第37話 メインヒロインにも色々いる

 バカンスは結局、次の日の夕方まで続いた。一泊二日という短時間でのバカンスではあったが、長時間同じ異界に留まれば想定外の変化が起きかねないからちょうどいい塩梅だろう。

 まあ、二日目も色々あったのはあった。オレのテントでなぜかアオイと彩芽が寝てたから仕方なく野宿したり、昼間になって先生があの紐水着で登場して『昨日はよかったよ』なんてオレにウインクしてくるもんだからもめにもめたり、最終的に全員で海で遊んだりした。

 楽しかったかと言われれば、死ぬほど楽しかった。オレの人生、これまで全部を引き換えにできるとそう思うくらいには。


 そうして、二日目の夕方、オレたちは転移扉を潜って扉の間に帰還した。


「遊んだ遊んだ! 心身リフレーッシュ!」


 帰還して早々、先輩が叫ぶ。少し日焼けして、よりギャルさが増している。褐色先輩かぁ、いい……原作ブレイクには基本的に反対なオレだがこういう衣装差分は素晴らしい。


「確かに。こんなに充実した休暇は久しぶりでしたわ。先生に感謝ですわね」


 その隣のリーズも浮かれ気分が抜けてない。サングラス外せ。でも、白いワンピースは百点満点中千点だ! この立ち絵、アクリルキーホルダーで発売してください。


「私も満足です。いただくものはいただきましたし……」


 そして、アオイ。唇に手を当てて、こっちに意味ありげな視線を送ってくる。いや、あの、バレる。いろいろと。

 でも、かわいすぎる。なんで相手があのかませで有名で、転移失敗で壁に埋め込まれて死んでいる蘆屋道孝オレなんだ! 畜生が!


「もういいや……今度からスカート履いちゃうもん……」


 で、最後にとぼとぼ出てきたのは凜だ。まだ秘密がバレたことを引きずっている。

 ……お前はがんばれ。オレもお前が主人公出来るように努力するから、少しでも原作主人公の威厳を取り戻せ。頼むぞ。


「お兄様はどうでした? 楽しめました?」


「うん? ああ、まあ、いい気分転換にはなったな」


 ちゃっかり隣にいる彩芽の質問に正直に答える。一日目はいろんな意味で刺激的すぎたが、二日目は比較的普通のバカンスを送れた。


 探索者にとって精神を休めることは肉体を休めること以上に重要だ。精神的に消耗している状態だと、魔力の回復力も下がるし、呪いやらへの抵抗力も下がるのでいいことは一つもない。


 その点でいえば、二日目のオレはほとんどなにもせずビーチでボーっとしてたのでだいぶ精神的には回復できた。

 おかげで、半ば自棄になりかけていたこれからの展望についても少し考えをまとめることができた。


 といっても、大まかな方針に変更はない。かませ犬にならないように注意しつつ、本家の連中を何とかする。そのためには、まず。原作蘇生計画も本格始動だ。


「? どうかしたの? 僕の顔ジーっと見て。て、照るんだけど……」


「いや、なんでもない」


 すべての鍵を握るのは、この世界の主人公『土御門輪』改め『凜』。彼女をモテ男ならぬモテ女になればすべてが解決する、はずだ。


「じゃあ、今日はここで解散。次の任務は来週あたりに軽いのが来ると思うから、準備しててねー」


 それだけ言い残して去っていく先生。彼女にはいろいろ引っ掻き回されたが、今回の休暇に関しては素直に感謝している。

 

