第19話 スイーツとギャルと彼氏候補
異能の行使には脳の酷使が伴うせいか、異能者、特に術者には甘党が多い。人によってはポケットの中に常にチョコレートやらクッキーを忍ばせてたりもする。
かくいうオレも、かなりの甘党。彩芽が菓子作りにも精通しているため、甘味にはうるさい。たいていのスイーツでは懐柔なんてされない。
しかし、そんなオレからしてもこのホテルのスイーツは――、
「あ、このシュークリーム、めちゃくちゃうまいですね」
「でしょ!? このプリンも最高だよ!」
って珠玉のスイーツビュッフェを楽しんでいる場合じゃない。
「山三屋先輩、スイーツを食べきれないから呼び出したんじゃないんですか?」
「え? あーし全然余裕だよ? あと二時間は居座る予定だよ?」
じゃあ何の用だよと言いたくもなるが、ここの料金は先輩持ちだからなかなか文句は言えない。
しかし、美味いな。いくつか彩芽に持って帰ってやりたいけど、流石にお持ち帰りとかはさせてくれないか……、
「しかし、先輩よく食べますね」
「む、アシヤン、それノンデリカシー、ノンデリだよ! あーしも女の子なんだよ!?」
「いや、それだけ食べてそのスタイルなのはすごいなと思いまして。よほど努力されてるんだろうな、と」
「む、上手く返された。ま、わかっちゃうよねぇ、あーし、スタイルには自信あるし?」
「ええ、モデル並かと。特に脚の長さとウエストの細さは見惚れるくらいです」
「そ、そう? て、てか、あーしが相手じゃなかったらセクハラだかんね!」
「誰にでもは言いませんよ。こんなこと」
オレとてそこらへんはわきまえている。相手が山三屋先輩で、今世でそれなりに付き合いがあるから言っているのだ。
それにこれでも遠慮はしてる。山三屋先輩と言えば尻だ。外伝小説でも何度も強調されているだけあってスカート越しにも分かるほど豊満で、綺麗な形をしている。インターネット上で「尻のほのか」呼ばわりされていたのは伊達じゃない。
「それで、ピンチって何のことなんですか? わざわざ呼び出したのに冗談だったなんていったらさすがに怒りますよ」
「ちゃんとピンチだよ!? 信用ないなぁ、あーし。あ、そ、れ、とも……期待しちゃった?」
いたずらっぽい表情を浮かべる先輩。多分この前みたいに自爆するのがオチだと思うが、付き合うとするか。
「なにをですか?」
「だって、ほら、その、こんなにかわいい先輩に呼び出されてきてみれば高級ホテルだったわけじゃん? ふつうは、その、あれだよ…あれ!」
「あれじゃわかりませんよ」
「うぅ……アシヤンめ。あーしは妖艶なお姉さんポジでいたいのに……」
勝手に赤面、撃沈して、やけ食いを始める先輩。かわいい。
「あ、そろそろ、ステーキの焼き上がりじゃない? 和牛だよ、和牛。えぐくない?」
そして、切り替えが早い。
しかし、ステーキでごまかされるものか、と思った次の瞬間には皿を手に列に並んでいた。悪いのはオレじゃない、このステーキだ。
「それで、アシヤンを呼んだ理由だけどさ」
それから三十分後、五人分くらいのスイーツを食べ終わったところで先輩が言った。
ようやく本題に入る気になったようだけど、センパイの頬についている生クリームのせいで妙に締まらない。
「先輩、ついてます。頬のところ」
「マジ? 油断油断。ありがと、アシヤン」
指ですくって食べると思いきや、上品にハンカチで拭う先輩。彼女もまた名家のお嬢様。こういうギャップもいいものだ。
「でさ、アシヤンに頼みがあるんだけど。聞いてくれる?」
「オレにできる範囲のことなら」
先輩は危険人物リストには入っていない。外伝小説では主人公を務めてはいるものの、彼女がかかわる事件にはそこまで大きなものはない。万が一、巻き込まれたとしても対処は可能だ。
なので、なんの呵責もなく助けることができる。光のオタクとしては嬉しい限りだ。
「じゃあ、アシヤン、その、あーしと付き合ってくれない?」
はい?
