第33話 水着の楽園、もしくはオタクの耐久実験


 初任務からの3日後の出発当日、バスガイドのコスプレをした死神の先導の元、オレたちは異界への門を潜った。


 次の瞬間、オレたちの目に飛び込んできたのは――、


「――は?」


 エメラルドグリーンの海、白い砂浜、気持ちのいい太陽。そんなありえない、異界の方がよほど見慣れた光景だった。


 オレの隣をアホ毛を揺らしながら、凜が走っていく。制服のまま海に入っていくと、こう叫んだ。


「すごい! 本当にハワイみたい! 蟹さん歩いている!」


 お前原作でのクールキャラどこ行ったんだ。あと、せめて着替えてから海に入れよ、体張る若手のお笑い芸人かよ。


 まあ、こいつはいい。そもそもここに来る前からグラサン頭に乗っけてはしゃいでたからな。問題は残りの面子だ。


「ふむ。なかなかですね。道孝、水練をするので付き合ってください。まず素潜り30分間から。苦しくなったら人工呼吸は私がしますので」


 海を見ながらどや顔のアオイ。ちなみに、水中で呼吸を止めるのの世界記録は確か24分くらいなので人類の限界を普通に超越している。アオイは平気でもオレは普通に死ぬ。


「……海に関わる異界は多いですが、昼間、それもこんなに気持ちよく晴れるなんて……一体どんな伝承が土台になってるのかしら……」


 唯一、まともに考察しているのはリーズ。しかしながら、体の方は正直で海へとずんずん進んでいくと、浜辺で靴を脱いで、「つめたっ!」とはしゃいでいた。


 そんなリーズの隣には普段なら頼りになる先輩が凜と同じくらいの勢いではしゃいでいる。そういや、ビーチサンダル履いてたな、あの人。


「リズリズ、肩に力入りすぎー! こんな綺麗な海見たらあーしらみたいなjkがやることなんて一つしょっ! それ!」


「む! やりましたね! ほのか! 仕返しです!」


 そうして、美少女同士でキャッキャッウフフの水の掛け合い。見てる分には微笑ましいが、同時に真面目に考えている自分がバカみたい思えてきた。


「すなわち、バカンス、ですね。今日だけはわたしもメイド稼業を忘れて楽しませていただくとしましょう」


 そうして、いつの間にオレの隣に来ていた5がにこやかにそう宣言した。


 ん? 5人? オレと死神を除けばこの場にいるの4人だ。なのに、どうして、5人目なんて……、


「……どうして、お前がここにいるんだ?」


「誘様に呼んでいただきました。折角のバカンスを皆様が最大限に楽しめるように力を貸してほしいと仰せで」


「なるほど……」


 なぞの5人目こと彩芽はあっけらかんとそう答える。オレの驚いた顔のなにがおもしろいのか、ドヤ顔をしていた。


 ……そんな妹を見ていると、なんだかこっちまで気が抜けてくる。

 人の妹を勝手に面倒ごとに巻き込むな、とも思うが、同時に家にこもりきりになっているよりはマシかと思える。あくまで死神のいう通り、ここが本当に安全なら、だが。


「では、皆さま、こちらに。御着替えを用意しておりますれば」


 そういって彩芽が指し示す先にあったのは、更衣室らしきもの。きちんと男女に分れている。

 ……ここ本当に異界か? どこかの観光地のビーチとかじゃないのか?


 そう思って視線を巡らせていると、視界の端になにか建物らしいものを見つける。ずいぶんと古い感じがするが、あれは……旅館か?

