43.チョコレート買い占め事件の裏

「神退治はダメだ」


 アクラシエルは声を張り上げた。不満そうな同族に、丁寧に説明する。この世界の創造主である神を殺した場合、最悪……二度とチョコレートが手に入らない。その可能性がゼロにならない限り、絶対にダメだと。


「陛下、魔族にチョコレートを作らせては?」


「栽培なら俺たちでも出来そうだ」


「他の世界でもチョコレートくらいありそうだけど」


 様々な意見が出るものの、確保できる保証はない。食べたドラゴン達も、チョコレートが甘くて美味しい認識はあった。二度と手に入らない可能性が、と語られれば唸る。どこかで手に入れる方法を確保しようと決まった。


 アクラシエルにしたら、チョコレートは現在の最優先事項だ。人族が作った小さな宝石だと思っていた。甘くてほろ苦くて、中にお酒やフルーツが入っている。様々な味のバリエーションがあり、形もお洒落だった。


 花びらが貼り付けてあったり、小さく砕いたナッツが載っているものもあった。どれも美味しく趣深い。ただ「チョコレートならばいい」時期を過ぎてしまった。贅沢を覚えたアクラシエルは、昔のように果物を平らげるだけで満足できない。


 チョコレートの甘さに勝てる果物は知らないし、あのほろ苦さは癖になる。すでにチョコレート中毒と呼ぶ状態のアクラシエルに、周囲は首を傾げながらも反対はしなかった。


 理由は単純だ。いままで一族の繁栄に尽力してきた最長老の竜王が、珍しく我が侭を口にした。いつもなら我慢して呑み込むことが多い彼の我が侭なら、どんな細やかなものでも叶えたい。それが竜族共通の認識なのだ。


「アクラシエル様が仰るなら、仕方ありません」


 アザゼルが折れたことで、誰も反対しなくなった。にこにこと笑顔を振り撒くアクラシエルは、チョコレートの調達を提案する。基本的に人族との交流がなかったドラゴンは、魔王を頼る。


「ゲーデ、チョコレートが食べたい」


 竜王に直球で要求され、ゲーデは「承知しました」と頷くしかない。お駄賃として多めにサファイアを与えるアクラシエル。前回も欠片の残りを貰っているので、ちょっとだけ遠慮してみた。


「いえ、前回もいただいたので」


「お駄賃は毎回掛かるんだぞ」


 バアルの遠慮に、竜王はきょとんとした顔で首を傾げる。剛気というか、光り物が好きな竜族だが御礼をケチるのは縁起が悪いとされていた。そのため、豪快に支払う。大きなサファイアを削った欠片を、小竜に渡したアザゼルも同様だった。


 体が大きい分、気も大きい。バアルは頭を下げて、やや大きいサファイアを受け取った。じっくり眺めて、小さいものにチェンジしてもらう。


「この大きさならたくさん買えるはずだが」


 首を傾げる愛らしい幼体のアクラシエルへ、きちんと説明した。先日アザゼルから預かった小さな欠片で、街中のチョコレートを買い占めたこと。大きすぎる宝石だとお釣りが出ないこと。主食ではないので、チョコレートは大量にないこと。


 説明を聞き終えたアクラシエルは、ぱちくりと目を瞬かせて、ぽんと手を打った。


「なるほど、それでチョコレートが買えなくなったのか!」


 シエルの体に入っていた頃、どうしてチョコレートが食べられなくなったのか。ようやく自業自得の状況を理解した。

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