第32話 バカンスに行きたいかー! ※ただし普通のバカンスとは言っていない
一階のロビーに全員が集まり、人員が減ったり、増えたりしていないのを確認してから、オレたちは学園へと続く転移門を潜った。
使用する転移門は今までの木製のものではなく、鋼鉄製の高難度任務用のものだ。
「やっほー! おつかれさまー! はやかったねー!」
学園に戻ると、死神の暢気な声に迎えられる。当の本人はどこから持ち込んだのかわからないソファーに寝転んで、ポテチを齧っている。
それが一仕事終えた生徒を迎える態度か、と反抗したくなるが、本人はどうやらツッコミ待ちなようなので無視する。
「あ、先生もお疲れ様です」
続いて門から出てきた凛が律儀に挨拶する。相変わらず男子の制服を着ているが、少し髪が伸びたせいか大分印象が変わった。
かわいいのは認めるけど、女子なの隠す気あるのかこいつ。
「刀への
次に出てきたのは、リーズ。その後ろにはアオイと先輩が続いていた。
「まあ、私なら当然です。それより、ウィンカース、あの怪異だけ燃やす魔術は初めて見ましたが……」
「あれは最近習得したものですの。ホノカが練習に付き合ってくれましたので」
「あれ、すごく有用だと思うからもっと発動速くしたいよね。でも、あーしは術師じゃないしなぁ……」
可愛らしく頭を傾げる先輩。アオイはそんな先輩に自信満々な表情でこう告げた。
「でしたら、
……まあ、つまり、いつもの面子だ。一から信頼関係を築く手間がないと喜ぶべきなのか、どこまで逃れられないと嘆くべきなのかはかなりの迷いどころだ。
あと、アオイがオレの名前を呼ぶたびになんか変な感じがするのはたぶん気のせいじゃない。どんな呪詛だ。
「怪異に術の対象を限定するなんてのはどちらかと言えば呪い屋の領分だ。オレに聞かれても大したアイデアは出ないぞ。強いて言うなら、そうだな……先に相手が物なのか、生き物なのかを意識するとやりやすいかもな」
「……なるほど。術を組む前に対象を決めてしまえば手間が省けると、さすがです」
オレのアドバイスに大真面目に頷くリーズ。術の対象選択は視覚による認識で省略しがちだが、術の発動前に細かなことまで意識すれば人間に取り憑いている怪異だけを燃やすなんてことも不可能じゃない、まあ、あくまで理論上は、だが。
「でしょう?」
アオイはなぜかどや顔している。いや、アドバイスはしたけども、それが必ずうまくいくなんて保証はオレできないぞ。
部隊内の人間関係が円滑なのはいいことだが、なんかこう、
やめてくれないか、オレを過大評価するのは。典型的なかませ犬フラグじゃねえか。
「そういえば、道孝。近いうちにベッドを一つ運び込んでおいてください。畳ベッドですよ」
ひと段落したところで、アオイが今思い出しましたという感じでよくわからないことを言ってくる。畳ベッド……?
「……意味が分からないんだが」
「? 私が畳じゃないと寝られないからですが?」
「それでなんでオレがベッドを用意するんだ?」
「夫が妻の家具を用意するのは当然では?」
うん? 会話がことごとくかみ合っていない。なんかこう前提がずれているような……いや、待てよ。ベッドを運び込む……?
「まさかと思うが、お前、うちの館に引っ越してくる気じゃないよな?」
「その気ですが。まさか問題でも?」
「いや、山ほどあるだろ、問題。倫理とか不純異性交遊とか」
「私たちは許嫁ですよ? 何の問題もないかと。というか、事務局からの許可はもう下りてます」
バンと事務局からの転居許可証を突き付けてくるアオイ。確かに書類は本物だ。
というか、家主が許可だしてないんだが? そもそも許可どころかこの話初耳なんだけど! どうなってんだ、解体局のセキュリティ、ガバガバすぎるだろ。
「それとも、嬉しくないのですか? 私と同棲できて」
「…………それは……嬉しいけど……」
認めざるをえない。あの山縣アオイと一つ屋根の下なんて全『BABEL』ファンの夢だ。
生きててよかった、この事実だけでもう死ぬまで幸せだ。
でも、オレは蘆屋道孝……ルート分岐と共に死ぬ全身時報人間。そんな奴が原作ヒロインと結ばれることはあってはならないし、そうなったら高確率でオレは死ぬ。
なので、ここは心を鬼にして――、
「え!? 山縣さん、蘆屋君と同棲するの!? そんなの羨まし、いや、ダメだよ!」
話を聞いていた凛が余計なことを叫ぶ。おかげで二人の間でとどまっていた話がこの場にいる全員に周知されてしまった。
「同棲!? それは聞き捨てなりませんわね! ミチタカ、いくらなんでも不埒すぎますわよ!」
「そ、そうだよ! アシヤン! さ、さすがにそういうの早いと、お姉さんは思うよ!」
案の定、リーズと先輩まで参戦してくる。こうなると、逆にアオイは退かない。余計意固地になってオレとの同棲に拘るだろう。
詰んだ。凛め、余計なことをしよってからに。大体、原作キャラを攻略するのはお前の仕事だろ。なんでオレがこんな幸せな地獄という名の極楽で往生しないといけないんだ。
でも、凛は生まれや育ちを悪く言う資格はオレにはない。誰か一人が悪いとするならば、それはあいつだ。
おのれ! 原作の蘆屋道孝! お前がもう少しマシな人間ならオレはこんな風に悩まずに済んだのに!
