第23話 二面作戦

 伝説の殺し屋、語り部。その来歴はほとんど明らかにされていないが、一つだけ確かなことがある。

 それは語り部が仕事をしくじったことは一度としてないということ。だから、オレたちはそのしくじり第一号にどうにかならないといけない。


 幸い、砂漠のど真ん中にあるこのレストランには学生とはいえ優秀な異界探索者が揃っている。協力すれば状況を打破できる可能性は十二分にある。


「……どうしてここにお前たちがいるのかはこの際、聞かない。これ以上、頭痛の種を増やしたくないからな。だが、いてくれて助かったのも事実だ」


「でしょうとも。夫の危機を察するできた妻だと褒めるように」

 

 アオイが答える。ふんすとどや顔しているその姿は今すぐ1枚絵にしたいほどに可愛い。

 

「……ありがたい話だな」


 まあ、やってることはただのストーキングなんだが、そこを指摘しだすときりがないので今は脇に置いておく。


「…………妄言を言っている方はともかくまずは作戦を立てるといたしましょう。ここはこの班のとして、仕切らせていただきますわ」


 凄い分かりやすく咳払いをして、副長を強調するリーズ。横道に逸れそうになった軌道修正してくれるのはありがたいが、一つ問題がある。


「副長なんて任命した覚えないんだけど。そもそもうちの班にリーダーとかいたか?」


「貴方がリーダーでしょう。それに、わたくしが副長で、何か問題でも?」


「いや、オレはない」


 あんまり掘り下げるとアオイが「副長は私では?」と言い出すのは目に見えているので、これもスルー。


 二人のおかげでだいぶいつもの調子に戻ったのはいいが、今はともかく時間が惜しい。こうしている間にも異界の深度は上がり続けている。

  

 気温の上昇と乾燥はその証拠だ。どんどんと異界が現実に侵食している。今は一般人は対象外にされているが、異界化が進めば当然、影響は出てくるだろう。悠長にはしていられない。


「人数も揃ってる。二手に分かれて、北と南を一息に落とす。速度優先だ。運が良ければ語り部とは遭遇せずに済むかもしれない」


「……人員配置はどうしますの?」


「オレと先輩が別行動するのはマストだ。その上で、このレストランに一人残す。彩芽、頼むぞ」


 現状、オレと先輩、どちらが語り部の標的かは明らかじゃない。である以上、オレと先輩が別行動をした方が互いが生き延びる確率が上がる。二人揃って語り部に遭遇しては、どちらも死ぬだけだ。

 本当なら戦力分散は避けたい。だが、相手が語り部ならこっちが固まってようが孤軍だろうが、こちらの勝率は大して変わらない。分散している方が、敵をかく乱できる。


 無論、オレと先輩、どちらが語り部に狙われていたとしても問題がないように対策はしておく。先輩は大事な原作キャラだ。こんなところで死なせたくないし、オレもまだまだ死にたくない。


「承知いたしました。山三屋様のご両親の護衛と一般人の保護ですね」


「そうだ。だが、無茶はするな」


「待ってください。その、アヤメは異能が使えないのでは……?」


 リーズの疑問はもっともだが、オレだって馬鹿じゃない。こういう事態を想定して、常に備えてきた。


「彩芽にはいつもオレの作った御符を持たせてあるからある程度は耐えられる。今動けてるのもそのおかげだ。それに――」


 西に印を切って、式神を呼び出す。現われたのは鉄犬使くろがねけんし、純鉄で構成された狛犬と獅子、二体で一対の式神だ。

 

「――『再構成・矛盾定理』」


 追加の印に式神が反応する。狛犬は二振りの短刀に、獅子はアギトの意匠の胸当てへと変化した。

 二つはそのまま自らの意志で彩芽の手に収まった。


「彩芽。使えるな?」


「はい。問題なく」


「なら、これで心配はない。彩芽の技量はオレが保障する」


 彩芽に異能の才はない。その代わりに様々な武術を修めている。

 オレの従僕であるということは平時におけるオレの護衛でもあること。その役目を十全に果たすために必死に努力した結果だ。アオイほどの達人ではないとしても異能での強化なしに素手で殴り合いをしたら、アヤメの方がオレより強い。


 そんな彩芽の手に怪異にも通じる武器があれば十分に戦力として通用する。この式神の再構成術式はそのために用意したものだ。


「固定化された使い魔の再構成……しれっとやってますが、普通の術師なら卒倒する難易度の術ですわね……」


 お、さすがはリーズ。一目でオレが何をやっているのか見抜いたか。まあ、だが、褒めすぎだ。

 オレだって容の定まった式神を変形させることなんてできないが、この鉄犬使はそもそも純鉄製、鉄は用途によって形を変えるものだ。変形とは相性がいい。


「……まあ、我が夫ならばこのぐらいはできてもらわねば釣り合いませんからね。ところで、刀も作れますか?」

 

