第38話 たまにはゆっくりコーヒーでも
そのあとオレ達は近所にある喫茶店に移動した。
さすがに図書館で堂々と話し込むわけにもいかないし、話の内容も内容だし、こういう時は喫茶店がベストだ。
「……むぅ」
そう思いこの店を選んだのだが、店内はチェーン店らしい明るい内装と落ち着けるようで落ち着けない椅子もなんというか普通の日常で、逆に居心地が悪かった。
……こんな風に感じるということはオレもこの世界に馴染んできたのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのかは場合による。
しかし、まっとうな美少女と喫茶店でコーヒーを飲むというのは得難い経験だ。生まれ変わってからは、ああいや、生まれ変わる前から考えてもこんな理想の青春みたいな時間を過ごすのは初めてかもしれない。
それ自体は非常に和む。普段の切ったはったの緊張感のある日常も決して嫌いではないんだが、たまにはこういうのがないとあっち側に慣れすぎてしまう。
「お、お待たせ。蘆屋君は何か頼まなくて……いいの?」
オレがたそがれてると、谷崎さんがトレイにドーナッツを乗せて戻ってくる。クラシックチョコレートか、彼女のイメージとも合致する可愛らしさだ。
一方、歩き方や物腰からはオレへの緊張が見て取れる。もともとあまり外向的じゃないのは知ってるが、それを差っ引いても警戒されてる感じがする。
自業自得ではあるが、少し悲しい。
「もう夕方だからね。腹を空かせて帰らないと妹が怒る」
「妹……さん? う、噂のメイドさん?」
「噂になってるのか。いい噂だといいんだが」
「え、えと、ときどき校舎をメイドさんがうろついてるっていうのと……その……あの……」
言いにくそうにする谷崎さん。なんかよほど変な噂でも流されているのだろうか、許せん。オレの妹を傷つけるやつは地の果てまで追い詰めて呪い殺してくれる。
「……蘆屋君が、いろんな女の子を……その、あの……お屋敷に囲ってて……メイドさんもその一人だろう……って……」
「…………谷崎さん、それは、誤解だ」
呪い殺されるべきなのはオレだった。
誤解だが、半分くらいは事実なのが質が悪い。確かにオレの屋敷は女子の出入りが多いから、そこに尾ひれがついたのだろう。
……というか、よく考えたら、この手の噂は彩芽の大好物。ともすると、この噂も自分で流してる可能性すらある。
外堀から埋めるにもほどがある。オレがハーレムを作るやつだといううわさが流れていれば、自分も既成事実を作りやすいとかそんなところか。
「う、うん、理沙ちゃんは本気にしてたけど、わ、わたしは、蘆屋君がそういう人じゃないって知ってるから……」
「……そうか。ありがとう」
理沙というと、
異教の神との混血であることを示す赤銅色の髪をした少女で、原作ヒロインの一人だ。谷崎さんがこの学園に来てからできた親友とは、その朽上理沙のことだ。
彼女のことだ。オレの噂を聞いておそらく「いい、しおり。ああいう『ふしだら男』にはあんたみたいないい子は近づいちゃダメ。絶対、口説いてくるから。そういう時はあたしに言って。グーで殴るから」とか何とか言ったのだろう。赤い髪をいじりつつ、自分の目つきの悪さを気にしてる姿まで明確に想像できた。