「……今付き合ってますが」
「そういう意味じゃなくて。ていうか、あれだよ、アシヤン。他の子は鈍い振りで誤魔化せるかもしれないけどあーしには通じないよ?」
さすがに鋭い、というか、こういう腹の探り合いでは一枚上というか、チャラいように見えてその実誰よりも頭が切れるのが山三屋ほのかという女性だ。
というか、付き合ってとかいうのは照れないんだな。まあ、先輩のことだ。本気でオレに好意があるならともかく、何かの意図がある。いつもの自爆をしてないのが、その証拠だ。
「…………そうですか。ますます意味は分かりませんが」
「ええ!? なんで!? あーし結構、真面目に言ったつもりなんですけど!」
「突然すぎます。好意を持つほどオレ達の関係は深くない」
「一応、幼馴染だと思ってるのあーしだけってこと!?」
オレの言葉にあからさまにショックを受ける先輩。ちょっと落ち込んでいる。理由は分からないが、放ってはおけないので、フォローはする。
「……オレも幼馴染とは思ってますよ」
まあ、最初にあったのが八年前とかだから幼馴染の定義には当てはまるだろう。その後、片手で数えられる程度の回数しか顔を合わせてないが。
「本当? じゃあ、元気出た。あーしたち、仲いいもんね!」
「まあ、ええ、そうですね。で、何が狙いなんです?」
オレが先を促すと、センパイはこう続けた。
「そんなに信じられない? アシヤン、あれだよ、かなりイケメンだし、将来有望だし、玉の輿狙いでワンチャン狙う子もいると思うよ?」
「それこそありえないでしょ。先輩がそんな軽いタイプじゃないことくらいは知ってます」
「……アシヤンってあれだよね、無意識で人を口説くときあるから気を付けた方がいいよ。割とマジで」
断じて口説いてなどいないが? 仮にそういう言葉を吐いてたとしても下心ゆえではなく光の
「じゃ、じゃあ、理由は一目惚れってことで。これなら突然でも理由がなくてもおかしくないっしょ。きゃー運命的!」
「……オレ達みたいなのが言うと、洒落になりませんよ、それ」
正直なところ理由は何でもいい。オレが知りたいのは先輩の意図だ。先輩がどう言おうが、オレはもともとかませ犬。こんな美少女が本気で告白してくると思うほどうぬぼれちゃいない。
「アシヤン、あーしが言うのもなんだけど、そこは学生らしいドキドキに身を任せてもいいんじゃない? 意図とか、作戦とか、思惑とかおいといて」
「先輩がそうするならオレもそうしますよ」
言葉とは裏腹にオレの答えに満足したのか、先輩が頷く。最後のマカロンを食べ終えるとようやく本題に入った。
「あーしの、実家、
「……まあ、何となくはわかります」
がちがちに厳しい家だと将来どころか、普段の生活、それこそ服装から食事に至るまで何もかもを縛られることもある。
その点でいえば、確かに先輩の実家は多少は緩くはあるのだろう。でなければ髪の毛を染めて、キワキワのミニスカートを履いて、ビュッフェでブランチなんてことはできない。
「あーしの場合は、18歳になるまでは好きにしていいって言われてるの。服装も、学業も、ついでに恋人もね。この意味、アシヤンならわかるでしょ?」
「それは……珍しいですね」
異界探索者、特に名家出身者のほとんどは自由恋愛なんてものとは縁遠い。これはモテるとかモテないとか関係のない家の都合だ。
このオレでさえアオイという許嫁がいる。女子であれば16歳になった瞬間に結婚させられるくらいのことはよくある話だ。
これも希少な異能者としての血を絶やさないためだ。現代になってからも異界の数は依然として変わらないが、異能者の数は年々減少傾向。解体局のお偉方が探索者同士での結婚を推奨するのも頷ける話ではある。
そこから考えると、先輩の家は緩い。緩すぎると言ってもいい。正直言って羨ましい。
「うち、パパもママも分家の出身でさ。うるさいおじいちゃんたちはみんな死んじゃったし、割と自由になんだよねえ。それも18歳までなんだけど」
「結婚ですか?」
「まあ、お見合いからかな。それもあーしが18歳までに自分で結婚相手を見つけられなかった場合は、だけどね」
「…………なるほど」
ようやく話が見えてきた。オレが呼ばれた理由ももうだいたいつかめてきたけど、とりあえず最後まで聞くとしよう。困ってるけどどうしよう? 程度の話であってくれればいいんだが……、
