第4話 メイド・イン・実家

 体育館に移動し、諸々の説明と形ばかりのオリエンテーションを済ませたころには日はすっかり暮れていた。そんな逢魔時に。オレはようやく帰路につく。

 といっても、兵庫の山奥にある実家に帰るわけではない。学園内にある男子寮が今日からオレの家になる。

 もう手続きも終わってるし、荷物も運びこまれている。そう思っていたのだが……、


「蘆屋様の登録は取り消されているようです」


「はい?」

 

 寮の受付でそう突っぱねられた。魔術で動く自動人形はとかく便利で可愛いが、融通は全く効かない。どう抗議したところで、帰ってくる答えは定型文だ。

 いっそ術式に介入して自動人形の支配権を奪うか、あるいは隠形でこっそり部屋に入ってやろうかと思ったが、それはそれであとからめんどうなことになりそうなのでやめた。今日はもう面倒ごとは勘弁だ。


「あん?」


 仕方ないので職員室に抗議に行こうとしたところでスマホがピロリンと鳴る。

 通知を見ると、なんと実家からのメッセージ。両親を早くに亡くした蘆屋道孝オレには義理の父母しかおらず、その両親ともにオレに無干渉、無関心だったので連絡が来るとは思ってなかった。

 

「どういうこと?」


 肝心のメッセージは、『学園の東側に行きなさい』とだけ書かれている意味不明なもの。


 一応、足で陣を敷いて、方位陣を形成。東の方向の吉凶を占ってみる。

 うーん、運勢的には中吉といったところ。義理とはいえ両親を疑ったことに罪悪感を覚えつつ、そちらの方向に足を向けた。


 しかし、記憶が正しければ学園の東側には小さな森があるはずでほかにはなにもないはずなのだが……、


「森を抜けるとそこには洋館があった、と」


 二階建ての大きな屋敷。どこぞの迎賓館のようなそれには一切見覚えがない。原作で描写されていた範囲ではこんな建物は学園内にはなかったはずだ。


 建物自体からは嫌な感じはしない。危険はないんだろうが、不気味な事に変わりはない。いきなり中に入ろうとは思えない。

 建物を調べていると、中から誰かが出てくる。


「あら、。お早いおかえりですね」


 その誰かはオレを見つけると、開口一番そう微笑んでみせた。

 栗色の髪を三つ編みにして前に垂らした美少女。いつもの割烹服ではなくメイド服を着ているが、見慣れた顔だ。


彩芽あやめ、なんでここにいるんだ?」


「はい。新幹線で参りました」


「そういうことじゃない」


 オレの突っ込みを右から左にして、ニコニコしているメイド。こいつ自分が可愛いから許されると思ってるな。許すけど。


 こいつの名前は彩芽。蘆屋道孝オレの腹違いの妹で、一歳年下の15歳。ついでに言えば、誓約で結ばれたオレのでもある。


 これには彩芽とオレの生まれ、そしてくそったれな本家の因習が大きく関係している。


 クソ親父が愛人に産ませて分家に放り出した道孝オレとは違い、彩芽は本妻との間の娘。だから、本来、彩芽はオレよりも上の立場になるはずが、彼女には異能の才能がなかった。

 そこで本家の連中は、見込みのない彩芽をで、実の兄であるオレに仕えさせることにした。親父が早死にして唯一の男子になったオレに大事がないように、万が一の時には身代わりになるように誓約まで立てさせた。その誓約のせいでオレは彩芽と普通の兄妹として対等になることさえできないでいる。


 ……本家において彩芽は人間扱いされなかった。彩芽の前で「お前はあの方の代わりに死ぬために生まれてきたんだよ」、などと平気でほざくような奴らの中で彩芽は育てられたのだ。


 オレが彩芽と引き合わされたのはちょうど10年前、前世の記憶を取り戻した翌日のことだ。それ以来、オレと彩芽は兄妹としてだけではなく、主人と従者として共に過ごしてきた。

 最初は笑うどころか、喋ることさえままならなかったが、少しずつ良くなっていって今の彩芽に落ち着いた。オレにできたことは多くないが、それでも、彩芽が慕ってくれてることがオレには喜びだ。


 そういう意味でもオレにとって今世で家族と呼べるのは彩芽ただ一人だ。


 といっても、さすがにこの学園にまでついてくるとは思ってなかった。あらゆる意味で無干渉な分家の家なら狙われているオレといるより安全だと思って残してきたのだが……、


「お前が来たってことは、あれか、本家の指示か?」


「はい。お兄様は次代の道摩法師となられる方、凡俗の探索者と寝食を共にすべきではないと、ご本家の方々が判断なさいました。彩芽は引き続きそのお世話をせよ、と」


 口には出さないが、「は?」と言いたくなる本家らしい物言いだ。そんなんだから時代に取り残されるんだ。


 その上厄介なことに、蘆屋本家は解体局の日本支部の理事も務めているからこういう無茶も通る。理事を務める名家は全部で五家あり、それぞれの権力バランスの都合上、学園にいる限り、あまりめちゃくちゃな手は使ってこないだろうと思ったが、当てが外れてしまった。


「それで、わざわざこの屋敷を建てたのか? さすがに違うよな?」


 違うと言ってくれ。こんな屋敷、前世一般市民のオレにはもてあます。


「はい。ご本家がもともと所有していた物件をここにさせたものだそうで……細かいことは彩芽も存じ上げないのですが………まあ、どうにか住めるように手入れはいたしました」


