第20話 プライベートとは……?

 山三屋先輩との取引の後、オレはできるだけ遠回りをしてから屋敷に戻った。

 スイーツを食べすぎたせいで腹がいっぱいだったからだ。夕食を抜くことも考えたが、それをすると彩芽の機嫌がそれはもう悪くなるのでできるだけ腹ごなしをしておきたかった。


 その甲斐あってか、どうにか夕食は平らげられた。めちゃくちゃ食べすぎではあるが、普段から運動はしてるし、この身体は17歳だしセーフだと自分に言い聞かせた。


「今週末なんだが――」


 そうして、食後のティータイムを終えて、一息吐けるタイミングでオレは彩芽にそう切り出した。

 別にいちいちお伺いを立てる必要もないのだが、彩芽はオレの嘘や秘密を見破るのが得意だ。面倒なことになる前に先に話しておきたかった。


「――つまり、お兄様もとうとう卒業の時を迎えるわけですか。くちおしや。いや、まだ時間はありますね。ベッドを用意します」


「お前、話聞いてたか? フリだぞ、フリ。彼氏のフリして両親に会うだけだ」


「それのどこが『だけ』なのでしょう。おいたわしやお兄様、異界に潜ってばかりで常識もなくしてしまわれたのですね」


「……あながち否定できねえのが辛い」


「お兄様は女の園で疲れ切ってしまったのです。ここはやはり、彩芽と愛の逃避行しかないのでは?」


 確かに感覚が麻痺している気はする。そのうちオレもパンツを見ても興奮しなくなっちゃうのかな……いやだ! オレは公式からの供給で幸福になれる光のオタクでいたい……!


「……ともかく、あれだ。お前が心配してるようなことにはならないよ」


 オレのオタクとしての尊厳ははともかくとして、今回に関しては彩芽の勘違いだ。オレの方は先輩のオタクだが、先輩の方はオレのことなんて眼中なんてないだろう。


「…………なんて朴念仁なんでしょう。そんなこと頼む時点で気がないわけないでしょうに。少なくとも、彩芽ならそのままなし崩しに既成事実を作り、結婚ゴールインですよ?」


「それはそれこそお前だけだろ……」


「何をのんきなことを。異能者の男女比率は1対9。解体局が探索者同士の婚姻を推奨していることもあって、男性探索者はまさにレアモンスターのごとき扱い。狩人が狙っているのですよ。自覚してくださいませ」


「気を付けてる。お前、オレがハニートラップに引っかかるタイプだと思ってるのか?」


「どの口でおっしゃられてます?」


 彩芽の言わんとするところはよく理解できるが、先輩に関してはその心配はない。外伝小説の構成からいって三巻目の時期、つまり、今年の秋ごろには素敵な彼氏を見つけるはずだ。オレはそれまでの急場しのぎにすぎない。


「ともかく、週末は食事の準備は不要ということですね。薄情なお兄様、か弱い妹を置いて行ってしまわれるのですね……今日も、一人でスイーツを楽しまれたようですし……」


「……わかった。今度連れてくからそれで勘弁してくれ」


「ついでに、近くにあるというワクワクゴンゾウクンランドにも行きたいです。夜はホテルのスウィートで、しっぽり」


「最後はともかく埋め合わせはする」


 言質取ったり、とようやく頷く彩芽。出費は正直しんどいが、たった一人の妹の機嫌取りのためだ。


 それに、懐には余裕がある。探索者は命がけな分、高給取りだ。

 おまけにオレの場合は不労所得がある。術の特許さまさまだ。それに今調伏している式神が完成すれば更なる特許が見込める。


 めざせ、特許王。不労所得で生きていくのは全人類の夢だ。


 ◇


 そうして、その週の土曜日、先輩から会食の会場の指定が来た。

 場所はなんとあの『ホテル・ヴェスタ』、そこにある会員制の展望レストラン。前回の呼び出しは実地偵察も兼ねていたらしい、さすがは先輩。なんだかんだで抜け目ない。


 『この前みたいに制服でいいよー』と先輩はメッセージで言っていたけど、一応、Yシャツにジャケットという文句のつけられにくい服装で会食には望むことにした。

 用立ててくれたのは彩芽だ。なんやかんや兄思いなので恥をかかないように最大限の努力をしてくれた。良い妹を持った。


 昼頃に屋敷を出て、ホテルに到着したのは夕方の5時半。約束の時間が6時だからまだ少し早いが、こういうのは早いに越したことはないし、念のため会食の前にホテルの内部をオレの方でも調査しておきたかった。


「いやな気配はなし、と。それより問題は……」


 方位陣での脅威確認は反応はなし。しかし、オレの感覚はもっと別の、あるいはいっそを捉えた。それも複数。


「なにやってんだ、あいつら」


 ホテルのロビー、その隅の方の柱の陰。そこからが覗いている。


 土御門 輪。

 山縣 アオイ。

 リーズリット・ウィンカース。

 蘆屋 彩芽。

  

 勢ぞろいだぁ。

 全然隠れられてないぞぉ。

 一応、隠形の術を使ってるんだろうけど、オレには全然見えてるぞぉ。

 まあ、一般人は誤魔化せてるからどうにか白い目で見られずにすんでるわけだが。


「しかし、どうしてまた……」


 アオイと彩芽は別として、まさかと思うが、他の2人は出歯亀か? 

