第21話 対面

 山三屋さんざや先輩と合流したオレは、少し早いが、先に展望レストランに向かうことにした。先輩のご両親はもう到着しているということだし、問題はないだろう。


 オレを追跡してる4人の方も、相変わらずオレたちの少し後ろを隠れながらついてきている。まさかと思うが、このままレストランまで来るつもりなのか……?


 しかし、一番の問題は4人じゃない。先輩だ。


「ダダ、ダーリン? どうしたの? よ、よ、よそ見なんてしちゃって」


 嚙みまくり、どもりまくり、緊張しまくりだ。普段は距離感がバグってるのに、いざ恋人の演技を始めるとなったらこの調子。視線は彷徨い、右手と右脚が同時に出てる。

 こんな先輩は原作でも描写されてなかった。一体、普段となにが違うというのだろうか……?


 先輩のご両親も異能者。どこでこちらを見ているかわからないからレストランに着く前から一応演技をしておこうということだったが、これなら演技しない方がマシだ。一応、遡れば先輩の家は役者の家系とも言えなくもないのだが、これじゃ舞台に上がるどころの話じゃない。


「なんでもないよ、ハニー。それより、少し肩の力を抜こう」


「う、うん! そうだね! わかった!」


 今度は声がでかい。このままだとレストランに着く前に卒倒しかねない。


「ともかく、深呼吸を。気持ちはわかりますが、ご両親がびっくりしてしまいますよ」


「う、うん、ごめん、すこし落ち着く……」


 息を深く吸って、全身の力を抜く先輩。清浄な気が先輩の体を巡り、緊張していた筋肉をほぐし、張り詰めた神経を鎮めていく。

 見事な呼吸法だ。単純な身体運用もここまでの域に達すれば異能として成立する。


「も、もう大丈夫、さ、行こうダーリン」


 まだ緊張が解け切っていないが、大分調子を取り戻した先輩。このくらいの方がまだ自然に見えるだろう。

 残る問題は背後の4人。式神のおかげでまだ会話を聞きとることができている。


「どうやら、レストランに向かうようですわね。会員制のようですし、わたくしの術では中に入るのは難しいかもしれません。悔しいですが、尾行はここまでですわね」


 理性的なことを言っているのはリーズだ。そうだ、そうしておいてくれ。事情は後で説明するから。


「なら、強行突破です」


「だ、だめだよ。蘆屋君にバレるし、こんなところで刀なんて抜いたら警察呼ばれちゃう」


 アオイが無茶を言うが、輪が止める。というか、こんなところにまで刀もちこんでるのか……いくら暗示で注目されないとはいえ、物騒すぎるぞ。

 しかし、ストッパー2人のおかげでアオイが無茶をする事態は避けられそうだ。


 あとのことは後のオレに任せるしかない。ちゃんと事情を話せば刺されるのは回避できる、はずだ。


「――山三屋様。ご予約通り、奥の個室にございます」


 レストランに着くと、そう案内される。さすがは名家、こちらが名乗るまでもなく半ば顔パスだ。

 それに個室というのもありがたい。さすがのあいつらも部屋の中までは入ってこないだろう。


「当レストランは完全予約制、会員制でございまして……」


「そこをなんとか。夫婦の危機なのです」


「ですから、どのようなご事情であっても……」


 案の定、入り口で止められている4人。あの中で暗示の類が使えるのはリーズだけだが、彼女の真面目な性格からして一般人に魔術を使うのは相当に渋る、異能者は異能を隠ぺいすべしという規則を破ることはないだろう。


 その間にオレと先輩は個室へと入る。さすがは三ツ星ホテル、個室と言いつつも広く、奥はガラス張りになっている。

 ガラスの向こうにあるのは眩いばかりの夜景。この高さならばF市全体が窺える。


 部屋の真ん中にはテーブルがあり、そこにはすでに先輩のご両親と思わしき二人が着席していた。


 人のよさそうなスーツ姿の中年男性と紺色の着物の女性。  

 特に女性の方は流石先輩のお母さんというべきか、少なくとも30代後半くらいのはずなのだが、とてもそうは見えないほどに若々しく見える。


 二人からは特に警戒心や敵意の類は感じられない。ニコニコしているし、とりあえず歓迎されているとみてもいいか。


「お父様、お母様。ご機嫌麗しゅう。早速ですが、こちらの殿方を紹介しても?」


 先輩の態度も名家の令嬢に相応しいものに変わった。あくまで表面的なものだが、形式に則る分、ぼろは出にくい。


「――お初にお目にかかります。蘆屋道孝と申します」


 軽く会釈をして、嫌味にならない程度の自信と自負を演出してオレは名乗る。こういう時ばかりは本家の連中や原作の道孝の立ち居振る舞いが少しは参考になる。


 しかし、先輩のご両親の反応はオレの予想とは違うものだった。

 驚いている。互いに顔を見合わせて、もう一度オレを見て、助けを求めるように先輩むすめの方に視線を向けた。

 

 先輩め、オレのこと言ってなかったみたいだな。



「ま、まさか、娘の恋人があの道摩法師殿とは思わなかったよ。サプライズがあるとは聞いていたが……」


「え、ええ、まったくです。ほのかもそういうことなら先に言いなさい。わかっていたら、一族総出でお出迎えしたというのに……」


「そ、そういうのはまだ早いって! ね、ねえ、ダーリン?」


「ええ。それに私はあくまでまだ候補です。お義父様とお義母様のご期待に沿えるかどうかはまだわかりません」


 そもそも継ぐ気もないしとはさすがに言わないが、横目で先輩に視線を送る。サプライズのおかげで余計な質問は飛んでこないが、そういうことをするならするで事前に聞いておきたかった。

