第13話 チームプレイ
その歴史は3000年以上にも及び、創設者の一人は古代中国の皇帝に仕える『食医』であったとされる。
その年月は決してこけおどしではない。
組織の首領はもはや人の形ではなくかの『7人の魔人』にさえ匹敵する力をもち、配下もまた、末端にいたるまで強力な道士が揃っている。単純な戦力で言えば解体局にも引けを取らないだろう。
今オレ達が対峙しているのは、その同源會が道士の一人。中級の怪異を瞬く間に喰い殺す正真正銘の化け物だ。怪異の等級に当てはめるなら、Bランクの『禁域』にも値する。とてもじゃないがこんな序盤に出てきていい強さじゃない。
だが、そんな怪物にも弱点はある。勝利のための方程式はすでに完成している、答えは常に原作にあるものだ。
「はっ!」
戦場とかした河原をアオイが目に止まらぬ速度で駆ける。
斬撃の軌跡は雷の
同源會の道士といえどこの斬撃を受ければただではすまない。なにせ、あまたの怪異を切り殺してきた刃だ。どんな再生能力を持っていたとしてもその異能ごと両断する力が彼女にはある。
といってもだ。同源會の道士が扱う異能は強力で、アオイでも防ぎきるのは至難の業。互いに相手を殺す手段を持っているのだから勝負は五分だ。
その五分を十分にするためにオレ達がいる。
「――遅くなった」
「ええ! ですが、間に合いましたわ!」
アオイを援護しているリーズの隣に立つ。前衛をアオイに任せるのはいい判断だ。オレの前世の知識通りなら、同源會の道士とリーズでは相性が悪い。
「オレも援護に加わる。リーズは敵の退路を塞いでくれ」
「了解ですわ!」
「蘆屋君! 僕は!」
「輪は合図するまで待機だ! 詰めを任せる!」
二人に指示を出して、二体の式神を追加で呼び出す。最悪の場合は切り札の一つをここで披露することになりかねないが、それも覚悟の上だ。
幸い、ここは川辺。地の利はこっちにある。
「来い! 『
召喚した二体の式神には直接的な攻撃能力はないが、防御と敵への妨害に特化している。援護と考えれば、これが最適解のはずだ。
オレ達の中であの道士と正面切って戦えるのはアオイだけだ。三か月後なら輪にもできるだろうが、今は彼女に頼るしかない。
オレ達のすべきことはアオイの邪魔にならずに彼女を最大限に援護すること。そのための布陣はすでに構築済みだ。
「――ほう」
道士が足を止めて、こちらを見る。フードの下の瞳孔が横に開く。もはや人間のそれではないが、オレが怯むことはない。
だって、オレはこいつを知っている。原作中盤、輪たち本来のA班が遭遇した道士と同一人物だ。
その異能も戦い方もすでに種が割れている。すでに理解している相手を恐れる理由はない。
「――『咬(こう)』」
開いた口が閉じられる。瞬間、直線状の空間が歪んだ。
転がるようにしてその場から退避する。耳元でがちりという咬合音が鈍く響いた。
先ほどまでオレのいた場所をみれば地面まで大きく抉れている。断面にあるのは巨大な歯形だ。
これが同源會の道士の扱う異能、『捕食魔術』。対象を可食物として定義することで捕食し、その特徴を取り込む異能。この異能を基礎として道士たちは己が肉体を神仙の領域へと近づけていく。
強力な異能ではある。物理的手段で防御することは難しいし、こちらが負傷すれば負傷するほど相手の力が増していくという厄介さもある。
だが、この捕食魔術は道士たちにとっては基礎の基礎でしかない。
こいつはそれしか使えない。まだ同源會に入って100年しか経っていない新参者だからだ。
オレはこの異能の弱点を知っている。攻撃の防ぎ方も、こいつの倒し方も全部オレは知っている。
「『咬』」
再びの魔術行使。あのアオイを相手にしながらよくやると感心するが、思惑通りでもある。
「――『千年樹』!」
呼びかけに応えて、千年樹がその枝を延ばし、オレの眼前に壁を作る。絡み合い連なった枝の強度は鋼鉄のそれにも匹敵するが、捕食魔術の前には無力だ。
