだ? せめて新しくフラグを立ててきてくれないかなと思うが……さすがに望み薄か。
「向こうは当然、全員参加ですか?」
「いや、どうだったかな。急に決めたことだし、二人、いや、三人か。余計なのもいるしな」
「半分ですか。探索者としての自覚に欠けるのでは?」
「……日曜日だぞ。普通は遊んだり、予定があったりする」
「…………よくわかりませんが」
「……逆に聞くが、休日なにしてるんだ?」
「鍛錬ですが」
一応聞いたが、まあ、知ってた。
こと強さという観点においては、原作でもそうだが、アオイは非情にストイックだ。3歳で初めて刀を握って以来、1日たりとも刀を握らなかった日はないというほどで、青春の全てを強くなることに捧げている。
そうでもしなければ、史上最年少でライコウ流の免許皆伝を認められるほどの実力を付けることはできなかったろう。立派だと思うし、尊敬にも値するが、彼女を推す
……だが、よく考えると、オレもあんまり人のことを言えない気がしてきた。この世界に生まれ変わってから今日にいたるまで生き延びるために鍛えてばっかだった気がする。それはそれで楽しかったが、それだけでいいかと聞かれるとイエスとは言えない。
「……今度、みんなでどっか出かけるか」
「そこは二人きりで、では? ちなみに、私はそうですね、ゲームセンターになど行ってみたいです。なんでも多種多様な鍛錬器具があるそうですし」
「……考えとくよ」
なにやら勘違いしているようだが、ゲームセンターかぁ。そういや、オレもあんまり行ったことないな。今世はそんな暇なかったし、前世でも片手で数えられる程度だ。
「時に道孝、小耳にはさんだのですが、世のカップルは毎朝口づけを交わすそうですね」
「……いや、そんなの聞いたことないが。聞き間違いじゃないか?」
「いえ、事実です。私がそう決めました」
じゃあ、オレに聞いてくるなよ、と言ったところでアオイは話を聞いてくれないのでやめておく。
「なので、接吻をしましょう。あれ以来していませんしね。ちょうどいい機会ですので、濃厚な奴をお願いします」
そういうと、素早い動きでオレの頭を両手で掴むアオイ。凄い力が強い
「ま、待て! 前回はなし崩しだったが、今回はまずい!」
「なにがまずいのです? これは夫婦の営みというもの。誰に憚ることもないでしょう」
「だから、夫婦じゃ――」
そのまま強引に唇を奪われる。前回のように舌までは入れてこないが、10秒以上の長いキスの後、オレは解放された。
「……最初ほどではありませんが、昂揚しますね。あと、元気が出ます。毎朝というのも頷ける」
「………………オレは光のオタクなんだ。誰が何と言おうとそうなんだ」
地面に膝をついて、そう自分に言い聞かせる。満足げなアオイはオレの様子には気付いてない。
ちくせう。こいつがオレの最推しヒロインじゃなければセクハラで訴えられるのに! こいつが宇宙で一番かわいいからオレにはなにもできない!
「あら、2人とも早いんですのね。わたくしが一番だと思いましたのに」
そんな風にオレが自己同一性の危機にさらされていると、リーズが入室してくる。なにやら両手に袋を下げている。あまり重そうな感じではないが、中身はなんだ?