 しかし、来週に軽めの任務ねぇ……絶対軽めの任務じゃないが、仕方がない。今は隊長としてやるべきことをやるとしよう。



 休暇から戻った週末、オレは珍しく学園から出て山の麓にあるF市に出かけることにした。

 オレは休みがあれば大抵の場合、個人での修練にいそしんでいるのだが、今日ばかりは他に優先すべき目的があった。


 その目的とは、『原作蘇生計画part1「土御門輪モテモテ逆ハーレム作戦」』のことだ。


 ……自分で言ってても恥ずかしくなる計画名だが、これが一番端的な説明なのだから仕方がない。


 語るべきはこの作戦の意義の方だ。

 現状、オレは意図せぬ原作ブレイクによって『甲』の隊長を務めてしまっている。しかし、本来このポストはオレみたいなかませ犬のものではなく原作主人公のものだ。


 一方、今の凜ではオレがいくら上層部に掛け合っても隊長職にはなれない。

 現状ではあまりにも探索者としての実力も実績も不足している。今はまだ六月の中旬、原作の『BABEL』ではようやく序盤の終わりに差し掛かる頃だから仕方なくはあるのだが、それにしても、オレがRTAしてる時のデータの主人公と比べると正直まだまだだ。


 なので、実績の方はあとでどうにかなるにしても、凜には少なくとも今のオレよりは強くなってもらわないといけない。現状での彼女の単純戦闘能力レベルはオレの半分程度。10年間の努力に数か月足らずで追いつかれるのに忸怩たる思いがないわけではないが、彼女が性別が違おうが、なんだろうがである以上、その双肩には世界とオレの運命が掛かっている。


 そして、凜が主人公であるのなら、ひたすら異界に潜って修行するという地味な方法以外にも強くなる方法はある。

 その方法こそがいわゆる人間関係コミュニュティだ。さまざまな人間と関係を深め、その運命を目にすることで運命視の魔眼は強化されていく。凛の探索者としての能力のほとんどがこの魔眼に依存している以上、魔眼を鍛えることが強くなるための最短ルートだ。


 それゆえの逆ハーレム計画だ。原作では主人公が男だったから出会う女を片っ端から口説いてればすんでたが、この世界ではそうもいかない。男を口説くには下準備がいる。


 なにせ異能者界隈の男女比は驚異の1対9。男子を探すだけで一苦労だ。原作でも立ち絵付きで登場するのは主人公と蘆屋道孝オレをのぞいてわずか三人、しかも、そのうち一人のお坊さんはおっさんなのでハーレムに入れられない。


 なので、オレのすべきことは残る二人と凜を早急に引き合わせること。

 幸い二人は心も顔もイケメンなので凜も気に入るだろうし、なんやかんや、凜の方も魔性の女なのでうまくいくはずだ。


 ……まあ、別に愛情じゃなくて友情でも運命視の魔眼は成長するんだが、一番効率がいいのが恋愛関係だから仕方がない。


「――というわけでやってきました、F市公立図書館」


 オレの原作知識によれば、逆ハーレムの一員(予定)は土日になると決まってこの図書館を訪れる。


 そんな文学系男子の名前は幸畑信一郎こうはたしんいちろう。眼鏡の似合う好青年で、聖塔学園での所属は1年3組。オレのような探索者志望の生徒ではなく技術者志望で入学した生徒だ。


「……いたな」


 図書館の一階、世界の伝説・神話コーナーで信一郎君の姿を見つける。

 天パのぼさぼさ頭とあのシャツのよれよれ具合からいって間違いない、彼だ。


 しかし、問題は外見ではなく中身。凜という前例がある以上、安心するのはまだ早い。


「……よし、


 何がとは言わないが、式神を飛ばして確かめたので間違いはない。気付かれないように何重にも隠ぺいしたので気付かれたということはないだろう。


 さて、次は暗示だ。自由意志を奪ったり、無理やり惚れさせるようなことはできないが、無意識下で土御門凜を異性として意識するように仕向けることはできる。


 人権侵害と言われたら人権侵害だが、これも世界のため、原作のためだ。すまない、幸畑くん。オレも血の涙を流す想いでやってるんだ。君のことを『ピー毛眼鏡』呼ばわりしてたやつを掲示板で通報しまくっていた善行に免じて、どうか許してくれ……!