 

 そんなオレの視線の意味が分かったのか、先輩はご両親に見えないようにオレにごめんと舌を出す。いわゆるてへぺろ、かわいい、間違えた、かわいいからって許さないからな。


「そ、その蘆屋君は、娘とはどんな、その、馴れ初めで?」


「馴れ初めというならやはり学園入学初日でしょうか。出会いというなら何度かパーティーなどでお見掛けしたことはあったと思いますが」


「な、なるほど。それで娘の方から声をかけたというわけだね……」


「いえ、私の方から声を掛けさせていただきました。私としても新しい環境で不安でしたから、いろいろと相談に乗っていただくうちに、ぜひお付き合いの方を……と」


 事前に打ち合わせておいたカバーストーリーをつらつらと述べる。我ながら嫌になる嘘つきっぷりだ。


「そ、そうですか。貴方の方から交際を……」


 先輩とオレの目論見通り、ご両親は思考停止寸前だ。

 男女が極端に偏っていることもあって異能者社会における異性交遊は男が選ぶ側に回ることが多い。そのため、男の方からアプローチを掛けるのとそうでないのとでは本気度が違ってくる。少なくとも、ご両親側からしてみれば先輩が遊ばれた末に捨てられるという可能性は低く見える。


 となれば、あれこれ怪しんで根掘り葉掘り聞く必要もなくなる。身内を相手にするとは思えない周到さだが、切れ者の先輩らしいといえばらしいのかもしれない。


「――あ、料理来たよ。食べよう、ダーリン」


 助け舟を出すタイミングも完璧な先輩。ちょうど前菜が運ばれてきたおかげで会話は中断された。

 礼儀作法は一通り修めているし、設定は頭に入っている。ぼろを出さない自信はあるが、あまり長く会話をしすぎればどこでなにを怪しまれるかわからない。あとは食事にかこつけて会話量を減らして、最後まで時間を稼ぐのがベストだ。


「でも、よかったわ。ほのかのことだから自分と似たような殿方を連れてくると思ってたのだけど、こんなに礼儀正しくて立派な方にお会いできるなんて……」


「いえ、私などまだまだです。むしろ、ほのかさんには探索においても、私生活においてもいつも助けていただいてます」


「それはよかった。実は私たち二人も出会いは学園生活なんだ。だから、娘にもできれば自由恋愛でとは思ってたんだが……どうやら、母親に似て男を見る目は抜群らしい!」


 がっはははと豪快に笑う先輩のお父さんとそれを横目でにらむお母さん。食事が進んで緊張が解けたおかげで二人の本来の人柄が少し見えてきた。


 先輩が自分の家は比較的緩いと言っていた理由が窺える。異能者同士の結婚とは思えないほどにご両親の関係は良好だ。幸福な一般家庭とまではいかなくても暖かな家庭が築かれているであろうことはそれだけでわかる。

 探索者にもかかわらず先輩の性格がいい理由がよくわかる。家庭環境が荒れてるせいか、基本的にどっかぶっ飛んでるしな、原作ヒロインズ。


 それが起きたのはそんなことを考え始めた直後のことだった。


「し、失礼しました!」


 料理を運んできていたウェイターさんが並べられていたスプーンを1本床に落としてしまう。甲高い音が響き、そちらに視線を向けた。


 スプーンは先輩のお父さんの足元に落ちた。


「はい、どうぞ」


「も、申し訳ありません」


「気にしないでください。それより、顔色が良くないですけど大丈夫です?」


 先輩がスプーンを拾い上げ、ウェイターさんに渡す。先輩らしい行動だが、確かにウェイターさんの顔は赤らんでいる。羞恥からではない、息も上がっていた。


 熱でもあるのか? と考えてすぐに、そのことに気付いた。


「……この部屋、暑くないですか?」


「そ、そう? でも、確かに……」


 おそらく部屋の温度は30度前後。ただ空調の異常にしては温度が高すぎる。しかも、今は4月だ。なにかがおかしい。

 

 いや、おかしいのは部屋の温度だけじゃない。先輩の両親も


「失礼」


「ダ、ダーリン!? なにを――」

 

 オレは席から立ち上がり、今度はフォークを床に落とす。甲高い音がなるが先輩のご両親の表情は笑顔のまま、何事もなかったかのように談笑を続けている。

 その様子に先輩も異変に気付く。明らかに何かが起きている。


「これは――」


「――暗示ですね。決められた状況に対して決められた反応を返すように仕込まれている。だから、仕込まれていない状況には対応できない」


 高度な暗示だ。普通に会話が成立するうえに、本人たちにも暗示に掛けられているという自覚がないから気付きにくい。多少の違和感があったとしても近しい関係にあればあるほど、そういうこともあるかと受け流してしまう。

 これほど複雑な条件指定は並の術師にはできない。敵は相当の手練れと見るべきだ。


「オレたちは襲撃を受けてる。そう見るべきでしょう」


 オレの言葉に先輩が息を呑む。それでも恐怖を追い出すように彼女は拳を握った。

 ただの会食のはずが、この有様だ。デザート楽しみにしてたのに、襲撃者め。どんな目に遭わせてやろうか。

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