 ……ちょっとだけこの異界についてわかったかもしれない。


「……先生、信じていいんですよね」


「うん、信じてくれていい。今日のぼくは先生だからね」


 危険がないわけじゃない。ないわけじゃないが、十分に対処できるレベルだ。

 それに、ここには死神がいる。異界探索において絶対はないが、その数少ない例外が『7人の魔人』だ。


 そんな魔人の一人が『信じろ』と言うんだ。これ以上の保証はそうない。たまにはオレも休みを満喫させてもらうとしよう。



「それでやることがビーチで昼寝ですか。お兄様の出不精っぷりにはさすがの彩芽も呆れます」


「…………寝正月っていうだろ。それと同じだ」


 日傘の下、ビーチチェアに寝転んでドリンクを呷る。日差しを直に浴びるのもいいが、オレみたいな前世根暗な奴にはこのくらいが分相応だ。


「あとあれだ。あそこに混じる度胸はない。間違いなく死ぬ、社会的に」


「……これだからお兄様ヘタレは。まあ、そういうお兄様も彩芽は好きですよ」


「そりゃどうも」


 目の前には、楽園じごくが広がっている。水着ではしゃぐ原作ヒロインたちという混じりたいけど、混じった瞬間、BADエンドが確定するこの世の見納めみたいな光景が。


 でも、水着の原作ヒロインに囲まれて死ぬならそれもいいんじゃないか?  と問いかけてくる自分オタクがいるのも確か。そんな葛藤の結果がこの不貞寝だった。


「……ボールを叩いて相手の陣に入れればいいと。ボールを割らないように力加減を覚えるのがこの鍛錬の要と見ました」


 髪の色に合わせた黒いビキニを着ているのはアオイだ。

 あれだ、いろいろと凄まじい。肌面積が増えるとスタイルの良さが際立つうえに、鍛えこんだ肉体は女性の麗しさと健康的な美を両立している。特に、胸なんてはち切れそうで、目が離せない。いざとなればオレがモザイクの代わりになって守りたい。


 というか、原作の立ち絵より発育が良いし、原作の水着より過激ですよね? オレを萌え殺す気か?


 しかし、やばいという意味ではリーズもやばい。


「ビーチバレー……やったことはありませんが、貴族として挑まれた勝負に負けるつもりはありません」


 白いワンピース型の水着。それだけならいいんだが、背中がむき出しで妙にエロい。透き通るような白い肌はなかなかお目に掛かれないもので、それだけで心を掻き立てる。

 さらに言えばなんかこう、零れそう。単純な大きさだけでいうなら一番かもしれない、何とは言わないが。


「でも、3人じゃ無理だよ? リンリンは多分参加しないだろうし……誰かいないかなぁ?」

 

 一方、山三屋先輩も負けてない。

 オレンジ色のパレオ付きの水着が白い肌にえていて、雑誌モデルも恥じ入る似合いっぷりだ。前者2人がセクシー系の極致ならば先輩の方は可愛さ爆発。彼女にしたい女性ナンバーワンといった感じだ。


「……そういや、お前は水着着ないのか?」


「おっと、お兄様。あれだけの美少女の群れを差し置いて、彩芽の水着をご所望とはお兄様の鑑かと。1億彩芽ポイント差し上げましょう。賞品は彩芽です」


「…………いや、せっかくの休みなんだからお前も遊んでくればいいと思ってな。それに、暑いだろ、その恰好」


「あら、意外と涼しいのですよ、この服装。ですが、お兄様がご所望とあれば――トウ!」


 彩芽はメイド服に手を掛け一息に脱ぎ去る。

 その下から現れたのはオフショルダータイプのビキニ。色は青。身内びいきをなしにしてもよく似合っている。


 しかし、あれだ。妹の発育が順調なようで兄としては少し安心だ。さすがにアオイやリーズほどではないにしても、昔のやせ細った姿に比べると涙が出てきそうなくらいに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。


 あと、自分でもやばいと思うが、妹と思うと逆に見てはいけない感じがしてその、エロい。最低だ、オレって……、


「お兄様、どうです? なにかご感想は? それとも、興奮のあまり禁断の関係に踏み出す寸前ですか? カモン」


「……いや、大きくなったなと思ってな。妹が元気で、兄は嬉しいぞ」


「ふ、そこに注目されるとはさすがお兄様。具体的に言えば、80cmの大台にのりまして。しかし、彩芽は上を目指す女。お兄様の手でさらに大きくしていただくのもやぶさかではありませんよ?」