「片方は魔術の触媒で、片方はティーセットとお茶菓子です。B班の方々とは初対面のようなものですし、このくらいは必要かとおもいまして」
なんて、なんて気がきくんだ。原作者も付き合えば面倒見のいい子なんですよとかインタビューで言ってたが、ここまでの気遣い達人だとは思わなかった。
「オレは君も見くびっていたのかもしれない。リーズ。最高だ、君は」
「は、はぁ……よくわかりませんが、褒められるのはいい気分でしてよ」
胸に手を当てて、少し誇らしげなリーズ。かわいい。
「むぅ……私もやろうと思えばお茶くらい点てられます」
そして、拗ねた感じで対抗しようとするアオイもまたかわいい。
「知らなかった。いつか頼むよ」
リーズの気遣いもそうだが、アオイがお茶を点てられるなんてオレも知らなかった。原作ではそんな描写はなかったし、設定資料集にも書かれてなかった。
「ところで、アオイ。あなた、化粧品はどこのブランドを使ってるのかしら? よければ、わたくしにも教えてほしいのだけど……」
「化粧品? そんなもの使ってないですが」
「使ってなくてその肌の艶……もしかしてですが、あなた、そのプロポーションも天然……?」
「言っている意味がよくわかりませんが。山縣の家の女は皆、豊満に育つとは言っていましたね。ついでに、男の方は皆筋骨隆々になるとも」
あー、あったな、そんな設定。山縣家の人間は男でも女でもなぜかムチムチになる。だから、すでに大概なナイスバディであるアオイも絶賛成長中だ。
「ですが、身体のことを言うなら、貴方も良いものを持っていると思いますが」
リーズの体、特に胸を辺りを凝視してアオイが言った。初めて現れた自分以上のサイズを持つ逸材に警戒しているようだった。
「わたくしのは努力の成果です。シェイプアップに食事管理、魔術の鍛錬も怠りませんが、同じくらい美についても努力はしていますの。化粧についても同様ですわ」
「……よくわかりませんが、私はいいことだと思いますよ。何事も修練を続けるのは上達の基本です」
「少し話がずれている気もしますが……まあ、悪くはありませんわね。でしたら、アオイ、わたくしでよければメイク、教えて差し上げましょうか? この国には敵に塩を送るという言葉あるそうですが、わたくしはフェアな勝負がしたいのです」
「メイク……あまり、意義が理解できませんが、そんなに変わるものですか?」
「淑女のたしなみですわ。それに乙女たるもの、殿方の前では一番の姿を見せたいものでは?」
リーズの問いに、少し考えてから頷くアオイ。原作ではないやり取りだ。アオイと言えばナチュラルボーン美女だから、メイクやおしゃれのイメージはなかったが、そんな『BABEL』のキャラの全く新しい側面を知れる。そう考えると、この死と隣り合わせの状況も悪くない、のかもしれない。
「あ、蘆屋くん、いる?」
そんなことを考えていると、谷崎さんが現れる。彼女の隣には同じくB班所属のツンデレッドこと朽上理沙がいる。こっちを警戒している、というより、オレを警戒している……ひどい、全部誤解なのに。
そして、二人の背後に、三人目がいた。予想通りだが、特にうれしくない。むしろ、外れてくれた方がよかった。呼んでないんだから来るなよ。
「――えらいむさ苦しいところやねぇ。しおりはんもこんなところで修練してはるん? 大変やねぇ」
現れたのは二日後に転校してくるはずの盈瑠。修練場だってのに高い着物のままで、体育館を値踏みしていた。
えらそうなことを言っているが、本家の所有している修練場もここと大差ないぞ。
「あらあら、これはこれは兄様やないの。こんなところで会うなんて奇遇やねぇ」
「何が奇遇だ。知ってて喧嘩売り来たんだろうが、暇人め」
「……なんや、驚く思うたのに。やっぱり、かわいげのない」
オレは全く驚いてないが、アオイも含めて周りは皆目を白黒させている。まあ、それもそうか、
ちなみに、オレが何で驚いてないかというと盈瑠が乱入してくるのを予想していたからだ。
根拠は簡単で、盈瑠はそういうやつだからだ。なんというかとにかく人に嫌がらせをしたがるというか、出し抜きたがる。そのくせ、行動パターンが単純で工夫もしないから予想もしやすい。
今回の場合もそうだ。転校が三日後に控えている以上、わざわざ本家に帰ることはないだろうし、近くに泊まっているはずだ。なら、転校前にもちょっかいをかけてくることは予想できた。
んで、そんなところに自分が所属することになるB班とオレのいるA班改め『甲』が合同訓練をするとなれば必ず顔を出してくると予想していた。
その予想が的中していたのは盈瑠の渋面を見れば明らか。ふ、緒戦はオレの勝ちだな。
そして、盈瑠の次の行動もオレには予想できてる。
「まあ、ええ機会やわ。兄様たちはこれから訓練なさるんでっしゃろ? うちも混ぜてや。久しぶりに兄様と手合わせしたいわぁ」
「いいぞ。相手してやる」
「まあ、慎重な兄様のこと、妹に負かされるくらいなら勝負から逃げ――はい?」
「だから、喧嘩を買ってやるって言ってんだ。それとも自分で言いだしといて芋引いたりしないよな? なあ、妹」
にっこり微笑んで売られた喧嘩をのしを付けて返してやる。
これ以上付きまとわれるのも面倒だ。かませ犬フラグを立てないようにしつつ、一撃で実力差を分からせてやるとしよう。
それにこっちは早朝から準備してたんだ。披露する機会がないんじゃ悲しいからな!
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