「皆文句があるようですが、理解できません。 難癖ですか? 喧嘩売ってるんですか? そもそも私の完璧な論理には一部の隙もないはずですが」
「むしろ隙しかありませんわ! いくら許嫁とはいえ、若い男女が一つ屋根の下で暮らすなど不健全すぎます! どうせ……貴方、そういうことをするつもりでしょう!」
いつも通りリーズが吠える。頑張ってくれ、オレはお前を応援しているぞ。
「…………その手もありましたか。ですが、即座にその発想に至るとは頭の中が不健全なのは、ウィンカースのほうでは?」
「ぐっ!? それは……」
即落ち二コマである。リーズがちょっとむっつりなところがあるのは分かってたが、それを逆に突かれるとは……リーズらしいと言えばらしいんだが……、
「そ、そういうことって……そういうこと……? はうっ!」
先輩は先輩でそういうことの内容を勝手に妄想して自爆してるし。というか、かわいすぎる、こんな初心な生物は誰かが保護すべきだ。そう、オレよりもっとふさわしい主人公とかが。
しかし、その肝心の原作主人公はこういう時にはマジであてにならない。
「じゃあ、僕もあの館に引っ越す! というか、男子寮僕しかいなくて無茶苦茶寂しいし! いいよね! だって、僕男子だし、ふしだらじゃない!」
どや顔をしているところ悪いが、凛。お前が実は女子であることはここにいる全員にバレている。なので、アオイとリーズはこいつどの口で言っているんだろう、って顔をしているぞ。
「……ともかく、越してくるのはわかった」
今アオイを突っぱねても水掛け論にしかならないので、とりあえずは折れておく。同棲するにしてもしないにしても、原作通りなら一線を越えなければルート分岐はしない。
すべてはオレの理性とオタクとしての矜持に掛っている。
……まったくもって自信が持てないのはここだけの秘密だ。
「詳細は彩芽と……いや、もう、そこら辺は相談済みか」
「ええ。というか、今回の件は彩芽の協力があってこそです。私たちはできた妹を持ちましたね、道孝」
「……そうだな」
彩芽が噛んでいなければさすがのアオイでもオレに知られずに館への転居許可証など手に入れられるはずがない。だから、彩芽が協力していることは別段驚くことではない。
驚くことではないが、妙ではある。自分でもいうのもなんだが、我が妹はオレの貞操を狙っている。アオイを館に引き入れてもあいつにメリットはないはずだが……、
「うんうん、発起人として君たちが仲良くしてて嬉しいよ! これならばんばん任務もこなせそうだね!」
一応、騒動が鎮火したところで愉快そうに死神が言った。このもつれの原因は半分はこいつのせいでもあるのだが、高みの見物をしてやがったのだ。
「……勘弁してください。今日だって、いきなりB級任務なんてめちゃくちゃです」
オレの抗議に死神は「えー」と肩をすくめる。
今回の任務の異界深度は『B』。学生の卒業試験の深度が『C』、どう考えても学生に任せる任務じゃない。
「でも、この前のホテルの一件なんて『A』級でも足りないくらいだよ? この場合は深度っていうより難易度の問題だけど」
「まあ、そうですけど……それが常態化するのも違うっていうか、なんていうか……」
死神の言う通り、異界深度とその異界の危険性や探索難易度は必ずしも=じゃない。
ホテルでの襲撃やさっきの廃病院などはそのいい例だ。
ホテルの場合はほとんどが砂漠化していたが、一部、現実の空間が残っていた。単純な異界深度、つまり、現実世界への浸食度合はBランクの範疇に収まる。
だが、語り部の存在と出現する怪異の危険性を考えればBランクどころか、その脅威度は最上位のAクラスにも匹敵する。
病院の場合も同じだ。異界深度そのものはBランクだったが、異界因の厄介さはAランク相当だった。
オレたち以前に何度か探索者が撃退されたのもそのせいだろう。
「しかし、シェイプシフターかぁ。日本だと珍しいけど、よく気付いたね」