 アオイはアオイで、また変なことを言い出す。


「……刀は作れん。だいたいオレの作った程度の刀じゃそいつには及ばないぞ」


「それもそうですか。では、早く私に相応しい刀を鍛えられるようになってください」


「無茶言うなよ」


 アオイの使っている刀はかの天下五名剣の一振りの複製品、それも異能者が鍛えた『影鍛ち』と呼ばれるものだ。

 切れ味は本物と同等か、それ以上。そのうえ、怪異を斬るための加護や祈祷が存分に行われている。

 

 オレがこれを複製しようと思ったら、それこそ、陰陽師やめて鍛冶師になって百年くらい修行しないといけない。


「アシヤンってやっぱり変態だよね……」


 先輩は先輩で、うんうんと頷いている。誰が変態だ。


変形トランスフォーム……かっこいい」


 あと、輪は目をキラキラさせている。こいつもこいつでだいぶ原作でのクールキャラの看板が外れている。しっかりしてくれ。


「話を戻すぞ」


 褒められるのはいい気分だが、オレみたいなのは評価されればされるほどあとでかませ犬にされそうなので怖い。


「異界因を仕留めたらすぐに逆側と合流して、さっさと異界を解体する。これしかない」


「前の無人駅の時と同じ作戦だね」


「ああ、だが、今回は異界が崩れ始めると同時にオレが学園に式神を飛ばす。それで先生に異常を知らせる。間に合うかどうか賭けだが、先生がこの事態に気付いていると願おう」


 先生とは、あの『死神』誘命のことだ。普段なら絶対にお近づきになりたくない危険人物だが、この状況で頼りになるのは彼女しかいない。

 一応、解体局側の人間なわけだし、これだけ派手に異界を構築してるんだ。外部からでも観測できているはず。敵も外からの出入りを封じる手立てはしているだろうが、異界因を排除すればそこに綻びが生じる。そうなれば、侵入は容易だ。


 ……我ながら作戦ともいえない賭けだ。しかも、すべて希望的観測を前提にしている。それだけ追い詰められてるってことだが、出かける前に計ったオレの運勢は悪くなかった。どうにかなる、はずだ。


「オレと一緒にロビー側、つまり南側に行くメンバーは――」


「私が行きます。残りは屋上側に向かうように」


 誰よりも先にアオイが名乗り出る。先輩とオレの分散、戦力バランスを考えればオレとアオイの二人きりがベストではあるんだが……、


「一応、聞いておくが、私情じゃないよな?」


「私情です」


 私情だった。ここまで堂々とされるとみんな返す言葉もない。

 でも、これが山縣アオイだ。好きだ、こういう包み隠さないところ。


「それにこれが最善策です。問題ありますか? 道孝」


「……ない。よろしく頼む」


 オレの答えに満足げに微笑むアオイ。その顔を見て思わずオレもニヤけてしまう。


 またまた不謹慎だが、アオイと2人なら何とかなる気がしてきた。さすが原作ヒロインは最高だぜ。



SIDE 山三屋ほのか


 なにもかもがのせいだ、そんな声がずっと耳の奥で反響している。ここで起こるであろう死、暴力、理不尽、その何もかもに山三屋ほのかは責任がある、そう叫ぶ声は間違いなくあたし自身のものだった。


 そんなことはわかっていると足を動かし、砂漠を駆ける。今のあたしにできることはそれだけなのだから。


「――はっ!」


 踏み込みと同時に、『怪異』に掌底を打ち込む。あたしの内部で練り上げられた清浄な気は怪異へと伝播し、その存在を霧散させた。


 腐ったような緑色の肌をした人型の怪物『喰人鬼グール』。異界においては遭遇率の高い低級ポピュラーな怪異、これには大きく分けて二つの種類がある。


 一つは、異界内で自然発生したもの。実体を持ってはいるものの、存在は希薄で異界が解体されればそのまま消滅する程度のものでしかない。

 もう一つが、異界に取り込まれた人間が変質してしまったもの。吸血鬼か、病原体か、あるいは呪いか。それらのどれであるにせよ、一度変質してしまった人間は『奇跡』でもなければ元には戻せない。