「だからさ、アシヤン、あーしの彼氏のフリしてくんない?」
ああ。やっぱりそうきたか。
「光栄な話ですが、なんでオレなんです?」
オレとアオイの婚姻はまだ両家の間の内々の話で公表されてはいない。なにせ落ち度があったとはいえ、当事者が知らないくらいだ。
先輩がオレに白羽の矢を立てた理由は家柄とほかに周りに男子がいないから、そんなところだろう。だったら、別にオレじゃなくても――、
「うーん、あーしの周りの男子で一番アシヤンが関係性があって、家格が高くて、信頼できるから、かな」
「それは、どうも」
最後の一言は予想外だった。
色っぽい理由ではないが、十分すぎるほどに嬉しい言葉だ。原作キャラに信頼できると思われるなんて……がんばってきてよかったな、オレ……、
「だ、大丈夫、アシヤン? 急に黙り込んじゃったけど……その、そんなに嫌? あーしの彼氏のフリするの」
「いえ、嫌ではありません。ただ先輩の言葉がうれしくて……」
「そ、そう。それはよかったけど、あーし、そんな凄いこと言ったかな……?」
いつまでも感慨にふけっているわけにもいかない。彼氏のフリをするにしても、しないにしても、確認事項はまだいくつかある。
「でも、オレが彼氏のフリしたとして根本的な解決になります?」
「ならないけど、時間稼ぎにはなるかな? 名家の御曹司ってあーしのタイプじゃないし。あ、アシヤンに魅力がないってわけじゃないよ、一応」
「それはどうでもいいですが……本物の彼氏のあてはあるんですか?」
「ないけど。絶賛好きピ募集中だよ」
原作通りだ。
山三屋先輩主役の外伝小説は三巻で完結予定で、オレは三巻の発売日の前に死んでしまったから、二巻までの内容しか分からないが、少なくとも今年の秋までは先輩には彼氏がいない。
「…………仮に、その彼氏役を受けたとして何をすればいいんですか?」
「週末に両親がこっちに来るからその時に会ってくれればいいよー。それで18になっても、お見合いとかはしなくてすむし、その間に本当の彼氏見つけちゃう予定だし。それでも駄目な時は……パパとママに謝って、お見合いする」
真面目な先輩らしい結論だ。そんな先輩がご両親を騙す形になっても、時間が欲しいという気持ちを光のオタクたるオレはスルー出来ない。
それに、この先輩のご両親との面会、先輩の主役の外伝小説で特に触れられていなかったということは特に何かイベントは起きないということだと考えられる。油断はできないが、危険性は低いとみていいだろう。
「お願いアシヤン! やってくれたら、あーしもアシヤンの頼み一つ聞くから!」
……そういうことならオタクとしての衝動を無視してもメリットは大きい。オレの悩みを一つ解決できる。
おあつらえ向きの
問題があるとすればアオイだが、さすがの彼女も休日にオレが何をしているかまでは把握していない、はず。知られた場合は……とにかく謝るしかない。最悪、嫌われるかもしれないが……それは死ぬほどつらいが、その方がアオイとオレ両方のためになる。
オレが抜けた穴を埋められるのは先輩しかいない。
「わかりました。引き受けます」
「マジ!? ありがとうアシヤン!」
「礼を言うのは、オレの条件を聞いてからにしてください」
オレの出した条件に、先輩は少し考えてから改めて頷いた。こっちの提案はそれこそ命にかかわるものだが、彼女は了承してくれた。さすがは先輩、イケメン美少女、略してイケジョだ。
これでオレも肩の荷が降りた。安心してA班を離れられそうだ。
オレの条件とは、先輩にオレの代わりにA班に入ってもらうというものだ。
先輩は単独探索の許可を持っている。それは通常の班構成に縛られずいろんな部隊に転入できるという特権でもある。つまり、先輩は本人が要請すれば学年の壁を飛び越えてA班に転属できるのだ。
あくまで緊急の期間限定の代理ではあるが、これ以上の代役もない。
なにせ原作主人公と外伝主人公の夢のタッグ。全『BABEL』ファンが見たかった光景が実現する。これから待ち受ける困難も勇気と知恵で乗り越えて、きっと世界を救ってくれるはずだ……! オレはそれを遠くから応援してるぞ、オタクとして。
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