第7話 一番大事で、一番得難い才能

 原作におけるリーズリット・ウィンカースは蘆屋道孝オレと同じくよくいるかませ犬に過ぎない。

 主人公に突っかかり、決闘して、負ける。そこにいたるまでの過程なんて関係なく、主人公の引き立て役としてただ敗北し、物語からフェードアウトする。それがかませ犬の役割だ。


 だが、オレが今生きているのはシナリオ通りに進行するゲームではなく、現実だ。現実は思い通りにはならず、予想外のことは常に起こる。

 

 だから、オレはできるだけ原作や原作の登場人物には関わらず、関わったとしてもできるかぎり原作に忠実にするつもりだった。そうすれば予想外の事態に巻き込まれることはなく、事故死する可能性も減る。――、

 

「え!?」


 突如として現れた壁に斬撃を阻まれ、輪が動揺の声を上げる。

 無理もない。決闘は一対一で行うもの。乱入も助太刀も本来ありえない。


 だっていうのに、何をやってるんだ、オレは。


「あ、蘆屋くん? どうして……」


 オレも自分に同じことを聞きたい。目立たないとか、危険人物とは深くかかわらないようにするとか、いろいろ考えていたくせに結局放り出してこんなことをしている。


 オレと同じ運命を背負わされたリーズリットが、原作の登場キャラであるリーズリットが、これ以上傷つくのは見ていられなかった。そんな身勝手で、無意味な衝動のせいでオレはこんなバカなことをしている。


 でも、誰だって愛するものが傷つくのを黙って見てることはできないはずだ。ただの言い訳なのはわかっている。それでも、動かないよりはずっといいと自分に言い聞かせた。


「…………これ以上は無益だ。終わりにすべきだろう」

 

 どうにかそれらしい言い訳をひねり出す。

 額を冷や汗が流れるのが分かる。今この場にいる全員の注目がオレに集まっていた。


「……まあ、そうだね。僕としてもこれ以上彼女を傷つけたくない」


「それでいい。決闘は終わりだ」


 釈然としない顔だが、どうやら輪も納得してくれたようだ。観客がどう思っているのかは分からないが、事ここに至っては知ったことじゃない。

 今この針の筵が終わるなら、あとのことはどうでもいい。


「アシヤン! それ無理!」


 オレがどうにかかっこつけたままリーズを連れ出そうとしていると、山三屋先輩の声が響く。

 無理って……なにが?


「決闘のこと! アシヤンが乱入したせいで結界の術式組成がぐちゃぐちゃになってんの! 今出ちゃうと不殺の契りが解けて、リーズちゃん死んじゃう! ちゃんと決着着けないと!」


「え?」


「今はアシヤンが決闘の当事者なの! その子と戦えば多分、普通に解除できると思う!」


 ぱーどぅん?

 誰と誰が戦うの? まさかと思うけど、オレと土御門輪? なんで? いじめ?


「だ! か! ら! アシヤンが戦わないとだめなの! あーしが立会人やるから! さっさと始める! あと、女の子を地面に寝かせてちゃダメでしょ!」


 「……まじかよ」


 決闘を終わらせるつもりが、決闘をすることになっていた。マジで意味が分からない。


「……まあ、それもありか」

 

 そして、なんでお前はやる気なんだよ。なんかこう戸惑えよ、拒否しろよ。お前主人公なんだからそんくらいのかわいげはあれよ。そんなんだからバトルジャンキー呼ばわりされるんだぞ。


「ボクは構わないよ。どっちかが降伏するだけじゃダメなんでしょ?」


「そうだと思う! 戦って決着がつくっていうプロセスが大事だから!」


 原作ではこんな展開はないので、山三屋先輩が言っていることが正しいかどうか、オレには分からない。だが、彼女の優秀さは折り紙付きなので間違いないだろう。


 つまり、やるしかない。他に選択肢はない。催眠術とか原作ブレイクとかそんなちゃちなもんではなく、自分の衝動的な行動のせいでオレは原作主人公さいあくのてきと戦う羽目になったのだ。


「…………先に、安全な場所に移すぞ」


 杖にすがったまま気を失っているリーズを抱えて、円形闘技場の端っこに連れていく。その上で魔力で陣を敷いて、簡易の防護結界とした。


 まあ、決闘自体はどうでもいい。適当に戦って適当に負けるだけだ。今の輪なら正直圧勝できるが、勝ったところでオレには何の得もない。


 それどころか主人公に一度勝利するとかいう特大のかませ犬フラグを立てることになる。今は良くても途中で出てきたさらなる強キャラにボコられて、原作の蘆屋道孝よろしく死ぬだけだ。


 なので、適当に流す。攻撃を食らいそうになったら、そこらへんで降参して――、


「――っ」


 そんな事を考えて、リーズの顔を見てしまう。最後まで勝利にしがみつき、まだあきらめていない戦士の顔にオレは見惚れてしまう。その瞬間、オレは自分のことを本気で殴りつけたくなった。


 ……クソ、変なもん見せやがって。おかげで、何もかもめちゃくちゃにしちまうじゃないか。


「――あーしは山三屋 ほのか! あーしが立会人を務めるじゃん! よろぴく? ふざけすぎ? とにかくはーじめ!」


 山三屋先輩の気の抜ける号令と同時に、輪が構える。そのよく知る強さの象徴を前に、オレは深呼吸と共に拳を握って開く。

 戦闘に意識を集中するための反復動作ルーティン。全身を魔力という熱が満たしていく。


 ああ、やってやるとも。君がそうしたようにオレも勝つために戦う。今だけは原作ブレイクの時間だ。

 


