第16話 食事中は静かにしよう


 最初の実習、そして衝撃の事実の発覚から3日が経った。学園への報告が済んでからは幸か不幸か、オレ達は何事もなかったかのように日常に戻りつつある。


 そんなある日の昼休みのことだ。

 オレは昼休みは大抵の場合、不本意ながら食堂にいる。毎朝彩芽が手製の弁当を持たせてくれるからオレ自身は別に食堂に用はない。毎回ここに来ているのは付き合いだ。


「今日も豪華だね。そのコロッケとか手作りでしょ?」


「少し食べるか?」


「いいの? じゃあ、遠慮なく」


 その付き合わされている相手、土御門輪はコロッケに満足そうに舌鼓を打っている。頼んだカレーに載せてコロッケカレーだとか言っている。こんなに天然だったかな、こいつ。

 原作でも同性の友達はいたし、その前でもこんなに緩い感じではなかった。同じ班の一員だからか、えらく親し気に接してくる。


 その割に、オレ以外の誰かとつるんでいるところを見たことがない。つまり、ボッチの唯一の友達枠にオレはなってしまっている。しかも、そのせいか、この主人公、原作ほどモテてない。

 

 これは大問題だ。かませ犬にならないという目的だけを考えれば主人公とは関わり合いにならないのがベストだが、もう関わってしまったし、輪がこのままボッチだと学園どころか、世界の危機だ。そうなればオレも彩芽も無事では済まない。

 なんとかしなければ……、


「なあ、たまにはオレ以外とも飯を食ったらどうだ? B班の女子の……谷崎さん、この前君のことを見てたぞ」


 とりあえずオレの知らないところでフラグ立っていないかを確かめるために、そう話題を振ってみる。


 谷崎さんとは、原作ヒロインの一人で、フルネームを谷崎しおりという。原作ヒロインの中では攻略が比較的容易なキャラだが、彼女も彼女で複雑な運命を背負っている。

 それでも、しおり本人は癖の強いやつの多い『BABEL』のヒロインの中ではシンプルにいいだ。オレもヒロインの誰かと結婚しろと言われたら、彼女を選ぶだろう。


 ……なんだろう。誰かににらまれてる気がする。

 

「え? そうなの?」


「ああ。なんかあったんだろ?」


「ああ! あのメガネの子か。廊下でなんか困ってたから助けてあげたけど……それかな?」


 うむ。予想通りにフラグが立っていたか。原作でもあった出会いのイベントだ。このまま順当に好感度を高めていけば、しおりルートに分岐していくだろう。

 オレとしては限りなくベストに近い選択だ。アオイルートやほかの高難度ルートに比べれば強敵の数は少ない。オレの死ぬ確率も下がる。


「今度誘ってみればいい。きっと仲良くできるぞ」


「うーん……それもいいんだけど、僕は、その……」


「なんだ、歯切れが悪いな」


「あの、女子が苦手なんだ。特に理由があるわけじゃないんだけど……うん」


 ……エロゲの主人公なのに? 

 という、身も蓋もない感想はわきに置くとして、まあ、そういう傾向は見て取れていた。原作でもそういう描写はあるしな。

 それに原作の場合は、クラス内で唯一の同性である蘆屋道孝オレがあてにできなったから、かなり状況も違うし、できればオレと一緒の方が安心できるというのも分かる。


 分かるが、それとこれとでは話が別だ。


「気持ちはわからないでもないが、学園ここでやっていくならそんなことは言ってられないぞ」


「わ、わかってるよ。でも、僕にも事情があるっていうかなんというか……」


「いいから試してみろ。こういうのは実際経験してみると、想定しているよりはたいてい大したことないもんだぞ」


「それはわかるけどさ……」


 そんなことを話していると、にわかに食堂が騒がしくなってくる。学園の生徒は全学年全クラス合わせて三十人ほどしかいないが、それでも10代の少年少女が集まってくると騒々しくもなる。


 最初はガラガラだったオレ達の周りの席も少しずつ埋まっていく。オレの隣の席にも誰か座った。

 天ぷらそばと稲荷ずしのセット。定番メニューを手に現れたのは――、


「ふむ。初めて頼みましたが、悪くない味ですね」


 山縣アオイ。あの山縣アオイがそばをすすっている。まるでそこにいるのがさも当然だとでも言わんばかりの態度で。

 ……指摘すべきなのだろうが、したくない。というか、三日前までとは全く別の理由で彼女といるのは気まずすぎる。


 三日前の夜、山縣アオイが蘆屋道孝オレの許嫁だという衝撃の事実が発覚した。

 アオイ本人にも確認したし、彩芽も間違いないと断言したから、オレの幻聴か事実誤認という可能性はない。まず間違いない事実として、オレと原作ヒロイン山縣アオイは婚約している。


 なにこれ、原作君息してる? なんで前世のオレ原作プレイヤーから今世のオレが横取りしたみたいになってんだ? なんにせよ、解釈違いもいいところなんですけど! どこに抗議すればいいんですか?