「いや、そっちじゃなくて身長だ。昔はちんまかったからな、お前」


「むぅ……お兄様は意地悪です。いけずです」


 そう言って頬を膨らませる彩芽。かわいい。

 このまま戯れていたい気もするが、折角の兄妹水入らず、話したいことがいくつかある。


「なんでお前、アオイの引っ越しに手を貸したんだ? お前としては、不都合なんじゃないか?」


「…………アオイ義姉様から聞いたのですか。むぅ、漏らさないようにお願いしましたのに」


「アオイが言わなくても越してくれば気付く。問題は理由だ。オレにはわからん」


 オレの改めての指摘に、彩芽は観念したように息を吐く。そうしてから、覚悟を決めて話し始めた。


「…………彩芽はお兄様を長い間誘惑してまいりました。12歳の頃からですから、もう3年になります。ですが、お兄様の鉄のヘタレっぷりは揺るがず、彩芽は処女のまま、お兄様も童貞のままです。なので、やり方を変えることにしたのです」


「……………いろいろツッコミたいが、続けてくれ」


「押してダメなら押しまくれ、です。彩芽一人でダメなら協力者を増やし、お兄様の理性を揺さぶり続ければ、間違いがおきやすくなる。そう踏んで、アオイ義姉様に協力をお願いしたのです」


 …………ダメだこの妹、早く何とかしないと。意外とちゃんとした、深刻なタイプの理由があるのかと思ったら、小学生でも思いつきそうな理論に基づいていた。

 

「お兄様の初めてはなんとしても彩芽が頂くつもりでしたが、そもそも間違いが起こらないのでは本末転倒。多少のリスクは覚悟する時期です。損して得取る、彩芽のクレバーさにお兄様もさぞ感心なさったことでしょう」


「………………そもそも、間違いが起きないってことにはならないんだな」


 凄い頭を抱えたいが、こんなんでも彩芽の交友関係が広がるのなら今回の同棲にもメリットはあるのかもしれない。

 それに館は広い。さすがに彩芽もオレの隣の部屋とかにアオイを入れることはしないだろうから、気を付けていれば大丈夫だと思い込むことにしよう


「まあ、同棲の件はいい。だが、ここからは真面目な話だ。ちゃんと聞け」


「……はい」


 オレの正面に正座する彩芽。こういう聞き分けの良さは彩芽のいいところだ。こちらが真剣な態度の時はさすがに応えてくれる。


「この前のホテルみたいなことはもう絶対にするな。理由は、分かるな?」


 一月前のホテルヴィスタ事件の際、彩芽はアオイたちとともにオレをつけていた。その結果、彩芽はあの事件に巻き込まれた。普段から決して、異界やそこに関係するものがある場所には来るなと言い含めていたにも関わらずに、だ。


 ……オレだって折角のバカンスで説教はしたくないが、こういう話をしたくなくてこの一か月、オレがこの話をしようとするとそれとなく逃げてきた。

 今はいい機会だ。まだバカンスは始まったばかりだから、この後楽しめばいい。


「……はい。ですが、あの時は……」


「ああ、お前がみんなを連れてきたおかげでオレも先輩も無事だ。だが、それは結果論だ。お前は異能が使えない。護符で多少は身を守れても、直接怪異に狙われるようなことになればどうなるか、自分でもわかっているはずだ」


「…………はい」


「だから、もう、あんなことはしてくれるな。オレはお前の幸福を願っている。学園に来たのも、探索者になったのもそのためだ。そのお前が死んじまったんじゃ、オレがなんのために頑張ってるのかわからなくなる」


 頷く彩芽。いい子だ、オレの妹はどこにでも出しても恥ずかしくない自慢の妹だ。

 だが、きっと、オレの命が危ないと思ったらこいつは同じようなことをする。それを止めるには、結局のところ、オレが強くなるしかない。彩芽が心配しないでいいくらいの力を身に着けるのだ。


