第8話 お嬢の意地とかませ犬の好み
決闘の終了を確認してからオレは式神を引っ込める。
どうにか決闘には勝った。原作はブレイクしたが、かませ犬にならないように格を保つことには成功した、と思う。手の内はほとんど見せてないし、大丈夫なはずだ。
倒れていたリーズも無事、自動人形たちが保健室に運んでくれた。決闘を終えたおかげで外傷はないし、魔力が回復すれば目を覚ますだろう。
「いやー、負けた、負けた」
輪の方は負けたのにあっけらかんとした顔をしている。釈然としないが、落ち込まれたり、辺に執着されるよりはまだいい。
そんな風に自分を正当化していると、山三屋先輩に声を掛けられた。
「おつかれー、アシヤン。でも、保健室いかなくていいの?」
「 ? 怪我はしてないですが」
「もうにぶいなぁー、せっかく助けたんだから顔を見に行きなよ。罵倒されるか、感謝されるかは知らないけど」
ああ、何かと思えば、リーズのことか。乱入はオレが勝手にやったことで怒られこそすれ、感謝されるいわれはないと思うし、リーズもオレの顔なんて見たくないと思うんだが……、
「それにここにいるといろいろ質問されて面倒だと思うよ?」
「なんでです?」
「自覚ないの? 呆れた……あんなに速く、しかも、複数の式神を出せる陰陽師なんてみんな見たことないの。あーしだって、最初の塗壁出した時見えなかったし……ともかく、アホみたいにスカウトされるよ、嫌なんでしょ、そういうの」
「そうなんですか……」
「そうなんです!」
いいから行けと背中を押されて、保健室へと向かう。
それに言われてみれば、確かにオレのやった戦法は学生レベルではない。変に持ち上げられるとかませ犬フラグが立ちそうだから、ここは逃げるが吉だ。
でも、やってることそのものは原作の蘆屋道孝とそう変わらないはずなんだが……、
◇
「……それで、わたくしに何か御用でも?」
保健室に到着すると、リーズは意識を取り戻していた。
予想通り機嫌は最悪だ。魔力の枯渇で衰弱していなければ、暴れだしていたかもしれない。
「用はない。様子を見に来ただけだ、その、立会人として」
「だったら、もう消えてください。この通り、無様に敗北したのですから」
完全にへそを曲げているが、気持ちは分かる。挫折とはそういうものだし、そういう経験が一つよくしたりしなかったりするものだ。
こういう時は変に声を掛けるより、一人にしてあげたほうがいいものだ。
「……一つだけ、聞かせてください」
保健室を出ようとした瞬間、背後から声を掛けられる。
「なんだ? 答えられることなら答えるぞ」
「……なんで、あの時、割って入ったのですか?」
そ、それかー。誰かに聞いたか、それとも、あの瞬間意識があったのか……どちらにせよ、困った。
どう答えたもんか。
オレがあの時、飛び込んだ理由は結局のところ、これ以上愛する
こんなことを正直に答えたところでリーズを混乱させるだけだが、オレもこの状況で嘘を口にしたくない。だから――、
「…………深い理由はない。ただ、君みたいな人が傷つくところはもう見たくない、そう思った時には体が動いてた。誇りを傷つけたことは謝る、だが、たぶん、同じ状況なら同じことをする、と思う」
自分でもふわっとしていると思うが、こういう時は本当のことを口にするのが一番後悔が少なくて済む。
だから、思い浮かんだことをそのまま口にした。怒られても仕方ないだろう。
「わたくしみたいな人?」
「君みたいな綺麗で誇り高くて、かっこいい人ってことだ」
「なっ!?」
原作プレイヤーの大半はリーズのことをただのかませ犬としか見てなかったが、彼女が傲慢さと高飛車さがある種の高潔さ、誇り高さの裏返しであることをオレは知っている。
ただそう設定されているのではなく原作でもそこら辺はきちんと言及されていたし、実際に何度致命傷の痛みを受けても立ち上がるリーズの姿は美しくて、誇り高くて、かっこよかった。思わず憧れさえ感じてしまうほどに。
これもなりふり構わず飛び込んだ理由の一つだ。原作を愛する光のオタクとしてオレを救ってくれたのと同じ光を守りたかった。
「……そのような物言い。わたくしは嫌いです」
「だろうな。オレもこんなこと言われたら怒る」
「…………でも、わたくしを思って行動してくださったことは認めます。ですので」
ベッドの上で体を起こそうとするリーズ。
無理をするなと口にしようとして、やめる。これは彼女の誇りの問題だ。
「ありがとうございます、蘆屋道孝殿」
彼女の言葉に応えられるものをオレは待ち合わせていない。
だが、この言葉を聞けただけでも、バカなことをした甲斐があったってもんだ。
「…………すこし、話をしたいのですが、いいですか」
「……なんだろうか」
椅子を持ってきてリーズの側に腰かける。
彼女は危険人物リストには載っていない。仲良くしたところでルート分岐するわけじゃないし、少しは気が楽だ。
「皆、わたくしを笑っているのでしょうね。スカウトされたばかりの素人探索者に負けた名家の恥だと」
「……そこまでは言ってなかったと思うぞ」
まあ、オレはともかくとして掲示板とかではよくぼろくそに言われてたけど、別にリーズ本人には何の落ち度もない。
物語上、致し方のない犠牲というやつだ。主人公である輪の異常性、強さを強調するには誰かが彼と戦って敗れなければならない。
一方で、かませ犬のなかではリーズは後から原作者等々からフォローされている方ではある。
