第3話 危険人物リスト
聖塔学園の正門前、オレ以外には誰もいないその場所で、オレは頭を抱えていた。
原作での試験一位通過は
それに、オレは原作と原作キャラを尊重する光のオタク。その視点からすれば、原作より強い蘆屋道孝などノイズでしかない。それでも、血の涙を流す思いで死なないため、ある目的のために強くなったのだが、できることなら原作ブレイクなどしたくない。というか、原作をそこら辺の壁になって見守りたい。
「やっちまった……」
なのに、やってしまった。誰かオレをぶん殴ってくれ。
『蘆屋道孝様。入学試験1位通過、おめでとうございます。当学園の教員の1人より「さすがは蘆屋の神童。1000年に1人の逸材」「かの初代道摩法師の再来」「うちの娘の許嫁にしたい男性探索者1位!」等々のメッセージが届いております』
追撃とばかりに学園のアナウンス、しかも、原作同様の良い声の念話が余計な情報を大音量でばら撒く。
修行がてらいろんな異界を探索してたせいで事情を知らない他の家や学園内でのオレの評価は高いのは確かだが、いくらなんでも持ち上げすぎだ。こんな風に目立つのは原作主人公ならともかくオレみたいなかませ犬には死亡フラグにしかならない。
というか、二つめに至ってはオレも聞いたことないんだが……、
『ほかにも入学後の研究協力を求める声や求婚者の声もあります。再生してよろしいでしょうか?』
「やめてくれ!」
オレの叫びに『了解しました』と返してくるアナウンス。もうこれ以上のフラグは勘弁してくれ。
……ともかく、気を取り直そう。まだ挽回できる。ようは、一番重要なルールを守ればいいのだ。
オレこと、蘆屋道孝ようなかませ犬がこの『BABEL』の世界で生き延びるためには『危険人物』に近づかないようにすることが一番大事だ。
危険人物とは、主人公やその周辺の登場人物たちのことだ。
原作ゲーム『BABEL』における事件の大半は当然のことながら主人公周辺で起きる。外伝小説での事件や原作では描かれていない危機なども存在するが、主人公周りの危険性はけた違いだ。
逆に言えば、そういった『危険人物』たちにさえ近づかなければオレは学園生活を安全に過ごせる。
しかしながら、聖塔学園は敷地は広いが、生徒数は限界集落の小学校並だ。危険人物たち全員と全く関わらずに日常を過ごすというのは相当無理がある。
なので、オレは危険人物たちをリスト化して、順位を着けた。リスト上位との接触は致命的だが、リスト下位の登場人物なら関わってもオレに危険が及ぶ可能性は低いから、上位の危険人物との接触さえ避けていれば比較的安全に過ごせるはずだ。
そのためにもまずは目立たないことが一番なのだが、目立ってしまったので、見事入学試験をトップで通過してしまったオレは正門の端っこの方でできるだけ気配を殺している。
目指すは
そんなことをしていると、正門前の空間が歪んで、誰かが異界を抜けてくる。合格者が出たのだ。
問題はそれがオレが知る今年の新入生のうちだれかということなのだが――、
「――ふぅ」
最悪だ。いや、人の顔を、それも原作の美麗立ち絵がそのまま飛び出してきたのような美少女を見て、そんなことを思うのは失礼だと承知の上で言わせてもらう。最悪だ。
今しがた現れた人物こそ、危険人物リスト最上位者にして押しも押されぬ原作メインヒロインが一人。
その名は、山縣アオイ。歴代最年少15歳で、『ライコウ』流の免許皆伝を受けた天才少女剣士にして、『鬼』の力を得てしまった悲劇の少女だ。
しかし、すごいな。あの山縣アオイが目の前にいる。しかも、考えうる限り完璧に実写化している。いや、この世界ではそれが現実なのだから実写化しているというのも変なのだが、後ろで結んだ艶やかな黒髪も、どこか憂いを帯びた美貌と吸い込まれるような紫の瞳も何もかもが完璧なアオイだ。この美人さで目からハイライトが消えたら相当な迫力がある。
スタイルの方も原作通りで実に豊満で――いかん、
だいたい彼女は危険人物リストの筆頭、黒髪巨乳ヤンデレ。変に意識されたらオレの命はない。なにごとも命あっての物種、だいたい、メインヒロインをじろじろ見まわすなどかませ犬感ありすぎる。
でも、少しくらいなら……、
「……あなたは」
あ、しまった。普通に目が合ってしまった。慌てて目を逸らすが、時すでに遅しだ。
アオイは眉を寄せてこちらを見ている。その視線にそこはかとなく敵意のようなものを感じながらも、オレはあくまでモブを貫く。他に合格者が来ればそっちに関心が向くはず、というか、早く来てくれ、他の人。気まずいうえに、命が危ない。
「……そういう態度をとるわけですか」
しかし、他の誰かが来るより先に、アオイはそう呟いてから正門に背を預ける。
え? なに? オレなにか悪いことした? 今が初対面のはずなんですけど?