「『急々如律きゅうきゅうにょり――』」


「――蘆屋、くん?」


 術を発動しようとした瞬間、背後から声を掛けられる。気付かれたのかと思い咄嗟に術を中断する。ちょっと痛い。


「……A班の……蘆屋くん、だよね?」


「あ、ああ」


 振り返ると、そこには女の子が立っていた。


 眼鏡をかけた美少女。青みがかった黒髪をセミロングにして、上目遣いでオレのことを見ている。 


 彼女の名前は――、


「谷崎さん、だよな?」


「う、うん、そう、B班の谷崎」


 そう、谷崎しおり。原作ヒロインの一人であり、探索B班の要である異能者だ。

 探索者としての異名は『交信者』。谷崎さん自身は一般家庭の出身なのだが、とある神話大系に属する強大な『怪異』と交信してしまったことで、異能使いになってしまった。


 しおりルートではその『怪異』と彼女の抱く王子様への憧れを巡って事件が起きるのだが、まあ、オレがここらへんを語ると普通に夜が明けるのでここでは割愛する。というか、あの怪異に関しては直接出てこないのが一番だ。見ただけで発狂するのはさすがにきつい。


 ついでにいえば、憑いている怪異と反比例するかのように曲者ぞろいの『BABEL』の登場人物の中では比較的まっとうな人格をしている。少なくとも他の女と歩いてただけで『浮気ですか?』とハイライトの消えた目で詰めてきたりしない。まあ、アオイの場合はそんなところも萌えるんだが……、

 

「……わ、わたし、なんかのこと覚えてて、くれたん、だね」


「クラスメイトの名前を忘れるほど薄情な人間じゃないよ。君とは入学オリエンテーションで少し話したしね」


 まあ、話したといっても「こんにちは」と挨拶した程度だが、このオレが原作キャラの顔と名前を忘れるはずがない。


 しかし、覚えてくれたんですね、とは自己評価が低い。君は原作ヒロインだ、美少女だ。もっと自信を持て、君の未来はバラ色だ!

 原作で髪型を変えて顔がはっきり見えるようなった時のスチルなど美少女すぎて、公式からも絶賛されてたぞ!


 そんな谷崎さんに自信を持たせるには……やっぱり、凜には頑張ってもらうしかない。でも、あいつポンコツだしなぁ……いや、頼りにはなるんだが、変なところで抜けてるんだよなぁ、それが可愛いいところでもあるんだが…………ってなんで、オレが凜のために悩んでるんだ? あいつが悩めよ、主人公なんだから!

 

「……ここで、なに、してたの?」


「…………少し占いをね。本を選ぶのに迷っちゃって」


 谷崎さんの問いに、さらっと嘘を吐く。魔力を練っていたのはさすがにバレているだろうが、オレが隠したそうにしていると分かれば彼女は無用な追及はしてこないだろう。

 ……なんか我ながら嘘偽りが手馴れてきている気がする。凄くよくない傾向だ、かませ犬的な意味で。


「で、谷崎さんはここでなにを?」


「借りた……本を返しに……」


「それもそうか。ここ、図書館だもんな」


 無難な会話だ。このままうまいこと誘導してさっきのことが意識が消えた段階で、ここからおさらばするとしよう。


 ちなみに谷崎さんはオレの危険人物リストのかなり下の方だが、今は優先度が低い。オタクとしては原作ヒロインとの邂逅は見逃せないが、今はともかくやることが多すぎる。


 オレだって青春はしたい。女の子とイチャイチャしたいし、一日寝てたいし、徹夜でゲームしてたい。

 だが、すべては命と原作あっての物種。いつかませ犬にされるか分からない隊長職なんて一日どころか一時間でも早く辞めたいし、光のオタクとしてこの原作崩壊型二次創作みたいな現状は何とかしないといけない。


「谷崎さんは、どんな本を借りたんだ?」

 

 まあ、だいたい予想はできているが、礼儀として聞き返す。


「……借りたのは、これ」


 谷崎さんが見せてくれた本は流行の恋愛小説だ。内容は確か……魔法で猫に変えられてしまったしまったヒロインは、学園で冷血王子と呼ばれるイケメン魔法使いに拾われる。最初は魔法の実験材料に使われるのではないかと心配するヒロインだが、しかし、冷血王子は大の猫好きで……みたいな話だったはず。見どころは、冷血王子がヒロインにだけ見せるデレデレっぷりだったと記憶している。