魔力量は同級生の中でも上位に入るし、習得している魔術の数も同年代の中ではトップクラスだ。
まあ、そういう地力があるからこそかませ犬にされているわけだが……、
「屈辱です。この恥は必ず雪いでみせます」
「その意気だ。だが、もう決闘なんてのはやめといたほうがいい。ああいうルールありきの戦いは君やオレには向いてない」
「……なぜです?」
「異界探索は基本的に複数人で行うもんだ。その中におけるオレや君の役目は後方からの援護と火力支援。殴り合いは専門じゃない」
上位の探索者の中にはすべての役割を一人でこなせるタイプの天才もいるが、それでも、生まれ持った適性は必ずある。
「それはそうですが……素人に負けるようでは……」
「その考えが敗因だ。君は相手を侮った。スカウトされたばかりの素人だと思って、考えることをやめてしまった。だから、相手の異能を見抜けなかったんだ」
原作知識ありきのオレが説教するのもなんだが、かませ犬にならない方法に関しては10年間ずっと考えてきたのだから一家言ある。
「怪異を相手にするときもそうだ。相手の見た目や魔力量で油断していたら、簡単に足をすくわれる。そのことは身に染みてわかっだろう?」
オレの言葉に、リーズは一瞬にらみつけてくるが、すぐに視線を伏せる。
自覚があるのだろう。名家の探索者にはありがちなことだ。原作における蘆屋道孝の死因の9割もこれだしな。
「……わかりました。今回、わたくしはツチミカドではなく自分の愚かさに敗れた。そういうことですね」
「そうだな。単純な実力でいうなら君の方が遥かに
油断しない、慢心しない。交通安全の標語みたいだが、これを徹底するだけでかませ犬フラグのうち半分くらいは潰すことができる。
かませ犬にされるのはある程度の実力者ばかり。そう言った実力者を倒すのはさらなる実力者か格下とされる相手のことが多い。
油断と慢心を無くせば後者に関してはだいぶ防ぐことができる。なにせ、本来の実力は上なのだ。隙さえなければ負ける理由はない。
「……なぜ、そんな忠告をするのですか? わたくしと貴方は友人でも何でもないでしょうに」
「…………昔のオレと似ているから、かな。君にオレと同じような目にはあってほしくない」
正確には昔のではなく、原作のなのだが、正気を疑われるので伏せておく。
蘆屋道孝と違い、リーズに関してはオレの知る限りでは生死については描写されていない。
だが、決闘に敗れた時のようなメンタリティのままでは探索者として生き延びることは難しい。どこかで命を落としていたとしてもおかしくない。
それは、いやだ。オレは原作を愛する光のオタクだが、光のオタクはハッピーエンドをこそ尊ぶ。たとえ誰かが死なずに生き残ることで物語の美しさを損なうとしてもオレは原作キャラクターには幸せになってほしいのだ。
「そう、ですか……わたくしはてっきり……」
「てっきり?」
「な、なんでもありません」
なぜか照れているリーズ。高慢ちきさが鳴りを潜めて、なんだか年相応な感じだ。
……こうして見るとやはりかわいい。原作プレイ時からそう思っていたが、こうして現実として側にいるとまた違った感慨がわいてくる。
「それに、さっきも言ったが、君みたいな綺麗な人は好きだ。怪異に殺されるとこなんて見たくない」
「っ!?」
思わず漏れたオタク心にリーズは一瞬目を見開き、すぐに耳まで真っ赤になる。
……なんだか、オレまで恥ずかしくなるが、本心なので撤回はしない。
原作におけるリーズはかませ犬だが、人気投票0票の
かくいうオレもその一人。オレ、お嬢様キャラとか結構好きなんだよね。
それにリーズは危険人物リストには載ってないので、安心安全だ。これからもオレの心のオアシスになってくれるだろう、ツッコミ役として。
「あ、あなた、そんな風に軽々しく、そのす、好きとか、女性に言うものではありませんわ。わ、わたくしじゃなければ勘違いするところです」
「ああ、気をつける。でも、オレは君のあの立ち上がる姿が好きだ」
「あんな無様な姿が、ですか?」
バカにしてるのか、と少しムキになるリーズ。オレは首を横に振ってからこう口にした。
「無様じゃない。オレは君の意志をあの姿に見た。あれこそ探索者のあるべき姿だ」
まっすぐにリーズの目を見て、そう告げる。言葉自体は原作で土御門輪が仲間の一人にかけていたものだが、あの場面で描写されていたものと同じものをリーズは持っている。
理不尽で恐ろしい、異界という闇を拓く「篝火」を。
「そう、ですか……」
言葉に詰まるリーズ。毛布で顔を隠すと、こう言った。
「わたくしがあの時立ったのは、ただの意地ですわ。負けるにしても倒れ伏して諦めることはできないと、そう思っただけです。でも、貴方がそう言ってくれるのなら、その……救われます。だからっ……」
続く言葉は嗚咽混じりで聞こえない。だが、それでいい。オレは彼女の悔しさを知っている。泣くことでそれが晴れることはないけど、誰かが側にいる温かさは多少なりとも慰めになるはずだ。
それに感謝すべきはオレの方だ。
この世界のリーズリット・ウィンカースはかませ犬なんかじゃない。運命は変えられる。そのことはオレに限りない勇気をくれた。
オレも諦めず運命に抗うとしよう。蘆屋道孝はかませ犬じゃない、そう言い切れるようになるその日まで……。
なんかこういう言い方をすると逆にフラグみたいだな……。
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