だから、オレの狙いは攻撃を防ぐことじゃない。道士の視界塞ぎ、千年樹の枝を食わせることにある。
「かわしなさい!」
アオイの声が響く。わかってる、回避しないと間違いなく死ぬ。かませ犬どころか、ひき肉にされてしまう。
だが、それじゃあ、
ゆえに、待った。限界まで引き付け、頭上に不可視の歯が振り下ろされる直前、式神を
「『不動塗壁』!」
「っ!?」
捕食魔術の一撃、防御不能なはずのそれを不動塗壁が阻む。
狙い通りだ。捕食魔術の第一条件は相手を認識すること。つまり、術を発動した段階で術者が認識できていなかったもの、存在しなかったものには効力がない。
今度はこっちの番だ。
「『はやにえ』」
発動させるのは、式神に対する『制限解除』。式神は怪異を一つの形に縛ることで使役することを可能にしているが、その制限を一時的に取り払うのだ。
「な――に!?」
次の瞬間、道士の身体が内側からはじける。千年樹の枝、その先についていた種子が取り込まれる前に発芽、魔力を吸って急速に成長したのだ。
そうして実現するのは、百舌鳥の『はやにえ』にもにた串刺し。伸びた枝は主要な内蔵全てに根を張っているはずだが、まだ息があるのはさすがは同源會と感心するほかない。
オレだけなら攻め手はここで終わりだが、あいにくとオレは一人じゃない。
「――
これ以上ない隙に、アオイが間合いを詰める。しかし、敵もさるもの。全身を貫かれながらも反撃のために魔力を集積している。
ほんの一瞬、道士のほうが速い。舌で舐めるのか、あるいは呑み込むのか。はたまた別の異能か。なんであれ、苦し紛れの雑な術だ。これを否定する運命を見つけるのはそう難しくない。
「輪!」
さすがは原作主人公、オレの指示よりも先に輪は動いていた。何という勘の鋭さ、卓越した判断能力だろうか。本格的な探索はこれが初めての素人だなんて誰も思わないだろう。
輪は道士に対して接近し、剣を振るう。瞬間、凄まじい魔力のうねりが起こる。オレの眼に運命は見えないが、それでも輪が決められた定めを
これが土御門輪だ。くぅー、最高だ。オレの存在さえ抜きにすれば原作にも追加してほしいかっこよさだ。
術は発動しない。その絡繰りに気付くより先に、アオイの刃は道士の首を落としていた。
それと同時にリーズの炎が千年樹の枝ごと道士の肉体を燃やし尽くす。火葬場並みの火力だ。意思を失った肉体は数秒で灰になった。
ここまでやれば生き返ってくることはない。事実、こいつが取り込んだ二体の鬼、異界因が消滅したことでこの異界も崩れつつあった。
かなり疲れた。というか、しんどすぎる。勝ったからいいものの、同源会の道士なんてこんな序盤で相手するような敵じゃない。っていうか、なんでこんなところにいんだよ。
「……勝ちましたわね」
「まあな。どうにかって感じだ」
オレがその場に座り込むと、リーゼが話しかけてくる。彼女も相当消耗しているはずだが、貴族の意地か表情には出さないようにしていた。
「その割にはずいぶんと余裕そうですのね。落ち着いてらっしゃった上に、即席であんな作戦まで」
「君だって合わせてくれたじゃないか。逃がさないための炎上網に最後の炎、あれがなかったら折角斬った首が生えてきてたかもしれん」
「死体を消し炭にするまで安心するな、怪異怪物との戦闘に置いての基本を守ったまでです」
そう言いながらもリーゼの横顔には達成感と喜びがある。死ぬほど予定外の戦闘ではあったが、とりあえずは安心と言ったところだろう。
切り札もまだ見せずに済んだしな。手の内を明かさない間はかませ犬になる可能性も低いし――、
「――蘆屋くん! なんかやばい!」
輪が叫ぶ。彼の見た運命、それが何かを理解する前にオレはその光景を目にした。
山縣アオイ。道士の死体のすぐそばに立つ彼女の髪が紫色に輝いている。
『
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