第11話 ネット怪談

 異界は人の認識の歪みによって生じるもの。そのため異界は人間社会に広く膾炙かいしゃした概念や物語、伝承などに影響を受ける。

 

 例えば日本において坂は冥界、つまり、死に連なるモチーフの異界に結びついている場合が多い。これは神話における黄泉平坂の影響だ。

 ほかにも西洋圏ではイギリスのゴースト屋敷の影響で洋館の形をした異界が多く、変わり種ではエレベーターみたいな小さな空間が異界化した例もある。


 今回の異界の場合は、基底となっているのは怪談だ。それも今世紀になって成立したネット怪談ロアがこの異界を成立させている。


 なんでわかるかって? 一目瞭然だ。

 オレたちが木製の扉を潜った先にあったのは、夜中の無人駅のホームで、案内板には二月駅と書いてあった。明らかにネット掲示板発祥の会談が元になっている。


 空に月はなく、明かりは周囲にある消えかけの電灯だけ。見えないほどに暗くはないが、不安感を掻き立てる不気味さがある。遠くから聞こえるのは祭囃子が聞こえてくるし、まず間違いない。


 ……原作で主人公たちが最初の実習で訪れた異界は無人の遊園地だった。ということは、ここは原作にはない未知の異界ということになる。

 何らかの原因で原作とはズレたと考えるべきか。原因はオレ自身も含めて心当たりがいくつもあるが、想定の範囲内ではある。最大限の注意を払って、攻略すれば問題はない、そう自分に言い聞かせた。


「……真夜中の無人駅、どこまでいっても帰ることはできない。どこかで聞いた話だね、これ」


 輪が言った。少し震えているが、落ち着いているようだ。この調子ならまあ大丈夫だろう。


「有名だからな。だから、こうして異界として成立する」


 BABELの原作ではインターネットの普及によって異界はその数を大きく増やした。何の由緒もない怪談話もこれまでにない速度で世界中に伝播、認識されるせいで、異界として成立しやくすくなってしまったのだ。

 この異界もそんな異界の一つと見てまず間違いない。


「怪談はどんなオチになってたっけ……」


 輪が言った。有名な話だけあってこの前まで素人であった輪でも聞き齧ったことくらいはあるようだ。


「あの怪談は途中で終わってますわ。書き込みをしていた電話の充電が切れてそこで終わりです」


 答えたのはリーズだ。油断なく杖を構えて周囲を警戒してくれている。


「…………長居は無用ですね」


 驚いた、アオイが口を開いた。彼女とて異界探索の危険性は知っている。個人の事情より班内でのコミュニケーションを優先すべきと判断してくれたのだろう。それに言っていることも正しい。


 この異界の元になったいわゆる『無人駅』系統のネット怪談は時間が経てば経つほど怪現象が増えていき、最終的には投稿者が行方不明になるパターンが多い。できるだけ迅速に動くべきだろう。


「まず異界因の位置を特定する。周囲を固めてくれ」


「了解ですわ」


「うん」


 アオイからはやはり返事がないが、とりあえず指示に従う気はあるらしく、オレの背後に移動した。


 今オレたちが敷いているのは『目』と呼ばれるフォーメーション。背中合わせになって互いを守る基本的な陣形の一つだ。


 一人足りないので三方向しか警戒できないが、そこはここの優秀さで補ってもらう。


「――来たれ、『六占式盤』」


 方陣の中央に立つオレは守ってもらっている間に、魔力で六占式盤を形成する。

 いつもは東西南北しかない簡易な方位陣での簡単な占いばかりだが、この六占式盤を形成できればより詳細かつ正確な占いができる。

 

 欠点としては、一人でこの陣を敷くには時間がかかるのと『盤』の展開中はオレは一歩も動けないことの二つ。

 『盤』がないとできない術もあるから結構致命的な弱点なんだが、今は仲間が、それもこれ以上なく頼りになる仲間がいる。動けない間に襲われる心配はしなくていい。


「――っ」


 盤を成立させると同時に、膨大な情報がオレの脳に流れ込んでくる。その中から必用な情報だけを選別し、記憶に刻む。

 最初の頃はこの情報の奔流に耐えられず、陣を使うたびにゲロを吐いてたが、今では慣れたもんで5分くらいは耐えられる。


「異界因は二つ。北東、3キロ先、山の中に一つ。南西、2キロ先、川辺に一つ。異界因は、鬼だ。どちらもDランク程度のやつ」

 

 盤を解除して、手に入れた情報を共有する。他にもこの異界の全体の大きさや由来、現存している怪異の数に関してもある程度は把握できた。


 異界因が複数ある異界はそう珍しくはない。そういった場合は、おおもとの異界因から分裂、増殖したか、もしくは最初からいくつもの異界因が存在しているか、だ。

 今回の場合は前者だ。一つの異界因が分裂して二か所に散っている。両方ともが同じ鬼であることから見ても、力の分散具合から見てもまず間違いない。


「やはり、ですか」


「え? なにがやはり?」


 理解できていない様子の輪に、リーズは呆れてため息を吐く。それでいて、一拍おくと解説を始めるからどこか憎めない。


「鬼という漢字の読みの一つにきさらぎという読みがあるのです。きさらぎは漢字では如月、この国の古い暦では二月のことです。もともとはその月の行事の……なんでしたかしら……」


「豆まきだな。これもまあ、連想ゲームみたいなもんだ。2月と言えば豆まき、豆まきと言えば――」


「――鬼。なるほど」


 相変わらず理解の早い輪。BABELの世界の異能、魔術の類の多くはこういった理屈で成り立っているから、それを感覚的につかめると上達が早い。

 あとは知識量さえあれば完璧なんだが、これに関しては時間と好奇心が解決してくれる。そういう点で言えば、意外とオタクのほうが探索者には向いているのかもしれない。


「……二手に分かれましょう。、怪異の数はまだ少ない。一気に駆け抜けて、二つの異界因を手早くつぶすべきです。可能ならば、ですが」


 言葉に棘こそあるが、一応アオイも信用してくれたらしく、オレの情報をもとにまっとうな作戦を提案してくれる。 

 