 この『喰人鬼』たちが前者であることは殴った時の感触で分かっている。なんというか、軽い。実際の肉体を持たない存在は本物に比べてどこか軽く、薄く感じる。


「――っ」


 でも、嫌な感触が拳に残る。この一撃が不意に重くなるのではないか、そんな恐怖がずっとあたしの背筋に張り付いていた。


「先輩? 大丈夫ですか?」


「う、うん、ほら、暑いじゃん? 少しぼーっとしちゃった」


 声をかけてくれた後輩、土御門輪君に嘘を吐く。の前で弱いところを出すわけにはいかない。あたしは頼れる先輩の山三屋ほのかのままでいないと。


「わかります。少し休憩しませんか? 走りっぱなしですし、ほら、ウィンカースさんもきつそうだし」


「わたくしはまだ平気です! ハァハァ……ただ……すこし、暑い……だけで」


 強がってはいるものの、リーズちゃんは虫の息だ。無理もない。すでに一時間近く全速力で、灼熱の砂漠を駈けてきた。

 いくら魔術で身体能力を強化しているといっても、リーズちゃんのような術者にはかなりしんどいだろう。


「……そうだね。息を整えよう。ほら、持ってきた水飲んで」


 この砂漠は見た目ほど広くない。異界因まではかなり近づいているはず。ここで一息ついて本格的な戦いに備えるべきだろう。


 一面の砂漠だが、まだ異界に呑まれていないホテルの施設も残っている。その影にあたしたちは身を寄せた。

 暑さはどうにもならないが、これでは防げる。


「しかし、すごいですね、先輩。素手で怪異を倒すのなんて初めて見ました」


「ええ。威力や速さも驚きですが、美麗です。戦いの場でなければぜひ鑑賞したいほどですわ」


「えへへー、お世辞でも褒められると嬉しいよ! それに、リズリズは目の付け所がいいね!」


「リズリズ……ああ、いえ、お世辞ではなく」


「なら、倍嬉しい! あーしの異能は『阿国流おくにりゅう』、まあ正確には『阿国流柔拳おくにりゅうじゅんけん』ってかわいくない名前がついてるんだけどね。開祖様も草葉の陰で悲しんでるよ、およよよ」


「阿国って……あの出雲阿国いずものおくに!? 教科書に載ってる人!?」 


「うんうん、その阿国だよー! まあ、うちは神楽を習った弟子の家系ってだけだけどね!」


 出雲阿国の活動時期は今から約五百年前の戦国時代だ。普通なら凄い長い年月だけど、異能者の家系の中では精々中堅どころ。あたしはたまたま才能があったけど、ここ100年、名前を残すような使い手はうちの家系からは出ていない。


 あたしだって大した才能はない。それでも我を通すために作りたくない拳ダコを作って鍛錬を続けてきた。それがお父さんとお母さんがくれた自由に応える唯一の方法だってそう思ってた。


 でも、そんなあたしのわがままがこれを招いた。

 きっと語り部を雇ったのはあたしとお見合いする予定だったどこかの誰かだ。


 あたしが生まれた時にあったって予言。それがすべての始まり。

 『この娘が生む子は必ずその親よりも優れた才を持つ』なんていう心底ふざけた未来予知。ギリシャ神話の女神様と同じなんてのはあたしにはどうでもいいことで、迷惑でしかない。


 でも、異能者にとって予言は絶対。あたしは生まれた時にどこかの誰かと結婚して、子供を産んで、そのまま籠の鳥になる。そう決まってた。


 それでもお父さんとお母さんはあたしに相手を選ぶ自由をくれた。時間制限付きで、普通の人には当たり前のことだとわかっていても、あたしにはそれがどれだけ価値があることなのか知っていた。


 なのに、まだ続けたいと思ってしまった。学園でと再会した瞬間、その思いが抑えられなくなってしまった。だからこれはきっとあたしへの罰なのだ。


「……先輩のせいじゃないですよ」


 うつむいたあたしの顔を輪君がのぞき込む。ダメな先輩だ。強いところを見せるつもりが、こんなに早くぼろを出しちゃうなんて……、


「ありがとう。でも……」


「蘆屋君が言ってました。まだなにも決まってないって、まだ何もかもが間に合うかもしれないのに無理だって諦めるのはバカのやることだって」


「――っ」


 一瞬、頭に血が昇る。けど、それが蘆屋道孝の言葉だと思い出して、踏み止まる。

 いつも通りの人を見透かしたような一言。でも、あたしのことをよくわかってる。結局あたしは落ち込みよりも怒りの方が強いのだ。


「…………それ、分かれる前に耳打ちしてたやつ?」


「はい。本人は僕から言えって言ってたんですけど、なんか、それは違うなって思って」


「……アシヤンらしい」


 予想通りの答えに、怒るのを通り越して笑みが漏れる。まったく妙なところばかり鋭いくせに、大事なことを見落としているのは今も変わらない。

 この調子だと。 


「まったくさ。変なところ鈍いよね、アシヤン。


「ぼ、僕です!? ぼ、僕はなにも隠し事なんてありませんよ!」


「またまたー、ほかのは騙せてもあーしの眼は欺けないゾ」


 八つ当たり気味にリンリンにやり返す。なにもかも鈍いあいつが悪いのである。

 鈍感なアイツの顔を脳裏に思い浮かべて、立ち上がる。罪悪感は消えてくれないけど、今は重さを感じずに済みそうだ。


「じゃ、そろそろ出発――」


「――センパイ! ツチミカド! 何かいます!」


 リズリズの叫び声があたりに響く。何かって……何?

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