 原作通り、谷崎さんの王子様好きは健在のようだ。彼女の境遇を考えれば、自分を救ってくれる誰かを求めるのは自然なことではある。問題があるとすれば、この世界の主人公おうじさまが土御門輪ではなく、凛なことだ。


「……その、おすすめの本。イケメン王子がヒロインに猫撫で声で話しかけるところとか、普段は綺麗好きなのに猫と遊ぶ時だけは床にも寝転ぶのとか、好き」


「ギャップ萌えってやつだね。オレもそういうのは分かるよ。普段は気の強い王子様が見せる弱いところとか、いいよね」


「う、うん、わたしは、それを好きな人にだけみせてくれるのとか好き……」


「いいね。谷崎さんは凄くいい趣向をしていると思うよ。さらに弱みを見せた後に強がってるところなんかも素晴らしいと思う」


「そ、そうだよね! 蘆屋君、すごいよくわかってる!」


 テンションの上がる谷崎さん。図書館にも関わらず少し大きな声を出してしまい、はっと口を瞑んだ。


 なんとかわいらしい。さっきの小説の話じゃないが、まるで小動物だ。仕草一つ一つがこちらの庇護欲を駆り立てる。さすがは『BABEL』守ってあげたいヒロインランキングの一位だ。ほかのヒロインたちが悪いわけではないが基本的に気の強い分、谷崎さんには希少価値がある。


「……ごめんなさい。わ、わたし、男の人とこんな話したことなくて、それで……」


「気にしないでくれ。どんなジャンルでも共感できる相手は希少だ。多少テンションが上がるくらい、よくあることさ」


「う、うん、ありがとう……蘆屋君は優しいね……」


「このぐらい普通だ。オレでやさしいんだとしたら世間の方が間違ってるんだよ」


 それにこのオレがあの谷崎しおりに冷たくするなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 谷崎さんは幼少のころから怪異のせいで苦労してきた。呪われたわけではない。むしろ、谷崎さんを見守っている神は彼女を気に入っており、守護霊の役割を果たしている。


 問題は、その守護霊が過保護すぎること。谷崎さんに悪意や敵意を抱いた瞬間に神がたたりを起こすせいで、彼女の周囲には人がいなくなってしまった。

 もともと優しい性格な谷崎さんはそのことに気付いた時点でご両親さえも遠ざけて一人で生きていくことを決めた。彼女が恋愛小説を読み始めたのも、そもそもが、そんな孤独を和らげるためだったという。

 

 たった10歳の子供が自ら決意して、孤独になる。悲劇だ。オレが谷崎さんの側にいれば助けられたかもしれないが、この世界では今や過去のこと。彼女を救うことはオレにはできなかった……。


 しかし、そんな受難にもめげずに頑張ってきた谷崎さんに転機が訪れる。彼女の異能に目をつけた解体局に学園への入学を勧められたのだ。

 谷崎さんはその誘いに大いに悩みつつも、一縷の希望に縋って、学園への入学を決意した。


 そんな谷崎さんの頑張りに応えるように入学後にすぐに彼女には親友ができた。その親友もまた似たような境遇を抱えたメインヒロインの一人なのだが、まあ、それは今はいい。

 大事なのは、谷崎さんはこの学園に来たことで救いを得たことだ。現状の彼女が幸せである以上、オレのようなかませ犬が彼女と関わることは百害あって一利なしだ。


 谷崎さんの方もオレに用なんてないだろう。たまたま顔見知りを見かけただけの話で――、


「……あ、あの……蘆屋、くん、こ、この後、時間……ある? そ、その、付き合って……欲しいんだけど……」


 はい? 

 付き合う? 誰と誰が? なんで? どうして? 今度こそ意味わからないんですけど!? などと取り乱すオレではない。


 谷崎さんはオレに大事な話があるから、付き合ってほしいと言っているのだ。そして、その大事な話についてオレはおおよその予想がついていた。

 

 凛め。ちゃっかりフラグは立ててたか。えらいぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る