第18話 モテればいいという話じゃない

 今、リーズは体育館の真ん中に魔法陣を書いている。これからオレが教えた術式の実験を行うのだ。


 特訓開始から数時間、オレが教えた方法をリーズはスポンジのように吸収し、実践段階にまでこぎつけた。

 原作のネームドキャラに弱キャラなし(ただし蘆屋道孝は除く)だ。ここまで呑み込みが早いと教えてる側が自分も優秀なんじゃないかと勘違いしそうになる。


 なにはともあれ、これから実践だ。見てる感じ問題はなさそうだし、大丈夫だろう。


「とりあえず、これで」


 リーズは小石を手に取ると、魔力を込めて体育館の真ん中に敷いた魔法陣に投げ込む。

 石が魔法陣に触れた瞬間、巨大な火柱が立ち昇った。


「よし! うまくいきましたわ!」


 実験成功を跳び上がって喜ぶリーズ。豊満な胸が揺れて、目のやり場に困るが、ここまで喜んでもらえると教えた甲斐がある。


 それにしても飲み込みがはやい。まさか今日1日で教えた技術を実戦で使えるほどに仕上げられるとは思ってなかった。


 オレがリーズに教えたのは、設置式の魔術トラップだ。発動直前の魔術を保存し、魔法陣に接触した対象の魔力を探知して発動させる。これを自分の周囲に設置しておくだけで、術者最大の弱点である接近戦の不利を補えるようになる。

 原作では別の術者が使っていたものをオレがアレンジしたものなのだが、リーズはこの魔術トラップに対してさらなる改善案を思いついているようだった。


「……座標に三次元情報を追加すれば、もっと違う使い方もできますわね。でも、それをするにはまだ練度が……」


 どうやら、この設置型魔術を砲塔として再利用しようとしているらしい。

 原作にもなかった使い方だ。さすがはリーズ。原作者がポテンシャルは超一流と認めるだけのことはある。オレも興奮してきた。


「基礎の理論さえ理解できていれば、結果はついてくる。君なら、そうだな、一月程度で実戦でも問題なく使えるだろう」


「二週間でやってみせますわ。いつまでもくすぶってはいられませんもの」


「その意気だ」


 とりあえずリーズの特訓はこんなもんだろう。原作では損な役回りが多い彼女だが、天才は天才。油断と慢心さえなければすぐに一線級の戦力だ。


「あとは、そうだな……魔力操作だな」


「魔力操作、ですか? わたくし、ちゃんとやってるつもりなのですが……」


「ああ、それは分かってる。ただ、丁寧な分遅くなってるから、そこを変えたい」


「でも、そんなのどうやるんですの?」

 

 リーズの魔力操作はオレの目から見てもかなりのものだ。しかし、残念ながら、術師全体に共通する癖としてミスしないことを優先している。接近戦に対応したいなら、もっと雑でいい。


 しかし、こればかりは言葉で教えられるものじゃない。どうしたもんか……やはり、直接感覚を伝えるしかない、か……、


「ちょっと触るぞ」


「ひゃい!?」


 リーズの手を取って抱き寄せる。豊満な体がオレに密着した。やっぱり、こいつおっぱいでかいな……アオイ以上だとしたら何カップだ?


 そんなことを考えてしまうと途端に恥ずかしくなるが、これしか方法がないので仕方がない。背後にいるアオイたちからは見えないのが救いだ。


「今からオレのやり方で魔力を通すから、感覚を掴んでくれ。いいな?」


「え、ええ、で、ですが、その、ち、近いのではなくて? き、緊張してしまいます」


「……すまん。だが、我慢してくれ」


 いつもの要領でオレとリーズ、2人の全身に魔力を通す。丹田から発して血管を辿り、体の各部を順繰りに満たす。


 手を通って、頭。頭から再び手を経由して、丹田の辺りに――、


「――っあぁん!」


 リーズが突然艶っぽい声を上げた。すぐに理由に気付く。しまった、男と女では体の構造が違う。魔力を通す過程で、その、デリケートな場所に触れてしまった。


「す、すまん! 失念してた!」


「い、いえ、大丈夫です……その、こ、故意でないのは分かってますし、そ、その、不快ではありませんでしたし……」


「そ、そうか」


「で、ですが、責任は取っていただきたいものですわね」


 頬を赤らめたまま、立ち上がるリーズ。最後の一言は聞き取れなかったが、完全にセクハラだったのでオレに言い訳はない。いくら指導のためとはいえやりすぎだった。


「ともかく感覚は掴めましたので何か聞きたいことがあれば聞きますわ」


「お、おう」


 咳払いをして、耳まで真っ赤なまま去っていくリーズ。リーズは許してくれたが、オレは最低のセクハラ野郎だ。いっそ燃やしてくれた方がよかった……。


 そんなことを考えていると、見学していたアオイが近づいてくる。


「次は私の番ですね。妻を待たせるとは何事ですか」


「勝手に大人の階段を上がるのやめてくれます?」


 うきうきしているところ悪いが、現時点でオレよりアオイの方が腕前はかなり上だ。

 確かに彼女が変生した時には止められはしたものの、それはあくまで相性の問題。理性があり、ライコウ流の技を振るえるいつものアオイの方がオレみたいな術者にはよほど厄介な相手だ。


 ……それでも、うーん、まあ、教えられることはないこともない。


「……あれだ、術師は白兵戦に持ち込まれると死ぬ」


「で?」


「教えを請う気ある?」

 

 何言ってんだこいつという顔のアオイ。せっかちだな、続きを待て。


「まあ、聞け。例えば、オレと戦うならアオイどうする?」


「自殺願望があるとは驚きました」


「ないよ。例え話だろ。オレを殺すなら具体的にはどうすればいい?」


「そりゃ走って近づいて、刀を振って、ですが。何か問題でも?」

 

 だめだ、自分に自信がありすぎて、自分で改善案を考えさせる方向ではらちが明かない。


 そもそも、原作からして山縣アオイは現代において最高峰の身体能力の持ち主。eスポーツ以外のスポーツは制覇できるレベル。ちなみに、eスポーツの場合は握力でデバイスが砕け散るから無理だ。


 なので、ここはストレートに手段を提示しよう。原作者公認の猪武者っぷりを伸ばすのだ。


「問題は近づくまでの手段だ。魔術やら式神やら面倒だろ?」


「面倒ですね」


「だったら、斬っちまえばいい」


「……はい? 私はか弱い乙女ですよ? 人のことを熊か何かとでも思っているんですか? もう」


「どの口が言うんだ……」


「私はこう見えても良妻賢母を目指しているのですよ」


 ふくれっ面をするアオイ。自分で自分をどう思うかは人の自由だ。

 実際原作でもアオイは家事も万能。ただ粗大ごみを素手で分解できるし、手刀で野菜をみじん切りできるだけだろ。


「それになんでも斬れるなら苦労しません」


「自分を見くびってるな、アオイ。今の君なら炎も雷も切れるかもしれないぞ。前回の探索でだいぶ強くなったはずだ」


 魔術や概念を斬る技能は原作では物語終盤における「アオイなら魔術も斬れるんじゃない?」の一言で解禁されるものだ。


 今のアオイは原作の同じ時期のアオイよりかなり強い。変生を一度乗り越えた影響だ。魔力量も身体能力も数段成長している。

 なので、オレが同じような言葉で魔術を斬るという可能性を指摘すれば習得は可能なはずだ。多少原作をブレイクしてしまうが、これくらいなら大勢に影響はない。


「…………確かにできる気がしてきました。しかし、貴方、意外と無茶苦茶言いますね」


「君にはそれだけのポテンシャルがある。オレは知っている」


「…………そうですか、私のことをそんなに信じてくれているのですね。であれば、応えないわけにはいかないですね」


 珍しく照れているアオイ。頬を赤く染めて、ぷいっとしている。腕を組んだことで大きな胸が変形して、目が引き付けられてしまう。


 なんだこいつ、オレを萌え殺す気か? 原作にはこんな表情差分なかったんですけど。


「まあ、オレに教えられるのはこんなところだ」


「さすがは我が夫でした。私のことをよく理解しているようで」


「…………許嫁だ。まだな」


 正直なところ、嬉しくか嬉しくないかでいえば、超嬉しい。あの山縣アオイが自分に関心を持ってくれるなんて、隙あらば飛び跳ねて喜びたいくらいだ。

 

 しかし、オレは蘆屋道孝だ。オレがアオイと仲良くするのは解釈違いだし、そもそも、何の拍子でオレの死亡フラグが立つかわかったもんじゃない。


 だから、どうにかして、アオイとは距離を取らないといけない。それはわかっているのだが、どうにも、オタク心が抑えられない。


 いや、オレは光のオタク。原作キャラといちゃつくようなことは絶対してはいけないのだ、そう自分に言い聞かせていると、同じく見学していた輪がいいタイミングで割り込んでくる。


「次、僕! 蘆屋君、女子ばっかり優先するから僕いつも最後だけど、それは僕が男の子だから特別なんだよね、きっと。ふ、大丈夫だよ、蘆屋君。友情は伝わってるぜ、親友」


「いや、たまたまだけど。あと、親友じゃないぞ」


 前から思ってたが、この輪。原作に比べて距離感が近すぎる。


「お前は遊べ。あと、ナンパしまくれ」


「なんで!? 蘆屋君、僕のことなんだと思ってるの!? そんな軽くないよ、僕は! 失礼だな!」


「なんでそんなに怒ってんだ、お前。男だろ、度胸出せよ」

 

 なにもオレは意地悪でこんなことをいっているわけじゃない。きちんと理由がある。

 

 というのも、輪の持つ運命視の魔眼は鍛えて成長する類の異能じゃない。

 運命視の魔眼は所有者の人格と共に成長する。育てるためには人間関係を広げ、人生経験を積むのが一番だ。


 だから、外に出てナンパしまくるのが一番いい。できれば原作ヒロインを口説いてほしいが、この際交友関係が広がるならなんでもいい。


「……そんなに不安なら最初はオレがついていってやるからさ」


「許しませんよ」


 横からアオイの一言が飛んでくる。魔術を斬る練習か、飛来する火の玉を迎撃しながらこっちの話を聞いていたらしい。

 どんな耳だ。


「許さないそうだ。すまんが一人で頑張ってくれ」


「ぼ、僕……女の人に興味ないもん!」


 ……はい? エロゲ主人公なのに? 

 ……………人のそういうのにどうこう言うつもりはない。だが、困ったな。前世でBLの類は摂取していないし……、


「あ、あ、そう言う意味じゃなくて! ボクが、興味あるのは道孝くんだけだから!」


「そ、そうか……」


 …………いや、ないな。蘆屋道孝と土御門輪のカップリングなんてゴミだ。解釈違いで人が死ぬレベル。

 だから、やめておけ、原作には蘆屋道孝ルートなんてものはないぞ。二次創作にもないぞ、そんな需要のない話。


「……その、あれだ、気持ちは嬉しいが――」

 

「――ち、ちが、そう言う意味じゃないから! あ、あれだよ! 僕は、あの、あれなんだよ! 貞淑なんだよ!」


「貞淑は男には使わないだろ……」


 抗議の意思の表示か。白金のアホ毛がぴょこぴょこ揺れている。なんだ、こいつ。かわいいな。原作でもこんな感じだったか? え、違うよな? まあ、いいか、かわいいことはいいことだしな。こいつ以外がやってたら犯罪だけど。


 とにかく、そういうことじゃなくてよかった。原作主人公に攻略されるのはちょっと興味あるけど、今は遠慮したい。


「いいんだよ! 僕は、その、清潔だし!」


「いや、確かにいい匂いはするけども。いいシャンプーでも使ってんのか?」


「匂い!? う、うん、その、一応、美容用のやつだけど……」


 なぜか嬉しそうな輪。まあ、見た目に気を遣うのはいいことだ。その方がモテるしな!


「なるほど。お前距離感近いしな。たまに香ってくる」


「そ、それでわざわざ嗅いだの!? へ、変態! 変態だよ! 蘆屋君の変態!」


 両手をぶんぶん振りながら怒っている輪。本当に男か、こいつ。

 まあ、原作でもツッコミに回ってるときはこんな感じだったか。


「なんでだよ。気にしすぎだろ。男同士なのに」


「――っ!?」


 アホ毛を揺らしながら地団太を踏む輪。なんだろ、攻略されたくないって言ったばっかりなのに、変な気を起こしそうなくらいにはかわいい。


「許しませんよ」


 またもやお叱りが飛んでくる。でも、そのおかげで少し冷静になれた。


「ともかく、お前の魔眼は普通の方法じゃ成長しない。自分でもわかってるだろ? 自分を知って、他人を知る、それが重要だって」


 オレの言葉じゃなくて原作者がインタビューで人生について語っていた言葉だが、これは『BABEL』の世界にも共通する哲学だ。


「他人を知る……うん、凄いしっくりくる。さすが蘆屋君だね。僕、友達増やすよ」


 さすが原作者の言葉。そりゃ主人公にも刺さる。それに友達を増やすのはいいことだ。ついでに、女も口説け。それがお前の運命だ。

 

「じゃあ、蘆屋君の話からだね。僕、蘆屋君の話を聞きたい。だって、僕たち親友、いや、兄弟ブラザーだもんね! 兄弟って何でも話すもんだし!」


「勝手に格上げするな! 人の話聞けよ!」

 

「だって、蘆屋君、自分のこと話さないし……」


 急にしんみりした顔をする輪。こんな顔でも愛嬌があるのがずるいぞ。

 

「オレのことを知ったところで何の得もないぞ……まあ、話してはなかったか」


「うん。ちなみに、僕は大したエピソードはないよ。スカウトされただけだし」


 嘘つけ。子供の頃から波乱万丈なくせに。両親を事故で亡くして、その後、親戚をたらい回しにされ、挙げ句の果てに16歳の誕生日を一人で祝っていたら異界に迷い込んでいた。

 これを何でもないなんて言ったら、大抵の人間の過去が何でもないってことになる。


 それでも平気そうな顔をするのが、土御門輪であり、そこが魅力でもあるけど、もう少し素直になった方がいいな、オレ以外に。


「別段、オレの方も何か面白い話があるわけじゃない。よくある名家に生まれて、テンプレみたいなクソ教育を受けて、異界探索者としてここにいる。それだけの話だ」


 まあ、オレのことを少し話すだけで輪が成長するなら悪くない、と少し身の上話をする。修行ばっかしてたから話すことそんなにないけど。


「テンプレ……?」


 そっちには別に突っ込まなくていいんだぞ、輪。ただのネットスラングだから。


「ふむ。名家なんてものはどこも代わり映えしない、ということですね」


「まあ、そうだな」


 アオイが言うと説得力があるな。うちの本家も大概だが、アオイの実家『山縣』の家も多くの問題を抱えている。


 その内の一つが後継者争い。普通なら『ライコウ流』の免許皆伝者は跡目を継ぐことになるが、女性であるアオイはその候補者から外されている。

 おそらくだが、オレとの婚姻もそれが関係しているはずだ。いわゆる政略結婚。どうせ後を継げないのだから、嫁に出して家の間のコネクションを広げようとかそんなところだろう。


「名家っていうくらいだから、こう貴族みたいなもんだと思ってた」


「そういう家もあるだろうが、うちはあくまで分家だからな。せいぜいがド田舎の地主ってところか」


「十分すごいと思うけど……」


「わたくしの生家も森の中にありますわ」


「私の家も山の中ですね。虫が多くて困りものでした」


「わたくしの場合はネズミでしたわ。アルフレッド、我が家の猫が頑張ってくれていましたが、あの広さではどうにも……」


「私も蠅の羽を箸でつまめるようになるまでは苦労しました」


 リーズとアオイが田舎トークで盛り上がっている。なんかずれてるけど。


 まあ、異界探索の名家ってことはだいたい1000年近い歴史があるってことでもある。そんな家が残ってるのは大抵の場合、クソがつくド田舎だ。

 その方が都合がいいっていうのもある。実際、蘆屋家も所有している山の一つを丸々修練場にしているわけだし。


「へえ……みんな、お姫様なんだね。いいなぁ」


 輪がずれたことを言い始める。原作同様の天然ボケっぷり。こういう時はだいたいアホ毛が揺れていた。

 しかし、いいなぁってお前。やっぱり変だぞ、原作では肉食系とはいかなくてももう少し、性欲あったろ。


「…………まあ、わたくしは貴族ですし、姫と言えないこともないでしょうが」


 真面目なリーズがいらんこと拾った。あれだぞ、原作だと輪の天然ボケに付き合うと全員が宇宙猫になって終わる。

 でも、オレは好きだよ、輪の天然ボケ。


「道孝。私は姫ですか? どうですか? 頷きなさい」


 アオイが質問してくる。というか、脅迫してくる。まあ、ある意味では姫なので、おとなしく頷いた。


「山縣さんはあれだね。人の話聞かないタイプなんだね」


「それはわたくしにも分かりますわ。というか、貴方、最初に会った時、そんな感じでした?」


「人は変わるものです。ね、道孝?」


 意味ありげに流し目をしてくるアオイ。確かにいろいろあった。具体的には原作がブレイクして、オレの胃に穴が空きそうだ。


 このままだと余計なことまで詳らかになりそうなので話を戻そう。


「あとは、まあ、妹がいる。アオイは会ったことあるか」


「ああ、彩芽ですね。あの子はいい子です。私のこと義姉様おねえさまと呼ぶあたりがよく分かっている」


「妹……もしや、ミチタカの館を出入りしているあのメイドのことですか?」


 どこかで彩芽を見かけていたリーズが話に混ざってくる。


「おお、よくわかったな、リーゼ。そのメイドが妹だ」


「メイドさん!? メイドさんいるの、蘆屋君家!?」


「まあな。だが、妹だぞ。いろいろ事情があってメイドしているだけだ」


 ついでに言うとその妹はオレの貞操を狙っているなんて話はさすがにできない。

 というか、彩芽め。アオイを取り込んだ方が有利と踏んで上手いことやってるようだな。さすがは我が妹だ、オレの貞操を狙ってのことじゃなければ素直に誉めてあげたい。


「でも、妹かぁ。僕一人っ子だから憧れるなぁ」


「いればいいってものじゃありませんよ。うちの兄弟なんて皆、私より弱い腑抜けばかりですし」


「基準そこなんだ……」


「他にありますか? 基準。でも、そうですね、確かに妹には私も少し憧れがあります。いれば、稽古相手に困らなかったでしょうし」


「いや、それはそれで無理だと思うが……それに他の兄弟も15歳で免許皆伝するやつと比べられるのはさすがにかわいそうだろ……」


「まあ、天才なので、私は」


 ただでさえ大きな胸を張るアオイ。男としては見ざるをえない迫力だが、どうにか堪えようと努力はした。それでも、ちらりとは見たけど。


 ライコウ流は対魔剣術としてこの世界では有名かつ強力無比だが、その拾得者は片手で数えられる程度しかいない。

 なぜなら、修行がバカみたいに厳しい。鍛錬を始めて1年以内に鋼鉄の塊を両断できないと問答無用で破門されるし、免許皆伝の試験は異界に刀1本で放り込まれて生還しなければならないという過酷なものだ。


 そんな荒行をアオイは中学の卒業前に終えた。100年どころか、1000年に一度の天才と呼ばれるのも納得だ。


「しかし、道孝。貴方も私ほどではないにしても天才だの神童だのと言われてたではないですか。だから、こうして私の許嫁として選ばれたわけですし」


「あんなのは嫌がらせみたいなもんだ。そんなに才能をありがたがってるなら、殺そうとしないだろ、普通」


「え、蘆屋君、天才なの? 強いのは分かってたけど、納得だよ」


「だから、ただの噂。半分は本家の連中のやっかみだ」


 確かに、神童とか天才とか呼ばれた時期がオレにもあった。同世代の術師の中で一番上達速度が速くて、10歳までに相伝の式神のうち渡された分はすべて調伏したのをみて親戚連中が騒ぎだしたのだ。

 天才と呼ばれていた原作の蘆屋道孝も調伏を終えたのは15歳だから、凄いのは凄い。自分でもよく頑張ったと思う。


 でも、それは前世の原作知識のおかげだ。結果が出ると分かっている努力ほど楽なものはない。実際、強くなってるのを実感できる知識とあの『BABEL』の世界の異能を自分が使いこなしていると思うだけでいくらでも修練をこなせた。


「ちょっとお待ちなさい。アオイが、ミチタカの許嫁……? わたくし、初耳なのですが……」


「ええ、言ってませんでしたから」


「……………理解いたしましたわ。なら、ええまだチャンスは――」


「何か言いましたか?」


「いいえ、なにも」


 ピロリ!


 なんかよくわからないが不穏な空気になりかけたところで、スマホが通知音を鳴らす。見るとメッセージが届いていた。

 なんと送り主は、ギャルパイセンこと山三屋さんざや先輩だった。内容は以下の通り。


『アシヤン! ヘルプミー! マジピンチ卍X卍!』


 あとは火山の絵文字やら泣き顔の絵文字やらスタンプの連打が続く。いまいち、というか、半分くらいは意味不明。

 かろうじて理解できるのは、ピンチだから助けてほしいという最初の文章くらいのものだ。


 『どうしましたか?』と返信すると、なぜか位置情報だけ送信されてくる。ここまで助けに来いということらしい。


「どうかしましたか、道孝」


「……知り合いがピンチらしい。よくわからんが」


「異界で遭難ですか? ならば、救助班を編成すべきでは?」


「いや、そんなに深刻な事態じゃない、多分。こうしてオレにメッセージ送れるくらいだし……まあ、ちょっと行ってくる。あとは三人でいろいろやっといてくれ」


 オレがそう言うと、アオイはじとーっとした目で睨んでくる。なんですか、その目は。


「いえ、よく妻の前で堂々と浮気宣言できるな、と思いまして」


「…………まだ妻じゃないし、浮気でもないだろ。ただ友人がピンチかもしれないってだけだ」


「…………信じてあげましょう、今回は」


 もうヤンデレの片鱗が出てるんですけど。冗談のつもりでやってるのが冗談になってないんですけど。

 とまあ、ビビってはいるが、アオイは義理を重んじる性格でもある。友達の危機を見過ごすような真似は婚約者オレにはさせない。


「……わたくしは構いませんわ。もう重要なことは教わりましたし、お気をつけて」


「もう少しいろいろ知りたかったけど、友達が困ってるんじゃ仕方ない、か。気にせず行ってきなよー」


 リーズとアオイに送り出されて、修羅場、ああいや、修練場を後にする。


 山三屋先輩はメインキャラではないが、外伝作品では主人公を務める重要人物だし、何よりオレも彼女のことはかなり好きだった。ピンチだというなら助けるくらいのオタク心は残ってる!


 どんなピンチか知らないが、オタクとして活動できるときのオレは無敵だ。待っててくれ、先輩、今、オレが助けに行くぞ――!


 ◇


「――で、呼び出された先は高級ホテルのビュッフェだった、と」


 F市内唯一の三ツ星ホテル『ホテル・ヴェスタ』。五十階建ての巨大な塔の形をしており、どこぞの石油王の息子が道楽で建てたもので『BABEL』の作中にも何度か登場する。まあ、たいていの場合爆破されたり、異界化したりでろくな事がないんだけど。

 そんなホテルが山三屋先輩に呼び出された場所だ。オレも存在は知っていたものの、来るのは初めて、というか、高級ホテルに来たこと自体が数回しかない。


 ……なんか緊張するな。一応、学園の制服はどんな場所にも対応できるようになってるし、そういう暗示も仕込まれてるが、それとは別の意味でなんか場違いな感じがして落ち着かない。


「――あ、アシヤン! こっちこっち!」


 所在なく視線をさまよわせていると、先輩の声が聞こえる。そちらの方に視線をやると、一番奥の席で頬一杯にスイーツを詰め込んだ先輩がこちらに向かってぶんぶんと手を振っているのが見えた。


 ……まさかと思うが、持ってきたスイーツが食べきれないから何とかしてとかじゃないだろうな?


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