「…………今度、一緒に遊園地行くか。オレも休みを取る」


「お兄様……!」


 潤んだ瞳を隠すようにオレは彩芽の頭をくしゃくしゃとなでる。

 彩芽を怒ろうとすると、いつもこうだ。結局、オレの方がたまらなくなって許してしまう。


「お兄様……! 彩芽は……彩芽は……!」


 抱き着いてくる彩芽。普段通りではあるのだが、いつもに比べて布面積が少なく、肌が直接触れ合うせいですごい変な感じだ。

 これが彩芽にバレたらとんでもないことになるので、全力で緊張を隠した。


 柔らかいし、あったかいし、いいにおいするし。うちの妹、いろいろ危険すぎる。


「だが、言いつけを破った罰は受けてもらうぞ」


「……はい」


「罰の内容は、今日一日、オレから離れて思い切り遊ぶことだ。手始めに、あそこで遊んでるやつらに混じってこい。ほら、呼んでるぞ」


 タイミングよく海の方から三人の会話が聞こえてくる。ちゃんと向こうの会話にも耳を済ましていてよかった。


「――それなら、アヤメに入ってもらいましょう。彼女の身体能力なら十分に我々と勝負になるかと」


「貴方にしてはいいアイデアですね、ウィンカース。私も彩芽の参加に賛成です。未来の姉妹の絆の力、見せるとしましょう」


「あーしも賛成! 彩芽ちゃーん、こっちこっち!」


 先輩がぶんぶんと手を振っている。その屈託のなさに、彩芽は少し気後れしたようだった。


「で、ですが、彩芽はお兄様のお世話が……」


「ダメだ。これは罰なんだからな。早くいってこい」


 オレの言葉に、考え込む彩芽。数秒後、意を決したように一歩前に出た。

 

「で、では、いってまります。その、楽しんでもいいのでしょうか、お兄様」


「おう、楽しんでこい」


 こちらに一礼してから駆けていく彩芽。その後ろが姿は間違いなく楽しそうで、オレも心の底から嬉しかった。

 彩芽にはこういう時間が必要だ。本家とオレだけなんて狭い世界で生きていくのはそれだけで不幸とはいえなくても、決して幸福なんかじゃない。


 アオイたちも気が利く。今日はオレのことは放っておいてくれるみたいだし、彩芽とも一緒に遊んでくれるなんて、普段とは別人だ。

 

「では、2対2で勝負です。勝った方が道孝の両隣のテントを手に入れる、そういうことでいいですね」


 と思ったらこれである。知らないところで勝負の景品にされてた

 今日の夜はBBQで、そのままテントで一夜を明かすことになっているが、そのテントの奪い合いをビーチバレーでやろうってことらしい。


 ……まあ、異能を使ってないだけマシか。少なくとも勝負が着くまではゆっくり眠れそうだし。でも、オレの隣なんか賞品になるのか? 誰得だ?


「――では、始めましょう」


 掛け声と同時に、ドン! という重低音の、ビーチバレーから絶対にしなさそうな音がしたが、努めて無視する。


 相変わらず爆音は響いているが、目を瞑ってればだんだんと眠気がやってくる。

 いい感じだ。やっぱり休みは面倒なことは全部脇においてこうして一人微睡むのに限る。海でのレジャーとか、甘酸っぱい青春とか、そういうのは元来、メインキャラの役割だ。


 あー、いい気分だ。なにより、わざわざビーチに来て昼寝をしてるっていうこの台無し感がいい。

 ある種、究極の贅沢だ。我ながらひねくれてるが、前世からの性根だ。それこそ死んでもなおらない。


 あと、オタクすぎて海で何して遊ぶのか正直よくわからない。前世では数える程度しか海に行ったことないし、今世では海と言えば異界だったので、なんも思いつかない。

 あれか? 泳ぐのか? べたべたするのに?


「ねえ……道孝くん……」


 そんなことを考えていると、なんか声を掛けられる。仕方なく瞼を開くと、端正な顔がこちらを覗き込んでいた。

 

 原作主人公、土御門輪こと凜。この世界では実は女性だった彼女がそこに立っていた。


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