「そこはリーズの手柄です。なんでも一体だけ燃やした時の感覚が違ったそうで」
「おーさすがドルイドの末裔。魂の重さで気付いたのかもしれないね」
さすがは天才といったところか。オレはそういう感覚的な部分を知識と理論で埋めているからそこら辺は羨ましくはある。
「でも、しばらくこういうのは勘弁ですよ。旧日本軍製の人間兵器とシェイプシフターなんて、考えるだけで頭が痛くなる」
そう、あの廃病院にうろついていたのはシェイプシフターだけじゃなかった。
あの廃病院にあった人体実験の噂。それにより製造されたとされる人間兵器の形をした怪異も病院中をうろついていた。
これがもう厄介だった。なにせ結構強いうえに、しぶとい。あれに追っかけまわされながら逃げ回るシェイプシフターを撃破するのは相当に難しい。
なので、オレたちは人間兵器を殲滅してから異界因を排除するという手段をとった。といっても、異界が健在な限り数分ごとに新しく沸いてくるから完全に駆除することはできないんだが、その数分を確保できるだけの戦闘能力がオレ達、『甲』にはあった。
だからこそ、実行できた作戦だ。普通は際限なく出現する怪異は極力無視して異界因を最速で排除する。異界探索者にとってはそれが定石だ。
まあ、相性の問題だ。今の『甲』は戦闘能力に関しては原作以上。その分、犠牲になってる部分もある。オレのプライバシーとか、脳筋すぎるとか。
「でも、苦労した甲斐はあったと思うよ? 今回の任務で部隊の有用性は十分に証明されたわけだから」
「……つまり、正式運用が決定したと」
オレにとっては朗報でも何でもない。正直隊長なんて性に合わないもの、一秒でも早く辞めたいのに状況ばかりが整っていく。
かといって、異界探索に手なんて抜けば何がどうなるか分かったもんじゃない。オレだけが死ぬならまだいいが、最悪世界の終わりなんてこともありうる。
詰んでる。だれかたすけて。
「元気がないね。大丈夫?」
「隊長辞めさせてくれたら大丈夫になります」
「それはダメ。君以外じゃ無理だし。でも、安心して。そんなお疲れな君に先生はプレゼントを用意しました」
「…………いやな予感しかしませんが」
死神がこういうことを言い出すときは大抵碌なことじゃない。ましてや、今のオレはその直弟子。直接的に被害を被る立場だ。
本人は本気でみんなのためにいいことをしていると思っているのが質が悪い。その証拠に、他の班員たちまで集め始めた。
「なんと、入学してから頑張りっぱなしの君たちを南の海のバカンスにご招待! どう? 驚いた?」
腕をいっぱいに広げ、じゃじゃーんと満面の笑みを浮かべる死神。オレも含めてアオイ、リーズ、先輩の三人は何とも言えない顔で応えた。
「沖縄ですか!?」
無邪気にそんなことを聞いているのは凜だ。知らないということはある意味幸福なのかもしれない。
「ふ、ふ、ふ、ふ! そこらへんはまだ内緒さ! でも、この『死神』誘命の権限を舐めないほうがいいとだけ言っておこうかナ!」
「まさか、海外……!? 蘆屋君、ボク、パスポートないんだけど間に合うかな!?」
「……別にいらないと思うぞ」
「そうなの!? 凄いんだね、解体局……」
かわいそうなのでどうせ海って言ってもどっかの異界だぞ、とは言わないでおく。
今は6月の中旬、もう少しで夏本番だ。この時期は海に絡んだ異界の出現率がぐんと高まる。異界が人間の潜在意識と密接な関係がある以上、自然なことではある。
なので、どうせ現地についた途端、バケーションついでに異界を解体しといてね! とかなんとか言われるに決まっているのだ。探索者は万年人材不足、盆も正月もないのである。
もし仮にこれで本当にただのバカンスだったら逆にびっくりする。そんなこと万が一にもありえないけど。
……待てよ。オレ、毎回こんな感じでフラグ立ててないか……?
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