「異論はない。問題は人員配分だな。スタンダードに前衛一人と後衛一人で分けよう。ウィンカース、探査はできるか?」


「あなたほど広範囲ではありませんが、使えます。あと、リーズで結構です。そ、その、とは命を預け合う間柄になったのですし」


 驚いた。かわいいこと言うじゃないか。原作ではこんな一面を見る間もなく彼女は物語から退場してたから、こいつは役得だな。


「じゃ、じゃあ、僕もそう呼ばせてもら――」


「ありえません。ミス・ウィンカースと呼びなさい」


「……扱いが違いすぎる」


 取り付く島もなく振られる輪。これも珍しい光景だ。原作での主人公はひくほどモテるが、リーズにはエロゲ特有の魔性の魅力も通じないらしい。


「……このまま戯れているつもりなら、私は一人で動きます」


 いい意味で空気の読めないアオイがそんなことを言い出す。確かに彼女の言う通り、のんびりしているのは非常に良くない。

 時間を掛ければ掛けるほどこっちが不利になる上、今回は異界因が二つ、できるかぎり速攻を心掛けたい。


「ミスヤマガタとわたくしは南西の川を潰します。アシヤ殿、山の方をお願いできますか?」


「請け負った。それと、オレのことは道孝でいい」


「――っはい、ミチタカ」

 

 赤面するリーズが可愛いことをわきにおいても、彼女の気遣いはありがたい。四人しかいない以上、彼女がアオイと組むなら、オレは自動的に輪と組むことになる。


 アオイと二人きりはさすがに気まずい。なんで嫌われているのかわからない分、なおさらだ。


「こいつを持って行ってくれ。魔力を通せば、念話が通じる」


「了解です」


 懐から取り出した人型の形代をリーズに渡す。呪いや祟りを避けるための身代わりの内の一枚だが、オレ自身でもあるために念話の媒介としてはこれ以上なく優秀だ。

 

 ちなみに、大抵の異界では電子機器の類、特に電話やパソコンなんてものは正常に動作しない。むしろ、マイナスに作用することさえあるので異能を用いての連絡手段は重要になってくる。もっとも、念話の類は妨害、傍受も簡単なので、できる限りは使いたくないんだが、今は念話に頼るほかない。


「では、ご武運を」


「そっちもな」


 短く言葉を交わして、歩き出す。異界の暗闇はどうしようもなく不気味だが、不思議と恐怖は薄かった。


 オレの目的は『かませ犬にならずに生き延びる』こと。そこから考えれば現状はとてもじゃないが、うまくいっているとは言えない。

 だが、この班の面子は異界探索においてはこれ以上なく頼りになる。もしオレが何もしなかったとしてもこのくらいの異界ならば三人でどうにかできる。


「聞いてもいいかわからないんだけどさ」


 山の方向に道路沿いを進んでいると、輪が話しかけてくる。オレの知るかぎり、本格的な異界探索はこれが初めてのはずだが、浮足立った様子が見られないのはさすがというべきか。


「なんだ?」


 少し迷ってから聞き返す。 

 目的のことだけを考えれば輪と仲良くするのはマイナスでしかないが、今はこの異界の攻略が優先だ。そのためにも、輪には原作主人公として力を発揮してもらわないとならない。


「蘆屋君と山縣さんの関係って、その、どういうのなの?」


 当然と言えば当然の疑問だが、できればもっと探索に関することとかを聞いてきて欲しかった。だって、これに関してはオレも答えを持ってないからな!


「どうって……ただのクラスメイトだ。オレとお前の関係とも特に変わらないよ」


「そうなの? なんかないと、あんな感じの態度はしないと思うんだけど……」


「それこそ、オレの方が聞きたいくらいだ」


 正確には初対面ではなくオレの方が一方的に彼女のことはかなり知ってはいるのだが、前世が云々と説明するわけにもいかないので割愛する。


「正直、初対面の相手に嫌われてるのはしんどい。だが、理由が分からないとどうしようもない」


「あれは、嫌ってるのかな? どちらかというと、拗ねてるみたいな……」


「拗ねてるってなにに?」


「僕も理由までは分からないよ。その、勘だし」


「勘か」


 まあ、この世界において勘はバカにできない。特に運命視の魔眼を持っているような奴の勘は。


「あ、でも、勘って言っても女の勘とかそういうのじゃないからね! あくまで僕の勘だからね! 勘違いしないでよね!」


「お、おう」


 ツンデレみたいなことを言ってアホ毛をぴょぴょこさせる輪。なんだよ、愛らしいかよ。

 てか、原作のお前そんななんかマスコットみたいじゃないだろ。返せよ原作のクールキャラを。かわいそうだろ、オレが。


「ともかく、山縣さんはたぶんだけど、別に蘆屋君のことを――」


 不意に、輪が足を止める。何かを感じ取ったらしい。

 話の続きも気になるが、オレの感覚も警告を発している。どうやらここから先は最大限の警戒が必要なようだ。


 目の前にあるのは山中へと続く山道の入口。そこからは禍々しいまでの気配が誘うように漂ってきている。


 だが、退路はない。このために10年鍛え続けてきたんだ、オレはその年月を信じる。

 それに、今オレの隣にいるのはあの土御門輪だ。不謹慎だけど、あの『BABEL』の世界に自分がいるという実感の前には恐怖なんてものは些細な障害でしかなかった。


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