第12話 鬼
今回の異界には、鬼が関わっている。
そう、鬼だ。あの角が生えてて、赤だったり、青だったり、黒だったりして、昔話でやられ役をしている鬼だ。
一方、BABEL世界の鬼の実情はやられ役からはほど遠い。
鋼を引き裂くほどの膂力に、刃を通さぬ肌、くわえて魔術や巫術への耐性。これだけでも一般人どころか平均的な異界探索者を殴殺できるが、名前を得るほどの個体になればあらゆる自然現象を再現し、操作することさえできる。
しかし、幸いにも、事前情報通り、この異界を形成した鬼はせいぜいがDランクの怪異だ。言葉くらいは解するかもしれないが、こちらの戦力は十分。別動隊には鬼退治の専門家であるアオイもいる。負ける方が難しい。
それにしても、よりによって鬼とは。アオイにとっては複雑な気分だろう。
探査者になった以上戦う相手は選べないとはいえ、鬼に近づくことは彼女にとってリスキーな行為だ。
山縣アオイ、そして彼女の一族は鬼とは深い因縁がある。先祖が受けた鬼神からの呪いは親から子へと受け継がれ、アオイの中にも流れているのだ。
呪いが引き起こすのは『
トリガーとなるのは鬼神か、その眷属との接触。今回の鬼は鬼神とは関係ない低級の鬼だからトリガーになることはないが、精神的負荷はあるはずだ。
何かオレにもできることがあるといいのだが、今のオレは主人公でもプレイヤーでもなく、おまけに彼女に嫌われている。オレが
そんなことを考えて山を登っている最中、その匂いに気付く、
気分が悪くなるほどの強烈な血の匂い。すでに巻き込まれた一般人がいたのかもしれない。そう考えて、歩みを早めた。
匂いをたどってたどり着いた山の中腹には、全く想定外の光景が広がっていた。
「――うっ!?」
目の前の
一面の
血だ。吐き気を催すほどの強烈な朱はここで起きた何事かの凄惨さを如実に物語っていた。
「……いったい何が」
「視力の強化はやめといたほうがいい。オレだけで十分だ」
「わ、わかった」
オレでも悪寒が走るくらいだ、今の輪がこの現場をつぶさに見てしまえば神経が持たない。
なにせ目の前の死体は原形をとどめていない。
それらの肉片は皆いびつな形をしており、凄まじい力で引きちぎられたようだ。よくよく観察すれば歯形のようなものも見て取れた。
だが、問題は、この死体の惨状そのものではなく、この死体がなんなのかということだ。
「な、何が死んでるの? クマとかじゃ、ないよね……?」
「ああ。死んでるのは鬼だ」
体の大きさ、両断されている頭部に確認できる角、周囲に漂う濃厚な魔力の残滓。どの特徴も目の前のこの死体がオレ達が探していた異界因、二匹の
「鬼って……僕たちが探してる鬼だよね?」
「ああ、反応が一つに減ってる。なにかがオレ達が到着する前にこの鬼を殺した」
「そんなことって……よくあることなの?」
「…………いや、滅多にない。大抵の場合、異界因はその異界でもっとも強力な怪異だ。他の異界から紛れ込んだ怪異がいたとしても、異界因を襲うなんてことはまずない」
だって無意味だ。異界因が消滅すれば異界そのものが消える。そうなれば中の怪異も長くは存在できない。自滅だ。
しかし、現実に鬼は死んでいる。それも武器や異能ではなく力づくで引き裂かれ、嚙み千切られて死んでいる。こんなことができるのは同じ怪異、それもとりわけ強力な個体だけだ。
「じゃ、じゃあ、僕達以外の探索者とか……?」
「それこそありえない。解体局に所属してない探索者なんて――」
そう口にしかけたところで、はたと気付く。オレはとんでもないことを忘れていた。
すぐに念話を繋げようとするが、妨害されている。もう事は始まっているとみるべきだ。
「輪! 走るぞ!」
「え!? うん!」
説明するより先に踵を返す。同時に方位陣を展開して、状況を確認する。最初の時とは違い、探査対象を怪異だけではなく生命体全体に広げた。
複雑な術式を移動しながら行使するのは相当にしんどいが、そんなことは言っていられない。
瞬間、流れ込んでくる情報量に足がもつれる。どうにかこけずに済んだが、恐怖に脳の奥が痺れるような感覚があった
「蘆屋君!? だ、大丈夫!?」
「問題ない。それより、川に行った二人が危ない。急ぐぞ」
「危ないって……どういう……」
「敵だ。この異界に敵が侵入している」
「敵!? 怪異!?」
「違う。違うが、敵だ」
魔力で強化した足を叱咤しながら、輪に対して最低限の説明を行う。相変わらずなにも知らないが、オレも今の今まで思い出しもしなかったのだから人のことは言えない。
異界探索者にとって怪異は敵ではない。あくまで異界を解体するための乗り越えるべき障害として捉えるように教育を受けるからだ。