 と最初は混乱の極みだったが、冷静になってみればそこまでおかしな話でもない。


 蘆屋家は探索者の名家、山縣家も同じく名家。名家同士での婚約とか許嫁とか婿入りはそう珍しい話じゃない。前時代的ではあるが、そうやって異能者としての血脈を繋いできたのも事実だ。

 なので、この許嫁問題に関しても原作では語られなかっただけという可能性もある。そして、語られなかったということはその内破談になる可能性が高いってことでもある。


 しかし、態度からも明らかなように、アオイがオレに好意を持ってることは認めざるをえない。嘘だろって思うが、この事実がある限り、このままでは婚姻が破談になるとは思えない。


 理由はわかる。原作におけるアオイのかたくなさの一因は自分が変生したせいで親しい誰かを巻き込みたくないという思いだ。その点でいえば、曲りなりも変生してしまった彼女を止めたオレはアオイにとって近くにいてもいい相手という判定になったのだろう。


 嬉しいような、感激するような、それでいてとんでもないことをやらかしてしまったような複雑な気分だ。命の安全だけを考えたらここでピシャリとはねのけるべきなんだろうが、そうするとアオイが何するかわからない。

 原作だと終盤主人公と恋仲になった後はゴリゴリのヤンデレだったしな、アオイ。ゲームとしてプレイする分には可愛かったけど、実際その立場になると迂闊には動けない。実際、一回、主人公を刺してる前科もあるし。いや、そういうところもオレは好きだけど、刺されるのは勘弁だ。


 なので、オレにできるのは自然に嫌われるか、飽きられるのを待つことくらいだ。そのうちだろうし、あとはモテ男の輪に期待するしかない。


 ちなみに、アオイの変生の件は一応オレと死神、アオイ本人の間の機密として扱われた。輪とリーゼには同源會の道士の残した呪詛のせいでアオイが暴走した、という説明がされた。変生に関してはそうあることではないし、班内で不和を起こさないためだ。


 というか、隣に座るのか。しかも、なんか近いし、いいにおいするし、ドキドキするし。


「えと、山縣さん。どうして、蘆屋君の隣に?」


 代わりに首を突っ込んでくれる輪。ありがとう、そのまま原作通りになるようにしてくれ。


「? 何か問題でも?」


「いや、別にないけど……その近くない?」


「許嫁ですからね。将来夫婦となる身としてはまあ、自然な距離感では?」


 さらっと問題発言をぶち込むアオイ。輪は目を見開いて、スプーンをカレーの上に落とした。

 驚きすぎだろ。いや、無理もないんだが。


「えと、どういうこと?」


 オレが聞きたい。


「道孝と私は家同士が決めた婚姻関係、つまり、許嫁だと言うことです。ちなみに、私は愛人も妾も許さないので、そのつもりで」


 真っ当なことを言っているようだが、ハイライトがオフになってるので出てる。ヤンデレの片鱗が。


「……山縣さんは、蘆屋君のこと嫌ってたんじゃないの?」


「ええ、挨拶もしなければ、見合いの席もすっぽかすような相手を好きになる理由はありません」


「謝っただろ、それは……」


 納得は納得だし、悪いのは確かにオレなんだが、一言言ってほしかったな!


「じゃ、じゃあ、今は違うんだ」


「ええ。でも、関係性はそのままです。そのままでいいと言ったのは、当の本人ですし」


 それは探索者として、同じ班の一員としてって意味なんだけどなぁ。訂正したらしたでものすごい怒るだろうしなぁ。

 そんなことを思いながら、残りのコロッケを口に運ぶ。相変わらず旨いが、隣で凝視している美少女のせいで味に集中できない……。


「……あー食べるか?」


「くださるというなら断る理由はありませんね」


 ひょいと箸でコロッケをつまんで口に運ぶアオイ。それ、オレの食べかけなんだけどとか突っ込む隙はなかった。間接キスとかそういうのを気にする気はないらしい。


「お返しです。食べてください」


 そういってエビ天を箸で掴んで差し出してくるアオイ。どうやらこの衆人環視の状況でオレに『あーん』をするつもりらしい。


「いや、オレは――」


「食べてください。いや、食べなさい」


 押し付けられるエビ天。

 突き刺さる視線。

 断った場合想定されるアオイの表情と行動。たぶんすごい悲しそうな顔をする、ヤンデレ化して刺されるよりそっちの方がオタクにはつらい。


 というわけで、オレは大人しくエビ天は『あーん』される。美味しい。でも、完全に流されている。

 なんで、オレは危険人物筆頭とカップルみたいなことしてるんだろう。関わり合いになったらオタク心が抑えきれずこうなるのが見えていたからそもそも関わらないようにしようとしてたのに、推しに弱すぎるぞ、オレ。


「で、でも、いくらなんでも近すぎじゃない? 節度とかさ、ほら」


 どうにか気を取り直した輪が突っ込む。


「節度ですか。確かに3日も顔を合わせないというのは夫婦としてよい関係とは言えませんね。あの館に私も住みますか」


「ど、同棲するの!? それはちょっと早すぎるんじゃ……」


「……む」


 何一つかみ合ってない会話を聞いていると、今度はリーズが現れる。金髪美少女は最初にオレを見つけて近づいてきたかと思うと、輪を見て苦虫を噛み潰したような顔をして、アオイに気付いて戸惑いの表情を浮かべ、そのくせ平然とオレの対角線上に座った。

 …………カツ丼。意外と普通のもの頼むんだな。


「ミチタカ、折り入って頼みがあります」


「なんだ?」


「わたくしの指導役チューターをやっていただきたいのです」


 リーズはそんなことを言い放つと、丁寧にいただきますと手を合わせてからカツ丼に手を付ける。不思議だ、彼女が食べてるとカツ丼がフランス料理に見えてくる。

 

 って、待て。指導役? オレが? なんで? 


「……先日の探索でわたくしは自分の未熟さを痛感したのです。このままではこの班の足を引っ張ってしまう。ですから、優秀かつわたくしと同じ術師である貴方に教えを請いたいのです」


 ……なるほど。オレが適格かは置いといて、理由は納得できる。プライドを捨て誰かに教えをこう姿勢も素晴らしい。原作の高慢ちきなリーズはもういない。

 でも、オレの答えは決まっている。なぜなら『師匠』という称号はかませ犬化と隣り合わせだ。だから、オレは――、

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