第9話 運命の班分け
リーズと輪、そして、オレと輪の決闘の二日後、早朝の教室。
オレが机の上で眠気眼をこすっていると、原作主人公土御門輪に声を掛けられる。
「蘆屋くん、実習の班、僕と組んでくれない?」
「断る」
まさかNOを突き付けられると思っていなかったのか、輪は目を白黒させている。頭のアホ毛は不安げに揺れていた。
これだからモテ男は。自分の誘いが断れるなんて前提がそもそもないのだ。
聖塔学園における『実習』は異界探索の実戦任務を指す隠語だ。
学園とその運営組織である『異界解体局』の把握している異界の中から異界深度C、つまり『
問題は、訓練と言いつつもこの実習が紛れもない異界探索の実戦だということ。
当然のごとく死の危険とは隣り合わせだし、事前情報にはない異変が起こることなど日常茶飯事だ。
「でも、男子はボクたち二人だけだよ! 実習の班って一度決まったら三年間同じままだっていうし、お願いだよ!」
だから、余計お前と同じ班だけは避けたいんだよ、こっちは。
実習は五人一組の班で行われ、その構成は基本的に三年間固定される。変更されるのは欠員が出た場合のみ。
つまり、誰かが犠牲にならないと班の構成は原則変更されない。オレは死にたくないが、そのために平気で誰かを犠牲にできるほどさかしくもないので、輪やそのほかの危険人物たちとは同じ班にならないようにするしかない。なので――、
「断る。この学園でやっていくなら女子に慣れないとやってけないぞ」
それにこれは輪のためでもある。こいつが原作通りにモテてくれないといろいろうまくいかない。
「そ、それはわかるけど、実習は命懸けなんでしょ? なら、やっぱり信頼できる相手の方がいい」
「いや、この前会ったばっかりだろ、オレ達」
「一度決闘したんだし、親友みたいなものでは?」
昭和のヤンキーみたいな理論はともかくとして、実習に関しての言い分には一理ある。
最初の実習における学生の死亡率は約3割。つまり、この教室にいる10人の内、3人はいなくなりかねないということだ。
だから、できるだけ気心の知れた相手、それも実力の把握できている相手と組みたいという輪の言い分は正しい。オレだって原作知識がなければ、輪と組んでいただろう。
だが、それを差し引いたとしても、原作主人公と同じ班になるのはあまりにも危険が大きすぎる。
すでに手はずは考えてある。班全体の実力のバランス、役割分担を考慮した理想の実習班。その絵図がオレの脳内で完成している。
ふふふ、想定外の事態に振り回されっぱなしだが、これからは違う。オレの学園生活はここから始まるのだ!
「実習の班分けだけど、くじ引きで決めることにしたよ!」
五分後、オレの希望は教室に現れた死神の一言で跡形もなく粉砕された。
儚い、儚い望みだった……。
いや、まあ、予想はしてたけど。こういう突拍子のないことを言い出すのが、死神こと誘命だ。
「ちょ、ちょっと、お待ちなさって! 実習の班分けはこれからの学園生活を左右する一大事! それをくじ引きに託すなんてめちゃくちゃですわ! どうかお考え直しを!」
「やだ!」
「子供ですか!」
この前の決闘からもう回復しているリーズがみんなを代表して抗議してくれるが、死神には通じない。
実力はもちろん超人的なのだが、それ以上に超人的に自己中なのが魔人の特徴だ。まじでどっかいってくれ。
「それに日本ではくじ引きはただの運任せではなく、神託でもあるんだよ、リーズちゃん!」
「それはお
さすがは真面目なリーズ。日本の文化については細かいとこまで勉強している。
リーズの言う通り、日本では日常的なくじと寺社仏閣でひくくじを御御籤として分けている。前者は運試しと受け止められ、後者は神から託宣として受け止められる。
現代になってその意味合いは薄れたが、それでもこの二つは明確に区別されている。
なので、死神は有罪。生徒をたばかろうとするとはいい大人がすることではない。
「ともかく、君らは異界探索者! 異能が使えるんだから、望みのくじ位引いてみせなさい! そう、これはぼくからの実習前の最後の授業ってやつさ!」
最後も何もアンタまともに授業なんてしたことないだろとか、もっともらしい言い訳を考えたなとかいろいろ言いたいことはあるが、まあいい。
異能が使えるならくじの結果程度どうとでもできる。
特に、陰陽師の本来の役目の一つは卜占、つまり、ある種の運勢操作だ。オレにはかなりのアドバンテージがある。
「……右から二番目か、左から四番目だな。あとは真ん中とその右隣」
指で机に方位陣を書いて、運勢を計る。まあ、悪くない結果だ。順当にいけば40パーセントの確率でオレとにとって良い運勢のくじを引ける。
大事なのはここからだ。魔力操作で方位陣に干渉して、運勢を調整する。輪の運命視の魔眼や上位の怪異が使う異界権能とは違って、確率を100%にはできないが二分の一くらいには調整できるのが、陰陽道の術だ。
基礎の基礎だが、こうして考えるとめちゃくちゃ汎用性があるな、陰陽術。
直接の攻撃手段がないだけで大抵のことは一人でまかなえてしまう。原作の蘆屋道孝が慢心していたのも今更ながら納得だ。
オレの順番はちょうど半分の五番目。まさしく運命の変わり目ってところか。
「久しぶりだね。部屋に来てくれないから心配したよ」
「どうも」
死神を極力無視しながら、残っていたくじの中から右から二番目のくじを引こうとして――、
「つれないなー。ぼくがこのクラスの担任をすることになったのの半分は、君がいるからなのに」
とんでもない爆弾を投下される。
オレがいるから担任になった? どういうことだ?