あれか? オレのオタク特有の目線に気付かれたか? い、いや、それにしてはおかしい。あれは何か、こう、もっと根深い感じだった。
だが、心当たりが全くない。彼女の実家もオレの実家も探索者界隈では名家ではあるからどこかの会合ですれ違ったことくらいはあるだろうが、面識はない。あったら絶対に忘れない。
もしかして、山縣アオイと蘆屋道孝の間には原作にも描かれていない因縁があるのか? だとすると、かなりまずい。不用意な接触は致命傷にもなりうる。
「――あの怪物はわたくしの炎で消滅したのです! あなたの攻撃などおまけ! そう、トレーディングカードについてくるウェハースのようなものですわ!」
死ぬほど気まずい空気の中、蒼い顔をしているとそんなお嬢様然とした声が聞こえてくる。
イヤホンを通じて何度となく聞いてきた声だ。すぐにだれがやってきたかわかった。
「ふーん。じゃあ、いいよ、それで。でも、ああいう商品って実はウェハースが本体扱いらしいよ?」
少しすると、中性的な声も聞こえてくる。おお、生で聞くとこんな感じなのか。原作より少し高めだが、この声こそがオレの青春といっても過言ではない。
「な!? 殿方だと思って優しく接していましたのに! その態度! わたくしの堪忍袋の緒も限界です!」
「限界って……癇癪ならずっと起こしてるじゃないか。それに、男だからって優しくされるのもちょっと意味が分からない」
現れたのは金髪碧眼の女子生徒と浮世離れした感じのする中性的なイケメン。どちらもオレの知る原作の立ち絵通りの姿をしている。
金髪縦ロール美少女の方の名前は、リーズリット・カレン・ウィンカース。愛称はリーズで、欧州のさる名家のご令嬢だ。
原作では優秀な魔女として活躍する炎の使い手で、オレと同じかませ犬の運命を背負わされた悲しき存在でもある。ファンの間ではいわゆる悪役令嬢のような扱いを受けていて、危険人物リストには載っていない優良物件でもある。
ちなみに、この聖塔学園の運営母体である解体局は異界の探索、切除を使命とする国連直下の秘密組織なので、その一大拠点であり、養成所でもある学園には各国から選りすぐりの留学生が集められている。リーズもその一人なのだが、残念ながら原作ではあまり活躍できなかった。
そうして、もう一人。
危険人物リストの筆頭格にして、この場においてオレ以外唯一の男子生徒である彼は原作『BABEL』の主人公こと、
中性的な顔立ちに、細めのシルエットをしている。一方、強い意志を宿した澄んだ水色の瞳ときりっとした表情は彼が主人公であることを現している。
そして、何より特徴的なのは
ぴょこぴょこ揺れるそれこそは土御門輪がもつ主人公としての
土御門の名字から分かる通り、輪はかの平安の大陰陽師『安倍晴明』の遠い子孫であり、この世界において唯一『運命視』の魔眼を有している。
両親が土御門家から離れたために17歳(原作では倫理規定上18歳)になるまで一度も異界とは接したことがなかったずぶの素人でありながら、この時点で幼いころから訓練を積んできたリーズリットより強いのだから、まさしく
そんな才能の塊みたいな輪だが、クールな見た目や口調とは裏腹に、情に厚く、どんな困難にもくじけないナイスガイでもある。
エロゲの主人公だけあって死ぬほどモテるが、個別ルートに入ってからいじらしいほどに一途というプレイヤーからの好感度も抜群な男の中の漢、それがオレも大好き土御門輪だ。
しかし、こうしてみると、原作通り、いや、原作以上に輪は中性的に見える。体つきも細めだし、顔立ちは綺麗だし、声もどっちでも通じそうな感じだ。原作をプレイしてなかったら、男装美少女です、と言われても疑わないかもしれない。
輪とリーズがもめているのは、二人がいた異界の異界因にどちらがとどめを刺したかについてだ。まあ、リーズが一方的に因縁をつけて、それを輪があしらっているというのが実情なわけだが。
にしても、原作通りだ。安心できる。予定外に一位通過してしまったり、アオイとの間に未知の因縁が生じていたりで、動揺していたがこれで少しは落ち着ける。
原作通りというのは大事だ。オレという存在がここにいる時点で少なからぬ影響は出ているかもしれないが、大筋が変わらなければ原作知識で対応できるし、最終的には全てが丸く収まる。原作の過程で
そんなことを考えているとほかにも見覚えがある顔が数人、門の前に現れる。これも原作通りの面子だ。
ちなみに、学園全体における男女比は驚異の1対9。これはそのまま異界探索者の男女比率と一致する。
理由はまあ色々ある。異能の才能は女性の方が目覚めやすいというのが一つあげられるし、歴史のある家なら男の異能者を家の外に出すことは少ないってのもある。
だが、一番の理由は、原作ゲーム『BABEL』のジャンルにある。だってほら、あれだよ、18禁エロゲーなんだから女子比率はそりゃ高いよ。
肩身は狭いが、いきなり原作ブレイクしてガチムチマッチョ軍団とかが来るよりはいい。
『――合格者は以上です。おめでとうございます。体育館でオリエンテーションが行われます、案内に従い移動してください』
この案内も原作通りだ。少し安心して正門を離れる。今日はめちゃくちゃだったが、明日は
「待ちなさい」
そう思って校門を後にしようとしたとき、背後から声を掛けられる。すごく嫌な予感がするが、無視するともっとひどい目にあいそうなので観念して振り返る。
するとそこには、仏頂面の
「何か言うことはないんですか」
「……特にないが」
慎重に考えてそう答える。どれだけ考えてもオレとアオイにはなんの接点もないし、変に答えを間違えて関係性ができても面倒、だからこれがベストアンサーのはずだ。
「……そうですか」
しかし、なぜか逆効果だったらしく、アオイはますます怒った様子で背中を向けて去っていく。
……どういうことだ? なんか作中随一のヤンデレヒロインにキレられてるんですけど、もしかして
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます