第17話 変態じゃないもん

 バトルものには主人公の師匠キャラがよく登場し、それら師匠キャラには一つの共通点がある。


 それは物語途中で死ぬこと。死ぬ理由は、死なないと主人公が成長しないから。師匠という頼れる存在の死を乗り越えることで主人公は成長するのだ。

 それが師匠キャラの役目であり、美学でもあるのだが、実際にそんな立場になるのはオレはそれこそ死んでもごめんだ。


 なので、リーズの頼みも当然断る。そのつもりだったし、確かにそうしたはずだったのだが――、


「では、よろしくお願いしますわ。ミチタカ、いえ、シショウ」


「師匠はよしてくれ、リーズ。弟子をとれるほど立派な人間じゃない」


「ならば、ミチタカと。ええ、この方が発音しやすく、心地よいですわ」


 昼食の後、結局オレはこうしてジャージ姿で修練場でもある体育館に立っている。

 我ながら、に弱すぎる。「断る」と即答した後のリーズの捨てられた子犬のような顔を見てたら、なんだか罪悪感が沸き上がってきて黙っていられなかった。


 だが、今回の場合は全部が全部、考えなしというわけじゃない。リーズの能力向上がオレの目的とこの世界の未来、その両方にとってプラスになるという深い考えがあってのことなのだ。


 それに、原作のリーズは主人公でもヒロインでもない。仮に彼女の師匠ポジについても、危険性は少ないと思われる。最初に主人公に負けてそれ以来出番のないキャラの師匠なんてサブキャラすぎてかませ犬にもしづらいだろうし。


「――とりあえず、接近戦での選択肢を増やしたいって話だよな」


「はい」


 オレの確認に、リーズが頷く。いい傾向だ。素直さは強くなるためには重要な要素ファクターの一つでもある。


  オレは近いうちに実習の班をA班からB班に移ることになっている。

 一度決められた実習班の構成が変更になることは滅多にない。よほどの理由がなければ検討されることさえない。


 だが、その滅多なことが起こった。同源會の道士との遭遇だ。


 学園、および解体局の勢力圏内にすでに『敵』が浸透している。だとすれば、学生の戦力がA 班に偏っている現状では『敵』と遭遇した場合に対応できない。そこで両班の班員構成を改めて検討し、近いうちに再構成を行うという結論に上層部は達した。


 まあ、この理屈自体がオレが考えて上層部に提案したものなのだが、我ながらよく考えたと自負している。なにせ、オレの目的にも適うし、無駄な犠牲を減らし、全体のためにもなる。


 しかし、そんなウルトラCにもいくつか問題がある。そのうち最大のものはオレが抜けることによるA班の戦力の低下だ。

 いちおう補充要員を用意してくれるらしいが、誰が来るかわからない以上、リーズをできるかぎり強化しておけば安心できる。


 なんやかんやでこの世界には土御門輪と実習A班が必要だ。オレもできることをしておきたい。

 問題があるとすれば――、


「道孝。私にはなにかないのですか? いえ、あるはずです」


「蘆屋君、僕も待ってるんだけど……」


 なぜかついてきたアオイと輪だ。確かにリーズの特訓の講師役は引き受けたが、この二人に関しては何かを引き受けた覚えは一切ない。

 明らかにオレに何かを教えて貰いたいという態度だが、主人公とメインヒロインの師匠役など死んでもごめんだ。んなもん、致死率150パーセントだからな。


「適当に組み手ででもしてろ。君ら二人ならそれで強くなれるだろ」


「将来の妻に対する態度ですか、それが」


「扱いに差がありすぎだよ!」


「何か言うにしてもあとだ! 順番を守れ!」


 しつこく食い下がってくるが、この二人に関してはオレの指導なんて不要どころか、いっそ害悪だ。

 なにせ二人ともオレなど及びもつかないほどの天才。放っておいても勝手に強くなる。実際、原作では別段訓練をせずに実戦を積み重ねるだけでどんどん強くなっていった。


「で、接近戦か。現状は、あー、あれか。火炎放射と防護結界で何とかしてる感じだよな?」


「はい。わたくしが詠唱を破棄キャンセルして出せる術はそれくらいですから」


「それ自体は悪くない、悪くないが――」


 単純すぎるという言葉は本人も自覚があるようなので呑み込む。

 まあ、これはリーズだけの問題じゃない。異能者の中でも魔力操作、詠唱、発動という三ステップを踏む魔術師にはよくある悪癖といってもいい。


 なんて言えばいいのか、真面目過ぎるのだ。手順をごまかしたり、省略したりするっていう発想が欠けている。真面目にやるのは重要だし、伸びるコツでもあるんだが、戦いにおいては枷にもなる。

 まあ、これは魔術師に限った話じゃない。オレのような陰陽師にも共通の問題だ。なので、対策はすでに考えてある。


「少しアイデアはあるが、試してみるか?」


「は、はい! お願いします!」


 喜色満面のリーズ。人に何かを教える経験はほとんどないが、やるだけのことはやってみるとしよう。


 まずはオレの異能についてレクチャーしておこう。その方が早く理解できるはずだ。           


「――オレが扱う異能は、陰陽道だ」


 さっと方陣を敷いて、三体の式神を呼び出す。

 修復を終えた不動塗壁に、河童童子、吸精女郎きゅうせいじょろう。それぞれに別属性を受け持つ式神だ。これから行う説明を考えればこいつらが的確だろう。


「土と水、火の属性を司る式神だ。それぞれに相性があってこいつらはちょうど互いに補い合う関係にある」


「陰陽五行論、ですわね。相生そうせい関係と相剋関係があるんでしたわよね?」


「さすがよく勉強してるな」


 オレが褒めるとリーズは「当然ですわ」と言いつつもうれしそうに頬を赤らめている。

 実際、リーズの知識量は一年生オレたちの中でもトップクラスだ。その分頭でっかちになりがちなのが欠点だが、対応力はある。


 相生論とは陰陽道にまつわる理論の一つで、陰陽五行の属性、木、火、土、金、水が循環するサイクルにあるという考え方だ。

 簡単に言えば、木は燃えることで炎になり、炎の燃やした後には土塊が残り、土塊には金属が生じる、そういった風にすべてが繋がっているという風に陰陽道では考えられている。

 

 これに対して相剋論は、それぞれの属性の相性、言ってしまえば有利不利を定義した理論だ。水は火に強く、火は金に強く、という某育成ゲームにおける属性相性がこの世界には存在しているのだ。

 

 この相生論、相剋論にはオレも随分お世話になっている。変生したアオイに勝利できたのも彼女の持つ属性に対してオレの使役した独眼竜が相性上有利だったからと言っても過言じゃない。これから見せる術の方も相生論がありきだ。


式神こいつらの召喚、使役、指揮。そこらへんが陰陽師の基本的な戦闘スタイルだ。ほかにも占星、結界術、封印術にも精通している。ああ、呪詛も使えるぞ。専門の呪い屋、祓い屋ほどじゃないけどな」


「き、基本なんでもできるんですのね。魔術師は専門分野に特化するものですし、少し羨ましいですわ」


「まあ、この汎用性が陰陽道の強みだからな。その分、器用貧乏な奴も多い。じゃあ、逆に弱点が何かわかるか?」


「……接近戦ですか。わたくしと同じ」


 頷くオレ。接近戦、白兵戦における脆弱さはオレやリーズのような術者タイプの異能者には永遠の問題だ。

 相手が半端な使い手なら対策も容易いが、アオイクラスになるともう始末に負えない。いくら対策しても基本的には付け焼刃だ。


「それで、だ。オレの場合は召喚速度を限界まで上げることである程度弱点を補うのに成功した」


 見本として不動塗壁を鉄犬使くろがねけんしに入れ替える。この式神の入れ替えに必要な時間は最速で0,1秒ほど。これだけの速度で召喚できれば至近距離での不意打ち以外はどうにかなる。