「お、意識が乱れたね。でも、ちゃんと運勢操作は保ってる。よく修行しているね」
「……どういうことか、聞いてもいいんですか?」
オレの問いに死神は唇の前に指を立てると、「ちょっとだけね?」と答えた。
「まあ、直感みたいなものさ。君はおもしろいことになる、初めて会った時にそんな気がしたんだ。だから、できるだけ近くで見ていたくてね」
「……意味が分からないんですか」
「うん、ぼくもさ。でも、いずれ分かるときがくる。今は、くじを引きなさい。運命の選択だ。慎重にネ」
「……はい」
死神のけむに巻くような言葉の真意は分からないが、こいつがこういう話し方をするのは原作からだ。視点の高さが違いすぎて、オレのような人間が理解しようとして理解できるものじゃない。
「……赤か」
くじには赤い印が付いている。その意味するところは不明だが、運勢的には抜群のやつを引けた。結果は悪くないはずだ。
「じゃあ、印のついているくじを引いた方は教室の右に、そうじゃない方は左に集まってくれ。あ、そうそう、くじを引いた時点で変更は効かないからよろしく!」
どうせそんなことだろうなと思いながら、右側による。すぐにオレを除いた四人が集まってきて――、
「あ」
「あ」
「え」
「……ふむ」
顔を合わせた瞬間、全員がそれぞれに感情を漏らした。
山縣 アオイ。
リーゼロッテ・ウィンカース。
土御門 輪。
そして、このオレ、蘆屋道孝。これが実習A班の全容だ。
すいません、これのどこが大吉なんですか? どこからどう見ても主人公
「てか、誘先生、数が合ってないんですけど!」
「いや、合ってるよ。ボク、四つしか印付きのくじ作ってないし」
「はぁっ!?」
なんてことしてくれやがったんだ、この疫病神は!
いや、待て、印付きのくじは十枚中四枚だった。オレの占いでも当たりは十枚中四枚……つまり、この状況こそがオレにとっての大吉ということになる。
なんで??
「先生、な、なぜ、そのような……そもそも探索班は基本的に五名編成では?」
常識人のリーズが突っ込んでくれる。彼女だけが救いなように思えるが、原作通りなら彼女が輪と同じ探索班になることは一度もなかったので、どちらかといえば警戒対象だ。
原作通りなのは、アオイと輪だけ。なぜかオレという異物が混ざってる。
「基本はそうなんだけどねぇ。ほら、今年は経験者が三人もいるでしょ? だから、僕なりに考えたんだ。班同士のパワーバランス? ってやつ? 彼とアオイが揃ってれば、四人と六人でもつり合いは取れてるかなって」
「な!? 蘆屋殿の優秀さは認めますが、いくらなんでもむちゃくちゃでは……」
「まあまあ、最初の実習だけだからさ! 我慢してよ!」
あはは、と笑う死神改め疫病神。マジで一回本気で呪ってやろうかと思うが、力の差は歴然。呪い返しされたら洒落にならないのでやめておく。いつか絶対やり返してやるけどな! オレが安全な状況で!
「わたくし、学園に抗議しますわ……」
「応援してる」
肩を落とすリーズにオレはそっと励ます。まず無駄だろうが、努力はすべきだ。
オレ? オレはもう半分諦めてる。運勢を読み間違えたのオレだし、死神以外誰も責められないし、いつか班変えの機会が巡ってくることを祈るしかない。
あと、あれだ。一応この結果が吉なのは間違いないわけだし……と自分をどうにか納得させた。
しかし――、
「じゃ、じゃあ、まあ、仕方ないし、とりあえず、今日はこの班で決まりってことだね」
「………まあ、いいでしょう」
「どうしてわたくしが……」
この気まずい空気どうするよ。クールキャラなはずの輪が思わず気をつかうほどのイヤーな感じだぞ、オレ以外全員。
改めて言うが、これのどこが大吉なの…………誰か教えて……、
「あ、ちなみに、当たり班の方は実習三日後だからね。がんばって!」
最後に爆弾を投下していく死神。あと三日でどうせいと?
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