44.チョコレートは世界を救う

「チョコレートが絶滅しない程度に頼む」


 不思議な言い回しに首を傾げながらも、バアルは主君ゲーデを抱き上げて一礼した。外へ出て飛び立ちしばらくして、ゲーデがぽんと手を叩く。


「わかった! 竜王様はチョコレートを生き物だと思ったのか」


「違いますよ、前回のように街から消し去るほど買うなという意味です」


 どちらも似たようなレベルだが、絶滅という単語のせいで違和感がない。実際のところは、人族を狩り尽くすな、が近かった。チョコレートを作れる人族は絶対に殺すな、そう命じたとして、魔族のどのくらいが意味を理解できるのか。


 向かってくる騎士や兵士の中に、チョコレート職人が混じっていたらどうする? 今後の課題を考えながら、大きめの都市へ向かった。すでにいくつか滅ぼした後なので、街は人に溢れている。逃げてきた人々が、無事な街に殺到しているのだ。


 戦時中の慌ただしさの中、チョコレートを買い漁る二人。人族に見えるよう、ツノや翼を隠していても目立つ。いつの間にか監視が付いていた。二人は店のチョコレートを買い占めないよう、調整しながら大量買いを繰り返す。


 バランスよく種類や味を取り揃えた荷物を、魔力で収納していく。これは魔族特有の能力で、人族はもちろん竜族も使えなかった。理由は単純で、ドラゴンは魔力で浮遊させて移動するからだ。小さくしたり、どこかへしまう概念がなかった。


 ドラゴンにとって、この世界自体が収納であり、家であり、遊び場だ。どこへ置いた荷物も、部屋に放り投げた上着程度の感覚でしかなかった。


「これで全部の店を回ったか?」


「おそらくは」


 バアルが確認しながら頷き、二人はそっと街を出た。大量のチョコレートと共に。その姿を監視した人族は、単純にこう考えた。


 魔族はチョコレートを好んで買い占める。連中にチョコレートを供給したら、襲撃が減るのではないか? 要は神に献上して庇護を得る感覚で、魔族にチョコレートを献上しようと考えた。普段から良質のチョコレートを渡しておけば、きっと今後のことを考えて襲わないだろう。


 うっかり野生の熊に餌付けするタイプの愚か者と同じ理論だが、幸いにしてよい方向へ働いた。魔王は竜族にチョコレートを渡したい。そのために人族を生かす必要が出てきた。そこへ人族側から良質なチョコレートが献上されれば?


 当然、その街は襲撃対象から外れる。よく分からない偶然が重なり、竜王アクラシエルは

幸せなチョコレート生活へと一歩を踏み出した。その結果、この世界が存続し、魔族や人族が滅びずに済むのだが……それはあくまでもチョコレートのおまけであった。

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