 特に、使の入れ替えはスムーズだ。魔力の消費量も普通の召喚時と大して変わらない。


「……相生関係を利用したのですね。土塊の中に金属が生じる、そのサイクルに従うことで召喚に後押しを得ていると。確かに大きな理論、それも天然自然という巨大なルールに従うのならば使う魔力も少なくて済みます」


「さすがに理解が早いな。あとは術式の省略とごまかしもやってるが、大部分の理屈はそんな感じだ。だから、ある程度は接近戦にも対応できる」


 リーズの考察はおおむね正しい。オレがやっているのは、ようは自然のサイクルへの便乗だ。


 異能の起こす事象は通常、物理法則からかけ離れれば離れるほど消費する魔力が大きくなり、発動までの時間も長くなる。

 逆に、自然の法則にしたがった事象であれば消費も小さくなり、速度も速くなる。陰陽道における五行論やそれに付随する理論はもともと自然と世界の運行を理解するためのもの。だから、その理論に基づけば魔力の消費は少なく、発動までの時間も短縮できるというわけだ。


「……同じことがわたくしにもできる、と?」


「西洋にも五大属性の概念はあるだろ? 術式省略の方は練習が必要だが、君にもできるはずだ」


 前世の知識があるとはいえオレにもできたんだ。オレより才能のあるリーズなら不可能じゃないはずだ。


「――軽い調子で言ってますが、それは無茶というものです」


 割り込んできたのはアオイだ。オレがむっとしてそちらを見ると輪も一緒になってこちらを見ている。どうやら自分たちの組手よりこっちを観察するのを優先したらしい。

 

 アオイは咳払いをしてからこう続けた。


「陰陽道には千年以上の歴史があります。術理によって働く異能は基本的に伝統を重んじますし、その歴史がそのまま力の源でもあります。その間、式神の種類や数が増えたり、他にも些細な変化はいくらでもありましたが、術式そのものに手を加えたものは一人としていません」


 え? いないの? 一人も?


「やはり、自覚はありませんでしたか。貴方の本家が貴方を警戒する理由がよくわかります。ともかく、術式の手順を省いたり、誤魔化したりしつつ、本質を損なわずに行使するなんていうのは、そうですね、一部の変態の所業です。真似したら貴女まで変態になりますよ」


「ヘンタイ……!」


 おい、そんな「あなたがあの噂の!?」みたいな目でオレを見るな。

 しかし、驚いた。これぐらいのこと誰かやってるだろうくらいに思ってたのだが……、


「変態じゃない、工夫したんだ」


「変態ですよ。現に私の胸に顔をうずめて興奮してたではないですか」


「なっ!?」


 おま、そんなことばらすなよ! てか、仕方ないだろ! あんなでかい胸を押し付けられて興奮しないやつはいない! いたら悟りを開いている!


「…………接触回復をしたのでしょう? 先生から聞きましたわよ」


 しかし、リーズは冷静だった。今回ばかりは先生のなんでもかんでも喋る癖に感謝だな。事情が伝わってるなら変態呼ばわりされるされるいわれは――、


「でも、貴方、『辛抱たまらんとか』と言ってましたよ。まあ、私は構いませんが」


「……………ヘンタイですのね。でも、胸の大きさならばわたくしも……」


「蘆屋君……それはよくないよ……」


 ……もういいよ、変態で。なんかアオイは満足げに勝ち誇ってるし。てか、オレ君の許嫁なんですけど、変態でいいのか? そこまでしてアピールするほどの価値がオレにあるの?


 というか、輪はともかくリーズ、なんか変なこと言ってなかったか?


「……とにかく、術式省略は習得に時間がかかりすぎる。練習はしておくにしても、急場をしのぐにはまた別の術が必要だ。そっちの方も今から教える」


「そっちはヘンタイではない……?」


「変態ですよ、どうせ」


 アオイに茶々を入れられつつ、オレはリーズにそのを伝えた。結局、二人からは変態呼ばわりされたままではあったが、リーズは喜んでいたからよしとしよう。

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