 オレが思うに、転生者のアドバンテージは大きく分けて2つある。

 1つは、知識。オレの場合は原作知識のおかげで戦う相手の異能、その特性や戦法について大きなアドバンテージがある。

 

 しかし、オレが思う転生者の最大の利点は一つ目じゃない。、その2つ目の利点こそが最も重要だ。


 転生者は人の倍人生を経験しているおかげで物事を俯瞰的に捉えることができるというか、客観視できる。

 だから、同年代の人間が犯しがちな精神的要因のミスを犯さずに済むし、意味があるかもないかもよくわからない地道な訓練もひたすらこなせる。

 

 くわえて、オレの場合は血筋への誇りから正々堂々とした戦いをしたがる蘆屋道孝と違って、オレは人の嫌がることを進んでやるタイプだ。

 弱っている相手にデバフをかけまくって、そのまま状態異常バッドステータスでKOするくらいのことは平気でやる。元対人ゲーマーのサガだ。


 死なないために鍛えた10年間、この決闘をその試金石にする。そう考えれば、この決闘も悪くない、のかもしれない。


「はっ!」


 開始の合図と同時に、輪は正面からこちらに飛び込んでくる。

 はやいが、素直すぎる。戦闘経験の少なさが如実に表れている。


とらえろ、戦場千年樹いくさばせんねんじゅ


 足の動きで円形方陣を描き、同時に式神を召喚する。

 魔力の迸りと共に現れるのは、一粒の桜の種。無力で儚いそれは芽吹いたかと思うと、瞬く間に大樹へと成長した。


 この式神の正体は、樹木子じゅもっこと呼ばれる妖怪だ。

 赤く濃く色づく桜の下には死体が埋まっているとよく言うが、古戦場に根付くこの妖怪は人の血を求めてその枝を延ばすとされている。


 そしてこの戦場千年樹は名前の通り、1000年物の大樹で相伝の式神。歴代の道摩法師の手で幾重にも改良が加えられている。


「――これは!?」


 視界を覆いつくすほどの枝と桜の花びらに輪の足が止まる。

 やはり、いい直感をしている。あのまま突っ込んでくれれば枝と花弁が魔力を吸いつくして終わっていたのだが、そう簡単にはいかないか。


 だが、運命視の魔眼は実質的に封じることができた。

 あの魔眼は強力だが、魔眼である以上発動条件には見ることが含まれてしまう。今の輪の位置から枝と花弁に阻まれてオレの姿は見えない。


 見えない以上は魔眼は発動しない。最大の武器は封じた。

 

「邪魔!」


 輪は枝を切り払って進もうとするが、今の彼の火力では千年樹の再生速度を上回ることはできない。

 手こずっている間に、オレは二体目の式神を呼び出させてもらう。


 二体の式神を同時に使役するのは、正直しんどい。頭はガンガンするし、魔力はめりめり減っていく。

 しかし、この10年間でそれにもだいぶ慣れた。今では5体まで同時使役可能だ。


 ここまでくるのにはかなり苦労した。なにせ、新しい術を習得するための訓練や実践訓練に比べて、魔力量を増やすための基礎訓練は苦痛なほどに地味だ。

 座禅と瞑想、ひたすらその繰り返し。そのくせ1日増加する魔力の量はスズメの涙。


 それでも塵も積もれば、だ。今のオレの魔力量は原作の蘆屋道孝の約2倍。魔力切れの心配はしないで済むようになった。


「囃せ、『吸精女郎きゅうせいめろう』」


 南の方向に印を切り、2体目の式神を呼び出す。

 現れたのは、和服を着こなした金髪碧眼の西洋美人。この麗人の正体は、夢魔サキュバスだ。


 こいつは相伝の式神ではなくオレが異界で調伏し、式として従えた怪異。本来は特定の形を持たず、寄生相手に合わせて姿を変えるのだが、今は一つの姿に縛ってある。


「相手は人間だ。わかってるな?」


 オレの問いに、女郎が見返りで頷く。腰が抜けそうなほどに色っぽいが、こいつの正体を知っていればそんな気分にはならない。


 すぐに女郎がその異能を発揮し始める。周辺の気温が一気に下がるのを肌で感じた。


「この感じ……!」


 輪もすぐに変化に気付くが、すでに遅い。というか、そもそもリーズ相手に半分近く魔力を使った状態でオレと戦ったのがミスだ。


 吸精女郎の異能は、その名の通りの吸精、つまり、魔力の吸収だ。一定範囲の対象の魔力を少しずつだが、確実に吸収していく。


 状況は完成した。あとは勝つだけだ。


「はあああああああ!」


 残り少ない魔力を総動員して、輪は正面から突っ込んでくる。やぶれかぶれの突撃ではあるが、運命視の魔眼がある以上、そのやけくそでさえ致命の一撃になりうるのが原作主人公の主人公たる所以だ。


 無論、オレはそれを理解している。なので、油断はしない。


「鉄犬使、側面から食い荒らせ」


 3体目の式神を呼び出し、二手に分けて輪を左右から攻めさせる。

 不意を打たれて、輪の突撃が止まる。判断ミスだ、そのまま突撃した方がまだ勝ち目があった。


 犬使たちは輪を追い回す。どうにか対応しているが、だんだんと動きは鈍ってきている。


 そうして、1分もしないうちに輪がその場にへたり込む。魔力が尽きたのだ。

 偽装でないことは感覚で分かる。これで決着だ。

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