 案の定、ついでに嫌がらせでボロ屋敷を押し付けてきやがったわけだ。家事万能の彩芽が言葉を濁すくらいだから、こいつが手を入れる前はかなり荒れ果てたに違いない。


「あ、そうでした、睦事用の部屋はどうします? 彩芽の采配で用意しても?」


「いや、要らないが……」


「なぜです? 若い男女が一つ屋根の下二人きり、間違いが起きぬ方が間違いでは?」


「前も似たような生活だったと思うが」


「新しい環境で心機一転というやつです、お兄様。彩芽は準備万端ですよ?」


「スカートをはだけるな。はしたない」


 ちらりと見えるガーターベルト、しかし、妹の下着に興奮するほど飢えてないんだ、オレは。


「ちぃ。まあ、この環境ならいつでも媚薬をもれますからね。せいぜい、気を付けることです」


 そういって薬の小瓶をちらつかせる彩芽。冗談ではなく本気で言っているから質が悪い。

 

 彩芽は孝行な妹だが、この通り、オレの貞操を狙っている。誓約の影響であってほしいが、そうじゃない。シンプルに、禁断の愛に傾倒しているだけだ。

 心配だったとはいえ、幼少期に少しべたべたしすぎたせいかもしれない。最近では誓約で従者になっているのも『妹扱いされるよりお兄様に迫りやすくていい』などとのたまう始末だし、妹の将来が心配だ。

 

 確かに異界探索者の間では、特に蘆屋うちみたいな名家と呼ばれる家系では親族同士での婚姻関係も珍しくはない。だが、流石に兄妹では近すぎる。


 一方で、『BABEL』原作に登場する妹キャラはほとんどが彩芽に近い感じで兄や姉に禁忌の感情を抱いている。いくらエロゲとはいえ原作者の妹観はどうなっているのだと定期的にスレが立っていたくらいだ、この世界の妹=アブノーマルだと認識しても差し支えない。

 

 そんなメタい事情は横に置いておいても、オレは彩芽とどうこうなる気はない。

 彩芽には幸せになってほしい。そのためには、オレと関係するなんて問題外だ。


「ちなみに、オレが入居を拒んだ場合はどうなるんだ?」


「その場合は二人とも路頭に迷います。ですが、お兄様がそれを望まれるなら、彩芽はどこへなりともお付き合いする覚悟でございますよ? あ、兄妹で駆け落ちし、誰も知らない町で夫婦として暮らす……彩芽大勝利では?」


「その予定はない。とにかく入居するしかないか……」


 学園と交渉すればどっかの空いてる部屋くらいは宛がってもらえるだろうが、その場合は彩芽がちゅうぶらりんになる。

 本家の指示でここに来ている以上、前みたいに分家の家に戻ることはできないだろう。となると、本家に戻される。

 よし、決めた。妹がひどい目に遭っているのに、見て見ぬ振りができるほどオタクの心をなくしちゃいない。


「とりあえず、中に入ろう。少し腹が減った」


 まあ、物は考えようだ。

 ほかのところに居を移したとしてもそこで罠を仕掛けられるよりも、ある程度何をしてくるか予想できるこの屋敷の方が少しマシだ。これだけの大きさがあればもやりやすいしな。

 

「はい。今日は入学初日ということなのでをご用意させていただきました」


「……すっぽんとかうなぎじゃないよな?」


「あら、バレてしまいましたか」


 ちなみに、彩芽は料理が上手い。普通、ウナギのせいろ蒸しを家で作ったりはしないが、絶品だった。

 風呂場も広く快適だった。背中を流そうと入ってくる彩芽を強引に止めはしたものの、一人で入るのがもったいなく感じるくらいにはいい風呂だった。


「――ふぅ」


 そうして、寝室のベッドに倒れ込む。入学テストのことは覚悟していたけど、自分で思っていたよりもはるかに疲れていたらしい。


「お兄様。他に御用はありませんか?」


 ドアの向こうから彩芽が控えめに声をかけてくる。いつも通り過ぎて、実家を出たのに出た感じがしない。


「ないよ。ありがとう」


「では、はいかがですか? いまならぴちぴちの生娘、つまり、彩芽を供せますが」


「…………あのな、何度も言うけどな。片方とはいえ血が繋がってんだぞ、オレたちは」


「……今少し悩みましたね。ふっ」


 勝ち誇って去っていく彩芽。どうやら、オレの陥落が近いと踏んでいるらしい。兄の理性を甘く見るな、あんまり自信ないけど。


「……『封』」


 寝る前に侵入者除けの結界をはる。。無理に入ろうとすれば静止のまじないが発動する。


 これはオレ自身と、何より彩芽を守るための処置だ。もしオレを手に掛けたりなんてしたら彩芽は間違いなく後追いしてしまう。死にたくないのはもちろんだが、兄としてそんなことは許容できない。


 彩芽がオレを慕っている気持ちに嘘はないし、疑ってもいない。でも、そんな彼女の意思を無視して彼女の右手がオレを背中から刺す可能性は常にある。誓約の内容が変更でき、本家に主導権がある以上、やり方はいくらでもある。本家の連中がオレの命を狙う限り、その可能性を放置するわけにはいかない。 

 

 このことは彩芽本人にも伝えてある。最初に話した時はずっと泣きそうな顔をしていたが、納得してくれた。本当出来た妹だ。


 従者の制約もそうだが、妹が自分が兄を殺すかもしれないなんて恐怖を抱えなきゃいけないのは間違っている。だから、間違いを正す。本家の連中から彩芽を解放する。彩芽が立てさせられた誓約をオレの手で破棄するのだ。

 学園に来たのはそのためでもある。ここ以上に力をつけるのに適した環境はない。やり方はずっと考えてきたし、彩芽が16歳になる前にはかたをつける。

 

 かませ犬でも、たった一人の妹を幸せにするくらいの力はあるはず。そう信じてここまで来たし、これからもそうしていく。これがオレのちっぽけな矜持プライドってやつだ。

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