そもそもが人々の認識のゆがみによって生じる異界の内部においては、個人の認知は怪異や異界そのものに大きな影響をもたらす。そんな異界の内部で、怪異を敵視したり、あるいは憎悪したりしてしまえば相手を強化してしまうこともある。それを避けるために探索者は怪異を敵と呼ばず、個人的な感情を持つことは禁じられる。
では、オレ達異界解体局所属の異界探索者にとっての『敵』とはなにか。それは
「解体局以外の探索者って……そんなのいるの!?」
「いる。数だけでいえばそっちの方が多いくらいだ。そいつらの目的は異界を解体することじゃない」
オレの言葉に輪が息を呑む。走りながらも周囲への警戒は怠っていないが、行きではうろちょろしていた小物の怪異は全滅している。実体を持たないはずの悪霊さえも食い散らされて、無残な残骸と化していた。
「解体以外ってこんな危険な場所で何するの!?」
「まあ、いろいろだ。怪異の死骸を回収して売るやつらもいれば、研究対象にしてるやつらもいる。そもそも異界に住んでるような奴らもいるしな」
「住むって……そんなことできるの?」
「場所による。ともかく、解体局にとっての『敵』はそういう連中のことだ。組織や個人によって目的も理念もばらばらだが、異界を解体しようとするオレ達はやつらにとっては邪魔ものだからな」
怪異はある種平等だ。目的の
その意味でも解体局にとっての最大の敵はやはり同じ人間、もしくは人間だったものたちと言えるだろう。
くそ、どうなってやがる。
それで安心して記憶の隅に追いやっていたせいで、気付くのが遅れた。これはオレの失敗だ。
「こ、今回は、そのどんな敵なの? 予想できてるみたいだけど……」
「……あの鬼の死体には歯形があった。それも大きさから言って人間の歯形だった。あの鬼はただ殺されたんじゃない、食い殺されたんだ」
「じゃ、じゃあ、まさか、その敵の目的って……」
「ああ、おそらく敵は『
オレの言葉に、輪の足が止まりそうになる。
気持ちはわかる。オレは
それでいて、ちゃんと走り続けているのだから流石は主人公だ。強化のおかげでもう三キロは進んでいる。あと少しで川が見えてくるはずだ。
「わ、わからない、なんでそんなことを……もしかして、美味しいの? その、幽霊って」
「さあな。だが、連中は怪異を食べることで自分たちの力が増すと信じてる。医食同源ならぬ異食同源ってやつだ。いかれてるだろ?」
「う、うん。食べるならアイスとかの方がいいよ、僕は」
意外なほど可愛らしい答えに思わず吹き出しそうになる。輪はにらんでくるが、おかげで少し緊張が解けた。
しかし、原作では描写されてなかったが、この土御門輪、かなりあざとくかわいい。こういうギャップがモテ男の所以か。
そんな感慨もそこそこに、無人駅を通り過ぎて、線路を越える。件の川が見えた。
「式神を先行させるが、おそらく二人は戦闘中だ! そのつもりでいろ!」
「わ、わかった! 僕は前衛だね!」
手早く印を切って、鉄犬使を呼び出す。彼らに続くようにしてオレたちは河原へと到着した。
そこでは予想通りというべきか、すでに戦闘が始まっていた。
「
草原の上を炎の舌が舐める。火炎放射器もかくやというこの魔術はリーズのものだ。
「――はっ!」
その炎の合間を疾風のごとき影が走り抜ける。アオイだ。
オレの強化魔術などとは比較にもならない凄まじい身体能力。おそらく
恐るべきは対怪異剣術『ライコウ流』と山縣アオイだ。
かの最強の怪異殺し源頼光とその四天王に由来するこの流派は狂気ともいえる修練によって人間を怪異をも上回る超人へと造り変える。
山縣アオイはその完成形の一つ。15歳にして免許皆伝を許された彼女は立派な超人だ。
だが、対峙する相手もまた只者ではない。
同源會の道士。数多の怪異を喰らってきたその肉体はもはや人類の範疇にはない。
黒いローブに隠された全身。そこから発せられる魔力は大沼の底のように深く、濁っている。ただわずかに覗く口元だけが暗夜の三日月のように鈍く輝いていた。
恐ろしい光景だ。同源會の道士は中盤の強敵、本来こんな序盤で戦う相手ではない。
しかし、オレの心に恐れは少ししかない。何故ならオレは怒っている。凄く怒っている。
オレはうまくいっているかはともかくとして原作をブレイクしないように気を遣ってきた。例え現状何一つうまくいってなかったとしても、がんばってきたんだ。
だっていうのに、この道士は原作ブレイクしておいて、当たり前のような顔で原作ヒロインであるアオイに牙をむいている。
許せない。オレの怒り(八つ当たり)を晴らすためにも全力でこいつは倒す。
なに、時季外れとはいえ原作キャラ、攻略法は考えてある。
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