第25話 かくて語り部は死せり
イフリートは超高温の炎で構成された肉体という見た目の通り、炎の属性の中で極致ともいえる怪異だ。
操る炎の温度もその精度も鬼火や火車のような日本で出現する怪異とは比較にならない。ただそこにいるだけで周囲の砂漠がガラス化するほどの力を秘めている。
そんなイフリートと接近戦をやる。傍から見ても、というか、どこから見ても正気じゃない。
正気じゃないが、そうでなければ人間が怪物に勝つことなどできはしない。
「――アオイ! 長くはもたないぞ!」
「わかってます! 日焼けなんてごめんですし!」
アオイの軽口に応えるように、印を切る。
呼び出すのは水属性の式神、河童童子。イフリートと正面からやり合うには力不足もいいところだが、こいつの役割は別だ。
「『水衣』」
発動するのは、河童童子の異能を介しての水の生成及び操作。
そうして生成した水をアオイと彼女の刀に纏わせる。名前の通りの水の衣、あるいは鎧だ。これがあればイフリートに近づくだけでアオイが焼かれたり、刀が溶けたりすることはない。
ここは砂漠。水の属性を用いるには相性最悪だが、そこは魔力の酷使で補うしかない。
「――はっ!」
アオイが突っ込む。人間の限界を超えた速度での吶喊。中級の怪異ならば一息に切り捨てられる。
しかし、イフリートは上級の怪異だ。この程度ならば対応してくる。
イフリートが腕を振り上げる。現われるのは巨大な炎の壁。人間なんて一瞬で消し炭にできるほどの温度だ。それでも水衣とアオイの身体強化の併用ならば耐えられはするが――、
「『不動塗壁』!」
召喚した塗壁をアオイの前面に押し出す。塗壁童子はその全身で炎を塞ぎ、道を拓いた。
前回の探索でオレを庇って消滅しかけた塗壁だが、その後、修復強化を終えてオレの手持ちに戻った。
その際にオレが行ったのは塗壁の持つ壁としての異能の概念的強化。そこには耐熱、耐衝撃、耐呪等々のありとあらゆる攻撃への強度を高めることも含まれている。
つまり、今の不動塗壁はとにかく硬い。イフリートの炎が相手でも十分に耐えられる。
アオイがイフリートをその間合いに捉えた。刃が炎を反射し、剣閃が奔る。
「――ぐ、オオオオオオオオ!」
イフリートが咆哮する。アオイの一撃は迎撃しようとしたイフリートの左手、その指を残らず切り落とした。
切り口から噴き出す炎と熱。水衣はその二つからアオイを守る。
しかし、水衣の有効時間はわずか数秒。その間に決着を付けられなければアオイもオレも消し炭だ。
「――はっ!」
周囲の劫火、その上昇気流を利用してアオイが天高く舞う。
狙いは真っ向からの唐竹割り。いくらイフリートが炎で欠損を補えるとしても真っ二つに両断されてはどうにもならない。
だが、意図があからさますぎる。
イフリートは右腕を振り上げ、炎の渦を起こす。渦の向かう先は当然、空中にいるアオイ。この大火力は水の衣があっても防げない。
「『拡がれ、天蓋』」
ならば、それを防ぐのはオレの役割だ。
塗壁に仕込んだ強化は強度の増加だけじゃない。鉄犬使同様の形態変化も実装済みだ。
壁は拡がり、天を覆う蓋となって炎を塞ぐ。そうして、イフリートの直上に一筋の道が生じた。
「『奥義――』」
その道を
これこそがライコウ流の奥義が一つ。かつての絶技を再現した、魔を断つ刃だ。
「『一条戻り橋』」
イフリートの右腕が宙を舞う。そうして、瞬きの間に炎の魔神は真っ二つに切り裂かれた。
奥義『一条戻り橋』。
平安の御世において、かの頼光四天王が
その因果の結実は一目瞭然。イフリートの巨体はその中心から両断され、崩れ落ちた。オレたちの周囲を覆っていた炎も鎮火し、異界そのものが揺らいでいる。異界因の排除に成功した、そう見ていいだろう。
ならば、次にくるのは――、
「いい援護でした。まあ、びしょ濡れになるのは難点ですが」
「それくらい我慢してくれ」
アオイがほほ笑む。水衣に濡れた黒髪は妙に色っぽい。その上、いろいろと透けている。太ももとか、ブラジャーとか、もう少し頓着してほしい。
でも、一番魅力的なのはアオイの笑みだ。それこそゲームのイベントスチルをそのまま抜き出し来たような、いや、それ以上の美しさだ。心が洗われる。