自分で妄想しておいてなんだがかなり辛い。憧れの原作ヒロインに五股くらいして、屋敷に囲ってる不純異性交遊の王みたい思われてるなんてしばらくひきずりそうだ。
「り、理沙ちゃんには、わ、わたしから誤解だって伝えておくから……ね、元気出して?」
「……ああ。ありがとう。同じ探索者の仲間に嫌われてるのは、オレもつらい」
具体的には、おもわず涙目になるくらいにはつらい。どうしてオレはこんなことになってしまったのだろう。
「それで、谷崎さん、オレに何か話があるんだろう?」
「う、うん、そ、その、土御門くんのことで聞きたいことが、その…あるの……蘆屋君は、仲がいいみたいだから……」
やはりそうか。いつも心配ばかりさせられているが、今回ばかりは知らないところできちんとフラグを立ててくれてたらしい。
少し前、凜にオレ以外にも友達を作れという話をした時、すでに谷崎さんと凜には接点があるようだった。
それで凜のことが気になるけど、直接アタックするのは腰が引けるからこうして共通の知り合いであるオレに接触してきたというわけだ。
しかし、悲しいかな。この世界の土御門リンは……、
「……まあ、答えられることなら答えるよ」
そこまで考えたところで、自分の視野の狭さに気付く。
運命視の魔眼の成長に必要なのは深い人間関係。それは別に男女間に限った話じゃない。互いの運命に干渉するほどの絆であれば女性同士の関係性であっても構わないわけだ。
友情でも、愛情でも、百合でもなんでもいい。オレはすぐにでもそこら辺の壁になっておくから、うまいことやって強くなってくれれば御の字だ。
凜の本人の意思や真実を知った時の谷崎さんの気持ちを考えると少し胸が痛むが、こればかりはオレにもどうしようもない。凜の秘密をオレがばらすわけにもいかないしな……、
「その……あの……聞きにくいんだけど……」
「お、おう。大抵のことは答えるよ?」
妙に緊張している谷崎さん。こっちまでかしこまってくる。大方、凜に今付き合ってる人がいないかとかそんな感じの質問だと思うのだが、何をそんなに緊張することがあるんだ?
「あ、あの……その、蘆屋君と、土御門君とって……その……」
「オレと凜が?」
手持無沙汰なのでコーヒーを口に含む。チェーン店と舐めていたが、彩芽が淹れてくれたやつとはまた別の味わいがあって――、
「付き合ってるの!?」
「ごふっ!?」
谷崎さんの言い放った疑問にコーヒーが気道に入る。どうにか噴出さずに済んだが、お、溺れる……!
「だ、大丈夫!? 蘆屋君、こ、これ使って」
「す、すまん、ありがとう」
差し出されたハンカチを受け取る。白色で花の刺繡がされたそれは谷崎さんのイメージにもぴったりだ。
「で、でも、そんなに動揺するってことは、本当に……じゃあ、その、どっちが受けでどっちが攻めなの? わ、わたしは、たぶん、蘆屋君は誘い受けで、土御門君は攻めだと思うんだけど……」
「ごほ、がほっ。い、いや違う。オレたちはそういう関係ではない。マジで違う」
まさかそんな疑いをもたれているとは思わなかったというだけだ。だいたい、谷崎さんは凜がそもそも女性だと知らないはず。だっていうのに、そういうことを聞いてくるのは……まあ、そういうことか。
これに関しては凛のせいだな。あいつが男同士の友情を根本的に勘違いしているせいで勘違いされたのだろう。てか、なんで何回言ってもあいつの距離感バグは治らないんだ? アホなのか?