 彩芽がいるってことは他の3人に話をしたのは彩芽のやつだな。前言撤回だ。良い妹だがとんでもない妹でもある。


「……『急急如律令』」


 こっそりとポケットから懐紙を取り出し、人形に折って即席の式神にする。込める魔力は最低限にして、機能も単一。これならよほど注意深く探らないと存在には気付かないはずだ。


 その式神を部屋の隅から迂回させて、柱近くの影に滑り込ませる。すると目論見通り、声を拾うことができた。


 喋っているのはアオイだ。


「――ふむ、気付かれたと思いましたが、大丈夫なようですね」


 その隣には輪がいて、後ろにいるリーズが全員に隠形を掛けているようだ。

 彩芽はさらにその背後でしゃがんでこちらを伺っている。


 彩芽としてはオレと山三屋先輩の関係が進展しすぎないように監視のつもりなのだろう。あいつにしてはあっさり引き下がったとは思ったが、こういうことだったか……。


 しかし、まさかアオイだけでなくA班全体を巻き込むとは何を考えてんだ? てか、オレ、アオイに刺されないか? ここでバットエンドじゃないか?


「だね。ウィンカースさんの結界よく効いてる」


「ふ、褒めたところで、何も出ませんわよ、ツチミカド。それより、アヤメ、そこで大丈夫ですか? 床は冷たくありませんか?」


「いえ、大丈夫です。お義姉ねえさま方こそ、私事に巻き込んでしまい誠に申し訳なく……」


 お義姉様という言葉にアオイが反応を示す。


「いい響きですね。彩芽、遠慮なくもっとそう呼ぶように。こちら二人には不要ですが」


「はい、お義姉様。でも、彩芽はお二人とも親しくなりたいのです。ダメでしょうか、お義姉様」


「し、仕方がないですね。でも、貴方の義姉は私ですよ、それを忘れぬように」


 あのアオイを手玉に取ってやがる……。

 妹よ、兄はお前の将来が心配だぞ。15歳にして人たらしの才能を発揮しすぎだ。

 

 原作からしてアオイは周りが男兄弟ばかりなのもあって姉妹、特に妹が欲しいという願望があった。

 彩芽はそこを見抜いて、利用している。我が妹ながら恐ろしいやつだ。その場において誰を味方につけるのが一番なのかよーく理解している。


 でも、助かった。後で弁明するにしてもアオイの機嫌は少しでもいい方がいい。それに、片鱗を見せてるとはいえ、まだ時期的には原作では序盤だ、そこまでヤンデレは拗れてないはず……、


「しかし、家の事情があったとはいえ、わたしに何も言わず女と逢引きとは。これはもう浮気なのでは? 義妹彩芽が頼むから少しは待ちますが、道孝の下心を確認し次第、お説教ですね。場合によっては、少し刺します」


 少し刺す気だった。少しで良かったと安心すべきなのか、刺されることに恐怖すればいいのかは悩みどころだ。


 だが、今回のオレの行動には下心などない。光のオタクとして山三屋先輩を助けるためにオレはここに来た。やり方は誤解を招くものだが、その点にかけては胸を張れる。


「浮気も何も貴方達付き合ってないでしょうに……妄想癖は大概にするように、アオイ」


 リーズがオレに代わって突っ込んでくれる。頼むぞ。オレが刺されない方向でうまくまとめてくれ……。


「妄想? 私は許嫁ですよ?」


「……なんでそれで全部説明がつくと思ってるんだろ、この人」


 気が合うな、輪。オレも最近よくそう思う。

 もともとのアオイの性格を考えればこれがむしろ素の彼女に近い。近いのだが、なんというか素が出すぎだ。もうちょっと後のことだろ、原作では。


「……ともかく、相手は二年生のミス・サンザヤと聞いていますわ。目的はおそらくミチタカの勧誘、引き抜き。それを阻止するためにこうして集まったのですから、ちゃんと協力し合いましょう。いいですね?」


「…………そうですね。今、道孝に班から抜けられるのは私にとっても望ましくありませんし、貴方達に邪魔されるのも面倒です」


「じゃあ、みんなで協力してこのデート? お見合い? を失敗させよう。蘆屋くんは僕たちの仲間だしね!」


「皆さま……ありがとうございます。お兄様はいいご友人に恵まれました。ホロリ」


 オレの引き抜きがどうこうなんてオレ自身も初耳なんだが。彩芽の奴め。どうやって3人を言いくるめたのかと思ったが、うまい理由を考えたな。実際、異動の予定はあるし。

 それに直接色恋沙汰ってわけじゃないから、そこまで話が拗れることもない。


 しかし、どうしたものか。説得して帰ってもらうのが一番なんだろうが、言いくるめられるヴィジョンがまるで浮かばない。いっそ事実を全部ぶちまけて仲のいい先輩のためだから許してくれと頼んだほうが勝算はある気がする。

 

 一方、視線除けの魔術を使ってもさすがに会員制のレストランに顔パスというわけにはいかないし、このままいけば自然に4人を撒くこともできる。かといって、4人のうち誰か、特にアオイが変な気を起こす可能性もなきにしもあらずだ。


 どっちにしろ、リスクはある。どうしたもんか――、


「あれ、アシヤン? もう来てたんだ? ばっちり決まってんじゃん? マジでかっこよくてキュンだよ、ポイント高い」


 そんなことで悩んでいると、先輩に声を掛けられる。口調はいつものギャルのままだが、彼女の方を見て息を呑んだ。


 赤いベルラインのドレス。おそらくオーダーメイドのそれはまさしく先輩のためだけに仕立てられたもので、山三屋ほのかという女性の魅力を最大限に引き出している。

 美しいボディライン、流れるような長髪、薄く化粧の施された整ったかんばせ。何もかもが見惚れてしまうほどに端麗だ。原作の立ち絵だって、こんなに美少女じゃなかったぞ、山三屋先輩。


 ……どうしよう、下心、芽生えちゃうかも。

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