これがこの世の見納めなら、それも悪くないかもしれない。そんな思考さえ過った。
そうして、次の瞬間、オレは首筋に食い込む刃を確かに感じ、世界が反転するのを見た。
◇
『呪詛返し』という防御術がある。掛けられた呪いをそのまま呪いをかけた相手に写し返すというもので、陰陽道を含めて術理系の異能に共通する技術だ。
しかし、この呪詛返し、基礎技術として最初に習うわりにはあまりにも習得難易度の高い高等技術だ。
まず、自分に掛けられた呪いや魔術、異能の原理について理解しておかなければならない。
これが難しい。異能者や怪異は上級のものになればなるほど自分の異能について隠すものだ。簡単に相手に情報を与えることはないし、相手の異能について理解した時には大抵の場合、こっちはもう死んでる。
次に、この呪詛返しを高等技術にしているのがもう一つの条件だ。その条件とは、呪いを掛けた側と掛けられた側の魔力が拮抗、もしくは掛けられた側が掛けた側を上回ること。この条件を満たせなければ呪詛返しは成立しない。
単純なように聞こえるだろうが、この条件はそもそも矛盾している。
考えてみてほしい、相手に異能で呪われた、ということはだ、そもそも被呪者側が事前に用意していた防護手段、結界や護符、加護等をすべて突破されたということだ。
つまり、その時点で魔力量も含めた技量ではすでに負けているのだ。
当然これでは呪詛返しは成立しない。逆に、技量で勝っているのであれば呪詛返しの必要はない。だって、そもそも防護手段を突破されることはないのだから。
というわけで、高等技術であり死に技術と化しているのが、呪詛返しなわけだが、オレは一応、こいつが使える。
え? なんでわざわざこんな何の使い道のない古いだけの技術を習得したかって?
それはね、オレが実績100%しないと気がすまないタイプのオタクだからだよ。と言いたいところだが、実はもう一つ理由がある。
この一見すると、というか、攻略ウィキを舐めまわしても役に立たない『呪詛返し』だが、ある特定の状況下においてだけは、他の防御手段を上回る効果を発揮するのだ。
その状況とは防護結界を無視した『予言』や『物語の強制』と言った因果系の異能が発動した瞬間だ。
因果系の異能はその発動条件が複雑である代わりに、防護手段をすり抜けて発動することができる。どんな強固な結界を用意していていても、お前は数秒後に死ぬという運命を決定づけられた場合は逃れることができない。
そんな因果系の異能に対する数少ない対抗手段の一つが、呪詛返しだ。呪詛返しの原理はそもそも呪いを掛けた側と掛けられた側という因果関係の縁を遡って呪いを返す術。そのため、同じく因果系の異能に対してはすこぶる相性がいいのだ。
まあ、それでも、条件2の相手の魔力量を上回るを満たさないといけないわけだが、こっちに関しては抜け道がある。
ようは、上回るのは一瞬でいいのだ。呪詛返しを行使するその瞬間だけ相手を凌駕すれば、呪詛返しは成立する。
だから、オレはこの瞬間に備えてきた。すでにこの異界のことは理解している。今こそオタクとしての知識と十年間の努力を結実させる時だ。
「道孝!」
アオイが叫ぶ。心配をかけて申し訳ないが、これしか方法はなかった。あとで怒られるだろうが、今回ばかりは謝るしかない。
首筋に食い込もうとする刃、それをもたらす因果に全力で干渉。繋がった縁を遡り、呪いの効果を相手に返す。
一気に膨大な魔力を解放した反動で、視界がぐるぐる回って世界が反転した。
そうして、呪詛返しが成立する。オレに掛けられ、この異界の解体同時に発動するように仕組まれていた『斬首の呪い』は術者の元へ返された。
「――なに!?」
異界因という要を失い、崩壊していく異界。回帰していく現実の中に、オレは確かにその光景を見た。
殺し屋『語り部』、その首筋から鮮血が噴き出し、フードを被った首が空を舞った。斬首の呪いが返され、その効果を発揮したのだ。
……少し残念な気もする。いくら原作ブレイクしているとはいえ、語り部は原作キャラだ。一度くらいはちゃんと頭と胴体がちゃんとくっついている姿を見たかった。
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