「そ、そっか。じゃ、じゃあ、2人は本当に付き合ってないんだ……」
オレの答えに、安心したような、それでいて残念そうな曖昧な表情を浮かべる谷崎さん。
……まあ、恋愛小説好きなら、そっちにも手を出したりはするか。
「じゃ、じゃあ、そ、その、土御門君って、あの、付き合ってる人とかいるの?」
今度は、結構ストレートに聞いてくるな。だが、話が早いのは助かる。
「いないよ。断言できる」
「そ、そうなの?」
「ああ。生憎証拠はないが」
原作ならいざ知らずこの世界の凜はまだモテモテじゃない。学校内にいる時は基本的にオレに引っ付いて回ってるし、友達もそんなにはいないはずだ。
考えれば考えるほど良くない状況だ。原作の土御門輪が最終的に世界を救えたのは本人の強さもあるが、そこまでに培ってきた絆があってこそだ。
一方、うちの凜はというとぼっちも同然の有様。やはり、早急に友達を作ってもらう必要がある。
「よかったら、連絡先を教えようか? あいつのことだから、君に教える前に立ち去ったんだろ?」
「う、うん。で、でも、勝手にいいの? 個人情報なんじゃないの?」
おおう、まっとうかつ至極正論な指摘。いつのまにか班員全員にプライベートな連絡先から位置情報まで漏れてるオレとしては耳が痛いを通り越して、胸が痛い。
そして、オレも感覚がだいぶ麻痺してきているらしい。気をつけないとな……、
「じゃあ、なんだ、あいつのことで教えてほしいことあったら教えるよ」
「う、うん、じゃ、じゃあ、好みのタイプとか教えてほしい、かも」
結構困る質問だな。相手は性別が変わったとはいえ18禁ゲームの主人公。あらゆるタイプの女子と浮名を流すモテモテ特異存在だ。そんな相手の好みと言われても――、
「まあ、かわいい子ならなんでもいいんじゃないか、うん」
「……それ、好みのタイプって言わないんじゃ……ない……かな……」
「だよな。でも、そうなんだ。ちなみに、谷崎さんくらいの美少女なら大丈夫だと思うよ」
「わ、わたしは、そんな……」
謙遜しているというか、性格上本気で否定しているが、谷崎しおりは立派な美少女だ。
でなければメインヒロインになんてなれない。しかも、眼鏡をかけた状態でもかわいいので眼鏡派も安心安全だ。
「こういう言い方はなんだけど、オレは美少女は見慣れてる。そのオレから見ても谷崎さんはかわいい。自信を持つといい」
「……あ、蘆屋君はや、優しいんだね。そ、その、嬉しい、ありがとう」
「本当のことを言っただけさ」
口説いてるように見えるかもしれないが、谷崎さんがこういうぐいぐいくる男性が苦手なことは原作設定と変わっていないはず。だから、これまでの谷崎さんからの好感度はプラスマイナスゼロくらいになってるはずだ。
危険度リストの下の方はといえ、谷崎さんも固定ルートを持つメインヒロインの一人。これ以上、ルート分岐の爆弾は抱えたくない。
「……あの、蘆屋くん、もう一つお願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「あ、蘆屋君は、土御門君たちと時々特訓してるんだよね、体育館で」
谷崎さんの口からあの特訓について触れられるとは思っていなかったので少し驚いた。
一月前にリーズに頼まれて、結局、アオイや凛まで参加してきた特訓は今も週に二度のペースで続いている。
毎回全員オレに指導されたがるので時々さぼりたくなるのは内緒だが、確実にステップアップにはつながっている。
「谷崎さんも参加したいのか? オレは構わないよ。凜にも会えるし――」
「ち、違うの。参加するのはわ、わたしだけじゃなくて、B班全員。そ、その本当にみんな強くなりたくて……」
なるほど。私的なものではなく探索者としての頼みだったか。
確かに、ただでさえ入学時の成績で差があったA
班とB班の力量差はオレ達が『甲』として再編成されてからは開く一方だ。谷崎さんを含めたB班の面子が焦るのも頷ける。
……しかし、1年1組全体での合同訓練か。悪くない気がする。一気に凛の人間関係が広がるし、オレに向きまくってる矢印も分散してくれるかもしれない…………後者は望み薄な気がするが、希望は大事だ。
「……わかった。オレから先生に掛け合ってみるよ」
「ありがとう、蘆屋君。転校生が来る前に、み、みんな、強くなっておこうって話してたの」
そうかそうか、こっちとしても渡りに船。若者の向上心は見ていて気持ちが……待て、今なんと?
「え、聞いてないの? 1組に転校生が来るって誘先生が言ってたよ?」
は? 聞いてないんだが? てか、そんな
なんだかまたオレの知らないところで原作が音を立てて崩れていっている気がする。大丈夫か、原作蘇生計画。もうすでに頓挫しかけてないか……?
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